第96話 魔人の領域の監視 その一

 偵察衛星を周回軌道に配置することにより、大枠の配置と言うか魔人と思われる存在の集積地が判明しましたので、個別に調査に行こうと思います。

 今のところ、ラムアール王国の近辺に魔人と思われる存在は居ません。


 但し、こうした種族間の争いでは往々にしてスパイが潜むこともあります。

 魔人が人族等に紛れ込んでも監視衛星で見つけられるとは思いますが、人族等の中に魔人と通ずる者が存在すれば、私の作った監視システムではその所在はわかりません。


 そんな者が居ないことを願うばかりですね。

 取り敢えず監視システムで一番密度が高く、数も多いと判断された大濤洋だいとうようのほぼ中央にあるいくつかの島に向かうことにします。


 周回衛星による採取データから見て、この惑星の地軸は公転軌道に対して約7度傾いています。

 その地軸を零度とするとコラルソン大陸は北半球にあり、カボックが概ね北緯37度近辺になりそうです。


 地軸の傾きが地球より少ないために、どちらかと言うと季節感が薄いのかもしれません。

 最初の目標である島嶼群は、南半球の北緯5度近くにあるんです。


 多分、熱帯域なんだろうとは思うのですが、地球の気候はあてになりませんので不明ですね。

 地名が無いと何となく呼びにくいので暫定的にボルスキィ・オスロフと呼ぶことにします。


 これはラムアール王国を含むコラルゾン大陸全域に伝わる御伽話に出て来る「魔人の里」と言う意味合いです。

 子供たちが悪戯いたずらなどをしたときの脅し文句で、「ボルスキィ・オスロフから怖い魔人がやってきて食べられちゃうぞ。」と言ううらしいのです。


 魔人は、子供だけでなく大人にとっても十分に怖い存在なのですけれど、ここしばらくはその存在が確認できなかったので、その脅威度が市井では少し薄れている感じでしょうか?

 少なくともラムアール王国に魔人が現れたという情報は、国の中枢同士の情報である程度は伝わっているはずですが、サルザール侯爵曰く、いたずらに不安をあおらないために為政者いせいしゃが国民には隠しているということでした。


 確かに過去の事例では、国軍やギルドがいくら頑張っても討伐できなかった相手ですから、警戒度は強めてもそれ以上にできることが少ないのでしょう。

 まぁ、そんな話は別にして、周回衛星の観測で得られたデータをもとに急遽作った惑星儀によれば、カボックから当該ボルスキィ・オスロフ諸島までおよそ1万2千㎞超も離れています。


 前世の羽田からだとフロリダのマイアミ空港ぐらい?

 欧州は一番遠い英国でも近すぎますね。


 おそらくアフリカ大陸の中央部ぐらいまでの距離になるんじゃないでしょうか?

 ジェット旅客機だと、確かエアバスで1万5千㎞以上も飛行できる機体があったはずですけれど、その飛行機でも片道12時間以上はかかりますよね。


 速力は毎時千キロ程度の亜音速だったはずです。

 ジェット旅客機並みの速力だと片道で12時間もかかってしまいますので、往復するだけで一日が飛んでしまいますから、ここはちょっと無理をしましょう。


 飛行艇で徐々に速度を上げながら高度を上げて行く方法で、高度50㎞を超音速で飛行します。

 最高速度は弾道ミサイル並みのマッハ32(時速約3万8千㎞)で驀進します。


 因みに周囲を結界で覆っているので空気との摩擦はほとんどありません。

 尤も、高度が20㎞を超えると空気は薄いですから、あまり空気抵抗は考えずとも良いんです。

 

 ただし、スペースシャトルの帰還のように、高速で大気圏突入をすると空気との摩擦で非常に大きな熱が発生しますので、どうしても周囲に結界を張る必要があるんです。

 スペースデブリは、必ずしも人工の産物とは限りません。


 土星の環のように惑星の周囲を周回している微小なデブリがある可能性もあるんです。

 その防御のためにも結界バリアは必須なんです。


 放物線を描くような航跡になりましたが、飛行艇は概ね20分強で目的地のボルスキィ・オスロフ諸島の上空に達しました。

 取り敢えず上空から様子見ですね。


下界は熱帯若しくは亜熱帯の密林が覆っている島が8つもありますが、そのうち大きな島四つに魔人の反応が確認できています。

数は総勢で1283体を数えました。


 少なくとも沿岸付近には船が航行しているのが確認できましたが、この島嶼群に至るまでの途中の海域では魔人の反応がありませんでしたので、もっぱら島嶼内インランドだけの航行なのだと思います。

 此処の北側上空には偏西風が吹いていますから、仮に此処が魔人の本拠地であるならば、もしかしてここから気球や飛行船などで大陸に渡った可能性もありますが、現時点でその痕跡は確認できません。


 私の現状は、隠ぺいをかけた亜空間内の飛行艇に居て、高度約2千mで停船している状態です。

 ピンホールからの観測なので、下の魔人たちには気づかれてはいないと思います。


 今のところ下界の魔人の動静も不明なので、ここで二、三日は様子見ですね。

 飛行艇の中は狭いですけれど寝床もありますし、トイレもついていますから、七日やそこらの空中待機でのキャンプは十分可能なんです。


 いずれは補給も兼ねてカボックに戻らなければなりませんけれどね。

 カボックで留守番をしているエルメリアとは、一日に二回、定時連絡を取って情報交換をしています。


 万が一、留守中にカボック及びその周辺に何か異変があればすぐに戻るつもりでいます。

 その後三日間、多少は移動しながら地上の様子を監視していましたが、この島嶼群は平和そのものですね。


 飛行艇に搭載しているセンサーでも魔人の増減はほとんどありません。

 ほとんどというのは、監視中に数が一体増えたからです。


 転移魔法で誰かがやってきたというわけではありません。

 そうして、この増えた特定の一体がほとんど家の中から動かず、動くときは他の個体が一緒みたいです。


 これから推測できるのは魔人の乳飲み子が一体誕生したのではないかと言うことです。

 詳細は地上に降りないと確認できませんが、おそらくはそういうことだと思います。


 もう一つ分かったことは、この魔人の住む島嶼群に結界が張ってあることでしょうか。

 ラムアール王国の王宮に張ってある結界よりもかなり強度が高く、緻密なものです。


 あるいはこの結界ならば、魔人の空間転移を防げるのかもしれません。

 おそらくは、何らかの脅威があるので結界で防護しているのだと思いますが、その脅威が何なのかは流石に三日程度の観測ではわかりません。


 私がこの結界を破って中に侵入できるかどうかは不明です。

 今のところは、危険を承知で無理に侵入しようとは思いません。


 如何に私が強かろうと千体を超える魔人を相手にすることはかなり危険が伴います。

 後先考えずに突っ込むのは愚か者のすることでしょう。


 あくまで三日間の観察から得た雰囲気から察するに、下界の魔人たちは小規模の集落ながら至極平和に暮らしているような気がします。

 帆船以外に手漕ぎの船もありましたが、交易をする商船ではなく、魚を捕る漁船のように見えました。


 少なくとも戦船や大型の外洋航行船などは見かけていません。

 監視中、結界外部への空間転移はありませんでしたが、小型船で無人島に上陸した魔人が他の無人島に移動する際に転移魔法を使っていたのが確認できました。


 いずれの無人島でも滞在時間は短いので単なるパトロールの可能性が高いですね。

 上空到着の初日に見かけ、三日目にも同じ行動が確認されたので、おそらく一日おきにパトロールを行っているものと思われます。


 彼ら魔人の転移能力が未知数なのですけれど、仮に私と同等とすれば、過去に行ったことのある場所への転移はできるということなのじゃないかと思います。

 また彼らの空間転移がどれほどの距離をこなせるのかも不明です。


 これまで大陸間での移動などは試したことがないので私自身の転移可能距離も把握していません。

 そのために実験をしようと思いました。


 私の場合、半径百㎞以内の空間転移は察知できますので、彼らも同じ程度の能力を持っている恐れもありますので、少なくとも魔人の存在場所から200㎞は離さないと空間転移は使えません。

 そこで、高度300㎞上空に行き、そこからカボックの我が家に一度転移を試みました。


 年長者ならばもう少し慎重に動くべきだったかもしれませんが、若い身体に転生したがために後先考えずに行動するようなところもありますね。

 少し性急過ぎたかもしれませんと後で反省しています。


 いずれにせよ多少の不安はあったのですが、呆気なく成功し、再度飛行艇のキャビンに戻ることもできました。

 つまりは1万2千㎞の距離は転移できるということであり、魔力の残量にも問題はありません。


 転移魔法って意外と燃費が良いみたいですよ。

 魔人が私と同程度の能力を持っているかどうかも不明なのですけれど、一応できると思って行動していた方が無難ですよね。


 監視四日目に至って、飛行艇を自動運転で島嶼上空二千mに置いたまま、私は転移でカボックに戻りました。

 以後は飛行艇備え付けの監視カメラとセンサーで様子を見ることにします。


 状況によっては、至って平和に見えるこの島の魔人と連絡をつけてみるのもありなのかなと思っています。

 その時は、安全を期すために接触は私本体ではなく、別の姿の幻影を使います。


 問答無用で侵入者を討伐するような相手であれば、命がいくらあっても足りませんからね。

 一応、ボルスキィ・オスロフ諸島はこのまま据え置いて、次に南の大陸ベガルタ大陸北部の集積地に向かうことにしました。


 出かける前に我が家の地下を増設して、飛行艇を三隻ほど余分に作っておきました。

 万が一の場合エルメリアが使える飛行艇が1隻は必要ですし、今回乗艇する飛行艇も場合により現場上空に置いてくる可能性があるからです。


 周回衛星からの情報では、ベガルタ大陸北部の集積地の魔人数が、多少の変動はありますけれど最大1030体で、コラルゾン大陸西側南端部域で最大620体を数えています。

 いずれも魔人の反応が密集していますので集落ではないかと思いますが、衛星からの観測だけでは地上の様子が不明です。


 前世の軍事衛星程度の分析能力が有れば地上の様子ももう少し詳細にわかるのですけれど、生憎とそこまでの精緻さはありません。

 更には、例えば大深度の地下に潜んでいるような場合には、衛星からのセンサーにも引っ掛からない可能性があります。


 いずれにしろ魔人数の多い方から確認をすることにします。

 と言うことで、二日ほどカボックに滞在して休息と準備を整えてから、三日目にはベガルタ大陸北部の集積地上空にやってきました。


 カボックからベガルタ北部の魔人集積地までは最短距離ではおよそ4千㎞ほどです。

 今回も弾道コースで極力時間を短縮しています。


 初速と終速は遅いですし、放物線を描くようなコースになるので最低でも10分近くはかかるんですよ。

 地上20㎞付近からは用心しながら徐々に降下してゆきましたが、反応はあるのに集落らしきものが地上には見えません。


 下界は小高い丘陵地帯になっている荒野に見えます。

 その丘陵地帯の頂部付近を中心に長方形に近い点の集合部分があるんです。


 肉眼で施設は見えませんが、おそらくは地下にある施設の中かと思います。

 センサーの感度を強化しているので地表の浅い部分に作られた施設内に居る魔人が探知できているものと思います。


 ここも三日ほど監視していましたが、ここの地域はかなり魔人数の増減が多いような気がします。

 1日に20体程度の増減はあるんです。


 ボルスキィ・オスロフ諸島のような乳飲み子の誕生ではなくって、成体の魔人が転移魔法で移動しているんです。

 転移魔法の発動感知はできても残念ながら行く先までは確認できません。


 この次は、空間転移を察知するセンサーを作ることを考えておきましょう。

 そうすれば、転移の出発点と到達点の双方が探知できるかもしれません。

 

 でも簡単には作れそうにもないのかなぁ。


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 文章上の齟齬がありますので、『人口』を『人工』に、

 『ベガルタ大陸北部の集積地の魔人数が、・・・・最大1430体…』としていたのを『1030体』に変更します。


 By @Sakura-shougen



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