第99話 魔人の領域の監視 その四

 私はエリカです。

 冒険者でもありますけれど、本業は錬金術師に薬師・・・のはずです。


 アルファ島での魔人族サブBとサブCの戦闘は、双方ともに多少の損害を被ったうえで一旦小康状態になったのですけれど、その後、再度激化しました。

 どうやら互いに威力の大きな遠距離魔法を使い始めたようです。


 サブCの連中は、島内の拠点からやや離れた場所に数グループを派遣し、そこから数人共同での攻撃大魔法を放ちました。

 一方のサブBの方は、構成員が集団で形作るバリアの中から同じく複数の魔人が共同して遠距離魔法を放ちました。


 サブCの攻撃は各個に放たれると、サブBの拠点を守るバリアに跳ね返されますけれど、二度目以降の攻撃が特定ポイントにまとまって集中するとバリアを突き破りました。

 さながら透明な半球バブルにミサイルが撃ち込まれ、内部で爆発するようにバリアのバブルが弾けました。


 この一撃でバリア内に居たサブBの7割程度の魔人が消滅したように思います。

 多分、火炎魔法の一種じゃないかと思いますけれど詳細にはわかりません。


 一方のサブCの方もサブBの集中攻撃でバリアが崩壊し、内部に居た8割以上の魔人が消滅したようです。

 こちらの方は雷撃に換えんが混じっているような複合魔法かも知れません。


 私には一応魔力の流れが見えますし、描かれた魔方陣でおおよその内容が分かるんです。

 攻撃を受けたサブBの方が生存者数は多いのですけれど、負傷者がかなりの割合を占めています。


 サブCの方は、拠点以外にも前方に進出していた数グループがサブBからの反撃にあってその半数が壊滅していますし、拠点の生存者数も少ないために、これ以上の戦闘を継続すると全滅する恐れが高いと思われました。

 そうすると、どこからか指令を受けたのか一斉に転移でアルファ島からサブC陣営が離脱しました。


 転移先はサブCの根城と思われるコラルゾン大陸西方南部の魔人生息地です。

 それから半刻もしないうちにサブBグループの生き残りも一斉にアルファ島から転移しました。


 行く先はやはりサブBの拠点となるベガルタ大陸北部地域だということを確認しました。

 アルファ島は一時期三百数十人もの魔人が滞在していたわけですけれど、そのうちの約百名余が生還したのみで残りは戦闘により消滅したようです。


 因みにアルファ島のいたるところに魔人が残したものと思われる遺体や魔石がゴロゴロしていました。

 魔人には形見となるはずの遺体や魔石を持ち帰る風習が無いのでしょうかねぇ?


 何かに使えるかもしれませんので、私は遺体と魔石を拾って亜空間に収容しています。

 そのために私が保有している魔人の魔石は総数で97個、遺体が163体にもなっていますよ。


 遺体は、高温で焼却すると魔石に代わります。

 念のため亜空間の中で結界を張っていますから、外部から魔人の魔石の存在等を気づかれる心配は無いと思います。


 出生率の少ない魔人族にとって、今回の戦闘は、互いに大いなる損失だったと思うのですけれどどうなのでしょうね。

 少なくとも魔人も全滅を避けるだけの知恵がある種族ということはわかりました。


 どこやらの宗教の過激派のように自爆攻撃を多用する者たちではなさそうですし、死ぬまで引かないと云う狂人集団でもなさそうです。

 でも損耗率が7割になるまで撤退しないというのは、とても危ない種族ですよねぇ。


 サブBにしろ、サブCにしろ、その力がヒト族に向けられたら、ヒト族の社会は壊滅します。

 単純計算でも数十人の魔人が本格的に攻め込めばラムアール王国は1日で壊滅するのじゃないかと思います。


 王国の誇る騎士団や魔法師団は、魔人に対する限り、何の防壁にもなりませんし、王都の結界も魔人一人の攻撃で消滅するでしょう。

 今のところラムアール王国にちょっかいをかけてきた魔人がどこに属しているのかが分かりませんが、現状で見る限りはサブAは保守的で島を離れないような傾向ですから今後三か月程度の様子を見て何も動きがなければ、警戒度を下げておいても良いかもしれません。


 これまでちょっかいをかけてきた魔人が、サブBなり、サブCの勢力の所属であった場合でも、アルファ島での戦闘でかなりの損害を被った現状では、ラムアールに関わる余裕は左程ないはずじゃないかと思うのですが達観的に過ぎますかねぇ。

 そこで私の方は取り敢えずラムアール王国の防備体制を固めることにしました。


 ラムアール王国のほぼ中心地点(王都から南西へ20㎞ほどの地点)上空に監視に特化した飛行艇一隻を配置、そこから概ね400㎞の円周上に6機の監視飛行艇を均等に配置することにしました。

 それら円周上の6機の飛行艇から外方向に同じく400㎞の距離に三機ずつの飛行艇を配置することで概ね王国中心点から1200㎞の圏内での監視網を作りました。


 実はこれにかかりきりでも26機の監視型飛行艇を製造するのに一月近くかかる仕事量なんです。

 一日に三時間ほどの時間を作って、概ね四日で1隻の割合で飛行艇を作っていますけれど、色々と雑用も入ったりしますので。26隻の飛行艇を配置し終わったのは、思い立ってから4か月後の事でした。


 幸いにして、今のところラムアール王国に対しては魔人の介入はありません。

 ヒト族に対して何らかの干渉があるかどうかについては今のところ情報不足ですね。


 懸念材料は、サブA、サブB、それにサブCからも離れている少数のグループでしょうかね。

 暇を見てそれらの拠点にも監視の目を振り向けようとは思っていますが、取り敢えずはラムアール王国に干渉して来る魔人(若しくは干渉してきそうな魔人)だけを対象にするつもりです。


 向こうは集団でこちらは私一人ですので、味方がほぼいない状態です。

 全面対決はできるだけ避けなければなりません。


 但し、いざとなれば、小惑星を捕まえてきて魔人の拠点を叩き潰す覚悟は固めています。

 彼らのメンタリティについては、今なお調査中ですけれど、ヒト族を含めて魔人族以外の生き物は押しなべて下等生物と見做しているようです。


 前にも言ったような気がしますけれど一生懸命に働いているアリが地上に居たにしても、何の感慨もなく踏みつぶして行くのが当たり前と考えている連中です。

 その存在が障害になるとわかれば、眉をピクリとも動かさずに下等生物アリの巣を一気に焼却するでしょうね。


 一応、魔人の勢力図とその概要については、極秘情報としてサルザーク侯爵にお教えしておきました。

 監視飛行艇の存在などの情報は侯爵にも教えず、秘匿したままです。


 無暗に不安だけをまき散らしても仕方がありませんけれど、為政者には万が一の場合の覚悟と相応の準備をしていただかねばならないでしょう。

 私は神様じゃありませんけれど、自ら何の努力もしないような者たちを単なる温情だけで助けるつもりはありません。


 別にお金や褒章をもらうつもりはありませんけれどね。

 私に関わった知己の者のささやかな生活をできるだけ守ることを目標にしているだけなのです。


 ◇◇◇◇


 私はエルメリア。

 よんどころない事情でエルフの里を離れ、ヒト族の中で生き始めてからもう二年半ほどになります。


 奴隷に落とされて半ば死にかけていた私ですけれど、エリカ様のおかげで奴隷の境遇から救い出され、大怪我を治してもらい、半年ほど前には犯罪奴隷の烙印も正式に解除されているのです。

 犯罪奴隷として、このラムアール王国まで流されてきたのでしたが、その手続きに違法手続きがあったことが判明し、バイランド公国の差配により、各地に残る奴隷売買の記録からエリカ様の下に通知と私に対する慰謝料(?)が届いたのが半年前のことでした。


 犯罪奴隷じゃない者を犯罪奴隷としたからくりが暴かれ、当該からくりに関与した奴隷商人や役人は既に処罰されています。

 その際に、エリカ様は改めて私の思うままに生きてよいと言われました。


 私は、大恩あるエリカ様の従者として引き続きエリカ様のもとに居させてもらっているのです。

 ところでエリカ様は私よりもはるかに年下の若い女性ながら、エルフでもめったに使う者が居ない転移魔法の使い手なのです。


 そうしてここ最近は魔人対応に追われている様子です。

 私も当初は知りませんでしたけれど、ラムアール王国内に、魔人が何度か出現しているらしいのです。


 魔人と言えば出現すれば「天災」若しくは「災厄」と呼ばれるほどの脅威があります。

 エルフの精霊魔法でも彼らに対抗することは至難の業なのです。


 従って、昔から出会ったならば抵抗などせずにひたすら逃げろとしか言われていません。

 私の知らない間に、エリカ様はそんな魔人を複数討伐したのですから本当に驚きですよね。


 但し、エリカ様をもってしても複数の魔人が出現すると対処が難しいので、比較的魔法に秀でている私が補助者もしくは支援者として呼ばれました。

 一対一で魔人に対抗しろと言われても私にはできませんが、エリカ様に頼まれた仕事は、亜空間内に潜ったまま監視ができる空を飛ぶ船の中から監視する予定でした。


 河川湖沼や海を走る船ならばともかく、空を駆ける船を作ってしまうエリカ様はさすがですよね。

 当然のことながら世に知られていない品ですので、存在自体を秘匿しなければなりません。


 そのために信用のおけるものとして私を選んでいただいたので、その意味では大変な栄誉だと思います。

 そんなことが無くてもエリカ様には忠実に従いますけれど、その忠誠度を認められたことは随分とうれしいものですよ。


 そのために「飛行艇」の操縦を覚えた私ですが、最初に与えられた仕事は魔人対応ではなくって戦争への介入関係のお仕事でした。

 最近になって、エリカ様は錬金術で武器を作りますけれど、その効果を確認するために私の魔法で作ったバリアなどを実験に使うのです。


 多分、バリアごと吹き飛ばされるようなことはないはずなんですけれど怖いのは怖いですよね。

 「レーザー銃」の試射では、私が出せる最大限のバリアを何の抵抗もなく通過して背後の岩をも貫通しちゃったんですけれど、この時にはさすがに冷や汗が流れました。


 一瞬ですからね。

 避ける暇なんか絶対にありません。


 チカっと光ったと思ったらバリアは抜かれていました。

 次いで本当に出番が来たのはローゼル帝国軍がラムアール王国に侵攻を開始した時でした。


 私とエリカ様が別々の飛行艇に乗って出撃です。

 飛行艇には、エリカ様が造った爆裂弾(エリカ様はクレイモアと呼んでいますけれど意味は分かりません。)を500個ほども搭載していました。


 事前に話は聞いてはいましたけれど、実際に私が操縦して大量殺人を引き起こすとなると若干腰が引けます。

 でも大恩あるエリカ様のためならば何でもする覚悟で出撃しました。


 既に現場では戦闘が始まっており、ラムアール王国側が寡兵なので籠城しており、それに帝国軍の大軍が襲い掛かっている状況でした。

 私は上空での待機を命じられましたが、エリカ様の搭乗する飛行艇が上空から帝国軍に対してクレイモアをばらまき始めるとそれこそ将兵がバタバタと倒れて行くのです。


 上級魔法による殲滅魔法でもこれほどの効果を得ることができるかどうか疑問ですね。

 ほんのわずかの間に敵兵の半数を戦闘不能に追い込んでしまったのです。


 私は万が一の場合の予備軍でしたけれど、その必要もありませんでした。

 帝国軍はわずかの間に発生した余りの被害の大きさにおののいて退却していったからです。


 もう一つエリカ様から言われていたのは、蜘蛛に似た六本脚のオートマタの戦闘指揮でした。

 このオートマタもエリカ様が造った代物ですけれど、馬車よりも大きな図体ながら馬よりも早く移動できますし、岩をも打ち砕く攻撃手段を持っています。


 そうして簡易な命令に従い、ある程度は半自動で動くのですけれど、生憎と細かく指示をしてやらないと味方をも殺戮してしまいかねない危ないバーサカーなんです。

 ですから実際に使う場合には、できる限り傍にいて細かな戦闘指示を与える必要があるんです。


 このオートマタは、通常、エリカ様がインベントリに保管していて、必要な場合に出現させることができます。

 一応の分担は私が1号機から3号機までにしています。


 オートマタ三体の指示だけでも結構大変なんですよ。

 でも将来的に慣れてきたなら担当機数を増やすことになっています。


 今のところ帝国に続いてラムアール王国に侵攻してくるような気配の国はありません。

 エリカ様はその辺を結構心配されていた様なのですけれど、幸いにして新たな戦争の気配は無いようです。


 そのために、現在のエリカ様は、魔人対策を急がれているみたいです。

 毎日夜遅くまで工房に籠って仕事をしておられますけれど、本当によく身体が持つものだと思います。

 同じく従者であるマルバレータとヴァネッサも、エリカ様の健康を心配していますけれど、エリカ様は全く疲れのようなものを見せないものですから、ある意味で周囲がびっくりしています。


 エリカ様からは使用人や弟子には内緒という話で、魔人の動静についていろいろお聞きしています。

 エリカ様からは、サルザーク侯爵様ほか王宮でもごく一部の人しか知らない機密事項だから注意なさいと言われています。


 何か事があった際に、私がエリカ様を手伝う必要があるので秘事を私にも教えてくれているのです。

 ローゼル帝国軍の侵攻の際は、私も出撃はしましたけれど、あくまで予備軍的な配置でした。


 でも次回はどうなるかは分かりません。

 エリカ様は特段の支障なくば何事も自分一人で成し遂げてしまうお方です。


 それにもかかわらず、今回は私の手助けを必要とする場合があると考えておられるようです。

 確かに、魔人の侵攻と周辺国の侵攻があった場合、同時に二方面での作戦は難しいでしょう。


 幸いにしてエリカ様が製造した携帯型通信装置もあるので遠隔地であっても、私からエリカ様へ連絡はとれます。

 万が一にでもそんな時が来た場合は、エリカ様の手足となって働く覚悟はできています。


 私も奴隷商人によって犯罪奴隷に落とされるまでに、死に物狂いで戦いおそらくは十人程度のならず者を殺した経験はありますが、それが最大値ですね。

 でも帝国との戦役では、飛行艇からばらまいた爆裂弾で二万以上の兵士が死傷したはずです。


 正直なところそこまでの被害が生じるとは私も思っていなかったので、ある意味でビビりました。

 でも私にオーダーが出るということは、何としても私一人でやり遂げねばならない任務だと思うのです。


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 5月29日、一部の字句修正を行いました。

 

  By @Sakura-shougen



 


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