第76話 ワル その二

 ふとした思い付きで始めた、日中の見廻りですけれど、意外と時間が取れないのですよね。

 私の日々の予定が結構詰まっていますからね。


 合間と言うと、かなり短い時間しか取れないのです。

 それでも弟子の修練の合間に30分前後の時間を使って、あちらこちらの町を順番に回っているんです。


 不可視の状態で目的地の上空に出現し、そこからセンサーで下界を確認するんです。

 お陰様で、私の脳内センサーで捉える色合いで、犯罪者の凶悪さの程度が概ね判別できるようになりました。


 最初は、よくわからずに橙色に染まった色合いの人物全てに鑑定をかけていました。

 鑑定も万能じゃありませんから、小さな嘘も大きな詐欺のような嘘も、嘘つきと判定してしまうのです。


 嘘はあまり良くは無いですけれど、純真な子供だって何気なく嘘はついてしまいますよね。

 ですからその嘘の程度を確認するには、闇魔法を行使して疑いのある人物の内面にまで入り込まないといけないのです。


 ところが、この闇魔法で確認する作業は時間を必要とするんです。

 一人についておよそ10分程度でしょうか。


 従って、30分程度で確認できるのは多くて三人どまりなんです。

 それでも1日に3回、朝、昼、夕刻前の三回でおよそ1時間半で7人から9人のサンプルを確認し続け、およそ半月、延べ日数で12日程も検証をしていると、センサーの中で表示される色合いでおおよその悪さの程度が判断できるようになりました。


 同じオレンジ(橙?)でも、10段階に分けて、7から10段階のオレンジが要注意と分かったのです。

 オレンジがより赤みがかっている色は確実に犯罪者の範疇に入りますけれど、その全てに私が対応していると時間が足りません。


 ですからオレンジ色を十段階に分けて、7段階目から10段階目のオレンジ色とより赤みがかった色の人物については、内容を確認した上で対応を決めています。

 一番のワルについては、即死刑にしようと思いましたが、私は元医者ですから流石に即座の実行は思いとどまりました。


 でも正直なところ、本当のワルについては、今すぐにでも殺したいと思うまでの怒りを覚えます。

 別に私が神様になったわけではありませんけれど、当該人物が生きていることにより周囲に害悪をまき散らす存在であれば、このまま放置はできません。


 その人物に愛する家族が居ようが居まいが関係ありません。

 その人物の所為で幾多の者が最終的に悲惨な死を迎え、その家族が路頭に迷っているのです。


 冷徹に私なりの方法で処罰のための段階を踏みます。

 第一段階では、証拠を集め、官憲というか役人にそれを匿名で提供します。


 第二段階で、仮に役人が動かないようであれば、その上部機関に証拠を提示します。

 この第二段階発動までの時間は半月を見込んでおり、第二段階を発動してなお半月でも取り締まり側に動きが無い場合は、最終段階実行の判断を下します。


 私としてはやりたくない手法ですが、私刑による死を与えます。

 それは、処罰対象者の脳へ流れる血液中の酸素を奪って、脳死させる方法です。


 この施術を受けた者は、僅かに三秒と持たずに痛みも感じずに意識を失い、そのまま五分ほどで死に至ることになります。

 三分以内に酸素を戻してやれば、障害も無く蘇生しますけれど、一旦私刑を決めると後戻りはしません。


 私は、どちらかと言うと無神論者でしたけれど、神様の存在を知ってしまいましたので、無神論者では居られません。

 でも神様も決して全能ではないようです。


 そうでなければ下界に住む人々に無用の苦難を与えたりはしないはずですよね。

 それが神様の気まぐれやタダの悪戯であるなら、神様そのものの人格?、いえ神格を疑わざるを得ないですよね。


 おそらくは、下界に対してさほどの干渉ができないところが神様の限界か力量不足なのだと思いますよ。

 私が神様を批判しても良いのかどうかわかりませんが、こうしたワルを私刑と言う形で命を奪うやり方が拙ければきっと私に天罰か神罰が下るのでしょう。


 あるいは五百年ほど先の私の死に際しては、私の魂が地獄に落とされて罰を受けるのかも知れませんが、それでもかまいません。

 私は自分の信念に従ってワルを裁くことにします。


 迷う場面があるとすれば、いずれも正義と思って成すことが、人によっては悪と見做される事案でしょうか。

 例えばいさかいです。


 典型的な例は国同士の諍いでしょうか?

 その小規模なものは、貴族同士の諍いや商人同士の諍いなどもあります。


 互いに小さなジャブ程度を繰り出しているうちは良いのですが、それが本気でぶつかり合いだすと、どちらが悪とも言えない諍いに発展し、場合により多くの命が奪われるのです。

 国のメンツや貴族のメンツを損なうことが、そうした諍いの代表的なきっかけになるのでしょうね。


「そんなものどうでもよいじゃないか?」と思うのは庶民の考え、彼ら為政者や貴族にとっては自らの権威の存亡にかかわる大事なのでしょう。

 それで迷惑するのは庶民なのですから、私の活動の拠り所は、最大多数の最大幸福に焦点を当てます。


 一応、には相応の敬意を払いますけれど、そんなしがらみは、必要に応じて、いつでも切り離すことができるんです。

 ある意味で力づくで乗り切ってしまう方法なので、独裁者の行動原理に近いかもしれませんね。


 少なくとも、私の感性から見ておかしいと思える強者に抗せずして従うよりは、まだましだろうと思っています。

 魔人については、よくわかりませんが、今のところ人若しくは亜人社会に対する大いなる脅威になっていますね。


 もしかすると、彼らにとって私達ヒト族は、人間の身体に害をなす病原体やウィルスの様に思われているかもしれません。

 私は元医者ですから、人の身体に害をなす病原体やウィルスは無条件で敵とみなし殲滅をしてきました。


 養鶏場で鳥インフルエンザが発生すると、環境保護団体や動物愛護団体が何と言おうと何十万羽の鶏が殺処分になりました。

 元々、卵や鶏肉を得るために造られた施設ですから、殺処分に対して左程の嫌悪感は無いと思いますけれど、これが動物園で人気者になっている飼育動物や自分の買っているペットならどうでしょうか?


 前世で私の生まれる前の話ですけれど、空襲が日本本土に及んできたころ、国からの命令により動物園で飼育されていた猛獣が全て殺処分されたという話が有ります。

 これは空襲により檻が破壊された場合、猛獣が逃げ出して住民に被害を与えることを心配した国が決めた事なのです。


 飼育員の人たちは涙を流しながら、ライオンや象などに毒餌を与え、あるいは毒を注射したそうです。

 仮に、我が子に毒を注射することを強制されるような羽目になったなら、私は自分の腕に注射をしてでも拒否するでしょうね。


 それでは物事が変わらないと知ってはいても、できる限りの反抗を試みることになるでしょう。

 またまた、余計なお話しをしてしまいましたが、「最大多数の最大幸福」と言うのは言葉に出すのは簡単ですけれど、実行はかなり難しいんですよ。


 それでも自分なりの基準で物事を決めて行くしかありません。

 残念ながらこの件で相談できる人はいないんです。


 リリーは、情報源としてはものすごく役立ってくれますから、パソコンのヘルプ機能に近いですけれど、最終判断はしてくれませんし、前世の私の晩年に流行ったAIの様に質問者の意向に沿った最適な選択肢を多数挙げるようなこともできない場合があります。

 いずれにせよ、最終決定は、私自身が行わなければなりません。


 一例をあげておきましょう。

 王国の南のはずれ、ラグレシア辺境伯の領都プロリアルで、暗躍していた奴隷商人ブレクドールとその仲間となっていた組織を壊滅させるための動きを開始したのは日中における見回りを始めてから1か月余りが経ったころでした。


 エルメリアの場合と同様に、隣国等で人攫ひとさらいを行い、プロリアルで犯罪奴隷化して、他国の奴隷商人に売りさばいていた連中です。


 当然のことながら辺境伯の役人の中に悪事を働く者がいないとできない犯罪なのです。

 また、今回の場合は、他国でかどわかした者を、ラムアール王国へ密輸しています。


 たまたま国境付近の山中で奴隷拘束の首輪をつけた者達を輸送中であったところを見つけ、これを手繰たぐって奴隷商人と関与した人物及び組織を見つけました。

 今回も前回と同様に、官憲に通報することで第一段階を任せましたけれど、実のところ官憲の対応が遅いんですよね。


 ですから第二段階を発動して、証拠資料の写しを全部辺境伯の寝所に放り込み、それと同時に、国外で関わった犯罪組織の者全てを私刑に処しました。

 これらの犯罪者は、ラムアール国内法では裁けないからです。


 このため、国外で百名近くの犯罪者が一斉に死にました。

 一方ラムアール国内では、辺境伯が自ら動いて、悪徳奴隷商人を摘発し、同時に腐敗役人を一掃しました。


 但し、犯罪奴隷に落とされた者の救済については、辺境伯領だけでは収拾がつかず、王宮にまで報告の上、善後策が検討され、違法な手段で犯罪奴隷に落とされた者達への救済処置を始めたようです。

 因みに、サルザーク侯爵領にも余波が及びましたよ。


 奴隷商人から購入した犯罪奴隷が、領都やカボックにも少なからず存在していたので、万が一にも遺漏が無いように犯罪奴隷とされた者のその後を調査したようですね。

 幸いにして領都やカボックに居た犯罪奴隷は、(エルメリアを除き)違法奴隷では無かったようですけれど、お役人がその確認のために駆けずり回っていましたね。


 エルメリアについては未だに私のところに辿り着いていないようですが、外国の話ですので取り敢えずは放置です。

 既に奴隷紋も消えていますから、特段の支障はありませんしね。


 今回のプロリアルに関わる一件については、当然のことながら、私は一切の口をつぐんでいます。

 先日、三ヶ月に一度の実績報告のためにサルザーク侯爵邸を訪れた際に、エマ夫人がけるような視線で私を見ていましたので、私の関与が疑われているのは間違いありません。


 でも一切知らん振りです。

 問い詰められても徹底してシラを切ります。


 その犯罪が発覚した時刻や国外での関係者が死亡した時刻頃には、私は工房に居たことになっています。

 そのことは私の弟子や、魔法師の研修生あるいはメイドたちが揃って証言してくれます。


 公爵であれ王家であれ、私を追い詰められる力はありませんからね。

 あら、私って、もしかしてかなりワルで傲慢になっているのかしらね?

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