第98話 魔人の領域の監視 その三

 エリカが勝手に名付けたアルファ島での魔人同士の戦闘(?)が小康状態になったのを機に、アルファ島上空に監視のための飛行艇を置いたまま、私は一旦我が家に戻りました。

 そこで一日休養した後、再度別の飛行艇を使って、サブCと名付けた魔人集団の本拠地と思われるコラルゾン大陸西方南部の魔人生息地を確認調査に向かいました。


 このまま上空から監視をしていただけでは魔人の動静がさっぱりわかりません。

 ですから新たに秘密兵器を導入しちゃいます。


 私の錬金術で生み出した超小型の監視ゴーレムです。

 ノミ、シラミ、ダニの類は前世でも晩年にはあまり見かけなくなりました。


 ノミは体長0.3~0.4mmと非常に小さな生き物です。

 ノミの生態としては動物に寄生して血液を吸うことにより生きています。


 その吸血の際に体内に飼っている病原体を人または動物に移すこともあることからかなり危険な生物なのです。

 ダニの場合、主な媒介感染症としては、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)、つつが虫病、ダニ媒介性脳炎、ライム病、日本紅斑熱などがありましたね。


 特にダニの場合は、野山に存在するので山歩きの人や農作業あるいは林業に従事する方が肌を露出していた場合にたかられる感染するケースがあったようですね。

 私が転生したこのイスガルド世界は、科学文明が遅れている代わりに魔法が発達している世界です。


 そのために生活の文化程度にやたら偏りが見られるのがある意味で特徴なのです。

 前にも申し上げたかもしれませんが、怪我や病気に際して治癒能力を持つ者が活躍していますけれど、彼らはどちらかというとよくわからないままに本能の赴くままに治癒能力を使っているだけで、身体の構造や衛生概念などをそもそも持ち合わせてはいないんです。


 ですから前世で言うところの医師にあたる役割を持つ人々が、微生物や寄生虫等が起こし得る症状についてほとんど知らずに生活しています。

 それゆえに前世の日本人なんかに比べると、この世界のヒト族の個体ごとの抗体がかなり強いとは思われますけれど、そうした個々の抗体が強ければ強いほど微生物等の毒素も強化されてゆくのが進化の習いです。


 院内感染で知られる「MRSA」は一般的に抗生物質の効かない特殊な感染症として知られていますけれど、本来の意味合いはメチシリンという抗生物質が効かない病原体という意味合いの名前なんです。

 昔から似たような症状では結核菌が薬品に耐性を持つことが知られていました。


 このため、結核に対処するためには、病気の初期段階で大量の強力な抗生物質を投与して結核菌を抑え込むという手法で結核を治療するようになったのです。

 但し、結核菌の方も徐々に進化をするんです。


 耐性を増した結核菌が出始めると抗生物質の大量投与では抑えられない菌も出現してしまうのです。

 私が晩年の頃も、結核が根絶できていなかったのは耐性を有する結核菌が存在するためでした。


 こうした抗生物質に対して耐性を有する病原体の出現は、医学者にとっては不倶戴天の敵みたいなものです。

 でも耐性菌が発生するとこの抑え込みのために、止むを得ず、体内にある病原菌全てを殺すような抗生物質さえも使うようになりました。


 この強力な抗生物質には副作用があります。

 体内にある微生物すべてを殺してしまうために、身体が無菌状態となると同時に体内に通常保有している有益な抗体すらも殺してしまうのです。


 従って、このような薬剤を投与された患者は、無菌室と呼ばれる隔離された施設内でしか生きられない存在になってしまいます。

 これでは患者の方が、シャーレという限定された空間で培養される危険な病原体のようなものですよね。


 無菌室から出たとたんにありとあらゆる病魔に襲われて死ぬ羽目になります。

 何でこんな話をするかというと、イスガルド世界の人々は、このノミ、シラミ、ダニといった微生物に無関心で有り、非常に抵抗力も強いのです。


 従って、この微小生物がどこに居ても全く不思議ではないということで。

 で、私が錬金術を駆使して作ったゴーレムが全長0.35㎜程度の虫型ゴーレムなのです。


 このゴーレム一跳びで1mほどは跳びますから、容易に人の衣服に取り付けるんです。

 魔人も衣服をつけていますから、魔人や人族の集団に潜り込むには最適のゴーレムなんです。


 極小なので能力自体は限られますけれど、特定範囲の録画と録音は可能であり、毎時隔絶された特殊な亜空間内を伝搬する波動により、情報データを送ってくれるんです。

 製造したのは全部で12体。


 これを、サブA、サブB、サブC地区に四体ずつ張り込ませて情報収集を始めました。

 魔人の通り道に当たる部分に配置させ、通りかかった対象に順次飛びついて諜報活動を始めたのです。


 生憎と魔人の言語が分かるのは私一人のようですので、エルメリアにこの作業を頼むわけにも行きません。

 いずれにしろサブA、サブB、サブCの上空に各一機の飛行艇を張り付けて、適宜私が巡回する方式をとっています。


 特殊な亜空間波による通信は、我が家の地下室でも受けられるようになっています。

 これは球形亜空間に与えた空間振動が、同じ大きさの別の球形亜空間に伝搬する性質を利用したもので、今のところ距離的な制限はありませんが、時折、異常信号(ノイズ)が混じることが有るようです。


 もしかすると、惑星の上空に頻繁に出現する小隕石によるバーストが原因かも知れませんが、ノイズが時折走る程度で実用上問題が無いので今の時点では無視しています。

 いずれ時間があったらバースト現象との関連性を調べ、通信システムの改良を検討してみます。


 いずれにしろ私の時間はこの魔人対応に結構時間を取られています。

 弟子二人の育成はできる限りの範囲でやっていますけれど、その代わりに私の睡眠時間が物凄く減っていますね。


 正確な時間を確認したわけじゃないですけれど、睡眠時間は一日について二、三時間かもしれません。

 前世であればとっくに潰れていますが、今世の身体はびっくりするほど健康体なので、今のところわずかな睡眠時間だけでも問題なく過ごせているのです。


 これも神様から与えられたチートなんでしょうか?

 前世であれば、三日もこんな状態が続けば、お肌パサパサの酷い状態になっていたはずですけれど、今の身体は微塵もそんなことを感じさせません。


 うーん・・・・、これはスーパーウーマンというやつなんでしょうかねぇ?

 私としては、あんまりブラックな職場にしたくないですから、少なくとも弟子や従業員には無理をさせないよう注意しましょう。


 この状態が普通と思ってこき使っていたら、絶対に人死にが出ますよね。

 全部で12体の監視ゴーレムを潜入させたおかげで、概ね一月後には少なくともサブBとサブCの状況がある程度判明しました。

 アルファ島での衝突は、やはり勢力争いから出ているようです。


 そもそもの諍いいさかいの原因は今のところ明確にわかっているわけではありませんが、もともとサブBとサブCの魔人集団は折り合いが悪くて分かれたグループのようです。

 既に袂を分かってから三百年以上も経っているようなので、何が原因なのかは定かではありませんが、所謂主義主張の違いによる内ゲバ闘争のような気がしますね。


 私が前世で高校時代だったでしょうかねぇ。

 左翼の学生活動家が盛んに内ゲバ闘争なるものをやっていた時代があります。


 この内ゲバというものも、当時の世相なんでしょうねぇ。

 「ゲバルト」というのは、ドイツ語で「闘争」あるいは「闘い」という意味合いのものなんです。


 思想的には似通った集団なのですが、理想とする社会に至る手段としての方針が違うということで論争ではなくって、暴力に訴えて争い始めたのがそもそもの内ゲバの発端です。

 私の記憶ではこの内ゲバで死人も出ていたはずですよ。


 使った凶器は、角材に鉄パイプといたって庶民的なんですけれど、残虐でした。

 私が大学生になってからも結構学生運動が盛んでしたけれど、すでに峠は過ぎていましたし、私自身はノンポリ(どこにも属さないグループ)でしたね。


 理想に燃えるのは良いのですけれど、ヘルメット被って角材や鉄パイプで武装するのが良いとは思えませんでしたから・・・。

 それはともかく、魔人達のサブBとサブCはもともと同じグループだったようです。


 それが主義主張の違いから二つのグループに分かれて、一つはサブBとしてベガルタ大陸北部を掌握し、今一つはサブCとなってコラルゾン西方南部息を掌握したということのようです。

 ではサブAは何なのかというと、どうもサブAが魔人発祥の地のようです。


 千五百年も前にサブAから船で飛び出した若者グループの一団が、ベガルタ大陸の北端に到達、そこに魔人族の集落を作り上げたのがサブBの始まりのようです。

但し、サブAから飛び出したグループというのがどちらかというと非行少年少女の集団だったようで、サブA地区の魔人集団からは煙たがられている存在の様です。


 五百年ほど前に、この飛び出していった連中の一部がお里帰りのようなことをして島嶼に戻った際に、島で面倒ごとを引き起こして、どうもサブAから追い出されたようですね。

 但し、この際にサブAから同士的な者を百名ほど引き連れて出て行ったようです。


 このためにサブA(ボルスキィ・オスロフ)の連中は、この出て行った者たちがまた戻ってきて悪さを働くことを非常に警戒しているようです。

 そのため島嶼群の生活域には結界を張り、定期的な巡回で支配領域全体を見張っているようです。


 因みに魔人族の寿命は何事も無ければ千七、八百年ほどあるようなので、エルフよりも長命ですし、サブAから出奔した当時の連中が未だに生き残っているのです。

 彼らの出生率は長命種のゆえに左程高くはありません。


 ここ二百年で人口は1.5倍程度にしかなっていないようです。

 前世の日本の場合、明治維新から太平洋戦争の始まる70年ほどの間に『産めや増やせや』の号令の下に三千四百万程度の人口から七千万を超える人口にまで増えましたから、ヒト族の場合百年と経たずに二倍の人口になれるのです。


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