第81話 今後の対応

 エリカです。

 魔人を連続三体、延べで五体倒したのですけれど、最初の二体はサルザーク侯爵を通じて王宮にも報告に参りましたが、今回の三体については報告に行っておりません。


 というのも今回の三体の魔人が出現した件で、魔人側が少なくとも敵対者の存在に気付いたと思われたからです。

 また、今回の出現の仕方でわかったことは、転移を使わずにいずれかの地域に人知れず浸透している可能性があるとわかったからです。


 仮に魔人側が網を張っている中に私が転移すれば、こちら側の状況がばれてしまう可能性があります。

 現状で敵対する存在が居るということはばれても仕方が無いと思いますが、こちらが一人しかいないことがばれると非常に困ります。


 こちらは魔人が何体居るのかもわからない状態なのですから、以前、王宮で説明した通り、例えば魔人が複数で同時多発テロを行えば、こちらは防ぐ手段がありません。

 単純な話、向こうが犠牲を覚悟で、例えば王都に十体もの魔人を送り込んできたなら、私の方で何とか一体は対応できても、残りに対応できる保証は何もないのです。


 彼らの力に対抗できるだけの防御力が私にあるかどうかも不明な状態で、魔人の集団に突っ込んで行く勇気は正直なところ私にはありません。

 確かにおまけの様にチートな力を神様から頂きましたけれど、だからと言って万能ではないはずなんです。


 飽くまで平均的な力を頂いたのであって、その上限が分からないのに無理押しができないんです。

 私は元々慎重居士なんですよ。


 橋を渡る際には、できれば石橋を叩いて叩いて、叩き壊すぐらいの余裕がいつも欲しいと思っているぐらいなんです。

 前世では余り余裕はありませんでしたね。


 何時も時間に追われて仕事をしていました。

 病気というものは医者の都合なんてお構いなしに発症しますから、その対応にいつも四苦八苦していたのです。


 特に世界中に蔓延した感染症の際は苦労しました。

 私の専門の外科手術でさえ満足にできなくて感染症対策に追われた日々でした。


 そのために救える命が救えなかったという悔いが残りました。

 私の所為ではないかもしれないけれど、ああいうのは二度と御免です。


 今回も魔人がヒト族の生活を脅かす存在である以上、できれば守ってあげたいとは思いますが、機関銃を構えている無数の兵士の前に竹槍で突撃したくはありません。

 私の知らない第二次大戦において、若い兵士がお国のためにと特攻していった話は様々な記録で知っています。


 彼らには手段が無かったので自分の親兄弟をあるいは恋人の将来を守るために、自らの命を進んで捧げました。

 残念ながら結果が伴わない特攻でしたから、ある意味で無駄死にだったのだと思います。


 あの特攻で国をあるいは知己の者を守れたのならそれなりに大きな意味があったのでしょうね。

 でも結果は残酷です。


 彼らが意図したような守り方はできなかったのです。

 私も最大多数の最大幸福を追い求めますけれど、そのために私が犠牲になって、魔人が生き残れば意味がありません。


 少なくとも魔人と刺し違えることができるなら、私がこの世界に転生した意味もあるのでしょうけれど・・・・。

 いずれにせよ、魔人がどこにいるかわからない状況である以上、危険は冒せません。


 今後は緊急時以外は転移魔法を使わないようにしましょう。

 魔人に察知されずに済む転移魔法があればよいのですけれど、今、リリーにお願いしてそんな魔法の存在をアカシックレコードで調べてもらっています。


 ですからサルザーク侯爵への報告も、造ったばかりの無線電話で行っています。

 これまでは気軽に侯爵邸のすぐ近くまで跳んでいたのですけれど、止めました。


 仮に行くとしたなら移動方法は飛行魔術により空を飛んでゆきます。

 勿論、隠密と認識疎外を掛けますけれど、それでも魔人の中にそうした魔法に詳しい者や感知できる者が居たなら危険ですよね。


 三体の魔人に対処したときは、隠密状態が気づかれずに済んだようですけれど、個々の能力若しくは距離的な問題であるかも知れません。

 サルザーク侯爵には新たに魔人三体が出現し、討伐したこと、魔石と思われる結晶も手に入れたが、三個の魔石が集まるとかなりの魔力が周囲に放たれるようで、王家に五個もの魔石を集めるとそれだけで王宮が標的になりかねないことから、私の方で保管することとすることを連絡しておきました。


 保管場所は私の亜空間倉庫の中に結界を張って、そこに保管しています。

 この保管処置で外部から魔石があると判断できるような力場若しくはエネルギー放射は認められません。


 前回国王様が感知できたのも魔石を外に出してからのことでしたから、多分この措置で大丈夫だろうとは思っていますけれど絶対ではないですよね。

 サルザーク侯爵には、魔人が出現した際の対応については、私のできる範囲で行うし、私の裁量でやらせてほしいとお願いしておきました。


 王家や侯爵家等の裁量で勝手に動かされるのは性に合いません。

 魔人が出現した昔というのは何時のことかは知りませんが、少なくとも伝承が残るぐらいですから生存者はいたはずです。


 仮に放置したにしてもヒト族の滅亡には至らないような気がしますね。

 魔人の目的についてはよくわかりませんが、あるいは暇つぶしなのかもしれません。


 ヒト族の殲滅を狙っているのなら、最初から全力で潰しにかかるはずですが、それがありません。

 まぁ、暇つぶしかも知れないというのは、飽くまでも楽観的な見方に過ぎないのですけれどね。


 いずれにせよ、魔人に察知されることを警戒して、転移魔法を使っての遠出は控えています。

 遠方に出かける場合は、隠密を使った飛行魔法のみです。


 そんな面倒な想いを振り切るように、私は、パティとマッティとを相手に居間でモフモフを楽しんでいます。

 パティとマッティはであった頃に比べると少し大きくなって、毛並みの感触がとっても良いんです。


 前世で仕事をしている間は、余計な雑菌等を警戒するためにペットを飼うことができませんでしたし、退職後はいずれ自分が面倒を見られなくなる時期を予想して、ペットを飼いませんでした。

 だからパティとマッティが私に懐いて色々と思念をかわし合う時間はとても貴重なんです。


 パティとマッティも最近は姿を隠す魔法(?)を覚えたので、時折街中にも出掛けていますよ。

 そうして街中であったことなどを私に教えてくれるのです。


 今の状態ならば、おそらくは、以前に追いかけられていた魔物ぐらいは簡単に追い払うことができるほどの能力も身についているようですよ。

 このささやかなが永く続くと良いのですけれどね。


◇◇◇◇


 私は、エマ・オル・ラムアール・サルザークです。

 エリカ嬢からまたまた夫のライオネル・フォン・サルザーク侯爵に新たな情報がもたらされました。


 これまでは、大事な話が有る場合は、エリカ嬢が侯爵邸に出向いて説明をしてくれましたけれど、今回は違っていました。

 以前に献上してくれた無線電話なる物を通じての報告でした。


 無線電話は、王家の分も献上してくれましたので、我が家と王家には、この魔導具が置いてあります。

 これまで使っていた王家との連絡専用の魔導具と異なり、片手で持てるほどすごく小さいものです。


 王家との緊急連絡用で邸に置いてある専用魔導通信具は、部屋の半ばを占める大きな魔導具であり、使用に際しては上質魔石が必要とされます。

 概ね一刻ほどの通信時間で、上質魔石一個が消耗するのです。


 上質魔石は一個で金貨百枚ほどもすると執事のセバスからも聞いておりますから、この連絡用通信機を使って無駄話などこれまでできませんでした。

 エリカ嬢が献上してくれた魔導具の通信装置は、ゴブリン等の低質魔石でも作動しますし、持続時間が違います。


 低質魔石一個で丸々半日の通信が可能なんです。

 但し、常時待ち受け状態にしておく必要があるので、何も通話しなくても一月に一個の低質魔石は必要なようです。


 王宮との専用通信魔導具の場合、単に待ち受けだけなら二年ほどは保つと聞いています。

 エリカ嬢の小型通信魔導具の場合、魔石は二個が装着されており、片方が消耗した時点でその旨の表示がなされるので、その時点で消耗した方の一個を取り外して新たなものと取り換えることで、待ち受け状態が継続できるのだそうです。


 この新たな通信機のお陰で実家である王家とも気兼ねなく連絡できるようになりました。

 その意味でもエリカ嬢には感謝しているのですが、今回の情報にあった魔人の話は重たかったですね。


 人気ひとけの無い地域とは言え、王国内の狭い地域に同時に三体もの魔人が出現したことは私と夫にも衝撃を与えました。

 幸いにしてエリカ嬢が討伐してくれたからよかった訳ですが、彼らの目的が王国に危害を与えることであるならば、大変なことです。


 エリカ嬢の口から、王国内で魔人と対決できそうな存在はエリカ嬢だけと聞いています。

 領軍騎士団は勿論、王家の騎士団や魔法師団も魔人に対してはほとんど役には立たないそうです。


 確かに転移魔法で出現し、大規模魔法を連発できるような魔人に対抗するのは、普通の騎士や魔法師では無理な話でしょう。

 少なくとも伝承では、出会ったなら死を覚悟しなければならない大災厄としての魔人が伝わっているのです。


 伝承の中で魔人を討伐したなどという話はありませんから、これまで戦いを挑んでも勝てなかった相手なのだと思います。

 ですから、その二体を討伐したエリカ嬢は英雄中の英雄に他なりません。


 その英雄がさらに三体の魔人を討伐してくれたのは大変喜ばしいことながら、エリカ嬢は今後の危険性を説いてくれました。

 少なくとも魔神を討伐できる存在が王国内に存在するということが魔人側に知られたこと。


 これまでは魔人が転移魔法を使用することで、魔人の出現位置をエリカ嬢が逆探知していたのだそうですが、今回三体の内一体は、転移魔法を使わずに近傍に潜んでいたこと。

 そのため、魔人の一部が人知れず潜伏している可能性があること。


 彼我(魔人とエリカ嬢)の探知能力に若干の差があるので、これまではエリカ嬢が有利だったが、あるいは個体差があるやもしれず、こちらが先に気づかれればエリカ嬢が狙われる可能性もあること。

 エリカ嬢の身に降りかかる火の粉は自らの力で払うつもりでいるが、複数で襲撃されたなら対応できない可能性もあること。


 同様に、エルブルクなり、カボックなりに魔人が複数出現して、テロを始めたならエリカ嬢では対応できないこと。

 エリカ嬢は、今後とも可能な範囲で人々に降りかかる災厄を防止するつもりではいるものの、それにも限度があるし、そもそも王家なり侯爵家から当てにされても、できない場合があるので期待しないで欲しいと宣告されてしまった。


 エリカ嬢の言うことも尤もな話ではあるのだが、残念ながら彼女以外に頼れる存在が居ないのだから、どうにもならないのは確かである。

 伝承通り、出会ったら死を覚悟しなければならない存在と諦めるしかないのだろう。


 それにしても、そんな存在を五体も討伐してしまうエリカ嬢の方が凄い存在だ。

 整った容姿を持つ稀な美少女と言うべき華奢に見える存在だが、私の知っている限り、唯一無二の英雄ヒロインだ。


 頼るなと言われても、彼女に頼るしかない。

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