第75話 ワル その一
ディモナは、ラムアール王国の北西部にあり、隣国ジーナ公国とフェルブ地峡を挟んで国境を接する街なのです。
領主は、国内でも旧家として名高いヴァルナンド伯爵ですが、領都は地峡から離れたソーブレルにあり、ディモナは国境守備隊や交易所の置かれている街になるのです。
隣国のジーナ公国は海に接しており、海の無いラムアール王国にとって、ディモナは、塩や海産物を輸入する大事な交易地となっているのです。
商売上の利権があるところには必ず商人が群がり、そうした中にはどうしても闇が混在してしまうのが、まぁ、人間社会の常なのでしょうねぇ。
通常の人ならば当然に寝ている時間(丑三つ時?)なのに、活動する者達が居ました。
そうして
夜中だとて、夜なべをしてまっとうな仕事をしている者がいないわけではありません。
でも、その者達は明らかなワルでした。
私のセンサーで赤に近い橙色の点は、特定の人に危害を加える意図を持つ者の存在です。
これが鮮紅色に近い赤ですと、私若しくは不特定多数の者に危害を与える存在になります。
同じ危害の意図でも、殺意の無い単なる暴行程度の場合は、黄色に近い橙色になるはずなんです。
勿論、徒党を組んで深夜に他人の屋敷に踏み込み、家人を殺害しようとする者達が、正義の者とは到底思えませんよね。
変身に際しては少しくたびれた中年男にしようかとも思いましたが、今回は明らかに力づくで封じ込める必要もあり、場合によっては物理的に鎮圧する必要があるので、今回は、米国滞在中に知り合いになったマッチョなキーズ・ドレイクの姿を借りることにしました。
当時、彼は、私や正樹と同じ年齢のインターンでしたから、年齢は二十代後半で、先祖にフランス人の血を持つカナダ人でした。
どちらかと言うとガタイの大きなキン肉マンだった彼ですが、中身は中々繊細で優秀な脳外科医でしたよ。
ところで変身は問題なくできるのですけれど、身長や体形が変わるとどうしても身体の大きさや動きに慣れるまでは、それなりの時間が必要なのがちょっと問題なのです。
ですので、変身して地上に降り立ってから少し走り込みをしながら、身体の各部を動かして体を慣らしました。
襲撃されかかっている邸の庭に飛び込むと、賊は7人ですけれど、敷地の一角で見張りを兼ねて茂みの陰にうずくまっている者が一人。
この男には、出会い頭に、後頸部へ手刀をかませました。
声も無くぶっ倒れた男をしり目に、屋敷内に侵入している男たちに突撃です。
ホールなのか居間なのか、結構な広さのある部屋に入って、暗いとは言いながら
私の格好は、上下を黒い長袖Tシャツとタイツ風のジャージのような衣装を
はっきり言って、普通の人から見たら私も不審者に見えるでしょうね。
見てくれはどうでも良いのですが、手近に居た二人目を手刀で倒したら、流石に他の五人が気づいて一斉に襲い掛かってきました。
この連中は、室内で振り回しやすいようにショートソードを抜き身で持っていました。
私の方は、アダマンタイト製の伸縮特殊警棒を一応インベントリに準備してはいます。
先日、拠点登録のために訪れた町の廃坑の地下にたまたまアダマンタイトの鉱床があったので、行ったついでにそこから抽出しておいたアダマンタイトを使って、私が作り上げたものです。
前世で警備員とかお巡りさんが持っていた特殊警棒を真似したものですが、材料が材料ですので少し重たいのかな?
全長で48センチほどなのですけれど、重さが5キロもあるんです。
アダマンタイトは非常に丈夫な金属ですから、この警棒で剣や槍と打ち合うと絶対に相手の武器が破壊されます。
特にこの特殊警棒を私の全力で振り回した場合、人の手足に当たれば、その手足なんかが簡単にちぎれることになるでしょうね。
だから、使う場合には絶対に手加減が必要なんです。
一応、暇のある時に
そうしてここに侵入している連中は、いずれも素手の私で対応できそうなんです。
ですから無駄に死人は造りません。
私が邸の敷地に飛び込んでから10秒前後で男たちは全員が床に伸びていました。
多少の怪我をしている者もいるようですが、命には別条がなさそうなのでそのまま放置ですね。
親切に賊の手当てをしてあげるほど、私はお人よしでも聖人でもありません
二階で寝ていた家人が物音で起きたようですけれど、闇魔法を行使してもう少し寝てもらうことにしました。
その間にこの7人の盗賊?刺客?の背後関係を調べます。
7人全員に闇魔法を掛けて、精神を支配しつつ、事情を聴いていくのです。
一人目でこのチームのボスを聞き出し、二人目のボスで概略を知ることができました。
この屋敷の主は、ハーマン・グランディスというディモナでも有数の商人であり、隣国との交易においても中心的存在のようです。
ところがその名声と財産を妬んだ者が居ました。
ディモナの商人で、ロベルト・ファロットと言う男です。
彼のファロット商会は、ディモナでは古参ではありますけれど、クランディス商会の後塵を拝し、トップになれない商家なのです。
手段を選ばない手法が周辺の商家に嫌われているのが主な原因ですけれど、それでもディモナで二番目の商会を維持してはいるので、商才はあるのでしょうね。
目の上の
リーダーらしき男から裏事情を聞き、他の残った5人からも闇魔法で事情聴取はしましたけれど、手下は詳細を知らされてはおらず、リーダーの情報を裏付けるだけの証言しか得られませんでした。
いずれにせよ刺客の7人をインベントリに入っていた索で縛り上げ、闇魔法で寝ていた家人を起こして、事情を説明しました。
当主のハーマンさんは、私の怪しげな風体に驚いてはいましたけれど、何とか話を聴いて理解したようです。
私は黒づくめの衣装であり、なおかつ覆面のような目出し帽をかぶっていて怪しさ満点ですけれど、特殊警棒はインベントリの中に収めていますので、無腰だったのが効いているかもしれません。
それに反して、族の7人はいずれも抜き身のショートソードを所持していましたから、賊はやっぱり7人の人物と思ってくれたのでしょう。
私が聞き出した裏事情については敢えて話さずに、邸に刃物を持って侵入していた賊を倒しただけとだけしか説明していませんが、ディモナの警備隊若しくは騎士団に通報すれば、彼らが必要な事情聴取をするでしょう。
因みに7人の賊には闇魔法をかけていますから、官憲から聞かれれば素直に吐くはずなんです。
取り敢えず、私は『正義の味方キーズ』とだけ名乗っておきました。
あ、私はその場に残らずさっさと姿をくらませましたよ。
警備隊などの人に捕まれば、絶対に事情聴取が長引きますからね、逃げるに如かずなわけです。
念のためスパイ・インセクトをリーダーの周囲に放っておきました。
明日の丑三つ時には、もう一度ディモナを訪れてその後の状況を確認するつもりでいます。
◇◇◇◇
再びやってきましたディモナですが、少し予想に反したことが起きていました。
警備隊の牢獄の中で、賊ども全員が毒殺されていたのです。
その経緯を放っておいたスパイインセクトが確認しており、その情景を再生確認することで事情が分かりました。
警備隊の中に裏切りを働く者が居て、その者が実は事情聴取の責任者でした。
彼は夜半の事情聴取にもかかわらず、一通りの事情を聴いてから牢獄に7人をぶち込んだわけですけれど、その際に朝食代わりの軽食を渡して、全員の毒殺を実行したのです。
牢番も居ましたけれど彼もその責任者の仲間でした。
遅効性の毒で食べてから30分ほどで効果を表し、7人全員が死んだわけです。
警備隊の裏切り者は、副隊長をしているレグマンと言う男で、ロベルト・ファロットとは鼻薬を効かされて従来から懇意にしており、リーダーからロベルトの名が出た途端、金になると踏んで賊7人を殺害したわけです。
警備隊の牢獄の中で毒死したにしても自殺と言うくくりで片づけてしまうつもりでした。
勿論、事情聴取の内容は一切残していません。
従って、夜陰に乗じて商人の屋敷に押し込み強盗で侵入した7人が何者かの手により捕縛され、牢獄の中で自殺したということにしていたのです。
その後私の方で少し調べると、レグマンは、その日夕刻には、ファロット邸を訪問し、口封じをした礼金を受け取っていました。
レグマンもワルですね。
仕方がないので「正義の味方キーズ」の出番です。
ファロット邸の秘密の金庫にあったロベルトの悪事を示す様々な証拠を入手し、同時にレグマンとの結びつきを示す証拠もレグマンの家から入手しました。
それらすべてを「正義の味方キーズ」署名の告発状と共に警備隊隊長の家に放り込んでおきました。
もし、これで警備隊長も罪を隠そうとするなら、仕方がないから首狩り魔の登場になる手はずでした。
でも幸いなことに警備隊長は、正義の執行官だったようで、すぐにレグマンを捕縛、同時にロベルトも捕縛して証拠に残された犯罪を追及し始めたのです。
そこまで確認して、キーズの出番は終わりました。
後は、警備隊の仕事ですものね。
この一件で、色々なところに犯罪者が潜んでいることが改めて浮き彫りになりました。
しかしながら、私が動ける丑三つ時の時間だけではなく、他の時間帯でも善良な人々に災いがもたらされているかもしれません。
私はそれほどお節介な性分では無かったはずなのですけれど、気になると何とかしたくなるのは昔からですね。
そんな訳で、あちらこちらに転移先の拠点が確保できたので、暇がある折には日中でも密かに嗅ぎまわってみましょうか。
他の魔人の動きがあれば早めに見つけることもできますし、何か犯罪などが発見できれば「正義の味方、XX」を登場させるつもりです。
でも正直なところ左程の暇は無いんですよねぇ。
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