第78話 遠来の客?

 エリカです。

 相も変わらない日常が続いています。


 追いかけっこというか、鬼ごっこというか、魔人と思しき存在も色々と手を変えて来ていますね。

 転移の場所が少し変わったのです。


 私の場合、行ったことのある場所でないと転移ができないのですけれど、魔人の場合はどうなのでしょう?

 これまで反応の無かったところに出現できるということは、過去に行ったことがあるから?


 それとも、魔人の場合は、私とは異なる異能で、行ったことのない場所でも跳べるのでしょうか?

 リリーの話では、魔人も長命種とのことですから、多分過去に訪れた拠点に跳んでいる可能性が高いのですけれど、よくわかりません。

 

 魔人の現れる場所が増えましたけれど、一旦変えた出現地点は、その後、ほとんど変わらずに同じ場所なんです。

 そうして私が転移すると逃走するのも同じパターンです。


 前に言ったかもしれませんが、私の場合、根は事なかれ主義ですから、危ないことに首は突っ込みたくはないのですよ。

 ですから相手を結界で捕らえられる可能性があっても、試そうという気が今のところ無いんです。


 何せ、これまでと異なって、このは目に見える悪さをしていませんからね。

 但し、放置すると何か悪さをするかもしれません。


 で、ちょっとした賭けをやってみました。

 彼?彼女?の探知能力を探るために、少し遠い設置個所に私が跳ぶんです。


 最初は、升目で東へ10個離れた個所に跳びましたが、相手の反応はありません。

 そこから徐々にその距離を縮めたわけですが、東へ4つ離れた升目で相手が逃げました。


 なので、相手の探知範囲は概ね8ムロから10ムロなのでしょう。

 余り方法を変えると私の居場所を手繰られる可能性もありますから、取り敢えず東方向以外の場所からの接近はしません。


 そうすると、相手がパターンを変えてきました。

 今度は、私が出現した箇所に一升半ほど近い場所に出現したのです。


 ウーン、やっぱり向こうもこっちの出方を探っていますね。

 そこで敢えて放置することもしてみたのですけれど、半日同じ場所に留まっていたのに、やがてしびれを切らしたか、彼?彼女?は何もせずに転移したのです。


 これはもう、焦らし戦法にしかならないようですね。

 私も仕方がないので、被害が出ないことを祈りながら、対応したりしなかったりの不特定な動きをしてみました。


 ウーン、これからも面倒な鬼ごっこが続きそうです。


 ◇◇◇◇


 我が家は、一階に錬金工房と製薬工房があり、一応間口近くに窓口となるカウンターを置いた応接室があるのです。

 これまでそこに知人や公爵の使いの者が来ることはあっても、いわゆる客が来たことなどほとんどありませんでした。


 でも、間口の吊るし板が叩かれ、来客があったことを知らせたので、手の空いていたファラが応対してくれました。

 敵意ある者の訪問ではありませんでしたから、私も特に危険とは判断していません。


 訪問客は、男性で、隣国サリタニアの錬金術・薬師ギルドのサブマスでした。

 錬金術・薬師ギルドは国家を跨ぐ世界的な組織ですので、他国のギルドとも交流や情報交換はしているようですが、何せ遠方なので余り頻繁な交流は無いとリリーから聞いています。


 主要ギルドには、王家が持つ通信機の劣化版のようなものがあって、ラムアール王国内では王都にある各種ギルドがそうした魔道具を持っているようです。

 ですから、ラムアール王国内で起きたトピック的な出来事は、情報として隣国等へも伝達されるようですね。


 訪問客は、ローランド・グレアムさんというエルフの方でした。

 若く見えますけれど、エルフですからかなり年寄りなのでしょうね。


 私の肉体年齢は正味18歳程度なんで、エルフ一族にしたら赤ん坊も同然でしょうか?

 リリー曰く、彼らの結婚適齢期は、生後200年ほどしないと来ないらしいですから、ヒト族とは全く違う慣行や精神構造を持った種族です。


 エルフの場合、往々にしてヒト族とは離れた場所に集落を設けて暮らし、余りヒト族の中には出てこないのですけれど、中には例外が居て、仲間内からは「ハグレ」と称される者が偶に出てきてヒト族の中で暮らしているのです。

 エルフ族は、保有魔力量が大きく魔法が得意なので、ヒト族の中では恐れられていますね。


 ファラが応対した際に、このローランド・グレアムさんは、薬師の仕事関係で私の元へわざわざ来たそうで、私に会いたいと言ったそうです。

 うん、であれば、用件は前回起きた麦角菌中毒の一件ぐらいでしょうか?


 あの時に出したお薬は今まで無かった代物で、私かファラじゃないと造れませんから、あるいはその件で情報収集に来たのかもね?

 もう一件のモリエルコの魔人インサファルメラが関わった疫病の方は、『マサキ』が対応していることになっていますから、私の名は出てこないはずなんです。


 尤も、侯爵様や王宮の方でうっかり口を滑らしているとどうなるかはわかりませんがね。

 遠来のお客様ですので粗略にもできません。


 一階のカウンターの前にある応接セットでご面会です。

 年の頃は30代そこそこですが、少なくともハグレで出て来るエルフは最低でも200歳を超えているらしいですから、年齢は間違いなく数百歳なのでしょう。


 色白ですのでダークエルフではありません。

 エルメリアには顔を出さないように念話で伝えてあります。


 ハグレですとわからないのですけれど、エルフ族とダークエルフ族は折り合いが良くないらしいのです。

 面倒ごとにならないようここは避けておくべきでしょう。


 ソファで相対して、ひとしきり挨拶を交わした後、来訪の用件を尋ねました。


「はい、実は麦の病気に由来する伝染病について、ラムアール国で有効な薬を造られたのがこちらと聞いて尋ねてまいりました。

 ラムアール王国の薬師でもこのお薬を造れるのがエリカ様のところだけと聞いておりますし、薬の有効期間があるようで、サリタニアまで運搬するとなれば、その有効期限が切れるかもしれないとお聞きしました。

 今のところ、麦の病気に由来する病気にかかった人は居りませんが、仮にそうした病人が見つかった場合の対処として、お薬を造る方法を教えていただくわけにはまいりませんでしょうか?

 この件は、サリタニア王家からも要望が出ておりまして、我が錬金術・薬師ギルドに直々にご下問があったものなので、何とか致したいのですけれど、ラムアール王国の一級薬師でも造れないとお聞きして、やむを得ずこちらにお邪魔した次第です。

 製薬については薬師によっては秘伝と称して、一子相伝を原則としているところも多いと聞いておりますが、曲げてご承諾をいただきたく存じます。」


「はい、構いませんよ。

 ただ、製法がちょっと変わっているだけで、既存の薬師の方では対応がしにくいというだけのことなのです。

 ですから、別に一子相伝じゃなく、私の弟子になっているファラ、先ほど最初に貴方とお話しした者には、作り方を教えていますし、彼女が将来弟子を取ってその弟子に教えることには何ら制限をつけていません。

 望む者でその能力がある者には教えますので遠慮なく申してください。

 但し、教えを乞う者にはここへ来てもらう必要があります。

 流石にサリタニア王国まで私が出張るのは、少し時間がかかりすぎますので・・・・。」


「私も一級薬師の資格を有する者ですが、私が教えを乞うても構いませんか?」


「ハイ、構いません。

 ただ、弟子と研修生が6人も居て、我が家の寮はいっぱいですので、寝食はご自分で手配していただかねばなりませんが、それでよろしければ・・・?」


「はい、では是非に臨時の弟子としてお教えをお願い申します。」


 こうして私のもとに新たな臨時の弟子が日参するようになりました。

 このローランド・グレアムさん、凄く腰が低いんですよね。


 薬師の多く(特に上級の薬師)が、自分の能力に自信を持っている所為か、傲慢なところが多分にあるのですけれど、このエルフさんは、一級薬師なのに三級薬師の私に頭を下げることに何も躊躇ためらいも無い人なんです。

 翌日からローランドさんが我が家に日参するようになりました。


 取り敢えず、普段のスケジュールが一杯なので、ファラに指南役を頼みました。

 ファラの方は多少嫌がっていましたけれど、何とかなだめてやってもらっています。


 勘所はファラも知っていますから、三日もすればローランドさんも麦角菌による病気の対抗薬を造れるようになりました。

 それでお役御免になるはずが、更に20日程も我が家に来るローランドさんでした。


 カボックに留まる理由は、魔法を使った製薬にはまっちゃったからみたいです。

 彼もエルフで魔力量は多いですし、相応に魔法が使えます。


 でもこれまで製薬に魔法を使うなんて考えても居なかったようで、まして錬金術の応用のような成分抽出や合成にすっかり嵌ってしまったのです。

 結構忙しく動き回る私の暇を見つけては、突撃してきて色々と質問をぶつけて来ますし、ファラの修練と研修中は、ずっと傍について一緒に話を聴いているんです。


 まぁ、邪魔になるわけでもないのでそのままにしていますが、困ったのは彼も私が時々いなくなることを察知している様子が窺えることでしょうか?

 これまでは、そんなことができるのはエルメリアだけでしたけれど、それにローランドさんも加わってしまいました。


 但し、知っていながらも、そんことには一切触れないようにしているみたいです。

 ある意味でありがたいですよね。


 向こうにしてみれば教えてもらっている感謝の意味もあるのでしょうか?

 いずれにしろ、余計なことを聞かれないというのは非常に助かってはいます。


 もう一つ、こうも毎日来るとエルメリアがずっと引っ込んでいるわけにも行かず、ついにダークエルフとエルフのご対面がありましたけれど、特段の問題もなく普通に接していましたね。

 その後も注意していましたけれど、互いに妙な敵対心のようなものは持っていなかったようです。


 もしかして、エルフ族とダークエルフ族が仲が悪いというのは単なる都市伝説に過ぎないのでしょうか?

 ただ、私のことを知る者が増えるのは余りよろしくないですね。


 私としては、ここ二十年か三十年ほどの間をカボックでつつましく生きていたいというだけなのですけれど・・・。

 それ以上の年限になると私の素性がばれる可能性もあります。


 17歳の時の顔が、三十年経ってもほとんど変わらなければ流石に不審に思う人が増えますよね。

 一応変身術でそれなりに老けさせることはできますけれど、この世界の平均寿命は七十歳に届かないですから、保って50年。


 それ以降は別の地に移動してそこで別の顔になる必要がありますね。

 其処でも同じく五十年ほどで移動しなければならなくなるのでしょうね。


 一言で五十年と言っても短いようで長いんです。

 此処にいる間にできる範囲のことは色々としておきましょうね。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 1月2日、「魔神」を「魔人」に修正しました。


  By @Sakura-shougen



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