新たなる『一番』
成績の良し悪しだとか、進学だとか。今はそう言う話ばかりだけれど、私はそれらに関心を持てずに居た。
あれから一週間が経っても、私は何をしたいのかが分からないままだった。
あの日の夜、母に謝った。父が帰ってきてから、二人に私が思っていた事を打ち明けた。それと、これからはちゃんとする事も。『別に一番にならなくても良い』と言ってくれたけれど、私はもうそんな事には拘っていない事も伝えた。私が悪いのに両親からは何故か謝られた上に、母には泣かれて父には同情的な目で見られた。振り返れば、今まで多くの心配を掛けてしまっていたのだと思う。
翌日には周りの友達や心配してくれた担任の先生にも謝った。勿論、真理にも。
「真理、ごめん。色々あって、当たっちゃってた。本当にごめん。」
「……良いよ。私もごめんね。結華だって悩みくらいあるよね。私、そんな事全然考えてなかった。」
「あはは……。前はそんなの無かったからね、しょうがないよ。」
前とは少し関係が変わったかもしれないけれど、真理とは仲直りする事が出来た。これからはライバルではなく、ただの友達として接していくつもりだ。
あのお節介なお姉さんと少し話しただけだと言うのに、色々な事が驚く程あっさりと解決してしまった気がする。以前程の熱は無いけれど、他者に対して雑に接する事も無くなり、日常の中でぼうっとする事も無くなった。ただ、普通の人間になったと思う。
あれから図書室で片っ端から本を流し読みして、興味が持てそうな物を探してみた。しかし私にはそれを探す才能も無いらしく、結局何も見付けられないままだ。
今日も手掛かりすら得られず、下校時刻になった。夕陽を照り返すアスファルトの上をゆっくりと歩きながら、私はあの公園へと向かっていた。
ベンチに座って、何も考えずにぼうっと宙を眺める。こうしていたら、彼女に会える様な気がした。
「ねぇ、聞こえてるぅ?」
「ひゃっう!?」
まだ空が暗くなる前の事だ。不意に耳に甘い声と吐息が掛かるのを感じ、変な声が出てしまう。驚いて横を振り向けば、すぐ目の前に彼女は居た。互いの距離の近さにまた驚く。
「何、もう、何するんスか!?」
「痛い痛いぃ~。またぼんやりしてたから声掛けたのにぃ。」
私が平手で何度か軽く叩くと、彼女は楽しそうに笑う。この人は優しいけれど悪戯好きだ。この前の棒付きキャンディの事は忘れていない。
「……別に、こうしてればお姉さんに会えるかなって思っただけっス。」
「わぁ! そんな可愛い事言われたの初めてだよぉ!」
「別に、可愛くないし……。ちょっ、何撫でてんスか!」
「こんなに可愛かったんだねぇ〜。元気そうで良かったよぉ。」
好き放題に頭を撫で回される。この前の小学生発言の事もあって、どうも子供扱いされている気がする。
確かに私は背が低くて胸も全然無いけれど、大人に片足を突っ込んでいる様な歳だ。年齢的に恥ずかしいが、案外心地好くて強く抵抗出来ない。最終的に彼女を睨むに留まった。
散々撫で回して満足したのか、彼女の手が離れる。それに名残惜しさを感じている自分が居て、少し戸惑う。
「どう? やりたい事見付かったぁ?」
「や、それが見付かんなくて。探しては見たんスけどね。」
「そっかぁ。どういうのを探してみたのぉ?」
「色々っスよ。普通の勉強からスポーツ関係、歴史、料理、絵、小説。物作りなんかも。でも、どれも興味が湧かなくて。」
図書室には様々な本があるけれど、今の所食指を動かされる様な物は無かった。逆に読書はどうかと考えてみたが、私にとって本を読むと言うのは手段であって、目的にはならないと感じた。
「うーん、もっと身近な物を探してみたらどうかなぁ?」
「身近な物っスか。」
「うん。今言ってた料理もそうだけどぉ、趣味だったり生活に関わる事とかぁ。周りの人に関係する事でも良いかもねぇ。」
身の回りにある物。家事くらいしか思い付かない。多少は出来るけれど、本腰を入れてやろうとは思わない。
父の仕事。IT関係という事しか知らない。知りたいとも思えない。
友達がやっている事なんて大体挑んでは後から始めた真理に負け続け。今更感がある。
あとは高校受験。それこそ興味が無い。行ける所で良い。
「ますます分かんなくなってきました……。趣味とかも無いんで。」
「えっ、何も無いのぉ?」
「この前も言いましたけど、一番になるっていうの。そればっかりに必死だったんで、
彼女は難しそうな顔をして考えている。案を出してくれているのに、あれも嫌だこれも嫌だと言っている様で申し訳無くなる。けれど自分ではどうしようもなくて、彼女を頼ってしまう。
「んー、一番、一番かぁ。一番仲の良い友達を作る、とかぁ?」
「えぇ、何スかそれ。」
「最高の友達! って胸張って言える相手が居たら、素敵だと思うなぁ。」
一番とまで言えるほど親しい友達は居ない。唯一当てはまりそうなのは真理だけど、ライバル関係ではあったが実際は友達として遊んだ事は少なかったりする。いや、そもそも私って友達と遊んだ事自体が少なかった。
目の前の彼女は友達になってくれるのだろうかと、ふと思う。優しいし、綺麗だし、親しみ易い所もあって友達は多そうだ。だからこそ、その中で一番になれたら絶対に嬉しいだろう。
――なんだ、まだ一番に拘ってるじゃん。
熱が湧き上がる。下腹の辺りから、堪え様の無い熱が溢れてくる。胸の奥がどくんと高鳴って、全身に力が漲ってくる。目指すべき場所が見えた。後は何があっても全力で突っ走る、それだけだ。
「ふーん。ま、悪くないかも。……てか思ったんスけど、私らお互いの名前も知らないんスよね。」
「あれ、そうだねぇ? うっかりしてたなぁ。」
「私、
「私はねぇ、
「陽葵さんって呼んでも良いっスか?」
「うん! 私も結華ちゃんって呼ぶねぇ!」
私は平静を装って、彼女へ仕掛けた。名前も知らずに友達だなんて言えない。まずはここから始める。
間髪入れずに次の手を打つ。真っ直ぐに懐へ飛び込み、私こそがいずれ至上の友人となる存在だと知らしめてやる。
「決めましたよ、目標。」
「本当ぉ? 何にしたのぉ?」
「最高の友達ってやつ。陽葵さんをそれにする事に決めたんで。覚悟しといてくださいね。」
「えぇっ!? 私ぃ!?」
前の様に何でも良いから、ではない。私を助けてくれた彼女の一番になりたいんだ。もしも彼女が消えてしまいそうな時に、一番近くで助けてあげられる様になりたい。
これは私なりの宣戦布告。今度こそ、絶対に一番を勝ち取ってやる。
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