第83話 試行錯誤

 影空間と精霊空間を利用して移動する方法については、ちょっとだけご紹介したと思いますけれど、現時点で未だ手探り状態なので、色々と試行錯誤をしています。

 精霊空間の利用については、精霊や妖精の常駐する空間を経由して別の場所に転移できるのですけれど、妖精や精霊の手助けなしには当該精霊空間に入れないし、彼らの道案内なしには目指す場所への移動が難しいんです。


 感覚的には精霊空間のほぼ真ん中に彼らの常駐するエリアがありますけれど、そこから無数に伸びる触手のような形で通常空間に至る経路があります。

 私が精霊魔法を行使し、妖精や精霊の手助けを得ることで、当該空間に入り込むことはできますし、精霊空間から通常空間につながる無数の経路が一応は見えるのですけれど、見える経路が何処につながっているのかが一見したところでわかるはずもありません。


 経路の端まで行って外部を覗き見て初めて外の様子が分かるだけで、そこが私のみ知った場所ならともかく、全く知らない場所であったなら、それこそ何処へ行くのかさえ分からないわけです。

 精霊空間を利用してどこか特定の場所へ移動するには、精霊や妖精の道案内が絶対に必要なんです。


 彼らなら経験則からある程度経路がどこへつながっているかを判別できるんです。

 従って、どちらかというと見知らない場所から目的の場所まで移動するのにタクシーを使うようなものですね。


 親切な精霊や妖精を探して、目的地をできるだけ細かく教え、そこまで連れて行ってもらうようにお願いするしかありません。

 目的地周辺の出口付近に着いたなら、精霊空間を出る前に亜空間を形成し、ピーピング・ホールで周辺を確認しつつ通常空間に出ることになります。


 面倒なのですけれど、私の力量と魔人の力量が不明のままですので、魔人が私を察知し特定することを避けるためには、無駄かもしれませんができるだけの用心をする必要があります。

 試行錯誤の結果、何とか精霊空間を使った移動もできるようになりました。

 その一方で、影空間を利用しての転移は、影空間に潜伏することから始めなければなりませんが、自分の身体の影よりも小さい影に出入りすることはできないんです。


 岩であれ、建物であれ、樹木であれ、あるいは動物であれ、自らの影が対象となる影よりも小さければ当該影の中に潜り込めるのです。

 但し木立の影のようにまだらになった影の場合は潜り込めない場合もあります。


 木立の影に私の身体の影がすっぽり収まる余裕が無いとだめで、枝や葉の影があっても穴あき状態では、潜り込むことができません。

 また、その影の連続する範囲であれば自由に動くことができ、移動も影空間の内部転移で瞬時に行えます。


 但し、影がつながっておらず、途切れている状態の場合、別の領域の影に移動することは内部転移ではできません。

 別の範囲の影が己が目で見える範囲の影であれば、影魔法の外部転移で移動ができるのです。


 一方で見えない範囲に影がある場合には、当該部分があるとわかっていても外部転移ができません。

 この制約は意外と面倒で、影の部分の一部しか視界で捉えられない場合には、外部移転ができない場合があるんです。


 視界で遮られている影の部分が概ね5割以上の場合は外部移転ができないようです。

 影の中に潜伏するというのは池や湖などに潜水する状況に似ています。


 潜ってしまえば、水面上に見えるものは無いですよね。

 影の領域に潜っている限り、表の領域から存在を察知することはかなり難しいのです。


 この世界では、魔物でシャドウウルフという存在があります。

 彼らは夜行性であって、日中には出現しない魔物です。


 また、月明りや星明りなど小さな灯りのあるところに出没するのですが、その一方で全く光の無い場所では出現しないらしいのです。

 光の無いところに影はできないということでしょうけれど、その割に日中の陽の光があるときには影から出てこられないようでうす。


 あるいは紫外線とか日光に含まれる何らかの波動に弱いドラキュラやその眷属に近いのかもしれない。

 因みに、影への出入りについて、私の場合には、日中以外というような制限はありません。


 影魔法で影の中に潜伏する場所は、シャドウウルフと同様に影の無い暗闇には潜伏できないということも試行錯誤でわかってます。

 単純に照明の無い閉塞された地下室では、私が利用できる影空間がありませんでした。


 そうしてシャドウウルフの存在する地域でとある陰に潜伏しようとしたところ、潜伏しようとした試みそのものが阻害されました。

 阻害というよりも、むしろ影のエリアから弾き出されたという表現が一番近いかもしれませんね。


 シャドウウルフが影に潜伏している空間には、私が入ることができなかったのです。

 当然のことながら、影内部に潜んでいるであろうシャドウウルフを事前に察知できませんでしたし、いるとわかっていてもこちらから攻撃もできませんでした。


 但し、影から出て来たシャドウウルフを討伐した後ならば、潜伏は可能でした。

 因みに、シャドウウルフ自体は複数で影に存在することもできるようですから同族同士なら共存できるみたいですね。


 とある場所で夜間にシャドウウルフを討伐した際には、10匹以上の群れが出てきたのを確認しています。

 もう一つ、制約のようなものがあります。


 影に潜伏していて連続する影の範囲内であれば、内部転移は瞬時にできますが、別の空間に外部転移する場合には、最初の影への潜伏と同様に目視の範囲内に限られます。

 一旦影空間に入ってから、ピーピング・ホールで外を観察し、離れている別の影空間に外部転移することは可能なのです。


 但し、前言の通り、先客がいる場合は、潜伏や転移そのものが失敗してしまいます。

 そうして目視できる範囲外への転移は、影そのものを認知できないので、影があるとわかっていても転移が不可能です。


 色々と試した結果、妖精空間の経路内で目的地上空の領域から地上を俯瞰ふかんし、地上の影の位置を確認した上で適切な影空間に転移することが一番隠密性が高そうだとわかりました。

 そんなことで、ラムアール国内で未だに拠点監視センサーが設置されていない領域について、用心しながら設置再開を始めたのでした。


 実のところ、妖精や精霊さんに頼んで目的地上空に達するのも結構大変なんですよ。

 妖精や精霊は自分なりの空間座標を持っていますけれど、必ずしもラムアール国内で用いられている不正確な地図とは一致しないのです。


 ですから、最寄りに行って頻繁に修正をしながら目的地上空に達するという手法しか取れないので、以前と比べると随分と時間がかかります。

 今のところ、上空から俯瞰状態で定点を定め、その近辺の影空間に潜り込むという手法を取ってから魔人との遭遇は起きていません。


 亜空間結界で囲んだピーピング・ホールは、良い仕事をしてくれていると思います。

 これで事前に魔人の動きを知ることができればよいのですけれどね。


 時間がかかりましたけれど、後雨季ナクル一の月半ばには、ラムアール国内の定点についてはセンサーを設置し終わりました。

 現在は、ラムアール国外の領域にまでセンサーの設置を増やしているところです。


 どこまですればよいかですけれど、魔人の本拠地が分かるまで?

 あるいは魔人が掃討されるまででしょうかねぇ?


 魔人側幹部にもヒト族と共存できると考えるモノが居れば別なのですけれど、ヒト族の集落を実験材料としか考えていない様な種族であれば根絶しかないでしょう。

 彼らがヒト族社会に疫病を齎す害虫だとするならば、私にできるかどうかわかりませんが、殲滅しか手段がありません。


 前世でも脳外科という専門分野ながら、人に害をなす病原体と戦ってきた私です。

 この世界でも私のできる範囲で微力を尽くしたいと考えています。



 ◇◇◇◇


 そう言えば、後雨季ナクル二の月で、研修生と弟子達が一周年です。

 彼らも無事に卒業できそうです。


 水属性魔法師の二人は、水魔法で金属板に穴をあけたり切り取ったりできるようになりました。

 むろん氷の槍も30歩ほど離れた場所から的へ当てることができるようになりました。


 魔力が余り多くは無いので、威力も少なめですけれど、これから精進すれば攻撃魔法として十分に使えるようになると思います。

 土属性魔法師の二人は、岩をつぶてにして、同様に30歩ほど離れた標的に当てることができるようになりました。


 また、土で剣山を造ることができるようになっています。

 剣山については出現させる距離と威力の方は、今一なのですけれど、これも精進すれば使えるようになると思います。


 弟子二人は、薬師として、あるいは錬金術師として、一人前になりました。

 魔力を使いながら、製薬したり、魔導具や生活用品を生み出せるようになりました。


 経験と貢献度が不足しているので三級薬師あるいは三級錬金術師のままですけれど、十分に二級の薬師や錬金術師以上の力量があると保証できます。

 彼らには新薬や新たな魔導具など色々なレシピを教えていますし、これまでの薬師や錬金術師が慣行として行っていた技術の秘匿はしていません。

 

 必要に応じてレシピを彼らの同僚や後輩に広めてほしいと思っています。

 その私の意向は、普段から彼らに伝えています。


 但し、人に教えることが彼らにできるかどうかは未知数ですね。

 技術やレシピの伝承は、6人がそれぞれに苦労しなければならないことでしょう。


 そうして王宮魔法師団及び領軍魔法師団、薬師・錬金術師ギルドからは次の研修生と弟子の予約が入っています。

 後雨季ナクル二の月が再び新学期となりそうです。

 


 

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