視線の先

 食事中はほとんど喋らず静かにしている彼女だが、どうやらファーストフードは別らしい。齧った跡の付いたバーガーを片手に妙にテンションが高い挙動不審な彼女を、私は呆れた目で見詰めた。


「陽葵さん、ちょっと。」

「どうしたのぉ?」

「あんまり他の子見ないでください。」

「えへっ。もしかして嫉妬してくれてるぅ?」

「見過ぎなんスよ。本当に通報されたらどうするんスか。」

「大丈夫だよぉ。ちゃんと言い訳も用意してるもん。」


 先日、ロリコンである事を私に知られたからか、陽葵さんはそれを隠さなくなった。優しくて綺麗なお姉さんである事には間違いないのだが、そのイメージはとうに崩れている。

 週末のバーガーショップには家族連れや友人同士で食事をしている人達が多く見られる。その中には小学生や園児らしき子供も居るわけで。対面に座る陽葵さんの視線は目の前の私に向くでもなく、別の幼い子供を探してうろうろと彷徨わせている。


「もう。小さい子なら誰でも良いんスか?」

「だって可愛いもん。つい見ちゃうよねぇ。」


 目の前でにこにこと笑みを浮かべる彼女を見ているのは、ちょっと面白くない。

 付き合っていると勘違いするくらいには、私の事を好いてくれているはずなのに。ここに私が居るのに、なんて思ってしまう。

 それから、私は胸の内で自嘲した。自分はその気も無い癖に勝手な物だ。彼女が言った様に、きっと私は嫉妬している。散々味わった悔しさとは全く違う、どろどろとした苛立ち。こんな気持ちは初めてだった。

 私へと視線を向けさせるために、陽葵さんの手をぎゅっと握る。もう片方の手で、フライドポテトを彼女の口に押し込んだ。


「……私じゃなくても良いなんて、嫌だ。ねえ、私だけ見てて。」


 言ってから、私は自分の発言に戸惑う。周りに迷惑が掛かるかもしれないから私の方だけを見ていれば良いのだと、そう言おうとしただけなのに。

 でも、幼稚で自分勝手な言い方になってしまって。こんなの、嫉妬どころか独占欲丸出しだ。友達に向ける様な物ではない。

 呆然とした様子の彼女がポテトを咀嚼して喉の奥へと落とす。それから気が付いた様に、目を瞬かせた。


「ごめんね。私、一生結華ちゃん以外はそういう目で見ないから。」


 その口調に普段の柔らかさは全然無くて、ただ真っ直ぐに伝えてくれている気がした。いつに無く真剣な表情に凛々しさを感じる。

 ただし、片手に食べ掛けのバーガーを持っている所為でいまいち決まっていないけれど。それがなんだか面白くて、くすりと笑いが漏れる。


「陽葵さんって結構ちょろいっスね。」

「……えっ? 嘘ぉ!? 騙されたぁ!?」


 瞬間、彼女の表情が崩れる。目を白黒とさせている様子を見ているだけで口角が上がってしまう。悪戯を成功させたら、こういう気分になるのかもしれない。

 言った事は嘘ではないけれど、口にはしない。聞けば暴走して抱き着かれるのは容易に想像出来る。それに、少し恥ずかしいから。


「酷いよぉ、結華ちゃんに弄ばれたぁ……。」

「人聞き悪いっスね。周りの親御さんから怪しまれない様にしてあげたんスよ? 私ならいくら見ても大丈夫だし。」


 項垂れる彼女の口元にフライドポテトを持っていく。サクサクと小刻みに食べていって、最後には恨めしそうにこちらを見ながら私の人差し指を甘噛みする。ほんのちょっと痛い様な、むず痒い様な感覚が指先から伝わってきて、それから逃げる様に指を引き抜いた。


「怒りました?」

「うん。勘違いしちゃうからそういう事言っちゃ駄目だよぉ。」

「勘違いしても良いっスよ?」

「ほらまたぁ。」


 彼女は不貞腐れた様に私へと視線を向けながら、魚のフライが挟まったバーガーをもそもそと齧る。

 私は今度こそポテトを自分の口へ運ぶ。細長いので、一口で半分だけ齧って二口目で一本を食べきるのが私の食べ方だ。咀嚼しながら手をテーブルに下ろすと、陽葵さんから向けられている視線に違和感を覚えた。疑問に思いながらもう半分を食べようと口に持っていった所で、その正体に気付く。悪戯心に火が着いた私は、短くなったポテトを摘まんだままに、彼女へ声を掛けた。


「陽葵さん、見過ぎっス。」

「えぇ……。もう他の子は見てないよぉ?」

「そっちじゃなくて。指。ねえ、こういうの、期待してました?」


 私は今、きっと意地悪な顔をしていると思う。意識しているわけでもないのに、口元がにやにやと勝手に歪む。

 半分になったポテトを口の中に放り込んで、付いた塩を取るために人差し指に軽く吸い付く。そうしてわざとらしく音を立てて、指を離した。

 彼女は頬を紅潮させながら、私の唇を凝視している。きっと彼女は、そういう事をしたいのだ。それも多分、直接。

 彼女の視線を釘付けにする方法を知ってしまった。ああ、楽しい。もっと、もっと私の事を見て欲しい。それで、もっと私の事を好きになってくれたのなら。私はきっと、彼女の一番に近付ける。


「ほら、意識してる。」

「……今日の結華ちゃん、意地悪だぁ。」

「ふ、ふふっ……。今の陽葵さんは、とっても可愛いっスよ。」

「もう。年上からかってそんなに楽しそうにして、悪い子だねぇ。」


 喉を潤すためか、それとも頬の熱を冷ますためか。彼女はアイスティーに手を伸ばした。紙コップに入ったそれが、白いストローを内側から染める様に透けて見えた。

 ストローから口を離した彼女に、私は三本目のポテトを差し出す。何を言うでもなく食べ進めて、最後は私の指を小さく舐めた。歯とはまた違った感触で、くすぐったい。


「悪い子は嫌いっスか?」

「……ううん。好きぃ。」


 陽葵さんは溶ける様に呟く。彼女の熱を冷ますのに、アイスティーでは役者不足だったみたいだ。

 ファーストフードなのに、大した量を頼んだわけでもないのに。私達の食べる速度は、決して早いとは言えなかった。

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