嬉しい誤算

 嬉しい誤算だ。この目標を思い付いた時は少なくとも三ヶ月程度は掛かると予想していたけれど、夏休みの内に彼女を虜に出来た。主に性的な意味で。

 以前泊まった時、私からの愛撫に彼女は全く抵抗しなかった。私がしつこく問わなければ拒絶されていなかったのかもしれない。そう考えて少し試してみれば、予想通りだった。彼女は私のする事に対して色々と言うものの、やめて欲しいとまでは言わなかった。

 自宅では誘惑のやり方を調べたり、咲田さんから陽葵さんの好みや性癖を聞き出していた。数日を掛けて彼女の好きそうな事を本人に仕掛けて探りつつ、その性欲を高め続けてから事に及んだ。結果、彼女に快楽を刻み込む事に成功した。

 彼女に対して酷い事を言うのは心苦しかったので演技と言う形を取ったが、これが功を奏した。どうやら私が演技をすると彼女は性欲が疼く様になってしまったらしく、実に役立った。これからも使える場面は多いだろう。彼女が喜んでくれるお陰で、私も続けている内に楽しさを覚える事が出来たのも大きい。

 彼女を落としていく上で性感の向上もかなり進んだと思うが、恐らく私以外に触られた所で、きっと大した事にはならない。彼女は、自分に快感を与えられるのは私だけだと思っているはずだから。そして、その通りになる。自らそういう風になっていく。

 これは暗示のネタばらしに含ませなかった話だ。他は知られて効果が薄まったとしても今更問題無いけれど、こればかりは困る。私以外の所に気が行ってしまうかもしれないし、下手をすれば日常生活に支障が出そうだ。誰にどこを触られても性感を刺激されてしまう様な体にするわけにはいかない。まあ、『首輪』の効力が失われていない所を見るに、こちらの心配もほとんど要らないと思う。

 思い込ませてしまえば、という条件は付くけれど、陽葵さんは相当暗示に掛かりやすい人だ。彼女は一度思い込むと意識的か無意識的かは分からないけど、とにかく自分へ言い聞かせる。それも、多分何度も繰り返しているはずだ。

 それは例の火事の件からも分かる。普通に考えれば事故だと分かるはずなのに、自分だけが悪いと何年も思い続けている事から、この考えは間違っていないと思う。切っ掛けとなる物を作ってしまった分だけ、きっと後悔や自責の感情は大きいのだろう。調べてみれば、こう言った生き残った人々が抱える罪悪感をサバイバーズギルトと言うそうだ。

 しかし、だからこそ暗示に掛かりやすい。負の方向と言えど、一度経験した事を脳は学習し順応しようとする。私は、サバイバーズギルトとは一種の自己暗示なのだと考えた。家族を亡くした悲しみを覚えるのは分かるけれど、命の危機を前に生き延びたのなら、その幸運や安堵と言った物も感じるのが普通だろう。助かった当時は少しくらいそう言った気持ちもあったのかもしれない。しかし、彼女が今も抱き続けているのは深い罪悪感だ。家族を殺したとまで考えてしまうくらいの、強烈な思い込みを彼女が既に経験していたからこそ、私は今回の計画を思い付いたのだ。

 これにより、彼女は私に快楽を求める様になり、愛される事への抵抗も無くなった。更に言えば彼女も思う所があったらしく、私にもこれまで以上の愛を向けてくれると言ってくれた。実際に、少しずつ手を出す様になってきた。単純に抵抗が少なくなったのか、それともまた別の事が要因だろうか。分からないけれど、こちらも嬉しい誤算である。最早肉体的に愛し合う日が来るのは時間の問題だ。

 さて、ここで一つ疑問がある。私は彼女の一番になれたのだろうか。答えは否。この程度でなれるはずが無い。

 私が愛する事で、そして欲の解消をさせた事で、彼女の心はある程度癒せたのかもしれない。でも、これは見方を変えれば現実逃避だ。多少は心境の変化もあったのかもしれないが、彼女から見れば新しい事が一つ増えただけで、過去が変わるわけではない。それは私にだって変えられない。だから消したり変えたりなどは考えずに、全く別の物で上書きしたい。真っ白な画用紙から赤い絵の具を拭い去る事は出来ないけれど、真っ黒に塗り潰す事は出来る。他の事など考えられないくらいに、彼女の心を私で塗り潰したい。今回の件も、その役に立ってくれていれば良いけれど。


「それにしても、まだ慣れないな……。もちょっと違和感がある。」


 私は私で、自分の変化に戸惑っている。本気でやると決めてからと言うもの、以前努力していた時の自分と度々重ねてみたけれど、どうにも今の方が集中出来ている。

 それに、我武者羅に突っ走っていた時と違って、ある程度道が見えている様な気がする。これはつまり、私には才能があると言う事なのだろうか。陽葵さんを手に入れるための、才能が。

 一つ、大きく呼吸をして、脳の使い方を切り替える。その瞬間、私は世界から切り離された。時間は無い。空間は無い。光は無い。闇は無い。今はそんな物必要無い。

 さて、更なる手をじっくりと考えよう。彼女の心を、全て私の物にするために。

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