ありがとう。さようなら。
先日は自己嫌悪と悪夢の所為で精神的に酷い状態だったけど、普段の私はそんなに暗いわけではない。と言うより煩悩の塊みたいな人間で、すぐ変な方向に考えが行ってしまうし、彼女と触れ合っているだけで下着を湿らせるいやらしい女だ。『最高に幸せだと言わせてみせる』と言われた時は反感や感動と言った様々な物がごちゃ混ぜになっていたが、落ち着いてから思い返すとあれはプロポーズのセリフにしか聞こえないと気付いて一人で悶えている。
さて、いつまでも暗い気持ちのままでは居られない。彼女があそこまで言ってくれたのだから、私ももう少し頑張らないと。今でも十分過ぎるくらいだけど、もう少しだけ欲張ろうと思う。皆の事を忘れるつもりは無いし、まだまだ引きずると思うけれど。まずは、お母さんの真似をやめる。どうせ格好から入った物だ、今度も格好から変えていけば良い。
今日は、いや、今夜は。彼女と待ち合わせをしている。非日常的なイベントだからこそ、こうして待ち合わせをするのはデートっぽく感じる。そう思うのは、意識し過ぎだろうか。
「あっ、陽葵さん!」
「結華ちゃん! 浴衣で来たんだね。すごく可愛いよ。」
夏のイベントと言えば何か。その答えの一つが祭りである。近所の神社の近くで夏祭りが開かれると聞いて、私達は集まったのだ。
結華ちゃんが着て来たのはセパレートの浴衣。ヒマワリのヘアゴムも夏らしくて浴衣と合っている。私があげた物を目立つ所に付けていると、まるで彼女は私の物であると周りに伝えているかの様な気分になって興奮してしまいそうだ。
思考が逸れた。普段も可愛いけれど、やはりこう言った服は特別感があって良い物だ。
彼女の表情はいつも変化が小さいけれど、それも一つの魅力なのだと思う。だからこそ、笑う時や驚いた顔がとても可愛らしい。そう、今の様に。
「……ありがと。陽葵さんも、綺麗っス。」
「私はいつもと変わらないけどね。……でも、ありがとう。」
照れた様に笑う彼女は、控えめに咲いた小さな花の様だ。だけど私は、頭に飾られた造花のヒマワリよりも、ずっと素敵だと思った。
彼女は褒めてくれたけれど、私は普段着と変わらない。無難なノースリーブとロングスカートだ。浴衣は流石に高過ぎる。日常で着るわけでもないのに買う気は無い。私のためだけにそんな物を買うのは無駄遣いだ。
不意に、右腕に肌触りの良い暖かい物が触れる。反射的に見てみると、彼女がその腕を絡ませていた。
「あっ……。結華ちゃん?」
「はぐれたら困りますから。駄目、っスか?」
「ううん。そうだね、ゆっくり回ろうか。」
元より断るつもりなど無いけれど、彼女から不安そうに言われれば、断れる者など居るだろうか。いいや、居るはずも無い。
右腕に感じる小さな幸せ。私には、過ぎた物だけど。このくらいなら、許してもらえるのだろうか――いけない。全く、例の件があってからすぐに後ろ暗い思考になっていけない。今は彼女と、楽しく過ごす事だけを考えよう。そうでなければ、彼女に失礼だろう。
二人で屋台を見て回る。食べ物の屋台が多いけれど、まずは遊べる物を探す。定番の金魚掬いはやめておいた。飼うつもりも無いのに貰っても仕方が無い。
「今当たったよね!? ねえ!?」
「残念、当たってないんだなー。お姉ちゃん、あのちっこいのは当たれば絶対倒れるよ。」
「私もやります。」
私達が見付けたのは射的。三発で三百円。どうせやるからには欲しい物をと狙ったのだが、思っていた以上に弾が真っ直ぐ飛んでくれない。最後の一発も見事に外れた。しっかり狙って、撃った後も絶対当たったと思ったのに。
その後、彼女が屋台のおじさんにお金を渡して挑戦し始めた。やけに注意深く銃口の辺りを見て、それからコルクの弾を詰める。一発目は、当たった。私が狙っていた、ウサギのキャラクターの人形が倒れた。続いて隣のネコの人形、逆隣のキツネの人形も倒れる。
「……しっ!」
「結華ちゃん、すごい! すごいよ!」
「本当だ、こりゃあすごい。いや参った、こんなに上手い子は中々居ないよ!」
お世辞なんて言う余地も無く、とんでもなく上手い。撃ち終わってから軽くガッツポーズをする彼女がまた可愛い。
景品を受け取った彼女と一緒に店を離れると、それらを私に差し出した。
「陽葵さん、どうぞ。」
「えっ、良いの?」
「そのために当てましたから。」
表情も変えず、当然だとばかりに言ってのけた。胸がきゅんきゅんと締め付けられる。可愛いのに、格好良い。ときめくに決まっているだろう。頭がくらくらする。私はそれらを受け取って、そのまま彼女を抱き締めた。
「わっ、ちょっと!」
「ありがとう。すごく嬉しいよ。」
ああ、そうだ。あまり強くしてはいけなかった。良く彼女から苦しいと言われるのに、ついやってしまう。力を緩めると、彼女は体を預けてきた。その心地好い重さを楽しんでいると、背後から声が掛かる。
「流石だね、結華。練習したの?」
急な事に驚いてしまい、お互いに勢い良く離れてそちらを見ると、穏やかな微笑みを浮かべた、私より少し背の高い女の子がこちらを見ていた。どうやら彼女が結華ちゃんの名前を呼んだらしい。部活が終わった後にそのまま来たのだろうか、袖を捲ったジャージとハーフパンツを着ている。
「……見てたの?」
「偶然ね。結局お祭りには来たんだ?」
「うん。まあ、さっきのは久しぶりでも何とかなったよ。」
結華ちゃんの様子を見るに、親しい間柄みたいだ。あのジャージは見覚えがある。学校の友達だろうか。
「えっと、結華ちゃん。お友達かな?」
「あ、スイマセン。こっちは同じ学校の――」
「友達兼、ライバルやってる柳原です。もしかして、ロリコンのヒマリさん?」
「う……。はい、高梨陽葵、です。ちょっと結華ちゃん、私の事どういう風に話してるの?」
まさか、初対面の女の子にロリコン呼ばわりされるとは思っていなかった。私の好みに当て嵌まるのが幼い女の子に多いのは否定出来ないけれど。だってそれは仕方が無い。ほとんどの人間は歳を重ねると大きくなってしまうから。結華ちゃんが例外なだけなのだ。
でもそれを勝手に広められるのはちょっと困る。普通に外聞の悪い嗜好だし、本気で犯罪者扱いされるのは嫌だ。私は基本的に見るだけで、近寄ったり触れたりしない無害な人間なのだ。今は見る事も少なくなったけど。
「いや、違うんスよ。口が滑っただけなんスよ。てかアンタが怒った所為じゃん!」
「変に勘違いさせた君が悪い。」
――勘違いさせた? 何を? それで、怒らせた? もしかして、私以外にも思わせぶりな態度を取っているの?
不味い。おかしい方に思考が逸れた。嫉妬する権利など無いのに。でも、でも。幸せだと言わせるって、あなたは言ってくれたのに。
「すみませんね。高梨さんの事聞いた時、結華の説明が酷かったんです。変な言い方ばかりされたら心配しますよ。その、抱かれたとか。」
最後の方は声量を落として、私達だけに聞こえる様に言った。どうやら気配りは結華ちゃんより上手いらしい。彼女はストレート過ぎる所があるから。
でも、そうか。私の早とちりだったのか。良かった。
ドロドロとした物が溶かされてどこかに消えていく。同時に、現実の音が増え始めた。人々のざわめきが大きくなって、遠くからは太鼓や笛の音が聞こえてくる。
柳原さんの言葉に、私はデジャヴの様な物を覚える。そういう事を、どこかで聞いた様な。思い出した、結華ちゃんと一緒に服を見ていて、サキちゃんに会った時だ。
「あ、あぁ……。そう言えば私の友達にも同じ事言ってた……。」
「前科があったの?」
「んー、そうだったかも。通報されそうになって、陽葵さんがすごい慌ててたのは覚えてる。」
彼女はほんの少し口元が緩んでいるが、あの時は生きた心地がしなかった。分からないだろうけど、サキちゃんの目は本気だった。あの軽蔑の眼差しは流石に辛い物があった。結華ちゃんからされるならむしろご褒美だったのに。
「さてと。私はそろそろ戻るよ。あまり琥雪ちゃんを一人にするのは心配だからね。」
「何、二人で来てるの?」
「他は来なかったんだよ。君も断ったじゃないか。」
「ん、まあ。ごめん。」
友達の誘いを断って、私を優先してくれたらしい。今日のお祭りに誘ったのは、彼女の方からだ。やばい。頬が、口角が持ち上がっていくのを感じる。
柳原さんがちらりと私の方を見る。ふっ、と軽く笑って、彼女は視線を結華ちゃんの方へ戻した。
「別に良いさ。デートの邪魔して悪かったね。」
「分かってるならやめてよ!」
「くひっ、ごめんごめん。高梨さんも、すみませんでしたね。私はこれで退散しますから。」
「うん。じゃあね、柳原さん。」
特徴的な笑い声を上げてから、柳原さんは暑い暑いと言いながら涼しそうな顔で去って行った。
今、結華ちゃんはデートである事を否定しなかった。いいや、むしろ肯定している様な。嬉しい。私だけがそう思っていたわけではなかった。嬉しくて、頭が眩む。今すぐ彼女を抱き締めたい。
私は一つ、大きく深呼吸をした。先程抱き着いてしまったばかりだ。少しは自制しなければ。頭が痛い。
「陽葵さん。」
柳原さんの姿が雑踏に紛れると、彼女が抱き着く様に腕を絡ませてきた。頭の中がクリアになっていく。
「太鼓の音がしますね。見に行きませんか?」
「うん、行ってみようか。そうだ、何か食べながらにしない? ちょっとお腹空いちゃった。」
「はい。私も何か食べたいっス。」
道すがら屋台を巡り、たこ焼きとラムネを二つずつ買って、夕食代わりとして食べる事にした。焼きそばはどうかと聞いてみると、私が食べられないから要らないと返された。肉が入っているからか。私に合わせる必要なんて無いのに。
また、彼女はリンゴ飴を買っていた。こういう時にしか見掛けないからと言ってそれを手にする彼女は、とても可愛い。持っているだけで女の子は更に可愛くなれる、リンゴ飴はすごいアイテムだ。
祭囃子の聞こえる方に近付くと、複数の男女が踊る様に和太鼓を叩いていた。迫力ある演奏を前に、繋がれた腕を軽く引っ張られる。彼女を見ると何か言っているが、音に遮られて良く聞こえない。リンゴ飴を持った指が差す方を見れば、長テーブルとパイプ椅子が設置されていた。私は頷いて、一緒にそちらへ向かう。
「空いてて良かったっスね。」
座った途端、隣から耳打ちをされた。吐息混じりの囁き声に、背中がぞわりとする。周囲の音はうるさいくらいなのに、はっきりと私の耳へと届いた。
驚いて振り向くと、お互いの顔が触れそうな距離に居て。瞼を数度瞬かせてから、彼女は離れた。良く見ると、頬に少し赤みが差している。そして多分、私も。
大太鼓が叩かれる度にびりびりと衝撃が伝わって、体の芯の部分まで揺らされている様な感覚になる。今の鼓動も同じくらい大きいかもしれない、なんて馬鹿な事を考える。
まだ中身が熱いたこ焼きを食べながら、私は耳の熱が引くのを待っていた。最早演奏に集中出来る余裕も無い。
あの夜にされた事を思い出す。例の件の後は酷い自己嫌悪に陥ったけど、耳を責められていた時はそこまででも無かった。正直な所、興奮でそれどころではなかった。あんな感覚は初めてだったし、無自覚だろうけど言葉責めまでしてくるし、あのまま続けられていたら絶対に抵抗出来なかった。それに、小さい子に上に乗られて責められるのは何度も妄想していたシチュエーションで、本当にやばかった。
大して時間も掛けずに食べ終えて、空になったパックをビニール袋に入れる。少し遅れて、彼女も自分の物を同じ様にする。最近はこう言った袋をあまり使わなくなったけど、屋台で買った時に入れてくれた。こうして使ってみると、やはり便利だ。
ガラス瓶を呷れば、冷たいラムネが喉を刺激しながら口の中の油を洗い流してくれる。思えば何年も、お祭りには来ていなかった。今年は特別だ。だって、結華ちゃんが誘ってくれたから。
右手を滑らかな物が触れる。細い指が、私の指へと絡んでいく。指と指が互いに交差して、ぎゅっと握られた。私もまた、握り返す。
彼女の背は低い。私よりも頭一つ分くらい小さくて、身長は百四十センチを下回るだろう。だから私とは、手を繋いで歩くのは少し難しい。こんな、恋人繋ぎなんてしたのは、初めてだった。
寄りかかってくる暖かな重み。駄目だ、幸せ過ぎる。抱き締め合うなんて何度もしてきたのに、このくらいの事でこんなにも大きな幸せを感じるなんて。頭が痛い。苦しいけど、引き離せない。離れたく、ない。
「陽葵さん。花火は、大丈夫っスか?」
いつの間にか演奏は終わっていて、彼女の声が届く。不安そうな瞳が、こちらを見上げていた。火が怖いと直接口にしたわけではないけど、やっぱりバレているみたいだった。あの話を聞けば、そう思うのも当然か。
「打ち上げ花火なら、大丈夫。」
そう返すと、彼女は一度強く私の腕を抱き締めて、緩やかに離れた。夜と言っても暑いはずなのに体の右側が寒い気がして、胸が締め付けられる。
私はわがままだ。幸せを感じると嫌がる癖に、それが離れていくのも嫌なんだ。こんな事を続けていて、いつか彼女が本当に離れてしまったら。
「行かないんスか?」
座ったままの私を、落ち着いた高い声が呼び掛けた。リンゴ飴を手にした彼女が、こちらを見下ろしている。私も立ち上がって、少ない荷物を手に取る。がさりとビニール袋の音が鳴った。これは捨てていかないと邪魔になりそうだ。
屋台の並ぶ通りは人混みが疎らになっている。もう少しすれば花火が上がる時間だ、私達と同じ様に各々が場所を取りに行ったのだろう。
川の近くまで行けば良く見えるそうだけど、それは少し遠い。彼女は浴衣に合わせて下駄を履いているのだから、あまり歩かせるのは良くないだろう。軽く話し合った結果、私達は神社の方へ足を運ぶ事となった。
「浴衣、汚れちゃうよ?」
「このくらい平気っスよ。土が付くわけでもないんで。」
「うーん……。何か敷く物持って来れば良かったね。」
神社の付近には結構な人が集まっていた。私達はなるべく人の居ない場所を探して、石段の隅に腰を下ろした。石段は綺麗だけど、やはり多少の砂は残っている。大きめのハンカチでも用意しておけば良かった。
ここで彼女はリンゴ飴の袋を外した。血色の良い唇が近付いていって、小さく齧る。意外と飴が薄い様で、小気味良くぱりぱりと割れる音がする。
「初めて食べましたけど、結構美味しいっスね。陽葵さんもどうスか?」
「良いの? じゃあ、少し貰おうかな。」
「どうぞ。好きな所、食べて良いっスよ?」
彼女はにやりと笑って、私の方へリンゴ飴を差し出した。好きな所を、と言われてしまえば既に齧られた部分を意識してしまう。これはわざと言っているだろう。そちらがからかうつもりなら、私にも考えがある。
リンゴ飴を持つ彼女の手を握る。そのまま私は顔を近付けた。彼女の唇へ向かって。
「え、何、どうしたんスか。」
「好きな所、食べても良いんだよね?」
「えっ!? ちょっと待って――」
「良いから。ほら、目を閉じて。」
空いている方の手で彼女の頬に触れると、ぎゅっと目を瞑った。そして私は彼女の唇、ではなく。リンゴ飴に齧り付いた。酸っぱいリンゴを使っている様で、飴の甘さと混ざって丁度良い味になる。
「本当だ、美味しいね。」
「……陽葵さん? 何してるんスか?」
「あはっ。何されると思ったの?」
頬を染めてこちらを睨む彼女も可愛い。目を閉じた彼女を見たら本当にキスしたくなってしまったけど、やっぱりまだ付き合っていないのにするのは良くない。先日我慢出来ずに勢いでやってしまった事は棚に上げて、そんな常識的な考えで踏み留まった。
私の手が離れた後、彼女は不機嫌そうにリンゴ飴をもぐもぐと食べ始めた。口元から動かさずに、まるで小動物みたいな食べ方だと思った。短めのサイドポニーがゆらゆらと動いて、余計にそれらしく見える。
器用にリンゴ飴を食べていく彼女を隣から眺めていると、遠くから何かが弾ける様な音が聞こえる。どうやら花火が始まるらしい。空を見上げると、やがて大きな光の花が開いた。
まだ少し明るい夜空に、次々と花火が打ち上げられていく。同じ炎のはずなのに、どうしてこんなにも違うのだろう。私は数年ぶりに見た花火を、ただただ綺麗だと思った。
やがて隣から伸びた小さな手に私の腕が掴まれる。しなだれ掛かる様に、肩に乗せられた頭の重み。私が感じたのは恋のドキドキとか性の興奮とかではなく、もっと落ち着いた気持ちで。ずっとこのまま、二人で花火を眺めていたい。そう思った。
「……綺麗っスね。」
「うん。本当に、綺麗……。」
今を切り取って、永遠にその中で過ごしていたい。きっと、ぬるま湯なんだ。あまりに強過ぎる幸せは、火傷してしまう。彼女と想いが通じ合っているのに、その関係をはっきりと決めないのは、きっとそういう理由。仲が深まるほどに辛くなるのに、結局関係を断ち切れなかったのも、きっと。
「陽葵さん。今日はちょっと、違いますね。」
「……実はね、今までお母さんの真似してたんだ。話し方とかね。」
「そう、っスか。じゃあ、今のが素の陽葵さんなんスね。」
「うん。私、ずっと嘘吐いてたんだ。幻滅した?」
今日、ずっと聞かれなかった事をついに言われた。絶対に気付いていたはずなのに、今になって。
彼女に見せてきたのは、仮面越しの私。嘘と思い出を塗り固めて作った、お母さんを
「いや、たまに出てたから、別に。」
「え、本当?」
「その時は、その。格好、良いな、って。……今も。」
けれど、彼女はそんな事なんて気にしていないみたいだった。嘘吐きな私を格好良いだなんて、照れ臭そうな声色で言う。
「だから幻滅なんてしません。私、どっちの陽葵さんも好きっス。」
彼女の真っ直ぐな声が私を射貫く。本当の私なんて、そんなに好かれる様な人間じゃないのに。けれど、彼女の気持ちが伝わってくる。好きな事に変わりは無いのだと、きっとそう言っている。
お母さんの真似をしていたのは、間違いだったのだろうか。でも、彼女はどちらも好きだと言ってくれた。仮面が無ければ、彼女とここまで仲良くなれなかったかもしれない。ならば間違いだったとしても、きっと無駄ではなかった。
「あの。本当に今更なんスけど、私と付き合ってくれませんか? 友達のままじゃ、嫌。私、陽葵さんの特別になりたい。」
「……私は。」
私は彼女が好きだ。初めは罪悪感の埋め合わせだった。下心もあった。諦めもあった。でも、今は。
今も着けている、リボン付きのシュシュ。これは彼女から貰った、最初のプレゼント。彼女からすれば大した事は無い物かもしれないけど、雑貨屋で売っている量産品の安物かもしれないけど、私の一番大切な宝物。これを受け取った時、本当に嬉しかった。多分、あれが恋の始まりだったのだと思う。
ずっと前から、私の中で彼女は特別だった。だったら、今更迷う必要なんて。
――何を言おうとしているの? 何を欲しがっているの? お前にそんな物を得る資格なんて無い。
突如として花火が見えなくなった。視界が彼女で塞がれる。唇が、彼女に塞がれる。
「陽葵さん、知ってます? 恋人同士なら、キスだってして良いんスよ。」
頭の中が晴れていく。それは優しく触れる様なキスだった。少し顔を離した彼女はとても綺麗に、小さく笑った。
ああ、どうしても欲しい。あなたが欲しくて仕方が無い。大嫌いな私を、好きになってくれたあなたが欲しい。
変わらないといけない。夜空の花束にも終わりが来る様に。まだ手に持っている仮面を投げ捨てる時が来たんだ。
お母さん、今までありがとう。さようなら。本当にごめんなさい。親不孝な娘を、どうか恨んでください。
「勘違いしないで。そういう事がしたいからじゃない。私は、結華ちゃんが好きだからキスもしたいし、付き合いたいって思ってる。」
少しで良い。私の本音をぶつける。多分、それだけで変わっていくはずなんだ。
真っ直ぐに、彼女の瞳を見詰める。花火なんて、もう見る気になれない。
「だから私、結華ちゃんの彼女になりたい。」
「……ふ、ふふっ。どうしよう、すごく嬉しいっス。」
私が見ていたいのは、ただ一つ。目の前に咲く、小さな一輪の華だけだ。
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