第108話 結界装置の修理 その一

 ワシは、バンス・ミューロン。

 王宮の結界装置を修理するという若い女の傍について、当該技術者から要求された資材を調達する窓口になるのがワシの仕事じゃ。


 そんな仕事はワシでなくとも下級官吏でもできると思うのじゃが、国王と宰相閣下は、大層このエリカなる女性秘術者に気を使っているのじゃ。

 それゆえに、調達部局でもトップに近いワシが担当とされたようじゃ。


 ワシが直接に資材調達に動くわけでは無く、そのとりまとめという役割なのじゃが、彼女の御用聞きはワシがせねばならぬらしい。

 何しろ、王宮の結界装置を修理できるのはこの若きエリカという女性しかおらんらしいから、へそを曲げられると困ることになるらしい。


 それからが大変じゃった。

 先ずは、結界装置の部屋に行くまでの道のりが遠かった。


 迷路のごとく張り巡らされた地下施設は、知らぬ者などが絶対に辿り着けぬほど遠かったのじゃ。

 当然のことながら、この迷路でワシとエリカ嬢を案内するのは別の警護の者じゃったが、ワシ一人で地表に戻れと言われたなら、自慢ではないが、絶対に戻れないじゃろうと思う。


 結界発生装置の現場に到着して間もなく、エリカ嬢が色々調べていたが、やがて必要な物資の名前を言い出した。

 だが、いずれもこれまでワシの扱ったことが無い品物で有り、一々、名前の確認と調達先を聞かねばならない羽目に陥ったのじゃ。


 調達先の詳細は聞けなくても、どこに問い合わせればよいかをエリカ嬢は教えてくれたわい。

 問い合わせ先は、錬金術・薬師ギルド、魔法師ギルド、冒険者ギルドが多かったのぉ。


 一応メモができるような筆記具は持参しておったのじゃが、わずかに十点ほどの品名を言われただけでも大変な仕事だと思い始めてしもうた。

 何となれば、わずか十点のうち、調達先である錬金術・薬師ギルドや冒険者ギルド、それに他国との交易をなしている大手の商会に常備品として置いてあるのはおそらく二点ぐらいだけとエリカ嬢がのたもうたからじゃ。


 残り八点はというと、依頼によって採取なり、入手手配なりをしてもらわねばならないものなのじゃそうな。

 場合によっては、鉱山で新たに採掘をしてもらわねばならないものもあるそうな。


 正直なところ、ワシが調達担当になって以来、そんな特殊な素材の調達は初めてなのじゃ。

 王宮での調達素材の種類が多いので、下級官吏に任せていた物の中に含まれていたかもしれないが・・・。


 おまけにこのエリカ嬢、品質まで事細かに指定するのじゃが、そもそもそんな素材を見たことの無いワシが、素材の良しあしから品質までも確認できるはずがない。

 とんでもない仕事を押し付けられたと初めて気づくことになったわい。


 うーん、これは必要物資の調達が上手くできなかったから修理ができなかったとの言い訳にされるのではないのじゃろうか?

 いみじくも、宰相閣下が仰っていたのだ。


 ここ百年の間、この装置を修理できたものは存在しないと。

 また、この装置を修理しないと、いずれこの装置は稼働しなくなり王都は無防備にもなるとも言っておった。


 とんでもない話じゃ。

 しかしながら。この話は誰にも言えん。


 何とエリカ嬢が契約魔法を使ってワシを縛っておるのじゃ。

 契約魔法は、大魔法師が使えると聞いてはおり、これまでワシが見たことは無いが、その意味ではエリカ嬢は優れた魔法師なのじゃろう。


 だが、できなかった際の言い訳でワシが選ばれたのだとしたなら、生贄になるのはワシという事になる。

 それだけは嫌じゃぁ。


 じゃが、既に宰相閣下の命令は下されたし、契約魔法も発動してしもうた。

 ワシに逃げる算段などありはせぬ。


 仕方がないので、精々努力をしてみようと思うワシじゃった。

 ところで、エリカ嬢の注文は、その後も続いた。


 王都には、使用済み魔石の集積場所がいくつかあるのじゃが、そこから五千個の空魔石を取ってきてくれと言われた時には、二度も聞き直したぞ。

 捨てた物でも元が高価なものならば再利用することはある。


 じゃが、空魔石については百害あって一利なしの物じゃ。

 下手に魔素が集まるようなところへ長年放置すると魔物がそれを食べて巨大化若しくは狂暴化するとの伝説がある。


 このために魔石は決まった集積場所に集められ、その後、破壊し焼結して土に返されることになっている。

 この破壊と焼結に金も暇もかかるので、この作業は数年に一度だけとされており、その結果、どこの集積場もあふれるほどの空魔石を保管しているはずじゃ。


 じゃから五千や六千の空魔石ならばすぐにも集められるはずじゃった。

 但し、エリカ嬢によって更なる注文が付けられたのじゃ。


 できる限り魔力が空の魔石が要るので、少しでも残っているなら使い切って欲しいというのじゃ。

 倹約家ならばともかく、魔石というものはさほど高いものではない。


 従って、王都では魔石を使い切らないうちに捨てる者も多数いるはずじゃ。

 それだけ、王都の民が経済的に潤っているという証拠ではあるのじゃが、此度はそれが障害になる。


 従って、空魔石を集めるのにも手間暇がかかることになった。

 集積場の魔石を一旦集め、それを魔石利用の灯等の魔道具に使って魔力が空になっていることを一つ一つ確認しなければならんのじゃ。


 これが意外に面倒の様だった。

 無論ワシが実行するのではなく、配下達にさせるわけなのだが、祖奴そやつらがブーブーと文句を言うわけじゃ。


 十個の空魔石のうち、二個が空であれば上等で、一個も無い場合すら有るのだそうだ。

 確率的に一割未満?


 なれば、五千個は五万にも膨れ上がり、その数を確認せねばならないことになる。

 これだけではなく調達にはエライ手間暇がかかるものも多かった。


 特に、魔方陣を描く際に用いる通称『ホブラーツ』なる絵の具があるそうなのだが、この品質がかなり高いモノを求められた。

 エリカ嬢曰く魔法師ギルドにあるというので、そこで調達させたのじゃが、持ってきたものを見た途端に品質が悪すぎると突っ返されたのじゃ。


 王宮からの調達物品で有り、最上級のものをという事で発注したものなのじゃぞ。

 一体、いくら金を支払ったと思うのじゃ。


 さりとてエリカ嬢に文句を言ってもどうにもならぬから、魔法師ギルドに交渉したがこれ以上のものは作れませんと、呆気なく断られたぞ。

 その旨をエリカ嬢に告げたなら、彼女は何と言うたと思う?


「止むを得ませんから私が造るしかないようですね。

 では、この品をもう倍量ほど手配方お願いします。

 それを素材にして上級品を作り出しますから。」


 そう言ったのじゃぞ。

 自分で造れるなら最初から造れよと言いたいところなのじゃが、今は直属の上司のようなものじゃから、口が裂けてもそんなことは言えん。


 そうして呆れたことに、その手配した品から有用な物質のみを抽出して、上等な「ホブラーツ」を生み出して見せたのじゃ。

 じゃが、時間がかかったな。


 このホブラーツなるものを、購入した品からより上等なものに作り直すだけで、三時半ほどもかかったから、これだけで彼女にとっては一日仕事になるわいな。

 そうしてまた、別の折には、このエリカ嬢が集めた空魔石を使って大きな魔石を作ち上げたのには魂消たもんじゃ。


 かなりでかいぞ、

 ワシの両腕で抱えきれないほどの大きな魔石になったのじゃ。


 灯火に使う魔石なんぞは、精々小指の先ほどの大きさじゃ。

 それが五千個分ほどもあればその大きさになるのかも知れんが、何故に一個の大きな魔石になる?


 凡人のワシにはわからん事ばかりじゃ。

 半月も経った頃じゃったか、幾つかの素材が揃った時点で、エリカ嬢は結界発生器の小型版を作り出したようじゃ。


 無論その中枢にあるのがでかい空魔石なんじゃが、何と、エリカ嬢はその魔石に魔力を込め始めた。

 それが延々五日も続いたのには、またまた魂消たわけじゃが、透明な空魔石の色合いが終わりには真っ黒になっていたな。


 側に王宮お抱えの魔法師と錬金術師がついておるのじゃが、彼らをして、「魔石が過大な魔力を帯びるとこんな色になるとは思わなかった。」というぐらいじゃから、彼らにしても初めて見る光景なのじゃろう。

 この膨大な魔力の詰まった巨大な魔石は、それだけで兵器として利用することが可能になるやもしれず、絶対に他国へ漏らしてはならぬ秘密じゃった。


 契約魔法まで持ち出して秘密保持をしようとする理由が、ワシにもようやくわかったわい。

 おそらくは空魔石を集めて大きな魔石にすること、そうしてそれに大きな魔力が込められて利用可能になること、その全てが他国に知られてはならない機密事項なんじゃと。


 それゆえに、側に立ち会っている魔法師のジャンセン、また錬金術師のホールマンも契約魔法により秘守義務が課せられているのじゃろう。

 エリカ殿の侍女として、傍について身の回りの世話をしているニコール嬢も同じく契約魔法で縛られているようじゃ。


 おそらくはこの地下施設の衛士達もその大部分が秘密を守るように強制されているはずじゃな。

 さもなければ、こんなことはできぬからな。


 ◇◇◇◇


 エリカです。

 王都で結界の修理を始めてからもう一月近くになりますけれど、取り敢えず、本体修理のための予備機を製造するところまでは行けたのですけれど、生憎と必要な資材が足りません。


 調達担当のバンスさんにお願いはしているのですけれど、予想通り市場に出回っていない物が多いためにどうしても特別注文になるのです。

 おまけに、各種ギルドでも今や調達できないレベルの高純度なものがあり、私が錬金術で純度を上げざるを得ない物が多かったのです。


 やはり、大昔に比べると錬金術師のレベルが随分と低下しているようですね。

 特に錬金術師を育てる制度にも問題があったのかもしれません。


 一子相伝という秘密主義に陥りやすい徒弟制度は、往々にして需要が無くなると廃れてしまうものなんです。

 造ったものが売れなければ、おまんまの食いっぱぐれになりますもんね。


 その技術者が優遇されなければ、絶対に失伝することになります。

 この結界装置を造って以来、修理がほとんど行われていないわけですから、ほかに利用できない技術は忘れ去られてしまったわけです。


 うーん、この分では王都滞在が長引きそうです。

 時々、深夜にカボックの我が家に帰宅して様子を伺ったりしていますけれど、対外的には内緒です。


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