第101話 防護のための魔道具 その一

 エリカです。

 魔人達の集団であるサブBとサブCが遠くでドンパチやっている間に、私はヒト族を守るための方法を考案しようと思います。


 取り敢えず思いつくのは、王宮を守るための結界と似たようなものでより強力なものを生み出せないかどうかですね。

 あ、別に王宮だけを守るつもりはありませんよ。


 王様や宰相とは顔見知りですけれど、私にとって優先的に助けなければいけない人達ではありません。

 彼らよりも先に私の家人であるメイド、弟子、エルメリア、更にはカボックに住む顔馴染みの方を私としては優先したいですよね。


 もし王様や宰相を助けるとしたなら、王都に住む人々を救うついでに助けるような感じになるんじゃないかと思います。

 王様や宰相が死ぬことで多少の混乱は生じても、秩序はいずれ何らかの形で落ち着くはずですから、長い目で見たら何が何でも救わねばならないとは考えていないのです。


 うーん、長命種になった所為か、この辺は割合ドライですね。

 今の体制がそう悪くないのは認めますけれど、王政が絶対のものではありませんし、未来永劫残したいものでもありません。


 何を優先すべきか、命のトリアージならば、前世の様々な場面で遭遇しました。

 一つの例は、私が老齢期に入った頃に能登半島地震という災厄が発生しました。


 当時、私は、都立病院の専業医師ではなくなっていましたが、相談役として籍を置いており、人手が足りないときは時折お手伝いもしていましたよ。

 でも必ずしもその籍に縛られない割合自由な立場でしたので、地震発生から3日後、孫が運転してくれるキャンピングカーで私は能登半島入りを果たしました。


 孫は大学の三回生でしたが、時間的余裕が有ったので一週間という約束で運転手兼ポーターという役割で一緒に来てもらったのです。

 救護のために現地入りするのに、現地の人を頼ってはいけませんから、食料と医薬品等は自前です。

 

 テントも用意しましたけれど診療所代わりに使って、寝るのはもっぱらキャンピングカーの中ですね。

 生憎と道路があちらこちらで寸断されている状態でしたから、中々奥地へとは進めませんでしたが、それでも何度か現場でトリアージをしなければならない状況に直面しましたね。


 多数の負傷者がいる場合、往々にしてそのような事態が生じるものなのです。

 重傷者であって助けられる者と助けられない者が当然に出てくるのです。


 それは私の医療技術が追い付かない傷病であったり、野戦病院さながらの碌な医療機器も無い場所で治療しなければならない状態であったり、持ち込んだ医薬品が不足する場合など様々な要因がありますけれど、手に負えないと判断した者については手を付けずに、多分間に合わないと知りつつも救助機関へ連絡して引き取ってもらいました。

 残念ながら、救急車なりが到着する頃にはそのほとんどが心停止していましたけれどね。

 

 トリアージが究極の選択であるとしても、本来であれば助けられたかもしれない命を放棄したのは私の心に深い傷跡を残します。

 そうして何より、遺族の方には恨まれたかもしれません。


 その患者さん一人ならばだめとわかっていても手を尽くしたでしょう。

 でもその患者さんに対応していると、別の助けられる患者さんが命の危険に晒されるのです。


 救えるものを救う、その一念でトリアージをしました。

 無いものねだりをしても仕方が無いのですけれど、人材と設備の整った大病院で有れば助けられた命だったかも知れません。


 現地入りして三日目にはボランティアで仙台から来たという看護師さん二人が私のところで一緒に動いてくれました。

 私のキャンピングカーは、左程大きいものではありませんのですぐに医薬品等が不足し始めましたが、イリジウム電話を使って子供達に移動先と必要物資を知らせておくと、孫やその仲間がバイクを使って必要な品物を届けてくれました。


 余震の続く、とても寒い能登半島で一週間頑張って、それから引き上げましたが、同行した孫の誠一にとっては、とても印象深いボランティア活動だったようです。

 その後、大学を卒業した誠一は、とある医療機器メーカーに入り、リチウム電池だけで駆動する小型の医療機器を開発する仕事につきました。


 その開発機器は電気の無い場所で使える希少な機器として、知る人ぞ知るヒット商品になったようですよ。

 またまた、余計な話をしてしまいましたね。


 肝心の結界を張る魔道具ですが、どうしても大きな魔石を使用しなければなりませんが、王宮にあるのは、国宝としていたドラゴンを討伐した際に入手した魔石のようです。


 ドラゴンはさすがにそうそうは見つからないでしょうし、仮にいても討伐できるかどうかわかりません。

 そこでひと工夫です。


 くず魔石ととされている小型の魔石を何とか大きなものにできないか試してみることにしました。

 手近なところでスライムの魔石を使うことにします。


 スライムの魔石は実は退治する際に核となる部分を破壊することから、魔石をきれいに取り出すことは難しいのです。

 でも私なら、アポートでスライムから小さな魔石を取り出すことが可能なんです。


 魔石を取り除かれたスライムはそのまま死滅することになります。

 スライムの魔石はせいぜいが直径1センチ弱の小さなものですが、単に寄せ集めただけでは役に立たない代物です。


 で、魔力の残っているスライムの魔石二つを私の錬金術で融合してみました。

 実は魔石同士は結構反発しあうのです。


 それで、最初に私の魔力を少し流し込んで、馴染みを作ると割合簡単に融合させることができることが分かりました。

 簡単に説明していますけれど、この結論に至るまで結構試行錯誤したんですよ。


 まぁ、その苦労はさておいて、球の体積=4/3x円周率x(半径の三乗)ですから、魔石を二つ合わせて直径が1.2倍ほどになるでしょうかねぇ。

 10㎜ほどの直径のものが、12ミリぐらいになるだけなんです。


 参考までに王宮の地下に設置されている結界魔道具のドラゴンの魔石を内緒で見に行きましたけれど、直径が100センチほどあるんですよね。

 単純計算で直径が100倍ですから、体積は100の三乗で百万倍になります。


 カボックの周辺に棲むスライムの魔石全部を集めても、そんなに数は無いでしょうから無理ですよね。

 スライムは結構湧いて出て来るらしいので、何年もかけて集めるか、それとも他からも集めるかです。


 普通のゴブリンもスライムの魔石とほぼ同等なのですけれど、ゴブリンの魔石の方がやや大き目かもしれません。

 ゴブリンの魔石は灯り等の魔道具の燃料としてよく使われており、中の魔力が空になると捨てられます。


 実はその捨て場所が決まっているので、そこに行くと魔力の失われた魔石がタダで入手はできますね。

 そこでその廃物利用を思いつきました。


 もう一つ、魔石に込められている魔力って別にぎゅうぎゅうと限界まで込められているものじゃないんです。

 試しにやってみるとスライムの魔石で16倍ほども魔力を加算できるんです。


 これは大きい効果ですよね。

 一個の魔石で16個分の魔力が充当できるんですから。


 但し、何事にも限界があります。

 それ以上の魔力を込めると魔石が爆弾よろしく破裂してしまうんです。


 スライムの魔石は無色又は薄い青色なんですけれど、魔力を充当するに従って濃い色がついてきます。

 ほとんど黒に近いような濃い青紫になると、もう限界ですね。


 一方のゴブリンの魔石ですが、こちらは使い切ると無色に近い薄い黄色です。

 実験のために、管理人に許しをもらって、ゴミ捨て場から十個ほど持ってきました。


 こちらもいきなり魔力を込めても入りにくいのですけれど、一旦、魔力を馴染ませてからなら入るんです。

 私が魔力を込めると、徐々に澄んだ黄色若しくは橙色に変化します。


 比較のために商業ギルドで灯り用のゴブリンの魔石一個を購入しましたけれど、こちらの色は少し濁った黄色でしょうか?

 これにも同じように魔力を込めると濁りが取れずにそのまま色が濃くなりました。


 色合いが何となく気に入りませんので、ゴブリンの魔力が残った魔石は使わないことにしました。

 単純に私の好みの問題なのですけれど、結局選んだのは使用済みの投棄された魔石です。


 カボックのごみ捨て場だけでも概ね数万個が入手できましたけれど、これでは不足すると思うので、周辺の街のごみ捨て場を漁りました。

 余り目についても嫌がられそうですので、もっぱら人の居ない夜間にお仕事をしています。


 これってもしかすると窃盗ですか?

 いいえ、いえ、捨てられたものなので無主物先占でしょう。


 どこからもクレームがつかなければこれは私のものなんです。

 但し、良い子の皆さんはマネしちゃいけませんよ。


 道路に放置してあっても、所有権が放棄されていない場合もあるんです。

 単純に道路に財布ごとお金が落ちていてそれを拾ったからと言って、自分のものにはなりません。


 警察なり土地を管理している者に届け出たうえで、公示されてから半年ほど待って持ち主が現れなければ晴れて自分のものになるという落とし物の拾得物に似た扱いですね。

 但し、ラムアール王国も含めて、この世界ではそうした所有権や落とし物等に関する法整備ができていませんから、捨てられた物は割合に自由に処分できるんです。


 そんなことはさておき、スライムの魔石とからの魔石(ゴブリンが多いのですけれど、ほかの魔物の魔石も結構混じっています。)も融合させてみました。

 種類が異なると融合する際にやや抵抗が大きいですけれど、再度両方に私の魔力を馴染ませてやると融合するんです。


 集めた空の魔石の数は覚えていませんが、サルザーク侯爵領内だけで相当数の魔石を集めましたね。

 これで造った人工魔石の大きさが直径60センチ余りなのですが、これに魔力を最大限込めると既定の16倍以上の魔力が込められるはずですので、大きさとしてはこれで十分じゃないかと思っています。


 但し、魔力を込めるのが大変です。

 この魔石に限界近くまで魔力を込めるのに実に二十日以上もかかりました。


 そうしてこの人工魔石、そのままでは周囲に結構なオーラを放ちますのでそのまま放置できません。

 従って、私の亜空間倉庫に保管中なんです。


 私の捕らぬ狸の皮算用では、この人工魔石一個で、サルザーク侯爵領全域を結界で覆うぐらいの魔道具ができるはずなんです。

 但し、王宮の結界魔道具なんぞを参考にしていたのではだめですね。


 そこでもう一つ冒険を・・・。

 潜入させている「蟲」にサブBとサブCの結界を調べさせました。


 うーん残念ながら、魔人族たちは魔道具を使ってはいませんでした。

 彼らは、大きな石板に魔法陣を描いて、魔力を供給することにより結界を張っているんです。


 つまりは石板はあるけれど、いわば人力頼りの結界発生装置なんです。

 残念ながらこの方式は使えません。


 但し、石板に描かれた魔方陣は使えます。

 ラムアール王家の結界に比べると魔方陣がかなり高度な気がするんです。


 但し、魔人が使うのは自分たちがコントロールしやすいように作った代物で有り、多分私が造る魔石利用の結界発生器はそれほど融通が利かないはずです。

 ですから、魔人の使っている魔方陣をより昇華させて、効率的で使いやすいものにしなければなりません。


 その研究が結構大変でした。

 例によって、徹夜とまでは行かずとも、毎日夜遅くまでのお仕事です。


 健康ですし、何より若さがありますから大丈夫ですけれどね。

 前世の二十代ならとっくに倒れているんじゃないかと思いますよ。


 疲れて部屋に戻ると、パティとマッティが出てきて私を癒してくれます。

 私が仕事中は亜空間内に入っていて、邪魔しないようにしてくれているみたいです。


 賢いモフモフで私は随分と助かっていますし、癒されていますよね。


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