第六章 動乱?
第87話 動乱の兆し
新たな弟子達が我が家に来てから二か月経ちました。
弟子二人は、彼の先輩になる弟子二人に劣らず、優秀な人材ですよ。
グレン・ドーセットは慎重居士なので石橋を用心深く叩いて渡る性格ですが、たたき割ってしまうほどやりすぎるなのがちょっと問題なんですが、錬金術師は危ないものを扱うこともあるので憶病な方が向いているかもしれません。
但し、練度というか進度というか、先輩弟子のレーモンに比べると遅くなるかもしれませんけれど、まぁ、許容範囲でしょう。
イェルチェ・キストは、典型的なムードメーカーなのでしょうね。
彼女がいるととにかく周囲を笑顔にさせてくれます。
肝心の薬師の腕は今のところ未知数な部分もありますけれど、魔法がある程度使えるので多分私の教えについて来れると思います。
最初の内は、ファラと同様におっかなびっくりでやっていましたけれど、二ヶ月経って、ようやくそれなりの自信もついたみたいです。
新しい弟子二人、一年できっと徒弟を卒業できると思いますよ。
◇◇◇◇
ところで、前乾季三の月6日にサルザーク侯爵夫人からお呼びがありました。
侯爵ご夫妻にも渡してある携帯型通信機での呼び出しです。
用件はお急ぎですかと聞くと、至急では無いもののできるだけ早めに来て欲しいとのことでした。
当然のことながら、魔人対応を考えると空間魔法による転移は控えた方が良いのです。
使うとすれば、精霊空間を利用した移動、若しくは影空間を利用した移動を使うことになりますが、魔人がそれらにも通じていないとは限りません。
そのため、私は家人にも行く先を伝えて、
普通の馬車だと一刻から一刻半ほどもかかる距離ですが、馬無馬車だと道路に支障がない限り早ければ四半時遅くても半時程度で侯爵邸に到達できます。
そうしてやってきました領都のサルザーク侯爵邸です。
門衛さんは顔なじみですが、一応の用件を伝えて馬無馬車ごと中に入れてもらいます。
邸内の馬車止めに馬無馬車を停めて、玄関口に向かうと、メイド長のフローレンスさんが出迎えてくれました。
「フローレンスメイド長様、お久しゅうございます。
本日は、侯爵夫人のお呼びで参りました。」
「お久しゅうございます。
エリカ様。
エマ様よりエリカ様来訪の件は伺っております。
本日は旦那様不在のため、このままエマ様の元へご案内いたします。」
どうやら、サルザーク侯爵ご自身は家に居ないようですね。
私が侯爵家を訪れた際は、余程お忙しい時を除いて、まず最初に侯爵にご挨拶をするのが普通だからです。
これはお会いする目的が侯爵夫人のエマ様であっても、接客等の御用が無い限り慣例となっているようです。
侯爵様が不在なりの理由でお会いできない場合には、メイド長や執事長から一言断りがあるのです。
今回は、エマ夫人の部屋に直接案内されました。
私室に案内されるのは初めてではないのですが、珍しいことなのです。
余程内密な話かプライベートな話なのかもしれません。
エマ夫人はお元気な様子でした。
ひとしきり挨拶をかわしてから、人払いを令し、エマ夫人が切り出しました。
「これからするお話はいずれ
あるいは、エリカ嬢ならば既に知っているのかもしれませんが、北東の隣国ルートゲルデ王国との国境で紛争が起きています。」
生憎と私の全く
その方面にもセンサーは設置していますし、一部は国境を越えているような場所もあったはずですけれど、そもそもが転移魔法の拠点用と魔人対策用なので街道を見張ったり、街中を見張ったりするようなものではないからです。
監視センサーは多数ありますので、私の都合で送られてくる映像を常時把握してはいないんです。
気が向いたならランダムに見るようなこともありますけれど、むしろセンサーにひっかっかる転移魔法の痕跡を中心に調べるための物で、カメラアイはおまけに付けているようなものなんです。
「いいえ、生憎と私は承知しておりませんでした。
ラムアール王国の北東部地区には半年前ほどに行ったこともありますが、特段そのような不穏な状況は無かったのではと思いますが?」
「ええ、そのとおりよ。
ルートゲルデ王国とは数十年来の友好国で、これまで紛争などあった試しがありません。
それが、半月程前に国境を越えてルートゲルデ側の兵士が突如侵攻してきたのです。
人数は数十名規模と聞いていますので、所謂軍事的な侵攻とは考えにくいのですけれど、双方にかなりの怪我人は出ました。
一旦は、国境警備隊が押し返して大規模な戦いになることは避けられました。
そうしてルートゲルデ王国からの謝罪もないまま国境付近での警戒を厳にしていたところ、二日後には再度百名を超える軍勢が越境してきたのです。
軍事力が百名を超えるとなれば小競り合いで程度では済まされず、激戦となり、双方に多数の死者も出ました。
今現在は、周辺の領主からなる騎士団を出兵させ、国境周辺に増強を図っているところであり、我が国とルートゲルデ国の軍隊がそれぞれ千名以上の規模で国境線を挟んで対峙している状況です。
ただ、今回の紛争にはよくわからない点があるのです。
少なくとも一月前の時点でルートゲルデ王国と我が国の間には、何の
無論、国境を挟んで挑発行為をするような事象も、これまでは一度もありませんでした。
それが、なぜいきなり越境して侵攻などということになるのかがわからないのです。
少なくとも、ルートゲルデ王国からの宣戦布告は今もありません。
国境で軍隊が侵攻作戦を始めていることをルートゲルデ王家が果たして知っているのかどうかすら疑わしくなる事態です。
ルートゲルデ王国の先代王妃はラムアール王家から嫁いで行った女性で、我が父の姉に当たるお方で未だ存命です。
従って、
現ルートゲルデ国王は、私の従兄弟殿に当たります。
彼が国王就任前で王太子だった頃に、王都でお会いしたこともありますけれど・・・。
侵略で自国の領域を広げるような強欲なお方には見えませんでした。
何れにしろ、このまま放置すると全面戦争になりかねず、主人も王家からの情報を受けて、急遽、騎士団の半数を率いて王都へ駆けつけています。
ただ、私としてはどうしても、ルートゲルデ王国が戦を引き起こすような真似をすることが納得できないでいるの。
貴女は転移魔法で遠くへも行けますよね?
だから・・・・。
勝手なお願いと承知しつつも、できるならばこの事件の真偽を確認してもらいたいの。
もし国と国とが戦を始めれば多くの民が傷つき、財産を失い、農地を荒らされることになります。
私は元王家の一員としてそれだけは何としても防ぎたい。
エリカ、お願い。
戦を停めてとは言わないけれど、この紛争の原因がどこにあるのかだけを調べて頂戴。」
正直なところを言えば、私は他人の勝手な都合で振り回されるのが大嫌いな性分なんですよ。
でも、エマ夫人の
特に大勢の人々の命がかかっているようですから、私の目の前で起きていたなら無理やりにでも介入していたかもしれません。
「エマ様のご意向はわかりました。
一応は動いてみますが、あまり期待はしないでください。
特に土地勘のない場所や紛争地帯での調査というものは手間取るものです。
まして、人の意志が働いており、陰謀等があるならば簡単には見抜けない可能性がございます。
行っても何も探れないという結果になるやもしれませんので念のため申し上げておきます。」
「はい、重々承知しています。
無茶なお願いとは知りつつもまた貴女にお願いするしかありません。
どうかよろしくお願いします。」
そう言って、エマ夫人は頭を下げました。
高貴な女性は平民には頭を下げたりしないものなのですが、エマ夫人は時として平然とそれをするのです。
それが彼女の手管とすれば、ずるいとしか言いようがありませんね。
私は、侯爵邸を辞去して、馬無馬車で我が家に戻り、若干の支度をしてから、精霊空間を使ってルートゲルデ王国との国境近くにある町フェリベルに跳びました。
無論のことですが隠蔽魔法と認識疎外の魔法を掛けた状態ですし、出現地点もフェリベルの町はずれにある森の上空約三百尋です。
すぐに亜空間を造ってピーピング・ホールをで地上の俯瞰を行います。
フェリベルには、多数の将兵が駐屯している状況が見えますが、おそらくは前線基地であり、メインは補給部隊なのだと思います。
今現在もフェリベルへの街道には荷馬車多数が向かっているようです。
そうして最前線とでも言うべき国境の関所周辺には多数の将兵が布陣している状況なのです。
国境を挟んで百尋ほどの距離に両軍が対峙している状況ですね。
勢力としては同数程度でしょうか。
目いっぱいに索敵のセンサーを拡げたらルートゲルデ王国側の端の方に、もうお馴染みになった真っ赤な点が一つありました。
これはもしかして魔人?
何で魔人が?
単なる見物?
いや、・・・・?
これまでの戦術を見る限り、魔人が活動する場合、彼らが直接害を及ぼすというのではなく、何かを使ってヒト族を攻撃して来るんですよね。
突然変異の魔物だったり、人為的に作り出した病原菌だったり・・・・。
それを裏で操作しているのが魔人でした。
流石に敵対する天敵が存在すると感づいた時点では、自分たちで直接攻撃をすべく布陣していましたけれど。
今回もヒト族を使って、戦を仕掛けたのだとすれば、納得できる話です。
もしや魔人に操られている?
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