あなたには、飼われたくない。
昨日は喜んでいたけど、一人で夜を過ごしている内に気付いてしまった事がある。私は本当に結華ちゃんを好きだと言えるのか、酷く不安になったのだ。
最近の私はおかしい。まるで性欲に頭を支配されているみたいだ。彼女から与えられる快楽ばかりに意識が行って、特に昨日は取り乱してしまうほどの醜態を晒した。
本当は、気持ち良い事が好きなだけなのではないか。彼女を好きだと思い込んでいるだけで、快感を与えてもらえるなら実は誰でも良いのではないだろうか。
などと言う事をやんわりと彼女に相談した所、私は抱き締められた。
「私、陽葵さんにハグされてると落ち着きます。でも、ちょっとドキドキもするんスよ。陽葵さんは、どんな風に感じますか?」
「……うん。同じ感じ、かも。」
「じゃあ、気持ちだってきっと同じっス。私は陽葵さんの事、大好きだもん。」
こうして優しく抱き締められていると、不安な気分がどんどん消えていく。彼女の少し高い体温を感じて安心する。それでいて、彼女と密着している事に胸が高鳴る。癒しとときめきを同時に感じている。
彼女も同じ様に感じてくれるなら、私もしてあげたい。私も彼女の小さな体を包む様に、その背中へ手を回した。
「……実は私もそれが怖くて、その。下の方とか触らない様にしてました。そこは簡単に気持ち良くなれるみたいだから。多分、私じゃなくても。」
「そうだったんだ……。結華ちゃん、どんどん大胆な事してくるのに、どうしてなのかなって思ってた。」
「ははっ……。普通じゃない所で気持ち良くさせられたら。私だけが特別なんだって思ってくれるかな、なんて。」
彼女だって悩んでいたんだ。性的に依存させようとしながら、私が快楽だけを求める人間にならないか不安だったんだ。
確かにさっきまで自分の気持ちが分からなくなって悩んでいたけど。でも、そんな事しなくたって、彼女の事は特別に思っている。他の人と同じだとは最早思えない。私の中で彼女の存在はあまりにも大きくなり過ぎた。
彼女の右手が動く。私を抱いていたそれが、首の後ろに添えられた。服の上から僅かに触れるくらいの強さで、彼女の細い指が背筋に沿ってゆっくりと降りていく。たったそれだけで、なぞられた部分がぞくぞくとして、後から快感が溢れてくる。空気の混じった声と共に、熱の篭もった息が漏れる。
「気持ち良いっスか? 多分、友達から同じ所を触られてもくすぐったいだけだと思います。知らない人だったら、気持ち悪く感じるかも。」
「はあ……っ。私、他の人に、こんな風に触られたくないよ。結華ちゃんだけ。」
「ふふっ、嬉しいっス。こういう事って、された事よりもされる相手が大事なんスよ、きっと。だから、ね? 私がした事で気持ち良くなって良いの。陽葵さん、私で気持ち良くなって?」
そうだ。彼女に触れられているから気持ち良いんだ。好きだから、そういう事をしたい相手だから。他の人から触られても、きっと同じ様には感じない。彼女と同じだけの愛は、きっと感じられない。
彼女が妖艶な空気を纏う。馬鹿にする様な笑い声は聞こえないけど、これから起こる事を私の体は受け入れようとしていた。
彼女は私が気持ち良くなる事を望んでいる。彼女の手で快楽に溺れる事を望んでいる。もう戸惑う事なんて、無い。
「あっ、スイマセン。今日は練習のために来たんだった。私がしたら意味無いっスね。」
彼女はぱっと体を離すと、恥ずかしさを誤魔化す様に軽く笑って、いつもの雰囲気に戻った。急なお預けに、ちょっとむくれてしまう。これからと言う時に、水を差されたと言うか、出鼻を挫かれた気分だ。
「もう、その気になっちゃったのに。」
「あはは、ごめんなさい。今はこれで許してください。」
唇が重なる。情熱的ではないけれど、優しくて、柔らかくて、愛の篭もったキス。性よりも恋心を刺激される。ずっとしていたくなるくらいに心地好い。先程のハグと、同じ感覚。
「……許します。」
「ふふっ、良かった。」
唇が離れた時には、機嫌なんて元通りで。やっぱり私は単純なのだと思った。
ベッドに腰掛けたまま、『練習』が始まる。私が自分に『ご褒美』を与えるための練習である。ウサギのシュシュは彼女が手に持っているが、一体何に使うのだろう。
まずはそのまま始める様に言われて自分の体を触ってみる。触れている感覚があるだけで、他には特に感じる物は無い。
彼女から与えられれば天上の愛撫と言える行為だけど、自身からとなると本当につまらない、身も蓋も無い言い方をすれば自慰でしかない。そんな物とは無縁な生活を送っていたわけで、今更自分でする気にもならない。
「駄目だね。ただ触ってるなー、って感じ。」
「……やっぱりそうっスか。じゃあ、陽葵さん。これ、良く見ててくださいね。」
何か思い当たる節でもあったのだろうか、どうやら彼女はこうなる事を予期していた様だ。
彼女が後ろから抱き着いて、ウサギのシュシュを私の目の前に持ってきた。何度見ても幼い子が付けていそうな物だと感じる。肩に顎を乗せた彼女が話を続ける。
「昨日、首輪見てたじゃないっすか。」
「うん。あれ、何か関係あったの?」
「ありますよ。首輪って、そのペットに飼い主が居るって知らせるための物じゃないっスか。もっと固く言うと、所有物だっていう印っスね。……そう言えば陽葵さん、私に飼われたいんでしたっけ?」
「もう、またそれ言うの? あれはその場の空気に
あの時の話を掘り返すのかと、溜息を一つ吐いて彼女に応えた。実際、あの時は彼女の雰囲気に当てられて頷いてしまった。
だけど犬の首輪が何だと言うのか。今は関係の無い事だろう。まさか本気で私を飼おうとしているわけでは。いやいや、まさか。
「えー、本当っスか? まあとにかく、これは『首輪』と同じなんスよ。……ほら、見て。これでもう、陽葵さんの手は、私の物。この手は私の手なんだよ?」
『首輪』と称したウサギのシュシュを私の右腕に着けながら、その声は色を纏っていく。彼女の右手が私の腕を優しく掴む。そして人形で遊ぶかの様に、私の右手を動かし始めた。
「私の手、どう動くのかな。敏感な所を爪ですりすりしてみる? それとも意地悪して、ゆーっくり焦らしてみたり?」
彼女に操られた右手が、私の太ももに爪を当てて細かく動き始める。動く方向を変える度に脚への刺激は快感へ変わり、ぴくり、ぴくりと体が震える。
脚から離れた右手は、お腹をゆっくりと撫で始めた。普通に掌を当てて撫でているだけなのに、服の上から指先が擦れてぞわぞわする。
先程自分で触った時には無かった物を感じて、私は戸惑った。確かに触れているのは自分の手であるはずなのに、彼女にそうされているかの様な快感を覚えている。右手が本当に彼女の物になってしまったかの様だ。これが、『首輪』の力だと言うのか。
「あっ、何これ、どうして……っ!」
「ふふっ……。ねえ、陽葵さん。私の手は、どう動くのかな? 触って欲しい所、ちゃんと触ってくれるのかな?」
彼女の右手が離される。私の右手は自由だ。自由になった、はずだ。
ウサギのシュシュが見える。この『首輪』を嵌められた私の手は、彼女の所有物。この右手は、彼女の右手。そう思うと、制御が効かなくなっていく。右手は意思を持ったかの様に動き出し、指はしなやかに蠢き出す。
「嫌だ、勝手に動いて……!」
「私、陽葵さんが嫌な事はしないよ? 分かるよね? 私の手が動くのは、陽葵さんがして欲しいって思ってるからなんだよ。」
耳元で彼女の囁きが聞こえる。右手が体を這い回る。
脇腹に五本の指を立ててゆっくりと上まで動いていく。鎖骨をなぞって、首筋をくすぐる様に指を動かす。耳に触れる直前、右手は動きを止めて、離れていく。私が一番敏感だと思う所を、触れずに焦らしている。
「知ってる? 指先って、神経がたくさん集まってるの。普段意識してないだけで、本当はすごく敏感なんだよ。ねえ、陽葵さんにはまだ、左手が残ってるよね?」
彼女が私の左手を、見える様に顔の前まで持ってきた。聞いてしまえば、それを意識するのは当たり前の事だ。
私の左手に誘われる様に、右手が近寄ってくる。人差し指に、右の全ての指が包んだ。それから交互に動いて、ゆっくりと擦れる。
「あ、待って、やめっ……!」
「やめて欲しい? 本当にそう思ってたら、私の手は止まるよ。……おかしいね。止まらないね?」
普段は全く気にならないはずなのに、私の左手は彼女の言う通りに酷く鋭敏になっていた。指と指とが擦れる度に、強い快感が脳を揺らす。
おかしくなりそうで、待って欲しいと思っても、彼女の手は止まらない。左の指を丁寧に一本ずつ愛撫していく。
「気持ち良い? 私の手も気持ち良いよ。ほら、分かるでしょ? 元々自分の手なんだから、どう感じてるか分かるよね?」
「ひっ、いっ……! 駄目、なんで、なんで気持ち良いの……!?」
彼女の言葉で、私はまたも意識してしまう。彼女の手は私の右手だ、当然感覚は残っている。今は動きを支配されているに過ぎない。指先の感覚が、鋭敏になっていく。
「ねえ、陽葵さん。今、お互いの敏感な所が擦れ合ってるんだよ。これって、セックスと同じだよね。陽葵さん、分かってるかな。今、私と、セックス、してるんだよ?」
「あっ、えっ?」
彼女は言葉を短く区切りながら、私の脳へはっきりと刻み込む。目の前で起こっているのは、彼女との性交なのだと。
聞かされてすぐには、何を言っているのか分からなかった。彼女の手は止まらない。『性交』は続く。生温かい底無しの泥沼に溺れていく。
私達は今、愛し合っているんだ。散々いけない事だと自分に言い聞かせていたのに。ついにやってしまった。ああ、でも。
それを認識した途端、過剰な快感が脊髄を登って脳へと達して弾け、全身に広がった。鼓動が早く、大きく感じる。走った後の様に、肺が息を整えようと深く呼吸を繰り返す。まだ残る甘い痺れが陶酔感をもたらす。
彼女の本当の右手が、私の頭を撫でる。気付けば既に『首輪』は外されていた。
「陽葵さん、お疲れ様。良く出来ましたね。予想以上でした。」
その声に妖艶さは微塵も無く、彼女は普段の態度に戻っていた。荒くなった息を整えて、彼女に問い掛ける。
「結華ちゃん、私、分かんないよ。何だったの? 何が起きてたの? 魔法?」
「あはは、魔法じゃないっスよ。あれは暗示。思い込みの力っスね。陽葵さんは自分だけだと出来ないだろうなって思ってましたから。補助みたいな物っス。」
暗示くらいは知っている。何かを強く思い込む事で、考え方や体の在り方がそれに近付く、らしい。スポーツ選手も自己暗示で能力を高めたりするみたいだ。
でも、私に起きた事への説明には不足している。暗示で快感を得やすくなったのだとしても、右手が彼女に操られていた事への説明にはならない。
「本当にそれだけ? 私の手、勝手に動いたんだよ?」
「あ、それ本当だったんスね。私に合わせてくれてるんだと思ってました。……いやでも、ちょっと効き過ぎじゃないっスか?」
どうやら右手の件は私が空気を読んで演技していたのだと思っていたらしい。彼女の困惑を見るに、本当に想定外だったみたいだ。
まさか、本当にそれだけなのか。どれだけ深く暗示に掛かっていたのだろう。
「暗示って、人に掛けるのは結構難しいみたいなんスよ。ちょっとやる気を出させるくらいならともかく、こういう事だと普通警戒します。」
「警戒なんてしてないよ。関係無さそうな事言うし、何するのか分からなくて、そこはちょっと疑問に思ってたけど。」
「その辺は信頼関係とかありますし、その。今まで何度もえっちな事してますからね。それに、関係無さそうでもちゃんと意味があります。例えばこれ、まだ普通のシュシュだと思いますか?」
彼女に対して警戒する事などほとんど無い(ただし、悪戯は除く。)と思う。お互いに好きである事は既に知っているし、これまで過ごしてきた日々を思えば、彼女を信頼するなど当然だ。
彼女が手に乗せているウサギのシュシュを見てみる。暗示だと分かっていても、私はもうそれを『首輪』として認識している。再び腕に着ければ瞬く間に支配され、勝手に動き出して私の体を弄り回すに違いない。
「普通の、はずだけど。腕に着けたら、また結華ちゃんに動かされそうな気がする。」
「昨日首輪を見に行ったのはちゃんと目的の内だったんスよ。代わりの物に対して首輪と同じ意味を持たせるために、印象を強くする必要がありました。その時の話も、思い出話ってだけじゃなかったんスよ。」
首輪を見たり、飼いたいとか飼われたいとか聞かれたのは私をからかうためだと思っていたけど、ちゃんと意味があったのか。
彼女としては、あの時頷いたのは助かったらしい。私が少しでも飼われたいと思っている方が『首輪』の効果を期待出来るから。
「いきなりやって上手く行くとは思わなかったんで。伏線張ったり、このシュシュを小道具に使ったりしました。話し方とか問い掛けなんかも工夫しましたよ。」
話をまとめると、結華ちゃんは私の手を彼女の物だと思い込ませ、本当に彼女から触られているのだと錯覚させたかった。それを補助するために彼女の存在を意識させる『代わり』、ウサギがプリントされたシュシュを使った。
シュシュに支配の役割を持たせるためにわざわざ首輪を見せたり、飼われたいか聞いてみたり、今日もその話を掘り返したりした。着けた瞬間に『この手は彼女の物になった』と意識させる事でスイッチの役割も持たせた。
敬語を一切使わなかったのは、彼女が上位であると思わせるため。最初に彼女自身の手で私の右手を動かしたのは、暗示が効いているかの確認とお手本を見せるため。手がどう動くか聞いてきたのも、私に想像させて彼女の動きを再現させるため。
そうして彼女の言葉が正しいと思い込んだ私は、その後の彼女の言葉も正しい物にするべく動いてしまった。言う事を聞くほどに暗示が深く掛かって、ついには感度を操られるまでになってしまった、と言う事だ。
私の身に起きた事は分かった。しかし腑に落ちないのは、何故こんな回りくどい方法を彼女が取ったのか。
「ねえ、なんでこんな事したの? あ、別に怒ってないよ。ただ、すごく面倒な事してるから。」
「触られる相手によって、受ける感覚も変わるって話しましたよね。それって、自分自身にも当て嵌まると思うんスよ。陽葵さん、自分の事嫌いでしょ。」
「ん……。結華ちゃん、はっきり言うよね。」
ああ、そういう事か。嫌いな相手に触られれば不快に思う。それが自分自身だから、特に何も感じなかっただけだ。
私はこの体が嫌いだ。火傷痕の一つくらいあれば、まだマシに思えたのに。私は高梨陽葵が嫌いだ。家族を見殺しにした人でなし。
「ごめんなさい。でもそれなら、私が触った様に思わせれば、気持ち良く感じるんじゃないかって考えたんスよ。」
ああ、もう。彼女に謝らせてしまった。これ以上嫌な事を考えるのはやめよう。
つまり事情を知っている彼女は最初から私一人で出来るなんて考えていなくて、今回の手段を用意したわけだ。擬似的に彼女の手を借りる事で、私は自分で性欲を処理出来る様になる。
今後の事を思えば、宿題を終わらせる度に彼女に泣き付くわけにもいかない。そもそも『ご褒美』が条件付けされるとは考えていなかったのだから、この手段を使うのは仕方無いと言える。
いや、待て。おかしい。彼女は昨日、私が『ご褒美』について聞く前から出掛けようとしていた。つまり、その時点で暗示を掛けるための仕込みを行おうとしていた。だから私に『首輪』を着けたのは、『ご褒美』とは全く関係が無い。
「……昨日、宿題が終わってすぐに出掛けようとしてたよね。それって、私が依存してるって気付く前だったよね。」
「あ、気付きました? 実は今回のも依存させるために考えました。もう依存はしてるみたいだけど、上手く行って良かったっス。これなら会えなくても、自分でする時は絶対私の事を考えちゃいますよね。」
私が自慰をする前提で話しているけど、今回の方法を覚えるまでは全くした事が無かったわけで。ご褒美の件が無ければ自分からするかは分からなかったのでは。色々と複雑な事を考えている様で、意外と行き当たりばったりなのだろうか。
そもそもの話なのだが。同じ話を先日にされた時にも思ったのだが。ああ、あの時はヤンデレがどうのとか考えていたか。
とにかく、私は彼女の事が好きだ。はっきりと言ってしまえば、高梨陽葵は丘野結華に恋をしている。更に言えば、私達はもう恋人なのだ。ならば、相手の事を考えてしまうのは至極当然の事だろう。四六時中とまでは言わないけど、同じくらいの気持ちで彼女を想っている。実の所、彼女の望みの一つは既に叶っているのだ。ただ、私が不甲斐なくて、伝え切れていないだけ。
「ねえ、陽葵さん。私が誘惑し始めてから、陽葵さんは少しずつ気持ち良くなる事を受け入れる様になりましたよね。そして今日、すごく変則的だけど自分から気持ち良くさせる事と疑似的にセッ、セックス……を、覚えました。」
先程は平然とその言葉を口にしていたのに、そこで言い淀むのか。恥ずかしそうにしている姿が可愛い。まあ、淫靡な彼女は演技なのだろう。そのくらいは分かっている。だからと言って、それを責めるとか、問い詰めようなどとは思わない。私のためにやっている事だし、素の彼女も演技をしている彼女も好きなのだ。
しかし、だ。先程は彼女のしている事を行き当たりばったりだとか考えたが話を聞くに、これもまた仕込みなのかもしれない。続けさせるために自慰をさせたのではなく、別の目的のために経験させた。快楽と言うのは一度経験すると、二度目は抵抗は弱まる。以前にも思っていた事だ。
彼女は言葉を続ける。果たして私の予想は正しかった。
「少しずつ段階を踏んでるんスよ。ここまでも伏線。前よりも抵抗が少なくなってるんじゃないっスか? ……もう少しで、本当に愛し合えますね?」
「愛し合う、って。それは……。」
何度も聞いた、色を感じる声音。だけど今は多分、演技ではない。理屈ではなく、感覚的に分かる。彼女は本気で、私と愛し合いたいと思っている。
彼女の言葉通り、私は性欲関係において、日々少しずつ抵抗が無くなってきている。以前はキスすら良くないと考えていた。それがいつの間にか、キスなら大丈夫、などと考えるようになって。与えられる快楽なら大丈夫、こちらから求めなければ大丈夫、その内にもっと欲しいなんて思う様になった。間違い無く、私の性に対する欲求はエスカレートしている。
だのに、私の罪悪感は眠っている。私が罪悪感と呼んでいる、もう一人の私は何も言わない。もう一人の私は、自分が幸せになろうとすれば罪を持って責め立ててくるはずなのに。誰かと愛し合うのは至上の幸せに他ならないのに。私は幸せになってはいけないはずなのに。この先へ進みたいと願っても、もう一人の私の声は聞こえない。
私はもう、幸せを感じている。いつでも与えてくれるのは彼女だ。ごく普通の穏やかな幸せも、恋人から受ける激しい幸せも。全部、全部彼女から受け取っている。今に始まった事じゃない。私達の、始まりの日から。私は彼女を助けたつもりで、その時からずっと彼女に助けられている。
「上手く出来たんで約束通りご褒美をあげようと思うんスけど。いつも通りが良いっスか? それとも私と、してみます?」
いつまで甘えてばかりで居るつもりなんだ。いつまで一方的に愛されるつもりなんだ。このままでは、私はペットに成り下がる。
変わらないといけない。私を幸せにしてくれると言ったけど、彼女にも幸せになって欲しい。彼女の想いに応えたい。私も彼女を愛したい。私は、彼女の恋人でありたい。
「結華ちゃん。」
背中を守られたままでは、彼女を愛せない。私は彼女の方に向き直り、触れる様に唇を重ねた。
さようなら、もう一人の私。ごめんなさい、皆。彼女の色に染まる事を、穢れる事だとは思えません。私は彼女との幸せを探していきます。どうか恥知らずと罵ってください。
「ご褒美は要らない。私も、ね。結華ちゃんにしてあげたい。まだ、最後まで出来ないかもしれないけど。ごめんね、面倒臭くて。」
こればかりは、ご褒美なんて言葉に甘えるわけにはいかない。明確に私の意思で、彼女を愛すると伝えなければいけない。
彼女は、泣きそうな顔で小さく微笑んだ。彼女だって、慣れない事だったはずだ。ずっと一人で頑張らせてしまった。
もう、迷わない。愛する事からも、愛される事からも、逃げたりしない。
「……本当に? もう拒んだりしませんか?」
「分からない。でも……。ねえ、結華ちゃん。私の事、好き?」
「好きっス。大好き。好きじゃなかったら、こんな事しません。」
「ありがとう。私は自分の事、嫌いだけど。結華ちゃんが好きって言ってくれるなら、私も頑張りたい。結華ちゃんと一緒に幸せになりたい。勿論、こういう事だけじゃなくてね?」
あなたが好きだから。あなたを幸せにしたいから。あなたの好きな人も、一緒に幸せにならないといけないよね。だからそんなに泣きそうな顔をしないで。あなたに想ってもらえて、私は幸せなんだよ。
「嬉しい、嬉しいっス。私、拒絶された時から、ずっと陽葵さんに求められたかった。」
「今までごめんね。もう言い訳なんてしないから。私も、結華ちゃんを愛したい。」
私はずっと、彼女から与えられてきた。快楽も、幸福も、愛情も。彼女にも、何かしてあげたい。少しでも愛を返したい。
でも、どうすれば良いのかなんて分からない。私は彼女の体を全然知らない。触り方なんて分からない。
ああ、一つだけ知っているじゃないか。これならきっと、彼女は喜んでくれるはずだ。
「ずっと頑張ってくれて、ありがとう。結華ちゃんにも、ご褒美をあげないとだよね。」
「えっ、陽葵さ……っ!?」
私に出来るのは、鼻腔への愛撫。彼女を抱き寄せて、胸元に顔を埋めさせる。今の私は汗臭いだろうけど、彼女がそれを好んでいるのを知っている。こんな事をするのは恥ずかしいけど、もう抵抗は無い。彼女が好きだと言うなら、喜んで嗅がれよう。
服の上から、吐息の熱を感じる。大人しく抱かれたままの彼女の頭を撫でる。これが、今日の分のご褒美。今までの分を少しずつ、返していこう。
このまま、私の匂いに依存させてしまおうか、なんて。馬鹿な事を考えながら、私は彼女を抱いたまま、ゆっくりと撫で続けた。
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