第94話 国王と宰相の悩み

 エリカです。

 帝国軍の撤退を確認して、私とエルメリアが辺境伯領のブラバス丘陵から引き挙げたのは、私がヒュッテ辺境伯領での攻防戦に参戦して三日目のことでした。


 一応、節目節目ふしめふしめでサルザーク侯爵には連絡を入れて状況を知らせています。

 携帯型通信機で王宮へ直接報告することも考えましたが、この攻防戦に絡んで王宮もいろいろと忙しいはずですので、比較的暇と思われるサルザーク侯爵に連絡役となってもらったわけです。


 王宮への報告については、サルザーク侯爵がうまくやってくれるでしょう。

 必要があれば王宮へも説明にも行きますが、どうせ、お話しできないことが多いんです。


 特に飛行艇やクレイモアのような魔道具の話はできませんし、私の使う魔法についても詳しくは話さないつもりです。

 情報は味方から漏れるものですから、こちらの手の内を知らないほうが安全でもあるので、基本的には魔道具の話は一切出さずに正体不明の魔法でやっつけたことにしておきましょう。


 一応、念のためにヒュッテ辺境伯領の国境周辺にはドローンを飛行させ、主要な道路等には監視カメラを設けています。

 どちらも定期的なメンテが必要なんですが、場所が特定されていれば左程手間もかかりません。


 今後、軍事的に動く恐れのあるのはアルダイル皇国でしょうか?

 皇国も帝国の侵攻軍六万が概ね半減して敗退したことを当然に察知しているはずですから、それなりに用心するとは思うのですが、仮に魔人に意思を操られているようであれば、情勢に関わらずすぐにも動くかもしれませんね。


 何となく気の休まらない日が続きますので、正直言って滅入ってしまいます。


 ◇◇◇◇


 私はラムアール王国の宰相クルーベル侯爵だ。

 王家の宝剣を与えたエリカなる女錬金術師は、我らが見込んだ通り、偉大な魔法師でもあるらしい。


 王宮にも一応形だけの届け出だけは事前に出されていたが、カボックでのゴブリンキングの討伐の噂を聞き付けた王宮魔法師団が、エリカ嬢を王都に招聘しょうへいしたことから彼女との関わり合いは始まっていたと言えよう。

 招聘に応じた彼女は、王宮魔法師団の連中の目の前でこれまで魔導士たちが見たこともないような威力の魔法を披歴したのであった。


 当然ことながらも、王宮魔法師団はその魔法に驚愕し、その教えを請うために、若手の優秀な魔法師二人をカボックに派遣したわけであるが、その二人が一年経って戻ってきたら、魔法師団随一の攻撃力を持つ魔法師となっていた。

 市井のことゆえに、国王陛下も私も、彼女が二度にわたって王都を訪れたことについては噂話程度にしか聞いていなかったのだが、疫病に関わる魔人を討伐した時点でサルザーク侯爵から正式な報告が入って、エリカ嬢なる女性魔法師の存在と力量を改めて知ったのである。


 しかもこの女魔法師、未だ若いのに伝説となっている転移魔法の使い手のようだ。

 その事実を知ったのも、魔人が討伐されてからのことであり、同時に魔人も転移魔法が使えることを教えられ、何時なんどきでも人族の集落が襲われても不思議はないということが分かった。


 過去の歴史から、魔人が敵として現れた場合、王宮魔法師団でも騎士団でも対応がほぼできないとわかっている。

 古の記録を漁っても魔人を討伐した記録などこれまでになく、魔人に襲撃を受けた都市や集落はほぼ壊滅しているのだ。


 仮に一部の破壊や殺戮で済んだにしても、それは騎士や冒険者が都市や集落を守ったからではなく、単に、魔人が気まぐれで矛を引いただけのようであるのだ。

 つまりは、そのつもりが有れば、王国のいずれの都市でも魔人の出現で壊滅することになる。


 そうしてとんでもないことに、その恐るべき相手をエリカ嬢は既に複数討伐しているのだ。

 魔人にとっては運の悪いことに、たまたまエリカ嬢がその場に居合わせたので討伐されたという方が事実に近いだろう。


 初回は疫病発生の背後に魔人が介在しており、エリカ嬢がその疫病が広がるのを阻止したので、当該魔人が姿を現し、魔人とエリカ嬢との間で殺し合いになり、魔人の方が殺されたのだ。

 今一体の魔人は、王国の辺境地域にキメラが出現した際に、疫病と同じように魔人の介在が分かり、その所在を感知したエリカ嬢が魔人を倒したのだった。


 厄介なことにその後も魔人は更なる出現をなしている。

 エリカ嬢を誘うように特定の地域で何度か転移を行って出現し、罠を張ったのだ。


 未だ正体不明の強者が出てきたところを寄ってたかって倒そうとしたらしいのだが、あいにとエリカ嬢は強かった。

 逆に三体の魔人が返り討ちにあって、一応その場は収まった。


 いずれにせよ、エリカ嬢の存在は現段階では魔人側に知られていない。

 そもそもが我が王国内でもエリカ嬢の活躍を知る者は非常に限られている。


 国王陛下、宰相である私、サルザーク侯爵夫妻、それにたまたま事件に関与したためにエリカ嬢ではない変装した人物と対面している者が数人程度である。

 そうして魔人が絡む事件で、その都度王宮にも報告に来ていたエリカ嬢だが、最近はとみに外国との騒乱での活躍が多くなっている。


 宰相の私と国王陛下が困っているのは、それらの活躍に応じて与えるべき褒章のことだ。

 王国に対して多大の貢献をなしている者に対して何も褒賞を与えぬのは、上に立つものとして非常に立つ瀬がない。


 但し、エリカ嬢は、自分の名が出ぬように種々の細工をしており、褒章自体も望んではいないのだ。

 従って、表立って王家からエリカ嬢に褒賞を与えることはできない。


 これまで、エリカ嬢は、疫病発生時に「マサキ」という中年女性に化けて対応し、他国での話ではあるが「キヨ」という老女に扮して誘拐犯や違法な奴隷手続きを行っていた組織を潰したこともあるようだ。

 最近では、ルートゲルデ紛争時において「王家差し回しの賢者、コーレッド・モントーヤ」という大男の老人男性に扮して紛争を収めたし、ヴィルトン公国との紛争時には、「クルト・ゲーリング」という五十代の男に扮してヴィルトン公国の侵攻部隊を退けた。


 また、ローゼル帝国の侵攻時に際しては、姓名を名乗らず、また見方にも姿も見せずに帝国軍の半数以上を死傷させて撤退に追い込んだようだ。

 ヴィルトン公国までの報告については、王宮にわざわざ出向いて報告してくれたが、最新のローゼル帝国の侵攻に関する対応については、現地から報告が来る前に、サルザーク侯爵へエリカ嬢からの報告があり、侯爵からの報告でようやく王宮でも経緯を知った次第である。


 おそらくは一切の姿を見せずにローゼル帝国軍に対応したことから、敢えて王宮への顔出しは不要として結果だけを伝えてきたようだ。

 特に、帝国の侵攻についてはラムアール王国側が6万もの大軍に対して有効な手立てを打てないでいる間に、エリカ嬢が非凡な力で帝国軍の侵攻をはねのけたと言えるだろう。


 端的に言って、帝国軍6万の侵攻に立ち向かえるだけの力は、王国にはなく、エリカ嬢が居なければ、おそらく各領主がある程度はまとまっても、各個撃破され、王国は滅んでいただろうと思われるのである。

 ラムアール王国が動員できる人員は、最大で4万7千から4万8千人と見込まれているが、この総数を王都に集めるだけでもおそらくは一月ほどもかかってしまうのだ。


 ヒュッテ辺境伯は勇猛果敢な名将ではあるが、6万もの大軍が相手では籠城戦で援軍が来るまで耐え忍ぶという戦法を取るぐらいしか方法がなく、侵攻してきた敵軍勢を押し返すだけの戦力が籠城側にあったはずもない。

 この時、王国としては可能な軍勢を振り向けるべく精一杯の努力はしていたが、一月かかっても対抗できる勢力を揃えられたとは思えないのだ。


 そんな情勢であるにもかかわらず、エリカ嬢は一人で帝国軍を撃退して見せたのである。

 サルザーク侯爵からの連絡は、単なる口頭での報告にしか過ぎないが、おそらくは現地で対応している辺境伯軍からもしかるべき報告が来るはずである。


 ヒュッテ辺境伯は人の手柄を横取りするような人物ではないから、今回の出来事には種々不審には思っても事実を隠すことなく報告が上がってくるはずである。

 籠城戦で一方的に包囲軍から攻められている最中、姿を見せぬ援軍と思われる勢力が、魔法か何かで帝国軍に大損害を与えたがために帝国の大軍は撤退した旨の第一報が上がってきたのはそれから五日後のことであった。


 早馬でさえそれだけの日数がかかるのに、エリカ嬢の報告は、帝国軍撤退の日にサルザーク侯爵を介して届けられていた。

 転移魔法の能力があるにしても、魔人が察知できる可能性があるので極力使わない方向であるとの話も以前に聞いている。


 しかしながら、何らかの危機に際してはまさしく神出鬼没で王国内のあちらこちらに姿を現している。

 サルザーク侯爵の言によれば、彼女の場合、それなりの礼儀としての敬意は表明するものの、もともとが王国に住み着いたというだけで、王国や国王陛下に対する忠誠心は薄く、彼女が動く理由は、力なき者を助けるというその一事ではないかと言う。


 彼女の場合、錬金術師や薬師としての仕事が大金を生んでいるために、さほどあくせく働く必要もないようなのだ。

 従って、彼女は富を求めているわけではないし、いろいろな場面でわざわざ名を伏せていることからして地位や名誉も欲してはいない。


 王国としてはぜひとも国内につなぎとめて置きたい人物ながら、それもなかなかに難しいようだ。

 先ほども言ったが、エリカ嬢には足を向けて寝られぬぐらいの大恩があるのだが、生憎とそれに見合う褒章も与えられていな。


 王家から与えたものは、王家の家紋が入った宝剣のみである。

 必要に応じてエリカ嬢が適宜使っているようだが、使用するたびに人の名が異なるために、最近では、その都度エリカ嬢が使った名前を現地領主からの問い合わせが来ている始末である。


 何となれば地方領主からは、『「何某」なる人物が王家の家紋の入った宝剣を携えて現れたたが、この人物はどのような人物なのか?』という問い合わせが多いのだ。

 止むを得ないのでいずれの場合も王家お抱えの秘密部隊の大魔導士ということにしている。


 いずれにせよ、貢献に対する恩賞を与えないのでは王家のメンツが立たないのだが、エリカ嬢は本当に栄誉も恩賞も望んではいないようだ。

 サルザーク侯爵とも何度か相談しているのだが、サルザーク侯爵曰く、勲章の授与などはむしろ嫌がるだろうと明確に言っている。


 エリカ嬢が恩賞を断る理由の一つは、魔人の存在である。

 いくつかの事案に際して魔人の介在が確認されており、いくつかの国の侵攻も背後で魔人が糸を引いている可能性が高い。


 人物不詳ならば魔人側から狙われにくいが、居場所や名前、それに能力などが特定されてしまえば、魔人側が有利になってしまうだろう。

 仮にエリカ嬢が狙われた場合、その周囲に居る者たちへの危険度も跳ね上がることになる。


 例えば、エリカ嬢が狙われることによって、カボックの街そのものが廃墟になる恐れさえあるのだ。

 その警戒のためにエリカ嬢が人前に現れる場合は、別人に化けることが多いらしい。


 従って、魔人が関わる案件、若しくは、それが疑わしい案件については、エリカ嬢の功績として褒章を与えることすらできない状況にある。

 彼女がこれまでに成したことは、これまで誰も成し遂げたことのない大きな功績である。


 だがその功績を報いることができないという不合理に、今日も苛まれている私と国王陛下であった。


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