『友達と遊ぶ』とは

 先日、お節介なお姉さんこと陽葵さんに大見得切って宣言したけれど、私は自室で頭を抱えていた。


「仲良くなるのって、どうすれば良いの……?」


 突っ走る以前に歩き方すら分かっていなかった。そもそも、私の友達って何かで勝負した人ばかりな気がする。つまり陽葵さんと出会うまで友達とは強敵とか好敵手とか宿敵と書いて友と読む様な相手で、私の青春は戦いの日々だったわけだ。

 だからと言って陽葵さんに向かって『仲良くなりたいから勝負しよう!』なんて言ったら絶対にやばい女だと思われる。そのくらいの常識は持っている。

 分からない事があったら調べるか誰かに聞くしかない。友情の参考書なんて物などあるはずも無く、私はコネクト(基本無料のスマートフォン用アプリケーション。気軽に通話やチャット等の機能が利用出来る。)を起動して真理にスタンプを送りまくった。


『は?』『なに?』『やるの?』『まけないけど?』

『誰かと仲良くなるのって』『どうしたらいい?』

『勝負』『もっとなかよくなろ』『まけないけど』

『ばりやべーじゃん』


「アイツ、こんなにやばかったっけ……?」


 私の元ライバルが好戦的過ぎる。やばい女がここに居た。いや、前からこんな感じだったけれど、私の見方が変わったという事か。完璧だと思っていた真理のイメージが崩れていく。

 真理は頼りにならない事が分かった。この分では他の友達も期待出来そうにない、まともな人に聞くべきだ。助けて陽葵さん。


『ひまりさん』

『どしたの?』

『仲良くなるのって』『どうしたらいいですか』

『それ私に聞くの?笑』

『まともな友達』『ひまりさんだけ』

『えええ』『じゃあ明日休みだし遊ぼうよ』

『あ』『そか』

『?』

『友達っていっしょに』『遊ぶんですよね』

『???』『ちょっとわかんない』


 まともな感性を持っている人は頼りになる。しかも遊ぶのを提案してくれるし、連絡先を交換しておいて本当に良かった。

 こうした陽葵さんとのちょっとしたやり取りも楽しく感じる。あのやばい女とは大違いだ。

 でも何して遊ぶのだろう。最後に友達と遊んだ記憶が本当に幼い頃しか無い。


『友達って』『何して遊ぶんですか』『おままごととか?』

『ゆいかちゃん』『ちょっとやばいね』

『え』

『一緒に遊び方知っていこうね』


 やばい女認定された。優しさが辛い。一体何が駄目だったのだろう。おままごとか、おままごとが良くなかったのか。追いかけっこの方が得意だったけど女の子らしい方を選んだのに。

 ちょっと落ち込んだけれど、『とりあえずうち来る?』というメッセージが来て立ち直った。こんな一言で嬉しくなるなんて、陽葵さんの言葉は魔法の様だ。

 翌日、私はマンションの二階にある一室の前に居た。このマンションは私の家からそれ程離れている訳ではなく、歩いて二十分くらいで辿り着いた。彼女はこの部屋で一人暮らしをしているそうだ。


「こんにちは、陽葵さん。」

「……結華ちゃん? えっと、とりあえず中入ろっかぁ?」

「はい。お邪魔します。」


 インターホンを押すと陽葵さんが姿を見せた。何やら困惑している様だが、何かあったのだろうか。

 中に入ると陽葵さんはすぐにドアを閉めて鍵を掛けた。やはり女性の一人暮らしとなると防犯意識も高くなるのだろうか。

 まだ靴も脱がぬまま、私達は玄関で話し始める。


「それ、私服なんだよねぇ?」

「そうっスよ?」

「結華ちゃん、やっぱりちょっとやばいよねぇ。」

「えっ!?」


 またしてもやばい女認定を食らった。この服装の何がいけないのだろう。

 最近暑くなってきたので緩めの黄色い半袖シャツとふわふわとしたピンク色のミニスカート。それから薄手の水色のパーカーを羽織る、パステルカラーで固めたコーディネートだ。特にパーカーは可愛い動物のキャラクター達がプリントされていて気に入っている。


「可愛くない、っスか?」

「可愛いけどぉ、可愛いとは思うんだけどねぇ。とっても似合ってるんだけどぉ。中学生にはちょっと見えないかなぁ。」

「……そんなに、子供っぽいっスか。」

「うん。そのぉ、言いにくいんだけどぉ、髪型もぉ……。似合ってるんだけどねぇ?」


 結構自信があっただけにショックが大きい。小学生と間違われ易いのは身長の所為だけではなかったみたいだ。

 いつも通りのはずのサイドテールまで駄目出しされた。数年前に周りは可愛いとは言ってくれたけれど、何故その事を今まで誰も教えてくれなかったのだろう。


「……陽葵さんは大人っぽくて良いっスね。綺麗だし。」

「あっ、怒っちゃったぁ!? ごめんねぇ!?」

「別に怒ってないっスよ。普通にそう思っただけ。」

「あぅ……。ありがとぉ。」


 ちょっと照れた感じの陽葵さんは、白いワンピースに丈の長いゆったりとした薄い緑色のジャケットと言うシンプルな格好なのに、お洒落で大人っぽく見えた。緩いウェーブの掛かった長い髪だって縛ったりとかはせずに自然体だ。

 その癖仕草や喋り方は可愛いのだから、ちょっとずるく感じてしまう。私とは正反対だ。

 同じ格好をしたら私も大人っぽく見えるだろうか。そう考えて、多分似合わないだろうなと思った。

 玄関で話している事に気付いた陽葵さんは、謝りながら奥の部屋へ案内してくれた。入った途端に良い香りが鼻の奥をくすぐってくる。重めの甘さだが、フルーツの様な爽やかな酸っぱさも混じっている香りだ。部屋用の芳香剤だろうか。後で聞いてみよう。


「椅子、一つしか無いんだぁ。ベッドでも良いかなぁ?」

「全然大丈夫っスよ。」


 教科書や筆記具と共に見覚えのある鞄が置かれた勉強机には、確かに対になっているであろう椅子が収まっていた。全体的にシンプルで無駄な物が無い様な、すっきりと片付いた印象の部屋だ。促されるままにベッドへ腰を下ろすと、彼女もまたすぐ隣に座った。

 ベッドの近くには背の低い白いテーブルが置かれていて、その上には二つのグラスに大型ペットボトルの紅茶が用意されてある。ペットボトルの表面には汗を掻いているかの様に水滴が付いていて、良く冷えているのが分かった。彼女の手によって、中の紅茶がグラスへと注がれる。


「あざっス。そうだ、これ。一緒に食べませんか。」

「わぁ、お菓子持ってきてくれたんだぁ! ありがとぉ!」


 ウサギをモチーフとした鞄からフィナンシェを四つ取り出す。ポップなデザインの袋に包んで、リボンで結んだ物だ。昨夜、一緒に何かを食べるのはそれだけで仲が深まると言う事を思い出した。あの時の競い合った後の牛丼パーティは楽しくて美味しかった。まあ、流石に牛丼を持ってくる様な真似はしなかったけれど。馬鹿にも限度はある。やはり女の子と言えば甘い物なのだ。

 大した物でもないのに、目を輝かせてくれる陽葵さんを見て心が暖かくなるのを感じた。回復したはずの心は更なる安らぎを得ようとしている。


「あれぇ? もしかして手作りぃ?」

「そうっスよ。まあ、久しぶりなんでもしかしたら微妙かも――」

「いただきまぁす! 何これ美味しい! 結華ちゃんすごいねぇ! すっごい美味しいよぉ!」

「――って、思ったんスけど。良かった。」


 フィナンシェを齧る陽葵さんは、幸せそうに目を細める。作った甲斐があったと言う物だ。私も一つ開けて食べ始める。くしゅっと崩れる様な食感と共に控えめな甘さが口に広がり、アーモンドが香る。久しぶりに作ったにしては悪くない出来だ。冷えた紅茶にも合っていると思う。


「ご馳走様でしたぁ。お店のかと思うくらい美味しかったよぉ。」

「そんなに喜んでもらえると、こっちも嬉しくなりますね。残りは置いていきますんで、後で食べてくれますか?」

「良いのぉ? ありがとぉ!」


 多めに作って持ってきたのだが、迷惑ではなさそうで良かった。焼き菓子ではあるけれどそんなに日持ちしないし、味も落ちてしまうので早めに食べて欲しいと伝え、彼女はそれに頷いた。明日の朝食にするそうだ。


「今度は私も一緒に何か作ってみたいなぁ。教えてくれるぅ?」

「勿論。私に教えられる物なら。」

「やったぁ! 絶対、約束だからねぇ!」


 無邪気に喜ぶ彼女を前に、私の口角は緩んでいた。また会ってくれる、その気があるのだと教えてくれている様で。別に大した事ではないはずなのに、どうしようもなく嬉しくなる。

 一緒に作る時のために、帰ったら復習しておこう。教える立場になるのだから、せめてブランクを埋めるくらいはしなくては。彼女を最高のパティシエールにするつもりで臨みたい。


「結華ちゃん、思ってたより遊ぶ事知ってるんだねぇ。」

「えぇ? 一緒にお菓子食べただけじゃないっスか。」

「それで良いんだよぉ。一緒に楽しく、何かをするのが『友達と遊ぶ』って事なんだと思うなぁ。」


 なるほど、『友達と遊ぶ』のは行為その物じゃなくて、概念の様な物なのか。

 確かに、過去に競い合う中で楽しんでいる部分もあった。勿論一番上を目指すためではあったけれど、見方を変えれば遊びだったわけだ。本気で遊び合った仲だからこそ、真理や他の友達とも仲良くなれたのかもしれない。

 それが分かったのなら、少しはやり方も見えてくる。私の方は無条件に達成出来るのだから、もう片方を達成する方法を考えれば良い。


「じゃあ陽葵さんに楽しんでもらえればオッケーって事っスね。」

「えぇー。結華ちゃんも一緒じゃなきゃ駄目だよぉ。」

「私は陽葵さんと一緒に居るだけで楽しいんで。」


 私が言うや否や、抱き着かれた。思いの外力強く抱き締められ、少し息苦しい。

 彼女の胸元から甘い香りを強く感じる。この香りは芳香剤の物ではなく、陽葵さんから漂ってきていたらしい。香水を付けているなんて、やはり大人っぽい。

 この強い香りを嗅いでいると、何だか脳みそが痺れてしまいそうだ。それが少し怖くて、けれど締め付けられて空気を漏らす私の肺は新たなそれを求めているわけで、浅い呼吸をする度に私の中が徐々に侵されていく様な気がした。重く鈍っていく思考が身を任せろといざなっている。


「なんでそんなに可愛いのかなぁ? もしかしてわざと言ってるぅ?」

「ちょっと、陽葵さん、苦しい……。」

「えへへぇ、ごめんねぇ。」


 どうにか気を保って拘束を解いてもらう。呼吸を整えようと大きく息を吸い込む。肺を満たす空気は酷く甘い。頭がくらくらと揺れている様な気がする。


「っはあ。……陽葵さんって結構スキンシップ激しいっスね。」

「気を付けてるんだけどねぇ、嬉しくなるとついやっちゃうんだぁ。駄目かなぁ?」

「……別に、駄目とは言ってないっス。」


 友達同士で抱き合ったりするのは学校で度々見掛けていた。仲が良ければそういう事も当たり前にするのだろう。

 でも、一方的にされるのはちょっと嫌だ。何だか子供扱いされているみたいで、こちらからも手を出したくなる。勝負事でもないのに、負けず嫌いな部分が疼くのだ。


「お返し。そっちもやったんスから、嫌とは言わせませんよ。」


 だから私は、反撃とばかりに正面から彼女へ抱き着く。ぴくりと小さく震えた彼女に構わず、その肩へ顎を乗せた。

 柔らかな体温が伝わって、胸の奥が暖かくなる。なるほど、これは落ち着く。抱き合っていたクラスの女子達の気持ちも分かると言うものだ。

 そうしている内に温もりがもっと欲しくなって、ぎゅうと力をこめた。彼女は苦しくないだろうか。


「嫌なわけないよぉ。あはぁ、本当に可愛いねぇ。きゅんきゅんしちゃうぅ。」

「苦しくないっスか……?」

「全然!」


 貧しい体格とそこから生まれる非力さを恨んだ事もあったが、この時ばかりは力が弱くて良かったと思った。体の距離が近ければ心の距離も近付く気がして、思い切り抱き締める。

 陽葵さんの手が再び私の背に回される。今度は強過ぎず、しかし体を押し付けられているのを確かに感じる。しっかりと彼女を抱き締めていて、彼女もまた私を同じ様にしているのに、気分はふわふわと心地好く揺蕩たゆたう。

 この日、私にとって彼女の腕の中が一番安らぐ場所になった。

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