第84話 コルド・リベ(巣立ち)

 こちらの言葉で『コルド・リベ』は、鳥の雛が親の造った巣を離れて独り立ちする様を言うので、所謂『巣立ち』の意味合いです。

 実はこの言葉はタミル語の『kūṭu-viṭṭu』に何となく発音が似ているので面白いなと思っているのですよ。


 前世の日本で言えば年度末の3月という訳でもないのですけれど、四人の魔法師、二人の弟子が巣立つ日を迎えました。

 一応の区切りのために、後雨季ナクル二の月24日に卒業証書代わりの修了証を渡して送り出しの儀式としました。


 そのためという訳ではないですけれど、前日23日の夕刻にはフェアウェル・パーティを我が家で開きました。

 マルバレータと一緒に造ったパーティ料理は、とっても見栄えのするものでしたよ。


 勿論、お味の方も保証付きです。

 私の知っている和食、洋食、中華料理もたくさんレシピに残し、そのための調味料なんかも増やしましたから、マルバレータの得意料理も数が増えたと思いますよ。


 修了証の授与式といっても飽くまで内輪うちわの式ですけれど、一人一人に修了証と記念品を渡しました。

 記念品として、薬師のファラには、薬師の紋章である五芒星の中央に私の前世の家紋である笹竜胆ささりんどうをあしらった指輪です。


 この指輪は、封蝋印章にもなる代物ですが、ヒヒイロカネを使っていますから、そう簡単には摩耗しませんし、真似て造るのも普通の職人ではできません。

 錬金術師のレーモンの記念品には、錬金術師を表す紋章が指輪のデザインには向かないと思ったので、思い切ってウロボロスを用いることにし、ウロボロスが描く円の中央に同じく笹竜胆をあしらったヒヒイロカネの指輪を渡しました。


 魔法師の四人に贈った記念品は、魔法師の証でもあるエジプト十字架アンクの上部円環中央にやはり笹竜胆の浮き彫りをあしらって、製造元が誰であるかを分かるようにしているペンダントです。

 こちらもヒヒイロカネ製ですよ。


 指輪の表(印章部分)とペンダントの裏には、個別に三桁の製造番号が刻印されていますので、私が見れば持ち主が誰であるかはすぐにわかるようになっています。

 この製造番号は前世のアラビア数字ですので、こちらの世界では意味不明の記号になりますね。


 ついでにこれらの記念品には付与魔法で、少量の魔力強化を付与し、強い衝撃等があった場合に身を守る身体保護を掛けていますから、少々の攻撃であれば身を守ってくれるはずです。

 但し、余り強い護符になってしまうと世の中欲しがる人が多そうなので、保護の程度を弱めにしていますし、所持者限定の護符ですから他の者が入手しても使えません。


 研修生や弟子にとっては身を守るお守りのようなものですから、できるだけ身に着けていなさいとだけ言っておきました。

 でもその効果については敢えて告げないことにしました。


 必要であれば、彼らが自分で確認することでしょう。

 終了証の授与式が終わった後、彼ら6人は揃って去って行きました。


 王都行きの馬車に4人、エルブルグ行きの馬車に2人が乗って、続けて発って行きましたね。

 特に、ファラとビアンカが涙ぐんでいたのがとても印象的です。


 1年もの間、同じ釜の飯を食った間柄です。

 特にファラは、疫病の発生の際に必要なワクチンや薬を懸命に量産してくれた戦友でもありますよね。


 彼女には色々な薬を造れるように教え込みましたから、独り立ちは十分にできると思います。

 また、未知の病気等に遭遇したような場合や困った時の場合に、いつでも私に相談できるよう、弟子の二人には小型通信機を渡しています。


 通信機の機能を維持するために多少の魔石は必要な魔導具ですけれど、必要があれば、彼らが私に連絡を入れて来るでしょう。

 『巣立ち』というのは育ての親にとっては嬉しいものであると同時に感傷を呼び覚ますものなのですね。


 私達の子供たちが就職して家を出て行った際には全く感じなかったはずの哀愁が何となく感じられるのです。

 彼らが資格を持った薬師であり、錬金術師であるにもかかわらず、私自身が未だ一人前と認めていないからなのかもしれません。


 確かに未熟な部分はありますけれど、最低限度の知識と技術は教え込みましたから、これから先は師に教えを乞うのではなく、自ら研鑽し、生み出し、掴み取る方向が望ましいのです。

 ですから当初の思惑通り、1年で彼らを送り出したわけですが、本音で言えば彼らをもう少し手元に置いておきたかったということなのでしょうか・・・。


 人の心理って、面倒ですね。

 多分、そのような後悔の念に近いものが寂寥感せきりょうかんのような哀愁を感じさせるのでしょう。


 ところで、弟子二人が三級薬師と三級錬金術師に合格してすぐに、新たな弟子の養成の話が錬金術・薬師ギルド本部から舞い込んできていました。

 弟子二人の意向を確認した上で、1年間の弟子としての研鑽を修了した時点で新たな弟子を受け入れることにしたのでした。


 前回と同じく、薬師が一名に錬金術師が一名ですね。

 この30日までには、新たな薬師見習いと錬金術師見習いがカボックの我が家に来ることになっています。


 一方で、魔法師の訓練・研修については、研修修了生がそれぞれ原隊復帰して、隊内での同僚・後輩への訓練教育をなした結果を見てから判断することになっています。

 王宮魔法師団と領軍魔法師団も、自前で熟練者を養成できるようになれば良いのですけれどね。


 少なくとも魔力を練って魔力総量を増やすことから隊内で訓練を始めれば、相応に魔力操作や魔法の行使も上手になるはずです。

 それでもうまく行かない場合には、研修を再開しなければならないかもですね。


 隊内教育の成否も半年程度の時間を置けばわかるでしょう。


◇◇◇◇


 私の転移先の拠点整備については、新たな影空間や精霊空間を使った転移を利用しつつ進めていますけれど、もう一月かそこらで、ラムアール国内の領域はほぼ終えられそうです。

 取り敢えずは、ここで一旦中断して様子見に入るつもりです。


 仮に魔人の基地めいたものがあるにしても、おそらくは人里離れた場所でしょうし、ヒト族に見つからないよう偽装しているか、人跡未踏の離れ小島や別大陸に置いているような気がしています。

 転移魔法については、距離が離れても使用する魔力はさほど変わらないんですよね。


 これが別の惑星とか本当に桁違いの遠距離ならば魔力消費量も無視できなくなるような気がしますけれど、少なくとも周囲に結界を張った状態で高度約千キロの上空まで転移しても魔力が減ったという感覚はありませんでした。

 この実験の際は、もしかすると遠くから感知される可能性が無きにしも非ずでしたので、ラムアール国内でもカボックから最も離れた場所で、しかも隣の国の領域から夜間に試してみました。


 昼間だと何となく太陽からの放射線(副射線?)の影響が気になりますから、それを避けたつもりなんです。

 地球のようにヴァンアレン帯があって放射能領域が有ったりするとそれも怖いんですけれど、念のため、例の宇宙服のような装備をつけた上で結界(シールド)を張ってやってみました。


 結果として、私の身体に特段の悪影響は出ていません。

 シールドや装備が効いたのか、それとも放射能や太陽輻射等の影響がなかったのか、その辺は不明です。


 尤も、当該上空(宙域?)に居たのはほんの一瞬の間だけなのですけれどね。

 勿論それだけ離れてしまうと、流石に私のセンサーも役には立ちませんでした。


 少なくともその宙域付近に魔人はいないということは判明しています。

 流石の魔人も宇宙ステーションまでは持っていないのだろうと思います。


 後雨期ナクル二の月29日に錬金術師見習いのグレン・ドーセットが到着し、翌日30日に薬師見習いのイェルチェ・キストが到着しました。

 グレンは20歳の男子、イェルチェは19歳の女子です。


 二人の弟子の到着で、前乾季一の月からは新たな弟子の研鑽が始まります。

 新たな気持ちで彼らの育成に励むことにしましょう。


 ◇◇◇◇


 そう言えば、この月末に聖ブランディーヌ修道院に初めての破傷風患者が担ぎ込まれました。

 破傷風菌は、嫌気性グラム陽性菌ですから日の当たらない森などで外傷を負った場合に発症することもあります。


 今回の患者は、10歳前後の子供で、森の中で動物に噛まれたことから発症したものです。

 どちらかというと中世時代を思わせる生活環境ですから、冒険者などにはもっと破傷風患者が出て居てもおかしくない筈なんですけれど、この世界の人たちは破傷風に対する免疫を取得しているのかもしれません。


 あるいは、冒険者などに高いHPが破傷風の発生を防止しているのかも?

 前世では予防ワクチンがあって、海外旅行の際に接種していれば安心の筈でした。


 特にアジア・アフリカ地域で発症数も死亡者数も多かったと記憶しています。

 破傷風患者の抗薬としてはメトロニダゾールなどが有名ですけれど、嫌気性の病原菌によく効くはずです。


 この患者さんの場合、痙攣が始まっており、一刻も早い対処が必要でした。

 その場で最良の治癒魔法を編み出し、最適の抗薬を生み出せることが私の最大の武器です。


 最初に噛み傷を浄化魔法で殺菌し、ついでハイヒールで傷跡の修復をします。

 それから、新たに作った抗生物質を投与して、体内の破傷風菌を抑え込みました。


 子供の命が救えたことが一番の褒美ですね。

 いずれにせよ、この世界では予防のためのワクチンがあまりありませんから、今後は、小児用のワクチンの開発を進める必要があるかも知れません。


 新たな弟子と共に、子供たちを病気から守るワクチンの研究開発に乗り出してみたいと思います。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 2月28日、時系列の表現に誤りがあったので訂正しました。


  By @Sakura-shougen

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