第89話 フェリベルの騒動 その二

 軍議の最中にいきなり出現した不審な男を見つけて、その場にいた全員が殺気立っていますが、それをなだめるように敢えてゆっくりとした話し方で、全員に告げます。


わしは、敵ではないぞ。

 まぁ、落ち着きなされ。」


 そう言って、私は王家からいただいている宝剣を懐から取り出し、王家の家紋が見えるように掲げました。

 さすがに伯爵などその場にいる上級貴族はその宝剣の家紋の意味を承知しているようです。


 それらの上級貴族が一斉に片膝をついてこうべを垂れると、その場にいる将官すべてが同じく片膝をついて服従の姿勢を取りました。

 うん、効果絶大ですね。


 これで、オハナシができます。

 王家からこの件について依頼を受けたわけではありませんが、この際、事後承諾でも構わないでしょう。


 今は、この何の益もない紛争をいかに速やかに収めるかが問題です。


「ラムアール王国にとっても、ルートゲルデ王国にとっても益のない紛争を直ちにやめねばならない。

 この戦、ルートゲルデ王国側の侵攻により始まったが、その実、背後で魔人が策動していたものじゃ。

 ルートゲルデ王国側の将兵は、魔人の闇魔法により半ば意思を操られていた。

 儂が山中に潜んでいた魔人を倒した故、その闇魔法から解放されたルートゲルデ王国側の将兵は大いに戸惑っておるじゃろう。

 この場に居る者に魔人の介在を知らせ、諍いを止めたなら、わしはこれよりルートゲルデ陣営に行って、今回の紛争の発端と事情を説明してくる。

 ラムアール王国もルートゲルデ王国も、共に死傷者を生じているが、ここでさらに紛争を拡大してはならぬ。

 すべては魔人が背後で画策したものじゃ。

 これにうかうかと乗せられては、ラムアール王国そのものの屋台骨がかしごうぞ。

 以後、向こうから手出しなくば、こちらからは攻撃をしないよう手配りをお願いする。

 さもなくば、攻撃しようとした者をラムアール王家の意向に反する者として、儂が処罰を下さねばならぬ。

 ベンディクス伯爵殿、お手前がラムアール王国側のトップとお見受けいたす。

 早急に指揮下の将兵に、いかなることがあってもこちらからの攻撃は差し控えるよう指示をお願いする。

 何か質問がござろうや?」


 私が鑑定をかけていたので、この場の主将がペンディクス伯爵であることは承知していた。

 その伯爵が顔を上げて言った。


「恐れながら、王家の家紋を示されるお手前の位階、姓名の儀、お教えいただけませぬか?」


「おう、すまなんだな。

 儂の名は、コーレッド・モントーヤ。

 位階はない。

 役割はあえて言うなら王家差し回しの賢者じゃ。

 他になければ、ルートゲルデ陣営に行ってくる。

 万が一にもあちらが戦闘を仕掛けてきても困るでな。

 また、後程、ここに参ろう。

 ではな。」


 私はそう言って、精霊空間を使ってその場から転移したのでした。

 転移先は、この場の上空200尋ほど。


 隠蔽魔法と認識疎外をかけていますから、人に見とがめられる心配はないはずです。

 問題は、魔人が複数で動いていた場合ですけれど、少なくとも魔人を討伐した際に動かなかったところを見ると、単独で動いている可能性が大です。


 見張りを置いていたなら仕方がありませんけれどね。

 その場合でも情報を持ち帰るのが主目的で、手出しはしてこないと思います。


 少なくと周囲に魔人の気配はありません。

 ということで、国境を挟んで対峙するルートゲルデ王国側の陣営にやってきました。


 簡易鑑定をかけてルートゲルデ側の指揮官を探し当てます。

 その人物を視界にとらえて、その眼前に転移しました。


 いきなり出現した大男の老爺を見てびっくり仰天ですが、出現と同時に威圧を放って、その場にいるものの動きを止めました。

 私が威圧をやめない限り、彼らは身動きができないはずです。


「レオポルド・ネクロン伯爵殿、儂はコーレッド・モントーヤと申す。

 儂のことはラムアール王国側の使者と考えてほしい。

 此度のラムアール王国とルートゲルデ王国の紛争は誠に遺憾であるが、これ以上の紛争拡大は両国にとって何の益もない。

 まして、此度の紛争の発端は、ルートゲルデ王国側の中隊が国境を越えて、侵犯したがゆえに起きた紛争じゃ。

 但し、この越境も元はと言えば、背後に魔人の暗躍があったことが分かっておる。

 魔人が闇魔法にて、中隊長以下の将兵の意思を支配して、攻め込ませたもの。

 すでに関わった魔人を見つけ出し、儂の手で討伐しておる。

 その証拠として、魔人の死体を見せてしんぜよう。」


 私はそう言って、足元に魔人の死体を出現させました。

 頭部、胸部それに腹部に大きな穴の開いた死体ですが、頭部に生えた禍々しい角はそれだけで魔人とわかります。


 大昔からのおとぎ話に出てくる魔人の姿そのものだから・・・。

 相手に渡すようなものでもありませんから、証拠を見せた後はすぐにインベントリに収容です。


「中隊の生き残りは、事実と異なる記憶を埋め込まれて原隊に復帰した故、ラムアール王国側の侵攻があったと事実と異なる旨を伝えられたが、ラムアール王国側は一歩も国境線から出てはおらぬ。

 そうして、おぬしらも魔人の闇魔法にかかり、強迫観念に取りつかれておったようじゃが、今はそれもないはずじゃ。

 今一つ、後方のナンディーラ郊外に控える本陣の指揮官と参謀も、かなり強固に支配されておったが、魔人が居なくなったことでその呪縛も消えたはずじゃ。

 お手前方、前線部隊が動けば更なる紛争を引き起こすことになる。

 仮に復讐に駆られて動く将兵あらば、儂が力で抑え込む所存ではあるが、その場合、命の保証はできぬ。

 魔人の干渉もない現在にあって、なおも攻撃の意図を見せるのは、ラムアール王国に対しての害意ありとみなさざるを得ないからじゃ。

 戦とはそもそも国と国との争いであって、個人の私怨をもってひき起こすものではない。

 まして、ルートゲルデ王家の意向とも異なる恐れのある侵攻は、是非に止めてもらわねばならぬ。

 指揮官は、王家からの意向を確認しておらぬ。

 なんとなれば、魔人が王家からの指示があったように策動していたからじゃが、後方の指揮官があると思っている指令書は一切存在せぬ。

 王家からの指示がないまま動いた将兵は厳罰に処せられるやもしれぬぞ。

 この後、儂がナンディーラ郊外にいる将軍に会って説得し、なおかつ、ルートゲルデ王国の王都に行き、国王にも魔人の介入があったことを話すが、その際に処分は寛大なものにするよう口添えしておく。

 王宮にまで行かねばならぬのが面倒じゃが止むを得まい。

 しかしながら、それもルートゲルデから攻撃をしないということが前提条件じゃ。

 お手前は、これ以上の紛争を招かぬよう、前線の将兵をしっかりと抑えてくれい。

 何か反対意見があれば聞こう。」


「我らが動かずとも相手が動けば、我らは動かざるを得ませんが・・・。」


「フッ、指揮官がそんな弱気では、強気の将兵は抑えられまいな。

 じゃが、ラムアール王国側は攻められない限りは動かぬ。

 それにもかかわらず、ルートゲルデ王国側の将兵が動けば、この前線にいる将兵千名ほどの命は無いものと思え。

 これは脅しではない。

 時間がない故、儂はナンディーラに向かう。

 これ以上の面倒を以後は起こすな。」


 そう言って、もう一段強い威圧を放った。

 その場に居合わせた将兵は立っておられずに、一斉に膝まづいたり手をついたりしている。


 異様な光景ではあるが、威圧って意外と役に立つのねと私はそう思いました。

 その場も精霊魔法で転移、やっぱり上空に転移して、ナンディーラ郊外の司令部に向かいました。


 指揮官は、ゴメス将軍、近在に住んではいるのですけれど、ある意味で領地を持たない法衣貴族の類です。

 うーん、どちらかというと予備役のお偉いさんでしょうか?


 王家からそれなりの俸給をいただいており、戦になると出てきて軍の指揮を執るようですとはリリーのお話です。

 ラムアール王国にはない制度のようですね。


 ところで、そのゴメス将軍、幕舎の中で参謀のデライアスとともに横たわっています。

 どうやら、魔人の闇魔法による従属支配から抜け出たショックが異常に大きかったようです。


 何しろ意思に反する行いを強制されていたようなものですから、その反動も大きかったのでしょう。

 紛争ぼっ発の情報を聞いて周辺から参集してきた領主や騎士等が心配そうに見守っていますが、その中へ私が忽然とあらわれます。


 味をしめたので、最初にまず威圧です。

 周辺に居並ぶ者が威圧に屈してから、説得です。


 なんだか力任せですが、脳筋が多い軍人さんには効果抜群です。

 半ば能力が欠落しているような将軍と参謀を含めてその場にいた首脳陣に状況説明を兼ねて言い含めたなら、再度転移ですね。


 精霊さんに案内されて、ルートゲルデ王国の王都モンフォルテ上空に遷移、それから眼下の王宮に潜入して、国王陛下にご対面です。

 手続きから言えば、きちんと御面会のアポイントメントを取らなければいけないのでしょうけれど、国家の大事に際してそんな悠長なことはしていられません。


 ですから王宮の執務室にいた国王様の眼前に出現です。

 多くの文官がいましたし、近衛兵もいましたけれど、二度あることは三度あるで、最初に威圧で屈服させます。


 そのうえで魔人の死体もご披露しながら、ラムアール国境での紛争ぼっ発を説明し、王宮からの指示があったものと誤断して紛争が始まったことなどを丁寧に説明しました。

 国王様は怒りの表情を見せながら言いました。


「では、国境での紛争は、今は収まっておるのじゃな?」


「左様にございますが、放置すれば互いに死傷者が出ている紛争ですので、再燃しかねません。

 どうか王家の意向を前線部隊に至急お報せお願い申します。

 なお、将軍及び参謀を含めて、前線部隊の多くは魔人の闇魔法により意思を支配されての行動にございました。

 王家の意向を確認せずに行った行動なれど、魔人が主犯、できますれば関わった将兵には寛大なるご処置をお願い申します。

 私見ではございますが、ラムアール王家に対してはしかるべき人物を立てて、早急に事の説明をしたほうがよろしきかと存じます。

 私も、これからラムアール側の前線に戻り、そののち、ラムアール王家に事の次第を報告に参ります。」


「あい、分かった。

 ラムアール国王陛下には、くれぐれも儂から陳謝をしていた旨お伝えしてくれ。

 後日正式な使者を使わすことになるとも・・・。」


 私は、宮廷風の辞去の挨拶をなしてその場から消えました。

 精霊魔法で移転した先は、まずはラムアール王国の前線司令部です。


 ベンディクス伯爵には、ルートゲルデ王国の前線指揮官それに後方に控えている将軍と参謀にも事情を説明したうえで、ルートゲルデ王国の国王様とも話をつけてきた旨を説明しました。

 伯爵がこの先どうしたらと心細そうでしたけれど、それは伯爵が考える話です。


 前線部隊に連絡をつけたなら次は、ラムアール王国の王宮上空へ転移です。

 国王様の居場所を確認して、その眼前に姿を現します。


 幸いなことに国王様のところには宰相もいました。

 ここでは威圧をせずに、宝剣をお見せして会見です。


 宰相が懸念の表情で言いました。


「そなたは、エリカ嬢なのか?」


「はい、変装はしておりますが、カボックに住むエリカでございます。

 実は、ルートゲルデ王国との紛争に魔人が絡んでおりましたので、それを討伐し、現地の司令官に状況の説明と停戦を押し付けてまいりました。」


 この際ですから国王陛下と宰相にも魔人の死体を見せました。


「ルートゲルデ王国側の指揮官それに国王陛下にもこの魔人の死体を提示して説明してまいりました。

 ルートゲルデ王国の王様からは、事の次第に憂慮し、国王陛下に陳謝している旨申し伝えるようお願いされております。

 後日正式な使者を使わすそうです。」


「ふむ・・・。

 女人から女人への変装は知っておったが、大男にまで変装できるとは知らなんだ。

 では、そなた一人で紛争を片付けてまいったということじゃな。

 やれやれ、我が王家はカボック方面へは足を向けて寝られぬようじゃな。

 ルートゲルデ王国から使者が参り、和平がなった時点でまた褒美を取らせよう。

 何か、望みのものはあるか?」


「いいえ、とくにはございません。」


「そうは言っても、そなたは救国の英雄じゃぞ。」


「今回顔を出したのは、コーレッド・モントーヤという老齢の魔法師にございます。

 エリカが褒美をもらう謂れはございません。」


「まぁ、それも道理じゃのぅ・・・。

 やはり、魔人の追跡を隠すための方策か?」


「はい、今回の紛争騒ぎもあるいはラムアール王国に存在する強敵のあぶり出しかもしれません。

 名前や特徴が分かれば探し始めることになるでしょう。

 でもコーレッド・モントーヤの出番は今回限りになります。

 あ、それとこの宝剣を国境で対峙していたベンディクス伯爵等にお見せして王家に関わりある者であることを証明しております。

 緊急の場合故に、お許しも得ずに勝手な振舞いをいたしましたけれどどうかお許しをください。」


「ふむ、それは良い。

 大きな懸案になりかかった問題がそなたのおかげで片付いた。

 王家からも、前線での戦闘を控えるよう急使を出しておこう。」


 そんなこんなで、何とか紛争を片付け王家にも報告を終えました。

 あとは我が家に戻るだけですね。


 ところで魔石も取っていませんけれど魔人の死体どうしましょう。

 もしかすると、特殊弾を撃ったことで魔石が粉砕されてるかしら?


 うーん暇なときに調べましょう。

 もしかすると、死体を焼却したら魔石が出るかもしれません。


 だって、死体からは間違いなく相応の魔力発散が感じられますもの。

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