第103話 防護のための魔道具 その三

 エリカですよ。

 ただいま、サルザーク侯爵邸にお邪魔して、錬金術の一つである廃魔石の融合ゆうごうをご披露中なんです。


 「こちらの新品の魔石を融合させることもできますが、ゴブリンの魔力の残滓ざんしと魔石がゴブリン体内にあった時に生じた汚染物質のようなものが魔石の中に含まれているので、これを融合させるには余計な手間暇てまひまと時間がかかります。

 そのため、魔石を融合する場合には、魔力のほとんどない廃魔石の方が使いやすいと思います。

 仮に魔力の残っている魔石を使うとすれば、そもそも融合に際して魔石同士が反発しあい、抵抗するので作業が難しくなるのです。

 因みに私の錬金術の弟子と元弟子の二人にやらせてみましたが、廃魔石の融合ですらできませんでした。

 この魔石の融合は、錬金術師としてはかなりの力量が必要になると思います。

 もう一つ、この魔石を融合するという知見ちけんや技術は、他国に漏れるとまずいかと思われますのでできる限り秘匿ひとくいたします。

 また、魔法師が魔石に魔力を込めて、生成りきなりの魔石よりも多くの魔力を込めることができるという知見も秘匿すべきでしょう。

 従って、仮に錬金術・薬師ギルドや魔法師ギルドにこれらの検証を打診するにしても、秘密が漏れないよう契約魔法等で縛る必要があるかもしれません。」


 それを受けて、侯爵が言いました。


「ふむ、魔石の力が入手した時よりも増大するというならば、魔道具の兵器転用の可能性もあるか・・・。

 因みに、この新品のゴブリン魔石と、空の魔石に魔力を充填じゅうてんしたものとでは、どの程度の違いがあるのだろうか?」


「充填する魔石の大きさや種類にもよりますが、普通のゴブリンの魔石の場合、平均して16倍程度にまで魔力の充填が可能と思われます。」


「なるほど、魔石の大きさにもよるということか、・・・。

 仮に、あくまで仮にだが、王宮にあるというドラゴンの魔石に同様の事をした場合、元の16倍の魔力が込められるかもしれないということなのかな?」


「ドラゴンの魔石は、おそらく結界用の魔石に使われているのでしょうから、これまで消費した分を補充することは間違いなくできると思われます。

 但し、その魔石の新品以上に魔力を込められるかどうかについては、実際に間近で見てみないとわかりません。」


 この私の発言は一部嘘で~す。

 王宮にある結界発生装置の魔石の色から見て、多分、倍から三倍程度には魔力は込められそうなんですけれど、かなり時間がかかりますよね。


 正直なところ、そんなことに私は使役されたくありません。


「いずれにせよ、当該魔石も魔力を充填じゅうてんするに従って、黒い色に染まるのは確実だと思いますけれど、その場合でも、残存する魔力が他の魔力を排斥はいせきしますので、かなり高位の魔法師でなければ魔力の充填は難しいかもしれませんね。

 王宮の結界発生装置には魔力の充填装置などはあるのでしょうか?」


 この質問にはエマ夫人が答えてくれました。


「あったようですね。

 でも、およそ二十年前にどこかが不調になったようで、それ以後、魔力の補填ほてんができていないのです。

 このままでは五十年から六十年程で結界は機能しなくなるのではないかと言われていますね。

 王宮の機密事項ではありますが、対応が迫られている重要案件の一つです。」


 うん、やはり問題を抱えているようですね。

 王宮の結界発生器を秘密裏に見学した時、関連の魔法陣をちょこっとのぞきましたけれど、石板の上に描かれている魔方陣がかなり薄れているんですね。


 魔方陣を描くにはいろいろな方法がありますけれど、複雑な魔方陣を描く場合は、石板に魔法顔料で魔方陣を描くことが多いのです。

 石板に彫刻した方が長く持ちますけれど、魔力を通しながらの刻印は、時間ががかかる上に、なかなか思うほど精緻せいちな図形には描けないことから、魔法師には忌避きひされているようですね。


 王家の結界発生装置を造った方も十分に優秀な者だと思いますけれど、長年の劣化には勝てません。

 劣化防止のための魔方陣も施されてはいるのですけれど、180年という時間が、魔法顔料を風化させ、魔方陣の文字と線分を一部途絶えさせているのです。

 

 結界発動そのものの魔方陣は、装置の内部空洞に描かれたものですので、魔力充填装置の魔方陣に比べると劣化は少ないのですけれど、魔力充填用の魔方陣については、頻繁に発動する機会が多いために、そもそもの魔方陣が広い操作室に面していて人の出入りもあるために劣化がより進んだようです。

 とはいいながら結界発生の魔方陣も保(も)って後百五十年から二百年前後でしょうね。


 私が確認した際には、魔方陣の描かれている空洞内部に微量ですがカビが生じていました。

 魔法顔料は鉱石が主成分ですのでカビが覆ったくらいでは消えませんが、このカビが滅して崩れ去る際に、顔料成分の連結薬(にかわのようなもの)を奪ってしまうようなのです。


 従って度重なるカビの発生と消滅は、魔方陣そのものを徐々に機能させなくするのです。

 ですから、いずれ王宮の結界発生装置そのものの一新が必要となるのでしょうね。


 うーん、何となく悪い予感がしますねぇ。

 王宮の結界発生装置のメンテナンスを依頼されそうな気がします。


 まぁ、魔人対策の一環だから最終的には受けることにはなるでしょうけれど、王宮そのものは後回しでしょうか。

 優先順位としては、王宮ではなく、王都が先で、ラムアール王国の国境周辺の結界が二番目でしょうね。


 ラムアール王国の周囲を取り巻く結界ができれば、後は、中の空いている空洞部分の地域を順次埋めて行く感じですね。

 まぁ、ご希望ならば王宮の結界もその際に一番目に作り換えることにしましょう。


 勿論、新たにドラゴンの魔石が入手できない限りは、融合した廃魔石を装置の核に使うことになります。

 現在使っているドラゴンの魔石だって200年近く使ったんだから、お蔵入りでも良いかもしれませんね。


 もちろん魔力を充填して再利用も可能ですけれど、そちらの方が面倒です。

 少なくとも今ある結界装置よりは強固なものを設置することになりますよ。


 一応侯爵様には、結界発生装置に使う融合人工魔石の情報をお知らせし、そうした結界発生装置を造るための生産体制を考えてもらうようにお願いしました。

 エリカだけが働くのはやっぱりおかしいでしょうから、王宮サイドや侯爵様もそれなりに動いてもらわねばなりません。


 あ、あともう一つ、侯爵にはとても良い情報を一つ提供しておきましたよ。

 実は、飛行艇を使った魔人の侵入監視網を設置してゆく過程で、ラムアール王国北部の山岳地帯で、岩塩層を見つけたんです。


 尤も、これはリリーによってもたらされた有益情報に基づいて、現地調査を実施した結果なのですけれどね。

 実は、ラムアール王国北部にあるユーランド山岳地帯に大きな盆地があるのです。


 この地域は非常に降雨量の少ない地域で有り、昔から人の住まない地域でした。

 特にその盆地の西半分は、現在でも不毛の砂漠地帯であって、偏西風へんせいふうにより時々砂嵐が発生する地域でもあるのです。


 この盆地がかつては海の底だったことを知る者は居ません。

 悠久ゆうきゅうの昔に大陸が形成される段階において、四方を山脈に囲まれた閉鎖地形に大量の海水が取り残され、長い時間を経て塩湖になり、やがて干からびて塩平原しおへいげんになった場所なのです。


 しかしながら、その後、多くの気候変動があって盆地の西部にあった砂漠で発生した砂嵐により、巻き上がった砂が東部にある塩平原を埋め尽くし、厚い砂礫されき層で覆いつくしてしまったために、地表面では岩塩層は全く見えない状態になったのです。

 盆地で有り、雨の少ない地方であるが故に地下水もこの地域から出て行くことは無かったのです。


 それゆえにこの岩塩層は悠か昔から人目に触れずに存在したのです。

 リリーの新たなレベルアップで情報開示がなされ、岩塩層の在り処を教えてもらい現地調査で岩塩層の存在を確認したわけですが、その件もサルザーク侯爵に伝えることにしたのです。


 後にエーレンシア高原と呼ばれる盆地について、そこに至る比較的詳細な地図もつけてあげました。

 国内の監視網を作った際に航空写真紛いの詳細な図面を作っており、そこから抽出したものなので正確極まりないものなのです。


 でも、これまで人跡未踏じんせきみとうの地であるが故に、まともな道などは無く、エリカが選んだ道筋にそって辿たどれば、塩平原の場所には辿り着けるはずなのです。

 地図の上に岩塩層のある地域を赤い点線で囲っているので、当該地域に辿り着ければ、それなりの土木工事(砂礫層は概ね30m程度)は必要であるモノの、岩塩が掘り出せるはずなのです。


 岩塩層は平均するとおよそ300m程の厚みがあり、私(エリカ)が自分で掘り出した方がはるかに生産効率は高いのですけれど、産業として根付くためには役人と商人に開発を任せた方が良いかと思うので、侯爵に情報の取り扱いを一任しました。

 将来的には、ラムアール王国が塩の生産国になることから、アブリビル王国との外交関係はますます不調になるかもしれませんが、少なくとも塩の供給不足で国内が困ることは無くなるでしょう。


 この他にも、実は科学的な反応で塩化ナトリウムを合成することは可能なんですよ。

 一応、念のために、銅・塩素・水酸基でできた鉱石(前世ではアタカマ石と言っていましたね)が採掘できる場所、それにナトリウムの多く含まれた斜長石を採掘できる場所も特定しているので、それらの鉱石から塩素とナトリウムを分離・抽出し、合成すれば塩はできることを確認しています。


 但し、この分離・抽出という作業は中々に面倒であり、岩石から有用成分を抽出するのに時間がかかるのです。

 三級や二級の錬金術師では分離・抽出が無理なようなので、敢えて情報としては伏せています。


 万が一にでもそれらから塩を作ってくれと言われたなら、エリカは、塩職人になってしまいそうですよね。

 人が必要な塩分は、一日に6~8グラム程度なのですけれど、ラムアール王国だけでも百万を優に超える人口があるんです。


 そのため塩の必要量は、1日に8トン程度になることになりますよね。

 毎日8トンもの、製塩をするのはさすがに遠慮したいんです。


 仮に大金を積まれても嫌なものは嫌なんです。

 お金は日々の生活やその他のささやかな活動に必要な分だけあればよいのであって、私自身は金持ちになるつもりは毛頭ありません。


 馬車馬のように働くような所謂いわゆる社畜しゃちくにはなりたくないのです。


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