第88話 フェリベルの騒動 その一
国境を挟んでラムアール王国の軍勢とルートゲルデ王国の軍勢とがにらみ合っていますけれど、そこから12ムロ(約19~22km)ほど離れた小高い丘の樹上に潜んでいるのが赤い点のおそらく魔人と思われる存在です。
そのものが潜んでいる場所は、私が姿を消した状態で浮かんでいる上空300尋よりも少し低い250尋ほどの場所で紛争地帯よりも北側になります。
国境地帯がちょうど峠道に当たる隘路のような場所ですので、周辺の小高い山に登れば対峙状況が一望できるのです。
逆にこの場所が隘路になっているために、大軍が繰り出せない場所でもあるのです。
隘路部分を除く部分は比較的緩やかな斜面になっており、当該部分には互いに伏兵を置いている状況です。
周辺に生息する魔物は、流石に多数の兵士が殺気を放っている状況では近寄れずに当該地域から少し離れて様子を窺っているようですね。
さて今回の紛争に魔人が関わっているかどうかは、このままではわかりません。
これまでのように、急襲し、一撃離脱方式で魔人を闇討ちにするのも一つの方法ではあります。
特に魔人が何らからの精神的な抑圧でルートゲルデ王国将兵を動かしているのであれば、魔人を消すことでその影響が無くなって、騒乱が回避できるかも知れません。
但し、おそらく人の精神に干渉する魔法となれば、闇魔法の類だろうと思われるのですけれど、魔人を排除しただけで正常に戻るかどうかは不明です。
あるいはルートゲルデ王国の将兵の精神に大きな『しこり』のような形でラムアール王国への憎しみを煽っているのならば、魔人を倒してもそうした感情が残る可能性はあります。
そのためにも、魔人が関わっているのかどうかを確認したいところです。
多少の危険は承知の上で、私はルートゲルデ王国将兵の後方陣営に姿を隠したまま潜入しました。
そうして将兵の精神状態を確認するために鑑定を掛けます。
鑑定にはいくつかの方法がありますけれど、今回利用したのは中高難度鑑定です。
これは相手に鑑定をされたと意識させずに鑑定をする方法であり、ラムアール王国の王宮魔法師団の幹部クラスでも8割程度が鑑定に気づかないはずです。
もっと簡単な簡易鑑定もありますけれど、鑑定で見られる情報量が少ない上に、対象者が魔法師の場合には気づかれる可能性が高いのです。
また高々難度鑑定では、対象者に気づかれる可能性は著しく下がりますけれど、同じく取得できる情報量が少ないんです。
今回は精神鑑定までも対象にしていますので、悟られる危険性は多少ありますけれど中高難度鑑定を採用したわけです。
最初に鑑定を掛けた下級士官の場合、常時精神的な抑圧を受けており、上級士官の命令ならば何でも疑いなく信ずるようになっていました。
軍人たるもの、上意下達は当たり前のことでしょうけれど、個人の感情を一切押し殺す程度が異様に高すぎます。
中々に難しい方法ですけれど、これを千人規模の軍隊にかけているとすればかなりの能力を有する闇魔法の術者ですね。
しかも自分が外部の意志に影響されていると気づかせない様な巧妙な手法を取っています。
少しでも疑いを生じるような場面があれば、そのことを強制的に忘却させて無かったことにするような手法です。
何でしょうねぇ。
昔あった、Fortranの「If」設定の条件付き発動のようなプログラムを思い出しました。
多分、私の大学教養課程での授業の一つにあったような気がします。
本当に大昔の話なんですけれど、よく覚えているので、自分でも感心します。
そうして、将官クラスは、ダークレスト准将とその参謀のブラキシアン大佐の二人ですね。
いずれもかなり強い精神的束縛を受けています。
ラムアール王国への侵攻がルートゲルデ参謀本部からの指令だと思い込んでいますが、彼らが受け取ったはずの指令書が実はありません。
もう一つ、最初にラムアール王国へ侵攻した中隊規模の部隊は交戦により負傷しましたけれど、本隊に戻った際に強い精神支配を受けた同僚から殺害されています。
そうして、国境守備隊の大隊では、彼らがラムアール王国の侵攻を防いで名誉の戦死をしたことになっているのです。
但し、彼らを殺した将兵たちの潜在意識までは流石に
これらの強い精神支配は、魔人を討伐することで正常に戻る可能性がありますけれど、ラムアール王国に対する強い忌避感は、放置していてもなかなか元に戻らない可能性がありますね。
これは、魔人討伐後に私が修正のための闇魔法を使わねばならないかもしれません。
但し、そのためには魔人が介在したという証拠が必要ですね。
さてさてどうしましょう。
色々考えた挙句に一つの試みを採用しました。
そうして実行に移しました。
最初に行うのは魔人の逃走を防ぐために結界を周囲に張ります。
そのうえで、特殊な狙撃銃で結界に一瞬
使用するのは特殊弾丸ではありますが、
発射火薬の推力と発射されてから弾丸後部から噴射するロケットの推力で瞬時に音速の30倍(秒速約1万m)にも達する超高速・超高硬度の重量弾で魔人が張っているであろうバリアを貫通し、発射から約千分の一秒後に爆裂するようにした特殊弾なのです。
爆裂時刻についてはタイマー調整ができます。
これは長距離狙撃ができるようにするためのものなんです。
この銃を撃つために、私は亜空間に隠れたまま、魔人の10m後方に位置取っています。
私が張る結界は、魔人の周囲5mに張っていますので、ピンホールを抜けてその中心部に達したときに爆発するようにしているのです。
魔人の体がどれほど固いのかはわかりませんが、この弾なら、アダマンタイトの盾でも貫通するはずですので、魔人の体内で破裂することを狙っています。
そうして狙う個所は、最初に頭部、次いで人であれば心臓があるあたりの胸部中央、更に漢方医学などでは丹田と云う部位である下腹部を狙いました。
相手に時間を与えてはなりませんので、三連射するのにかかった時間はおそらく百分の一秒ほどだったと思います。
私の狙いは当たりました。
特殊弾丸が魔人にも通用したのです。
これで、魔人討伐の武器が一つできました。
特殊弾は魔人の身体を内部から破壊しましたけれど、やはり魔人の身体は強かったですね。
弾丸の侵入痕跡がかなり大きな傷を与えていますけれど、頭部の目鼻の一部が吹っ飛んだだけで、外形はほぼそのまま保っているんです。
センサーで見る限り、目の前の魔人は灰色の死亡を意味する光点に変わっていましたけれど、ここで復活でもしたなら大変ですから、しばらく様子を見ました。
これで魔人が絶命していなければ、例の一万度の高温で結界内を焼き尽くすしかありません。
10分ほど周囲を含めて魔人の気配がないかどうかを確認していますが、変化がないのでほぼ絶命したと断定してよいと思います。
生き物はインベントリには入りませんが、死体は入りますのでインベントリに名無しの魔人を収容しました。
ウン?そう言えば、魔人の名前を確認したのは最初の二体だけですねぇ。
殺人鬼ではないのですけれど、後は見敵必殺とばかりに殺しまくっています。
でもねぇ、最初の二体も、その次に囮役を使って罠めいた攻撃を仕掛けようとした魔人三体も全く話し合おうという雰囲気じゃないですからね。
こちらとしては
平和ボケした日本人らしからぬ発想かも知れませんが、周囲に危険な魔物がたくさん居る世界なんですから、考え方を変えて当然だと思います。
昔から私は適応能力が高いというか、どこへ行っても意外と馴染んじゃうのです。
それが転生前の私の特技だったかもしれません。
魔人討伐は終わりましたので、王国同士の仲裁と闇魔法で縛られていたルートゲルデ将兵たちの正常化を画策しなければなりません。
うーん、ここは私のインターン時代の恩師の一人であるコーレッドさんの出番でしょうか。
職業は・・・。
うん、賢者とでもしておきましょう。
今度は女性ではなく男性に変身です。
最初に行くのは、ラムアール王国の前線部隊ですね。
彼らが憤って戦端を開くと危ないですから、最初に動かないよう止めなければなりません。
ルートゲルデ将兵は精神的な強い束縛が消えた状態ですのでいろいろと混乱していますが、当座、ラムアール国側に攻め寄せようとした感情は薄まっているはずです。
最初にラムアール王国の将官連中の幕舎に行きました。
出入口を守る衛兵に見とがめられると面倒ですから、近距離転移で幕舎の中に出現しました。
中で会議を開いていた連中は一斉に剣を抜きました。
まぁね、いきなり出現した老爺を見ればだれでも警戒します。
魔法師然とした長い杖を持ち白い顎髭を生やした見知らぬ大男が現れればそりゃぁびっくりもするでしょう。
コーレッド先生脳外科医には珍しく2.15mの身長を持つ大男なんです。
バスケットボールの選手といった方が似つかわしいぐらいなんですが、生憎と先生は運動音痴だったのでバスケットもバレーもしなかったそうですよ。
まぁ、その場にいた将兵が切りかかってきても結界を張っているので私に危害が及ばないと思います。
以前使った別の姿を使わないのは、今回は魔人の姿を人目にさらす必要があるからで、その際に魔人を倒したのはコーレッドなる老齢の大男の賢者にしておきたいのです。
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3月13日、一部の誤字を修正しました。
6月25日、一部の字句修正を行いました。
By @Sakura-shougen
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