ライバル

 追試を受けてから二日が過ぎ、答案を返された。結果は見事に普通、前回の期末テストに比べれば点数は大幅に落ちていた。短期間で遅れを取り戻すにも限界と言う物があるのだ。私は既に一位を目指す気は無くなっているけれど、勉強を疎かにするつもりは無い。今の目的を達成するために必要な手段なのだ、余裕はあっても頑張らないわけにはいかない。


陸ヶ峰ろくがみね?」

「うん。」


 放課後、私が帰ろうとしていると真理に話しかけられた。端的に言えば、どこの高校を目指すのかを聞かれた。中学三年ともなれば進路についての話も度々されるわけで、今日は担任から二度目となる進路希望調査のプリントを渡されたのだ。今回は、第一希望の欄に『陸ヶ峰女子高等学校』とだけ書いた。提出期限は来週なので、今も手元にある。

 陸ヶ峰はその名の通り女子高である。偏差値的には五十を少し超える程度と言った所か。私は偏差値と言う物を良く理解していないけれど、高い方が良い事くらいは分かる。


「結華ならもっと良い所行けるよね。なんで陸ヶ峰なの?」

「私はそこが一番良いから。」


 そう、頑張れば私ならもっと上の学校を目指せるだろう。目の前の万年学年一位様には劣るが、これでも私は一度だけ学年二位の成績を収めているのだ。

 だけど、そこに陽葵さんは居ない。私は陽葵さんと同じ高校に通うためだけに、陸ヶ峰女子高校だけを目指す。多分一緒に居られる時間は少ないだろうけれど、それでもやらないよりはずっと良いはずだ。


「ふーん。結華、やっぱり変わったよね。」

「そう? ま、この前までに比べればマシだけどさ。」

「ああ、うん。あの時とも、その前とも違う感じだね。次は負けちゃうかもしれないって、そんな感じがする。」


 何を馬鹿な事を、と言う言葉が喉元まで出掛かった。

 柳原真理。私がどれだけ努力しても勝てない相手だ。いつだって私の一歩上を行く人間なのだ。今更勝ち負けに拘るつもりは無いけれど、彼女にそんな事は言って欲しくなかった。弱音だって聞きたくないし、冗談でも負けるなんて言って欲しくない。私に勝ち続けたのだから、頂点に君臨し続ける絶対なる強者で居て欲しいと思った。

 でも、彼女との勝負を降りた私に、そんな事を言う資格なんて無い。それも分かっていた。だから私は、平気な顔を作る。荒波立つ心を凪いだ風に装う。


「そうだと良いけどね。……ねえ、真理はどこ行くつもりなの?」

「私? 前は、君が良い所行きそうだったから同じ様にしたんだけど。」

「ごめん、あれやる気無くて適当に書いた。」

「は? じゃあ私も陸ヶ峰受けるから。」


 一度目の時は投げやりだったため、偏差値の高い学校から順に書き入れていた。どうやら真理はそれをいつの間にか知っていたらしい。

 彼女はキレ気味に私と同じ高校を受験すると言い放った。真理ならばそれこそ、もっと上の学校へ行けるだろうに。


「なんでそうなるの。アンタが行きたいとこ行けば良いじゃん。」

「君が行きたい所が私の行きたい所だよ。逃げられると思わないでよね。いつだって君の近くに私は居るよ。」

こわっ……。」


 にこやかにイカれた事を言う真理。本人を目の前にストーカー宣言するのは良くないと思う。いや、宣言しなくても全く以てよろしくないけれど。

 そんなやばい台詞だろうと、彼女が言えば爽やかに聞こえる。顔か性格か、それとも普段の行動による物か。あるいはその全てだろうか。ただ、今だって彼女には悪意も害意も微塵たりとも無い事は、その純粋で挑戦的な表情を見なくたって分かっていた。


「高校でもたくさん勝負しようね。約束だよ。」

「嫌だよ。勝手に約束すんな。」

「そっちこそ、勝手にライバル辞められると思ったら大間違いなんだから。」


 負けないけど、と。そう言いたげに真理は笑う。その様子に私は呆れてしまって、釣られる様に声を漏らした。

 でも、長い付き合いなのに不思議な物だ。この時に私は初めて、真理と正面から友達として向き合えた気がした。ライバルだと思っていたのは私だけじゃなかった。それを知れただけで、私は満たされていた。


「……もう、絶対に勝ちたいとかは思ってないけどさぁ。それで負けちゃったら、アンタ最高に格好悪くない?」

「くひひひっ、それ、最っ高に悔しそうだね。やってみなよ。」

「ま、その内ね。でも、やる時は本気だから。」

「そう来なくっちゃ。まあ、私は負けないけどね?」


 だから私は、不敵に笑う。彼女の信頼を二度も裏切りたくない。そんな、真理ライバルへの想いを込めて。

 私の中の何かに、炎がともった気がした。まだ火種みたいな小さな炎だけれど、確かに私の中の何かを燃料にして、少しずつ燃え始めている。

 今までは彼女が私に付き合ってくれていた。だから今度は私の番なのだと思う。前みたいに肩肘張らずに、しかしその時には本気で。例え届かなくとも手を抜かない事こそが、私のライバルへの誠意だと思った。

 失意の底にあった私に再び熱を与えたのは陽葵さんで。闘志に火を点けたのは真理だった。

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