第104話 周辺国の動き
エリカがラムアール王国の知り合いを守るための魔道具の開発で腐心している頃、帝国と並んで強大な武力を有するアルダイル皇国では、ジャファル皇国王とバラザール宰相が人払いをして密儀を交わしていた。
「では、ローゼル帝国がラムアール王国に侵攻しようとして大敗したのは間違いのない話なのだな?」
「はい、左様に御座います。
実は、その少し前に、ラムアール王国は二つの国との
北方のルートゲルデ王国との間で死傷者が出るほどの国境紛争を起こしていた模様であり、ラムアール国内でも万が一戦に発展した場合に備えて、各諸侯に出陣の準備をさせていたようですが、何とか大ごとになる前に火消しに成功したと聞き及んでいます。
そもそもラムアール王国とルートゲルデ王国との間は、非常に友好的な関係と思っていましたに、何故か紛争が生じたようにございます。
あわや戦にもなろうかと思われた際に、両陣営の間に橋渡しをなす人物が現れて両国の間を取り持ったとか。
その正体が今一つ判明しておりませんが、ラムアール王国の賢者、コーレッド・モントーヤと名乗る老爺だったとか。
但し、この人物、伝説の転移魔法の使い手のようで、対峙する軍勢の間を簡単に行き来するだけでなく、その国境地帯からルートゲルデ王国の王宮にまで一瞬のうちに転移した模様にございます。
従って、少なくともラムアール王国の中に転移魔法の使える者が存在するという事になります。
また、その後まもなく勃発したヴィルトン公国の侵攻に際しては、国境の城壁に迫る高層の攻城兵器数台を一瞬のうちに火属性の大魔法で将兵ごと燃やし尽くし、更には、城壁を攻撃していたバリスタや大型投石器についても、天から岩石を降らせて瞬く間に破壊した魔法師が居たそうにございます。
この岩を降らせた術について、我が方の魔法師に言わせると、あるいはメテオと呼ばれる古代の大魔法かもしれぬと申しております。
因みに、この魔法により、戦場の後方で指揮を執っていた公国の第二王子が側近らとともに直撃を受けて亡くなっておるようにございます。
そして、このクレンドル峠の長城の上で魔法を発動した人物は、ルートゲルデ王国に現れた人物とは明らかに異なる人物のようで、潜り込ませている間諜が調べたところでは、クルト・ゲーリングなる者のようで、城壁で守る伯爵に対しては、ラムアール王家から渡された家紋を提示したようでございます。
従って、この男もまたラムアール王国秘蔵の魔法師の可能性が高うございます。
ただ、コーレッド・モントーヤとクルト・ゲーリングなるこの両名は、これまで一度もその名を聞いたことの無い人物にございます。
私の手元には、ラムアール王国の王宮魔法師団に現在属している上位の人物、若しくは、魔法師団に属していた者で有って、高位魔法の使い手として知られていた者の名簿がございまするが、その中には両名の名は見当たりません。」
「なんと、大魔法を使う人物がラムアール王国に二人もいて、その両名とも素性が知れぬと申すか?」
「はい、その通りにございます。
その両名についての情報を、なおも集めるよう部下やその筋の者達には追加の指示をなしておりますが、今のところは確たる情報はございません。
そうして、先ほどもご報告申し上げたように、ラムアール王国の国境にてこの二度の騒乱が有ったが故に好機と捉えたのか、あるいは、帝国がそもそも二つの騒乱に裏で関わっていたのかも知れませぬが、・・・・。
帝国がラムアールへと大軍を仕向けたのでございます。
いずれにせよ、わずか一月の間にラムアール王国では、北に、南に、そうして東にと戦乱が起きたのでございますが、これは極めて異例のことにございましょう。
いずれの場合も、ラムアール王国は防衛側にて、ラムアール王国から戦を仕掛けたわけではございません。
此度、ローゼル帝国がラムアール王国への侵攻に動員した兵力は6万を超えております。
順当に行けば、動員数で勝るローゼル帝国の勝利は間違いのないところであったはずでございました。
少なくとも国境周辺に帝国軍6万が集結した時点で、ラムアール王国側に防衛の準備はほとんど整っていなかったのです。
ラムアール王国の最大動員数はそもそも6万前後にしか過ぎず、しかしも王国内に兵力が散らばっている状況で攻められたなら、体制を整える前に各個撃破されて、負けは必至の状況にございました。
国境に迫った6万を超える大軍に対し、ラムアール王国のヒュッテ辺境伯は寡兵ゆえに籠城戦を採ることになりました。
取敢えず近隣の将兵を集めても二万に満たず、正攻法では絶対に勝てませぬから、援軍が来るまでの時間稼ぎに出たわけですございますが、帝国軍が城塞を囲んでまさに押しつぶさんとした際に、またしても大魔法の発動があったようにございます。
何の前触れもなく、周囲を取り巻く帝国軍将兵の真上で突然多数の火花が散り、一瞬にして大勢の帝国兵が戦闘力を失ったのでございます。
生き残った兵士の
ただ、空中で轟音を発しながら、無数の火花を出しながら爆散したものによって、その直下にいた将兵は多数の切創等を負ったようでございまして、その9割が重傷を負って戦闘力を瞬時に奪われたそうにございます。
我が国の魔法師団長にそのような魔法があるのかと尋ねましたが、生憎とラティーブ魔法師団長は承知しておらぬようにございます。
規模が小さければ火属性魔法で似たような魔法はあるそうにございますが、少なくとも万を超す将兵を一気に打ちのめすような魔法は聞いたことが無いそうにございます。
また、帝国内に潜り込ませていた間諜の報告によれば、この大規模魔法と思われるものが発動した際には一切の魔力が感知されないうちに被害が生じたとのことでございまして、この件についても、帝国では理由がわからずに不審がられているとのことでございます。」
「魔力を使わずして、魔法を発動すると?
魔道具を使ってもそのようなことはできまい。」
「はい、魔道具を使っても魔力の発動はございますし、その痕跡も残るはずにございます。
今の段階では魔法か否かわかりませぬが、この爆散は精々が十数えるかどうかの間に広範囲に起きたことのようで、包囲軍6万のうちの3万以上を巻き込みました。
軍の半数が戦闘力を失って、なおも攻撃する余力と勇気は帝国軍に無く、二日間は現場近くに布陣していたものの、最終的に帝国軍は大量の負傷者をそのまま放置して撤退したようにございます。
この帝国軍との戦に置いて、いかなる魔法師等が出張ったモノかは分かりませんが、少なくとも3万もの将兵を一度に
不思議なことに、ラムアール王国側のヒュッテ辺境伯軍内部でもこの奇跡のような勝利は神の裁きと信じられておりまして、仮に誰かが為したことであっても、その英雄の名が一切語られておりません。
先ほど申し上げた正体不明の二人の魔法師と合わせて、あるいは更なる知られざる大魔法師をラムアール王国が抱えているのかも知れぬという事にございます。
従って、今後ともできる限りの情報収集には努めますが、ラムアール王国への手出しはしばらく遠慮されたが良いかと愚考いたします。」
「ふむ、あいわかった。
いずれ、ラムアール王国とは戦場でまみえることもあろうが、少なくともその大魔法師の情報を集めてからの話じゃな。
今の情報については、四人の将軍にも内密に伝えておいてくれ。
但し、くれぐれも一般の将兵等には漏れぬようにいたせ。
戦意の減退につながりかねぬでな。」
「かしこまりましてございます。
陛下の御心に沿って宜しき様に計らいます。」
二人の密談は終わった。
アルダイル皇国だけではなく、ラムアール王国の周辺国にはこの三つの国境における戦況模様と大規模魔法発動の噂が尾ひれ端ひれがついて誇大に伝わっていた。
特にラムアール王国を邪見にしていたアブリビル王国とグレフォール商業連合国にも、この情報が伝わった際にあるいはこれらの具化仕儀な大魔法による報復があるかもしれないと戦々恐々となっていた。
関連する誇大な噂による不安は、大いに伝搬するものであり、アブリビル王国の臣下筋はとにかくラムアール王国側の機嫌を損ねないよう丁重な対応を心掛けた。
但し、アブリビル国王の発したラムアール王国の差別方針は一向に変わらなかった。
流石に塩以外のものにまで高い関税をかけるようなことまでは無かったが、塩の交易制限はそれ以降も王命により続けられたのである。
然しながら、ローゼル帝国との紛争が終わって三か月ほどすると、ラムアール王国で巨大な岩塩層が発見されたという情報がアブリビルにも伝わってきた。
ラムアール王国では、サルザーク侯爵からの情報に基づき、王家の特命に従って、ベルゼン侯爵が大規模な調査隊を自領内のへき地に送り出し、岩塩層を発見するとともに、即座にそこに至る道路整備を始めたのであった。
元々が海水が干上がってできた分厚い塩の層に砂漠の砂が堆積して圧縮しただけの岩塩であるために、塩そのものの品質は極めて高い代物であった。
この時点でアブリビル国王が望んでいた塩をネタにした単なるいじめ政策は完全に破綻したのである。
アブリビル王国は、それまでのお得意様を失っただけに終わったのだった。
交易というものは二国間若しくは多国間での信用が大いにモノを言う。
これを契機にアブリビルとラムアール王国間の交易量は次第に減少し、それから3年後には、十年前の数十分の一にまで減っていたのである。
ここに至って、アブリビルの商人は何とか経済を盛り返そうといろいろな振興策を講じてみたが、ラムアール王国のみならずアブリビル王国の周辺国も、次第にアブリビル王国との交易量を減らし始めていたのであった。
確かに、一方的に交易を制限するような国とは商売もしにくいものであり、商人そのものがアブリビルとの商売を避けるようになったからであった。
それがために、アブリビル王国は次第に
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