第77話 面倒な奴?

 後乾季ナブラの30日、弟子二人に錬金術・薬師ギルドの試験を受けさせました。

 錬金術師と薬師の試験は、原則として、前乾季ハブラ後乾季ナブラの各終わりに一度、前雨季ハクルには無くて後雨季ナクルの終わりに一度と、年に三回ありますからね。


 私が受験したときはたまたまギルドの都合で一日遅らせた時期に当たったので、ハブラ四の月30日に実施するはずの試験が、ナブラ一の月1日に実施されたのです。

 弟子のレーモンとファラも私のもとに来てから9か月になりますから、三級錬金術師と三級薬師の試験には合格できるだけの力量が付いていました。


 一旦受験で失敗すると一年は受験できなくなりますので、本人たちは結構心配していましたけれど、二人ともしっかりと合格していましたよ。

 二人ともに笑顔で私に報告してくれましたので、私からは「おめでとう。」と祝福し、普段しないことをしちゃいました。


 いわゆるハグという奴です。

 ファラはとびっきりの笑顔でいましたし、特に動揺はしていなかったですけれど、レーモンの反応はちょっと違っていました。


 ゆでだこの様に顔が真っ赤になってうつむいています。

 おや、まぁ、若い男の子には刺激が強すぎましたかねぇ。


 でも師匠としての愛情表現なのですから、そのまま受け取ってね。

 そうして大事な話を続けます。


 錬金術・薬師ギルドとの約束で、一応の徒弟期間は一年(契約上は三年、でも期間中に限らず、見込みが無いとわかったら放逐して構わないとされているんです。)としていますけれど、それぞれが資格を取った時点で一人前の錬金術師や薬師として活動できますから、私の徒弟でいる必要はなくなります。


 合格の報告を聞いた上で本人たちに今後の意向確認をしたなら、少なくとも一年間の徒弟を全うしたいとのことでした。

 特に私の教え方が学院等での教え方と全く違うものであり、ファラなどは薬師である自分の親を見ながら育ったために特にその違いを自分の目と身体で体験していることから、できる限り、私から知識や技能を習得したいと考えているようです。


 レーモンの方は、多少趣旨が違いますけれど、新たなものを生み出す私の想像力に憧れているようで、ここにいる間にできるだけ多くの発想と技術を身に着けようとしています。

 特に魔力を多用する私の錬金術や製薬は、他の錬金術師や薬師では真似ができないものですから、彼らがそれを受け継いでより多くの者に広めてくれるなら、錬金術・薬師の世界もより発展することでしょう。


 私にも彼らが望むなら徒弟制度の延長を拒む理由はありません。


 ◇◇◇◇


 日中における各拠点の監視活動は鋭意継続していますが、夜間は人気の無いところを中心に監視活動を行っています。

 その多くは山間部であったり、ほとんど生き物がいない荒野であったりします。


 勿論、そこに至る道路もありませんから、専ら上空からの監視活動ですね。

 但し、どうしても一人では目が足りませんので、定点カメラ兼センサーを造って、広範囲に設置することにしました。


 言葉で言うと簡単ですけれど、製作には苦労しましたね。

 これまでにも虫型ゴーレムに解像度の低い疑似カメラと集音マイクをつけたものはあったのですけれど、解像度が高いカメラと画像の保存、探索センサーで私の内蔵センサーのような機能をつけるのに随分と時間がかかりましたよ。


 開発に要した時間は延べで百時間を超え、開発開始から二ヶ月半ほどかかりました。

 日中は色々することが多いですからね。


 どうしても夜にアルバイト的な仕事をする羽目になるんです。

 新たに造ったものも虫型ゴーレムなんですが、不可視性と自律機能を強化していますので、人には見つけられないですし、独自の判断で危険を察知する能力があります。


 そうしてその危険を察知した際に私へ連絡する方法に工夫を凝らしました。

 侯爵に開発を約束していた例の携帯電話の製作にも成功していましたので、同携帯電話にデータ転送機能を付加することにより、親機のタブレットに警報を鳴らし当該データを転送できるようにしたのです。


 現状でセンサーの有効範囲は概ね2ムロ(およそ3.4㎞)程度なので、カボックの我が家を起点に、一辺2.7ムロ(およそ4.6㎞)の格子状にセンサーを配置することにしています。

 樹上や尖塔の頂上など滅多に人が立ち寄らない場所に設置しますが、場所によっては、湖等で設置できないところもあるので、その際には湖の周囲に複数個設置するなどしてカバーして行きます。


 万が一、人が接近するような場合には、ゴーレムが自立判断で30レム(約50m)の範囲で移動もできるようになっています。

 また自然災害等で破壊されたような場合には、定時的な報告(五分に一度)がなされなくなるので警報で異常を知ることができます。


 真夜中の1時間程度で設置できる監視ゴーレムの数は、25個程度ですから1日にカバーできる範囲は概ね13ムロ四方の面積になり、この範囲が毎日増えて行きますが、ラムアール王国だけで千日以上かかりそうです。

 監視ゴーレム自体の製造は、素材があればすぐに複製ができますので簡単なのですけれど、設置のための移動に手間がかかるんです。


 まぁ、仕方がないので辛抱強くこつこつと処理するしかありません。

 数が増えて来るとタブレットだけでは見づらくなりますので、地下工房に専用の監視区画を設け大画面を設置して、表示できるようにしました。


 将来的には、ラムアール国内分だけでもこの大画面が三つぐらいにはなるんでしょうね。


 ◇◇◇◇


 虫型監視ゴーレムを設置し始めてから一月ほど経った頃、センサーの一つが反応しました。

 要注意の赤みの強い橙色を示す脅威度3を示しています。


 センサーではなかなか仕分けがしにくくて、一応脅威度を五段階に分けています。

 例えば盗賊などは脅威度レベル1ですね。


 脅威度レベル2は、魔物や魔獣の類です。

 いずれも場所によっては何ら支障がありませんけれど、人家が近い場合は要注意でしょうか。


 脅威度レベル3は、魔物で言えばキングクラスやキメラクラス、若しくは大きな魔力を保有する魔人の類です。

 但し、この脅威度レベル3の場合は、未だ危険度が高いとは言えません。


 脅威度レベル4は、脅威度レベル3の存在が、周囲に敵愾心てきがいしんを抱いているとき、簡単に言えば大いなる殺意を抱いているときなどで、早急な対応が必要になります。

 脅威度レベル5は、多分ドラゴンレベルの大魔獣か、魔人でも特に魔力量の多い者が殺意を抱いているときに当たります。


 対応が可能であれば対応しますけれど・・・・。

 正直なところあまり自信はありませんね。


 私の能力は、ドラゴンなんかも含めた生き物の平均値ですから、ドラゴンよりも弱い筈なんです。

 但し、私の場合は、全ての能力が平均値になっているわけで、ドラゴンの天敵となるような存在の能力を持ち合わせていれば、あるいは倒せるかもと言ったところでしょうか。


 私は、根は事なかれ主義ですからね。

 危ないところにはできるだけ首を突っ込みたくないわけですよ。


 でも、大勢の人が死傷したりするなら助けに行きますし、可能ならば未然に防ぎたいとも思う訳ですよ。

 何だかとっても理屈に合わない性癖みたいなものですが、これも私の負うべきごうなのでしょうかねぇ。


 いずれにせよせっかく設置したセンサーに反応したのですから確認に参ります。

 センサーは東西南北にほぼ並んでいますので、我が家を中心に南4西3の様にセンサーを特定できます。


 今回の場合、一番南西端に当たる南18西18のセンサーが反応しました。

 我が家からすると南西方69ムロ(約117㎞)にあるセンサーで、しかもそのセンサーから西に2ムロの索敵範囲ギリギリぐらいの位置ですね。


 この段階では、脅威度はさほど高くはないと思われるのですけれど、念のために確認に行きます。

 ところが私が当該センサー付近に転移した途端に、脅威対象の存在がふっつりと消えました。


 仕方がないので、前倒しで当該センサーを起点とした西側6ブロックに監視ゴーレムを設置して様子を見ることにしました。

 ところが、その翌日にまた同じ個所で反応があったのです。


 で、私が跳ぶと、前回と同様に反応が消えるのです。

 あぁ、これは確実に転移能力がある者だろうし、私の転移を察知して回避しているようですね。


 魔人の可能性がとても高いのですけれど、出現地点は山間部であって、最寄りの集落まではかなりの距離があります。

 もしかしてまた秘密基地?


 それとも陽動作戦なのかしらねぇ?

 何れにしろ出現地点を中心に監視ゴーレムを密に配置しました。


 40レム(約70m)に一つ程度の設置で、25個を配置しました。

 カメラは、前回出現地点に向けています。


 そうして、翌日にまた反応がありました。

 今回は、カメラ二つに映像が取れました。


 一番近いゴーレムで30mぐらいの距離でしょうか。

 明確に額に角が見える画像から、魔人と推測できました。


 一応、私が前回跳んだ同じ場所に転移すると、やはり即座に転移します。

 転移した方向や位置が分かると良いのですけれど、出現してからでないと位置がわからないのでセンサーの範囲外に跳ばれると追いかけることはできません。


 今回は、私が転移してから、魔人が転移するまでのタイムラグを計ることができました。

 タイムラグは、およそ0.7秒でした。


 短いことは短いのですけれど、この0.7秒でできることもあります。

 転移して直後に結界で相手の動きを封じることです。


 そのためには直近に転移する必要があります。

 今の段階では、同じ場所に出現すると仮定したなら、直近のゴーレムの周辺に跳ぶのが一番ベストと思われます。

 但し、向こうも馬鹿ではないでしょうから相応の準備をしていると考えねばなりません。


 私が転移すると同時に攻撃を受ける可能性もあるのです。

 おそらくは、魔人とその他のヒト族とは相いれない存在かとも思いますけれど、私は平和ボケした日本からやってきましたからね。


 できれば戦いは避けたいのです。

 そんなわけで、もう少しこの追いかけっこを続けました。


 その上で監視ゴーレムの設置場所を徐々に増やしてゆきます。

 彼もしくは彼らの拠点が西にあるとは限りませんから、とにかく順番に範囲を広げて行くだけですね。


 でも何だか不毛な追いかけっこをしているとくたびれてしまいます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る