第112話 人間万事塞翁が馬?

 行き倒れの母子が我が家に落ち着いてから早二か月が経ちました。

 ドロテアもカルロッテも大層元気になり、ドロテアには離れに住む魔法師のジャンセン、錬金術師のホールマンとレインそれに、私の弟子で錬金術師見習いのグレンと言う男たち四人の世話を見てもらっています。


 離れの方は改装したので二階家になっており、部屋数も全部で16室と多いのですけれど、ドロテア一人で頑張っていますね。

 食事は今のところ母屋の方で食べてもらっていますけれど、これ以上母屋なり離れなりの住人が増えそうならば、コックとメイドを増やして、母屋と離れは別々にしようと思っています。


 今のところそんな予定は全然ないんですよ。

 でも、何となく増えるような予感がしているんです。


 一つは王宮魔法師団と領軍魔法師団の動きでしょうか。

 四人の研修修了生がそれぞれ魔法師団の中で教師役として頑張ってはいるらしいのですが、どうも後続がなかなか育たないのです。


 そこで非公式ながら再度の研修員の受入れが打診されようとしているのです。

 今のところは王宮魔法師団だけなのですが、仮にそちらが正式な要請になれば侯爵からも同じ要請が来るのは明らかですからね。


 最低でも四人、場合によっては6人ぐらいを一挙に引き受けなければなりません。

 離れもできましたので、コックとメイドを新たに雇えば何とかなるだろうとは思っていますが、何だか私のところが養成要請学校になりそうな雰囲気です。


 因みに錬金術・薬師ギルドについてもそのような動きが少しあるようなのです。

 特に今回は結界発生装置の関連で、二人もの錬金術師会員を派遣していますので、今後とも結界発生装置の維持要員を育てる必要性を幹部連中が考えているようです。


 この辺の情報は、適宜、王都に張り付けてある虫型の小型ゴーレムで情報収集中なんですよ。

 もう一つ、冒険者ギルドも私に冒険者の育成を頼めないものかと色々と裏で相談を重ねている様子です。


 冒険者ギルドにもそれなりにお世話になってはいますから、頼まれれば受けざるを得ないかもしれません。

 でもねぇ、私も前世で講演などを頼まれたことは何度かありますが、所謂先生になったことは無いんですよ。


 まぁ、インターンが来た時に先輩医師としての指導はしましたけれど、大勢の雑多な能力の人をまとめて教育するというのは大変なことだと思うのです。

 そういう意味では、学校の先生方は尊敬に値する人が多いですね。


 極一部に教師に相応しくない人物も居ましたけれど、そうした人間が教師になれるシステムの方に問題があるのかもしれません。

 少なくともおかしな人物は全体の数からいえばごく少数で有り、大部分の先生と言われるような教師の方々は身を粉にして子供たちの育成に頑張っていましたね。


 ただまぁ、大学と言うところは、同じ教育機関でありながら、少し様相が違っていました。

 研究者でありながら学生に教えているという二足の草鞋わらじなので、研究に重きを置いている人は、学問は教えても人格を育てたりしません。


 一方で教育機関としての大学を重視する教授は、学生の人格形成にも多くの労力をかけています。

 大学と言うところ、ある意味では出逢いの場所なんです。


 良い師に巡り合えば、学生も師匠も互いに影響しあってよい成果を生み出しますが、そうでもない場合には、平凡な結果にしかならないのでしょうね。

 私はどちらかと云うと恩師に恵まれ、友にも恵まれ。そうして夫にも恵まれた幸せ者だった思いますよ。


 ですから、偶然にせよ転生をして生きて行くこの地、この世界でも、できれば良い出会いをしたいなと考えていますよ。

 さて、「禍福は糾える縄の如し」、「人間万事塞翁が馬」と言う諺の通り人の運命は一寸先は闇の場合もありますが、同時にそれが福にも凶にも転ずる場合があるのです。


 私のところへ個別の依頼と言うか商談が御座いました。

 これは非常に珍しいことなんです。


 私の場合、生産者としての錬金術師泳に薬師としての成果物は全て関連するギルド若しくは商業ギルドに卸しています。

 例外は、商人のマルクスとサラ・レドフォードぐらいでしょうか。


 彼らは、色々とアンテナを張っていて、私のことを嗅ぎつけて来たとても才覚のある商人です。

 ですから今のところ彼らにはわずかな文房具類の取引をしているだけですが、もうあと1年も経たずに羊皮紙ギルドと取り決めた先行期間が切れますので、そうなれば他の商人たちが製紙業を始めることも、私が紙の大量販売をすることも解禁されます。


 私自身は、需給状況に応じて生産をするぐらいの心構えで有り、羊皮紙ギルドや新たにできるであろう製紙業者を圧迫する意図はありませんよ。

 いずれにせよ、この二人以外で商談を持ちかけてきた人物はいないのです。


 商業ギルドも錬金術・薬師ギルドも個人の秘密については口が堅いですからね。

 私の工房を訪ねて来た人物は商人のアンブロシス・ニーグレンという男性でした。

 

 彼が少々聞き捨てならない言葉を発しました。


「エリカ様のことは、王都で評判を耳にし、サルザーク侯爵からお許しをいただいてここに参っております。」


 彼は確かにそういったのです。

 侯爵の名前が出て恐れ入ったわけじゃありませんよ。


 サルザーク侯爵が一介の商人に私のことを教えるわけがないし、ましてや商人の斡旋をするわけが無いのです。

 何となれば、侯爵領でもラムアール王国でも私は秘密兵器扱いであり、簡単に私への接触を許すことなぞあり得ません。


 仮にそうしたことが必要な場合には、侯爵若しくはエマ侯爵夫人から事前に連絡があるはずなのです。

 侯爵には携帯電話の魔道具が渡していますので、必要な折には何時でも私に連絡ができるからです。


 尤も、この通信用魔道具は秘密扱いになっていますから、商人風情でそのことを知る者は居ないはずなのです。

 目の前にいるアンブロシス・ブーグレンと言う男は、多分私が侯爵と私的に懇意にしていることを知らないのでしょう。


 ですから侯爵から許しを得たなどと云う嘘を平気でついている。

 私は、この人物に普段はあまりしない鑑定をかけました。


 この男の本名はミカル・ランデル。

 職業は詐欺師と出ました。


 鑑定の詳細をかけると出るわ出るわ、これまでの詐欺の犯歴が50件以上も出ました。

 この男、詐欺を主体にして国内各地で罪を重ねているシッコーダむじなという犯罪グループの幹部クラスのようです。


 私は即座に、メモ書きをして、それを懐にしまう振りをして、エルメリアに連絡しました。

 <詐欺師が来ている。直ちに警備隊に連絡して。>と、メモには記載してあり、転移魔法で我が家の二階にいるエルメリアにお願いしたのです。


 エルメリアは二階から静かに降りて来て、応接している私にアイコンタクトをとると何も言わずに外に出て行きました。

 そこからはこの詐欺師のお話を色々聞いて時間稼ぎですね。


 別に私が捕縛しても構わないのですけれど、此処はやはり領主様の名をかたったという事で、警備隊の手に委ねるのが一番良い方法なのです。

 ですから慣れない愛想笑いをしながら、詐欺師のどうでも良い話を。じっと我慢しつつ、拝聴しましたよ。


 アンブロシス・ブーグレン曰く、王都に出回っている高品質の砂糖を是非とも自分におろして欲しいと言い、同時に侯爵の保証があるので、取り敢えずそれらの砂糖が売れるまで一月の間支払いを猶予して欲しいという与太話でした。

 サルザーク侯爵の名前入りの保証書なるものを出してきましたが、もちろん真っ赤な偽物です。


 侯爵が代金の支払いについて、一介の商人に保証を与えるなんてことは絶対にしません。

 まぁ、これまではこのような嘘でうまくいったのかもしれませんね。


 もう一つ、大事なことが詳細鑑定で分かりました。

 ドロテアの亭主であるステルセンを騙したのは、この男の属するシッコーダの連中なのです。


 前世で有った、電話詐欺などと同様、偽役人などまで用意して周到に詐欺を働く輩なのです。

 前世と違うのは電話ではなくって、実際に面談してだますのですが、土地の名士や領主などの名を平気で騙る連中なのです。


 エルメリアが警備隊の連中を引き連れて、我が家の近くにやって来たのを確認して、私は相手に言いました。


「ところで、ブーグレンさんは知っているでしょうか?

 領主様のお名前を騙るのは大変な重罪だという事を・・・。

 私は、ご領主様であるサルザーク侯爵とは、至極懇意にしていただいておりまして、私のところに誰かを訪問させるような場合には事前に通知が御座います。

 それが無いままで、あなたが来たという事は、サルザーク侯爵の威を借りる愚か者という事になりますが、それで間違いはございませんか?」


 相手の表情がさっと変わった。


「何をおっしゃいます。

 これこの様に侯爵直筆の保証書もあるではないですか。」


「次の機会は絶対に無いと思いますけれど、あなたももう少し、お勉強すればよかったですね。

 下級貴族ならいざ知らず、上級貴族ともなれば証書等の署名においては、必ず花押を押すものなのです。

 それが無いのは真っ赤な偽物。

 あなたは侯爵の名を使って偽の文書を造りました。

 先ほどの嘘と合わせて、あなたは重罪人となりますよ。」


「何を馬鹿なことを・・・。

 折角の良い儲け話を、詐欺などと云われるのは、心外だ。

 これで私は失礼する。」


 そう言って立ち上がった男だったが、次の瞬間顔が真っ蒼になった。

 入り口からエルメリアが警備隊四名を引き連れて現れたからだった。


 相手は腰砕けの様に椅子にどすんと腰を下ろして、俯いたのでした。

 この男も運が無いですよね。


 よりにもよって私のところに来たのですから。

 彼の一味はすぐに手配され、アジトを急襲されたために構成員の七割が捕縛されました。


 彼らの場合、犯歴が多いこと、特に各地の領主の名をかたっていることから、斬首刑に処せられます。

 斬首刑って、公開でされるんですよね。


 大きな斧を持った大男が、処刑台に縛り付けられた罪人の首を切断するんです。

 私は、そんな残酷なシーンは見たくは無いですから見には行きませんが、男たちは王都に運ばれてそこで公開処刑になるようですよ。


 因みに、逃げた男たちはそのアジトでの急襲劇があった十日後に、王国内のいくつかの場所で変死体で発見されました。

 その男たちのことは、誰とは言いませんが、少し怒りに満ちた若い魔法師が、心臓を物理的に止めて殺したらしいのです。


 怖いですよねぇ。

 でも斬首刑よりはましかもね。

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