第111話 行き倒れ母子の事情

 行き倒れの母子を我が家に連れて来て三日が経ちました。

 重篤じゅうとくだった母親の方もようやく目が覚めて、少しだけお話しできるようになりました。


 娘の方は連れて来た翌日には、ほぼ回復しましたけれど体力がまだ低下していますし、旅の間に色々と不運な目に遭ったのでしょうかねぇ、随分と警戒をしているようでなかなか話をしてくれません。

 それでも何とか名前は教えてくれました。


 娘の名前はカルロッテ、7歳で、母の名前はドロテアと言うそうです。

 闇魔法で意識を探っても良いのですけれど、できるだけ人には使わないようにしていますので、母親の回復を待ちました。


 着の身着のままのようでしたから、カルロッテの身体に合わせて衣装を作ってあげました。

 奇をてらって前世の衣装も考えないではなかったのですが、こちらの世界であまり目を引くのもあまりよくありません。


 古着屋さんにある子供服のデザインを少し流用させてもらいました。

 でも所々に刺繡やら花柄のアップリケをあしらって、可愛く仕上げましたよ。


 何も飾っていないシンプルなものを二着、おとなしめながら少し飾ったものを二着、割合に派手かも知れないデザインのものを二着作り、下着も用意しました。

 母子二人は同じ部屋にベッドを並べて寝かせていますけれど、ベッドの下にちょっとした作り付けの引き出しを設けて、その中にカルロッテ用の衣装を入れてあげました。


 メイドのヴァネッサがその衣装を着せてあげると、おとなしく着替えていましたね。

 カルロッテは余り笑わない子なのですけれど、部屋にあった姿見で着替えた自分の姿を見て少し微笑みました。


 やっぱり女の子なんですね。

 そんなに立派な衣装じゃないのですけれど、新しいもので着飾ったのが嬉しかったのでしょう。


 ちゃんと靴下と部屋履き、それにお出かけ用の靴も用意してありますよ。

 履いていた靴はボロボロで穴が開いている代物でしたから、このままほぼ廃棄物になると思うのですけれど、念のためもう少し取っておいて、母親が気づいてから確認しましょう。


 もしかすると思い出の品という事もあるかも知れませんから勝手に捨てるわけには行きません。

 ぼろの衣装も同様ですね。


 母親については、取り敢えずマルバレータとヴァネッサに手伝ってもらいながら、おむつを穿かせ、寝間着に着替えさせています。

 病院で使うような前で紐を使って結ぶタイプあわせの寝間着です。


 普段着については元気になって動けるようになってからで、母親自身の意見を聞いてからで良いでしょう。

 室内履きだけは用意してあります。


 薬師見習いのイェルチェも、頻繁にこの母親の様子を見に来ています。

 実は、母親に処置した点滴代わりのパッチは、作って見せて、彼女に実際に作らせたものなのです。


 まだまだ完璧に作れるわけではありませんが、8割の確率でイェルチェも造れるようになりました。

 実際に使う前に私が出来具合を確認し、承認した物だけを使わせていますけれど、イェルチェはまじめで努力家ですからね。


 被検体が近くにあるのですから、一日に5回ほどは様態を確認に来ていますね。

 そうして、その様子をメモにして残していますから、きっと良いデータになるでしょう。


 今度、聖ブランディーヌ修道院に行く際には、イェルチェも連れて行きましょうか。

 医療の現場を見ておくのも薬師見習としては大事なことでしょう。


 修道院も私が来た頃とは随分と様相が変わりましたよ。

 江戸時代の施薬院ぐらいにはなったかもしれません。


 漢方じゃなくって、魔法と薬師の造るお薬を投与する治療院ですけれどね。

 まだまだ原始的ですけれど、地域医療には大いに貢献しているはずです。


 選抜した修道女のヒールもかなり上達していまし、看護ケアも一頃よりは随分進化しましたよ。

 医療器具はまだまだ不十分ですけれど、ナイチンゲールが活躍した時代ぐらいには追い付いたかもしれません。


 あら、また余計な話を・・・。

 さてさて、ようやくベッドの上で起き上がれるようになったドロテアから身の上話を聞きました。


 ドロテアは、サルザーク侯爵領の住民では無いようです。

 カボックから見て西方にあるヘイムダール男爵領の住民だったようです。


 カボックからですと馬車でも最低6日ほどもかかる遠方です。

 ドロテアの亭主は、ヘイムダール男爵領の領都アデルグラードで中程度の店を構える商人だったようです。


 ところがある時、詐欺に引っ掛かり、多額の借金を負わされて倒産したようですね。

 その亭主は先行きを悲観して首を吊って死に、残されたドロテアとカルロッテは、ほとんど着の身着のまま借金取り達に家から追い出されてしまったようです。


 生憎とアデルグラードに身寄りはいませんでした。

 ドロテアの亭主も早いうちに両親を亡くし、行商人から独力で店を持つまでになったので、近在に親戚も居なかったようです。


 ドロテアは借金奴隷になることも考えましたが、幼い娘を抱えたままでの借金奴隷は実際には難しいのです。

 やむなく、ドロテアの故郷であるファールデンに行こうとして旅に出たのです。


 ファールデンにはドロテアの両親と兄夫婦が居ますので、そこまで辿り着けば何とかなるかもしれないと考えたのです。

 但し、わずかに持っていたへそくりの路銀も途中で使い果たし、旅の間に簡単に金を得られる仕事もあるわけがなく、此処四日ほどは、ほとんど食事をしていなかったようです。


 そうしてカボックの手前で力尽きて倒れているところを私が見つけて保護したわけですね。

 ドロテアの話にあったファールデンで農家を営んでいるというドロテアの両親と兄の名を聞きだして、その後で私自身が確認に行きましたが、残念ながらファールデンは二月ほど前に魔物の集団に襲われ、その際にドロテアの両親と兄夫婦、それに子供二人も亡くなっていました。


 ドロテアには、他に親しい身寄りや頼れる知人もいないようです。

 何とも不運な母子ですけれど、ファールデンの悲劇を知らせるのはもう少し後にしましょうね。


 さて、止むを得ませんからここでドロテアを雇うことにしましょうか?

 商店主の嫁とは言いながら、商売の方はほとんど亭主が一人でやっていたようなので、彼女がお店の手伝いもすぐにはできないはずです。


 彼女がこれまでやって来たのは家事と育児だけですから、就職するにあたっては余り潰しがきかないのです。

 ちょうど、の方の世話をするメイドさんを募集するつもりでしたので、彼女が望むならその仕事を与えましょう。


 私は相応に実入りが良いですから、二人や三人のメイドを雇ってもびくともするものじゃありません。

 そう、後半月もすれば新たに王都から四人がやってきますからね。


 錬金術師見習いのグレンと、王宮から派遣される魔法師四人のうち三人の男性は離れで過ごしてもらいます。

 その離れのメイドをドロテアに任せることになると思います。


 ドロテアから事情を聴いた範囲では、このカボックにも知り合いは居ないようですから、九分九厘そうなるでしょうね。

 ならば、新たに雇うメイドはドロテアのほかに一人追加だけで良さそうです。


 我が家の二階と三階には6つの部屋がありますから、急いで離れを購入する必要は必ずしもなかったのですけれど、これもしがらみという奴ですね。

 実は、お隣に住んでいる親分さんに見込まれてしまい、離れの家を買ってはもらえまいかという相談が有ったのです。


 ちょうど良い機会だからと、ついでに購入することにしたものなのですよ。

 子の離れの家に住んでいた老女は最近病で亡くなったそうですが、隣の親分さんとは昔からの顔馴染だったそうです。

 

 その老女さんから、『私が亡くなったら、家を売って、その金を王都近くにあるフォロドラムに住む息子夫婦に渡してほしい。』と頼まれていたそうなのです。

 その息子さん夫婦に任せれば良さそうなものですけれど、事情があって息子さん夫婦と老女さんは絶縁状態なんだそうです。


 従って、息子さんには遺産を分けるつもりはさらさらないんだそうですけれど、孫子には何かを上げたいのだと言われたのだそうです。

 亡くなった老女さんの遺言を果たす為、隣の親分さんが頭を下げて頼むものですから断れませんよね。


 我が家を購入した時よりも少し高めの金額でその家を買うことになりました。

 そのお金は老女さんの遺産となって息子さんの子供たちに渡されることになるのでしょうけれど、そこは私が関与すべきことではありません。


 商業ギルドを介して売買契約を締結し、代金を支払って私の関与はお終いです。

 離れの改装は済んでいますので、もう何時でも住める状況なんですよ。


 彼女から事情を聴いてから十日後に、ドロテアさんにファールデンの話をしました。

 実は、冒険者ギルドの連絡網を使ってファールデンの情報を取るよう依頼し、その結果が届いたので、その結果を彼女に知らせたのです。


 彼女は真っ蒼になったあと、すぐに号泣しました。

 少しの間放置して、それから泣いている彼女に話しかけました。


 亡くなった人を悲しむことも人として大事ですけれど、今生きている母子二人の今後を決めなければなりません。

 そうして私から離れのメイドにならないかと提案しました。


 メイドとして雇う条件もきちんと伝えました。

 今決める必要はないけれど、できれば三日後までには決めてほしいとこちらからの要望も伝えました。


 翌朝、ドロテアさんがメイドの件をお願いしますと申し出てくれました。

 こうして我が家にドロテアさんという後家さんと、カルロッテという7歳の女の子が増えました。


 もう少ししたら四人の魔法師も王都から到着するので、我が家もにぎやかになりそうですね。

 離れに住む人達の食事は、当面母屋でとってもらうことになります。


 その離れの掃除等の世話をするのはドロテアさんともう一人メイドを雇うつもりでしたが、ドロテアさん曰く、食事の心配をしなくても良いのであれば一人でも大丈夫だろうと言っていますので、少しの間は様子見をすることにしました。

 そうして、その三日後王都から四人の魔法師がカボックに到着したのです。



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