暴露される本性
「それも可愛いねぇ。じゃあ、次はこっちも着てみてよぉ。」
「……ちょっと、疲れちゃったんスけど。」
私達は今、隣町にある大型ショッピングモールに来ている。その中の女性向けファッションショップで、私は着せ替え人形になっていた。
着替える度に違う服を陽葵さんが持ってくる。全然終わる気配が無いので疲労を訴えると、彼女は悪戯っぽく口元を歪めた。
「私が着替えさせてあげよっかぁ?」
「恥ずいんでやめてください。」
着替える度に褒めてもらえるのは悪くないのだけれど、どこまでも延々と続くのではないかと思ってしまう。私の服を選びに来たのは確かだけど、いつまでも玩具みたいに扱われるのは苦手だ。
しかし正直に嫌だと言っても不和の元となりそうで、それは避けた。無駄に仲を悪くするつもりは無いのだ。なので、ちょっと言い方や切り口を変えてみる事にした。
「あの、陽葵さん。どれが一番良いと思いました?」
「全部!」
「……一つだけ選んでください。」
「えぇー。うーん、これかなぁ? もう夏になるし、秋になっても工夫すれば着れそうじゃない?」
彼女が指を差したのはフリルの付いたオフショルダーとデニムショートパンツ。肌の露出が多くてちょっとセクシーに感じる。
私からすれば全然可愛さが足りないと思うけれど、彼女が選んでくれた服が悪いはずがないとも思う。そもそも私のセンスでは子供っぽい物を選んでしまうだろう事は、先日に受けた駄目出しから分かりきっていた。私は反省の出来る女だ。
「でも結華ちゃんって見た目よりクールだし、もうちょっとフォーマルな感じが入ったのも似合いそうだよねぇ。ちょっと探して――」
「これにします。私、これが良いっス。買って来るんで、待っててください。」
これ以上人形気分を味わうのはちょっと勘弁して欲しかったので、強引に話を切り上げて試着室のカーテンを閉める。服を見るのは楽しいけれど、何着も試着してそれを誰かに見られるというのは精神的に疲れるのだ。私はこう言った経験が乏しいからそう感じるだけで、世の女子達にとってはこれが普通なのだろうか。
私は元々着て来た服(パステルカラーのコーディネート。以前陽葵さんの部屋にお邪魔した時とは違う物であるが、我ながらワンパターンであると言わざるを得ない。)に着替えて、選んでもらった服をレジへ持って行く。
店のロゴが入った紙袋をぶら下げて陽葵さんの所へ戻ろうとすると、彼女は知り合いらしき女性に話し掛けられていた。
「あれ、高梨じゃん。一人?」
「サキちゃん! 今日はねぇ、地元の子と来てるんだぁ。」
その人は一言で表せば、とにかく目立つ人だった。エメラルドの鋭い目と白い肌に浮かぶような真っ赤な唇。髪型はアシンメトリーなショートカットで、顔立ちも相まって中性的に見える。
黒い半袖のワイシャツと黒のスキニーパンツ、それから同じく黒のハイヒールを身に纏っている。ヒールも合わさって陽葵さんよりも頭一つ分くらい高く、女性にしては高めの身長だ。しかし胸元の開いたシャツから覗く谷間と一目で分かるその豊満さが彼女を確かに女性であると主張している。身体的な特徴だけでも目立つ人だと思う。
それ以上に目立つのが、彼女の身に着けたアクセサリー類だ。右手の全ての指にリングが嵌められていて、その全てがチェーンで繋がっていた。腰のベルトには片方だけになった手錠の様なアクセサリーが付いていて、左腕に巻いたブレスレットにはゴテゴテとした銀の装飾が施されているのが見える。首の黒いチョーカーには銀に光る一本の鎖が下がっていて、先には同色の南京錠が付いている。
全身を黒と銀で染めた様な彼女は、この様な場所に合わないと思った。ヴィジュアル系ロックバンドのライブにでも居そうな格好だ。
「陽葵さん、お待たせしました。えっと、そっちの人は……?」
「あっ、結華ちゃん! こっちはサキちゃん、同じクラスの子なんだぁ。」
彼女のインパクトがあまりにも強かったので少しその場で放心してしまったが、私は思い出した様に体を動かして陽葵さんの元へと戻る。どうやら彼女は陽葵さんの友達らしい。
そもそも私と陽葵さんの間でも頭一つ分くらいの身長差があるのだから、更に背の高い彼女と目を合わせるのは辛い物があるわけで。天を見上げる様にして見た彼女は、困った様な表情を浮かべていた。
「……高梨。今からでも遅くないから自首してきなよ。」
「なんでぇ!?」
「君、大丈夫? このお姉さんに変な事されてない?」
「してないよぉ!」
「んー、何もされてないっスよ。」
彼女は私と視線を合わせるためにわざわざ屈んでくれた。何故か陽葵さんが自首を勧められているのだが、変な事をされた記憶などほとんど無い。精々、あの不味い飴を渡されたくらいだろうか。
あの抱き着き癖は変な事に含まれるのだろうか。それだけは話してみよう。嫌ではないけれど、少し苦しいから。もしかしたら彼女も経験があるかもしれない。
「あ、でもすぐに興奮して私の事抱いてくるんスけど、それだけちょっと困ってますね。えっと、お姉さんも抱かれた事――」
「待ってぇ! その言い方だと誤解されちゃうからぁ!」
「あたし、高梨さんの事信じてたんですけどね。本当に残念だけど、通報しますね。」
「急に距離取るのやめてよぉ!」
彼女は私を陽葵さんから庇う様に立ち塞がり、パンツのポケットからスマートフォンを取り出した。彼女の背の影から覗けば、いつに無く慌てふためく陽葵さんが見える。おろおろとしている姿も可愛らしい。
「サキちゃん、その子中学生だからぁ! 来年には高校生だからぁ!」
「見苦しい言い訳すんなよ。こんな小さい子に手ぇ出して恥ずかしいと思わないんか? ん?」
「あの、それ本当っス。私、今年受験生っス。」
「……マジ?」
「紛らわしい見た目でスイマセン。」
本当に通報されても困るので陽葵さんへ助け船を出す。先程からサキと呼ばれている彼女は、驚愕と困惑と疑念が混ざった様な顔でまじまじと私の事を見た。私の外見が幼く見えるのは今更の事。間違われるのなら訂正すれば良いだけだ。
彼女は納得し切れていない様子だったが、とりあえず全員でその場を離れる事にした。店の前でこんなやり取りをしていたら迷惑になるので、喫茶店に入って話をする運びとなったのだ。
「あたしは最初から高梨の事信じてたよ。本物に手ぇ出したりしないって。」
「サキちゃん……酷いよぉ。」
「や、ごめんって。普段のお前見てたらそりゃそう思うわ。」
どうやら彼女は陽葵さんが幼い少女(不服だけれど、私の事だ。)を言葉巧みに拐かしているのではないかと思っていた様だ。証明なんて出来ないけれど、私が中学生である事は分かってもらえた様で、ひとまずの誤解を解けた。
また、お互いに自己紹介をした事で名前が判明した。彼女の名前は
「先言っとくけど、知ってる限り純日本人だから。目もカラコンだし。なんつーか、うちの親ってちょっとおかしいのよ。」
彼女の名前からしてどこか別の国の血が混じっているのか、と思った直後の発言である。ハーフでも無いのに外国人みたいな名前を付けられたそうだ。私が同じ様に名付けられたら名前負けしそうだけれど、彼女の見た目ならそんなに違和感は無い様に思う。
「てかマジで二つしか変わんないの? 見えねー。」
「む……。多分服の所為っス。私、センス無いみたいなんで。さっき陽葵さんに選んでもらったのを着ればちょっとは大人っぽくなる、はず。」
「へー、ちょっと見せてみ。その袋っしょ?」
咲田さんが私の抱えていた紙袋に指を差したので、大人しく手渡した。勝手に着られるわけでもないので、別に見せるくらいは構わない。そもそも体格が違い過ぎてそんな事は出来ないと思うけれど。
「ふふん、絶対結華ちゃんに似合うと思うんだよねぇ。」
「あのさぁ。これお前の趣味全開だよね。どうせこれ着てあれこれして欲しいとか考えてんだろ。」
「……だから、結華ちゃんに似合うと思ったの! 変に勘繰らないでよぉ!」
呆れた風な咲田さんに、陽葵さんは言い返す。私の前では落ち着いた、ちょっと悪戯好きなお姉さんである彼女が憤慨している。と言うより、焦燥している。
まあ、妙な疑いを掛けられて嫌な気持ちにならない人は居ない。陽葵さんは滅多に怒る事は無い印象だけれど、いくら心が広いと言っても限度があると言う物だ。
場の空気を換えるべく、私は別の話題を口に出す。とは言っても、陽葵さんの情報を引き出すためでもあるのだが。
「あの、高校での陽葵さんってどんな感じなんスか? なんか変な事言ってるみたいっスけど。」
学校での言動は知らないけれど、陽葵さんが変な事を言っている姿は想像が付かない。精々、感情が昂って友達に抱き着くとか、そのくらいだろう――と、想像して。心臓を針で刺された様な痛みが走る。何だろうか、母に酷い事を言った時とはまた違う痛みだ。
湧いた疑問について考える前に、咲田さんは口を開く。
「高梨はね、学校だとオープン過ぎるんだよ。こいつ、小さくて可愛い物が好きなんだけどさ。」
「そう言えばこの前聞きましたね。」
「で、それは物だけじゃなくて、人間に対してもそうなんだよ。つまりこの女はロリコンって事。」
「ちょっとぉ、人聞きの悪い事言わないでよぉ。」
咲田さんの言葉で疑問が上書きされる。冗談だろうか、ロリコンとか聞こえたけれど。私も小学生の頃から登下校中に知らない人に声を掛けられる事も結構あるけれど、その中に女性は居なかった。
そもそもロリコンと言うのは性的欲求を少女にぶつける様な輩の事を言うのであって、そう言った欲求を抱くと言うのは男女間であるのが普通だろう。だから女性であればロリコンではなく、名称は分からないけれど少年に対するそれだと思う。
「いや、ロリコンってやばめのおじさんの事っスよね。確かに私、よく声掛けられたりしますけど。でも陽葵さんは女子じゃないっスか。」
「あのね、女でもロリコンって居るんだよ。LGBTくらいは聞いた事あるでしょ? ほら、ちゃんと高梨に聞いてみなよ。こいつ、全然嘘吐かないから。」
LGBTと言う単語はテレビか何かで聞いたかもしれない。いや、何かの授業で出たのだったか。良く知らないけれど、同性愛とかその辺りを表す言葉だ。女性の同性愛者であれば、確かにその理屈は通る。盲点だった。
陽葵さんは目を逸らすどころか、体ごとそっぽを向いている。その癖ちらちらとこちらに視線を寄越すのだ。動揺しているのは想像に難くない。
「うーん。陽葵さん、違うなら言ってくださいね。本当にロリコンなんスか?」
「う、うぅ……。私は、そのぉ、子供が好きなだけでぇ……。」
「女の子、好きなんスか?」
「あのねぇ、男の子と恋愛とかぁ、考えた事無いってだけでぇ……。」
「何誤魔化してんだよ。高梨さぁ、正直なとこ丘野ちゃんみたいな子が理想だろ。この見た目で歳も近いもんなぁ?」
「えっ、えぇーっとぉ。結華ちゃんはとっても可愛いと思うよぉ。」
やたらと目を泳がせている陽葵さんは言い訳を口にして話を逸らすばかりで、否定は一切していない。そんなの、事実であると認めた様な物だ。
咲田さんもそれが分かっているみたいで、にやりと意地悪な笑みを浮かべる。普通であればあまり良い印象にはならないけれど、彼女の容姿だと格好良くて、様になると思った。
「ほら、これで分かったでしょ。丘野ちゃん見た時にはついにやらかしたなって思ったし。つーか普段から公言してる癖に、人聞きが悪いとか良く言えたもんだよなぁ。」
「……そうだよぉ! どうせロリコンですよぉ! 結華ちゃんの事大好きだよぉ! これで満足ですかぁ!? もう、結華ちゃんの前では素敵なお姉さんで居たかったのにぃ!」
「本性出てきたな。丘野ちゃん、こいつから離れるなら今だよ?」
結局、陽葵さんは開き直った様に自白した。本当にロリコンだったらしい。
彼女は今まで、私への欲求を隠していたみたいだ。表面に出さなかっただけで、私に性欲を抱いているわけで。私に近付いたのも、仲良くしてくれるのも、そういう事だったのだろうか。そう思うと、少しだけ嫌な気持ちになった。
それでも咲田さんへの返答は決まっていた。だって、私は知っているから。
「そんな事しないっスよ。私みたいなのが良いんスよね? 見た目って結構大事だと思いますし、仲良くなるには有利じゃないっスか?」
「結華ちゃん……!」
「丘野ちゃんって、そんなにこいつの事好きなの? 普通にキモいと思うけど。」
「好きっスよ。もしかしたら下心はあったかもしれないけど、見ず知らずの私の事、助けてくれましたから。陽葵さんが優しい人だって、ちゃんと知ってますんで。」
だから、避ける理由にはならない。それに直接手を出されているわけでもないし、私は彼女の事を信じている。無理矢理に独り善がりに欲望を満たす様な人間ではないと、信じている。
不意に、腕に重みを感じた。陽葵さんが抱き着いて、涙を流していた。急な事で頭の中が混乱する。別に酷い事とか言っていないはずだけれど。
「うぐぅぅ……! 結華ちゃぁん、私もしゅきぃ……。」
「もう、いきなり泣かれるとびっくりするじゃないっスか。」
「あー、うん。良かったね、高梨。丘野ちゃんもごめんね、こんな話しちゃってさ。」
空いている方の手で陽葵さんの頭を撫でる。彼女から撫でられた事はあったけれど、逆は初めてだ。シュシュで束ねられた髪を崩さない様に、ゆっくりと慎重に触れた。
少しの間泣いていた陽葵さんだが、はっとしたように顔を上げた。
「あれぇ? 待って? これってもう、私達付き合ってるよねぇ?」
「えぇ……。なんでそうなるんスか?」
「おかしくない!? 私の事好きって言ったじゃん!?」
「お前さぁ……。ちょっと良い感じの話だと思ったのにさぁ……。」
私が目指しているのは最高の友達であって、恋人ではない。陽葵さんへの好きと言うのは人間性の事であって、恋愛的な意味合いは無い。
そもそも恋愛感情だとか性欲だとか、私は身を以て知っているわけではない。教科書や周りの話からそういう物だと知っているだけだ。彼氏が居た事もあったけれど、結局それらを知る事は出来なかった。だからそれが、友達への好きとどういう風に違うのかが分からない。
それに以前とは状況が違うので、とりあえずで付き合うつもりは無い。ちゃんと目的を持った今としては、いい加減に恋人を決める気は無いのだ。
「丘野ちゃん、高梨の事で困ったら遠慮無く言って。まあ、性癖以外は良い奴だからそんなに心配してないけどさ。」
また会えたら高梨と出会った時の事でも教えてよ、なんて言って。悪そうににやりと笑って、咲田さんは去って行った。本来寄ろうとしていた店にでも行くのだろう。起動したままのコネクトには、彼女の名前が追加されている。
陽葵さんはしばらくの間変な顔で消沈していたけれど、再び別の店で服選びに戻れば機嫌は回復した。私はまたもや着せ替え人形を演じる事になりそうだ。
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