第74話 打ち明け話 その二

そこで少し息を継いでから、私は再度話し始めました。


「魔人の出現は概ね百五十年ぶりの話だとか、・・・。

 ですので、いたずらに魔人の出現をほのめかすことで多くの人を怖がらせるのも良くないことから、今のところはこの国でもトップシークレットになっています。

 そうして、その後、このサルザーク侯爵領の中でも最も辺境にあるボランディアで、キメラが発見され、冒険者の手によって討伐されました。

 キメラは過去に出現したこともありますから、その出現自体は左程不思議なことではありません。

 しかしながら、討伐されたキメラ以外にも別のキメラを見たという証言があり、これまで同時期にしかも同一の地域に複数のキメラが出現した事例は、少なくとも冒険者ギルドの記録には無い話なのだそうですよ。

 ですから、この異常事態に対処するために、サルザーク侯爵が討伐隊を組んで現地に向かわれたほどなのです。

 侯爵の動きとは別に、別ルートからキメラの情報を得たものですから、私も夜中にそのボランディアに赴き様子を窺ってみると、ボランディアの近傍で四方向にキメラが存在することが確認できました。

 放置するとボランディアの町をこのキメラ四体が襲撃する恐れもありました。

 特に、ボランディアの町に居た冒険者達は先に出現したキメラの討伐戦で半数以上が怪我を負っているために、再度、間を置かずに襲われると対応ができなかったのです。

 このカボックの冒険者ギルドにさえ応援要請が来ていましたから、仮にキメラが動き出せば対応できる者が居なかったのは間違いないでしょう。

 止むを得ませんので、緊急事態と判断し、私がキメラ四体を退治しました。

 そうして退治し終わってカボックに戻ろうとしたその時に、私の背後に異様な気配が出現したのを察知したのです。

 私が注意深く振り返り、ほんのわずかの間ながら、我が目で確認したその気配の主は、額に大きな角を持つ魔人でした。

 たまたま私が気配を断った状態でいましたので、幸いにして相手は私の存在に気付かなかったようです。

 監視していると、その魔人は転移魔法でキメラが居たはずの場所に次々と移動し、最後の四か所目から私の探知できる範囲を超えて転移していったために見失いました。

 魔人は転移の魔法が使えますので、私の探知範囲外に転移されると気配を追えないのです。

 私が対応する暇もなく転移して行きましたから、その先がどこであるのかはわかりません。

 しかしながら正確にキメラが居た個所にその魔人が出現したことから考えて、先の流行病と同様に、キメラの出現にはこの魔人が関わっているものと推測できたのです。

 翌日、私はキメラ四体の討伐を行ったことをサルザーク侯爵に報告し、更に翌々日には王宮へ行き、国王陛下と宰相閣下にも事の次第を報告しておきました。

 魔人の対策について、宰相閣下からもご下問がありましたけれど、正直に言って転移魔法が使える者に根本的な対策は難しいですね。

 王宮にかけられているような侵入防止のための結界が各地に張り巡らせればあるいは侵入を防げるかもしれませんが、少なくとも王国の全ての町や村に王宮と同定の結界を張るなどは技術的にも財政的にも不可能でしょう。

 魔人を討伐したことのある私でも彼らの動きを捕捉することは至難の業です。

 まして魔人が手段を択ばずテロルに走ったら、私の力でも防ぐのは無理です。

 仮にすぐ近くに現れて、私がその気配を察知できたにしても、捕捉するために動けば相手に気取られるやもしれません。

 また、そうした迎撃の危険性に配慮して、転移した先で即座に攻撃魔法を繰り出して周囲を破壊し、次の瞬間に別の場所に移動するような方策を取られたら、私では追い切れません。

 ですから本音ベースの話で、国王陛下と宰相閣下には魔人に対抗するのは非常に難しいと説明いたしました。

 そうして私が夜中に出歩いていたのは、可能な即応体制をとるために国内各地に拠点を造るためでした。

 私の転移魔法はどこへでも飛んで行けるものじゃないのです。

 私が以前に行ったことのある場所で、実際にそこを頭の中で覚えていないと行けないものなんです。

 ですから国内の町や村に、少なくとも一か所は、登録地点を造るように毎夜皆さんが寝静まってから出かけていました。

 それがエルメリアに見つかってしまったという訳ね。」


「後、もう一つお話しておきましょう。

 実は国内各地の拠点を登録する作業中に、偶然にもキメラに関わった魔人を見つけました。

 彼の名前はわからないまま不意を突いて討伐しました。

 地下に設けた秘密の基地で彼はキメラを生み出す実験をしていたのです。

 二体の魔物を合成したキメラが十体も檻に入っていて、どうやら、なおももう一体の魔物をそのキメラに合成する方法を探し求めている最中のようでしたね。

 つまりは三種の魔物を合成したキメラを生み出すことを目指していたようです。

 あるいは魔物二体のキメラでは討伐されてしまうと考え、更にキメラを強化する方策を検討していたのかもしれませんね。

 何れにしろ、この魔人に逃げられると困りますから即討伐をしました。

 残されたキメラや魔物も焼却処分にして、出入り口の無い洞窟のような基地については物理的に潰しておきました。

 結果として私が二体の魔人の討伐に関わりましたが、そのいずれも公式に討伐を成したのは私とはなっていません。

 変身魔法を使って、モリエルコの疫病で出会った際は、マサキと言う中年女性を演じていましたし、ボランディアでキメラを倒したのはキヨと言う中年女性です。

 そうしてキメラを造っていた名も知らぬ魔人を倒したのも一応キヨですね。

 今後も魔人がこの王国内に出現する恐れが有り得ますけれど、その際には別の者に化けて対応することもあるかも知れません。

 あなた方から漏れることは無いと思いますけれど、誰かに『魔人を倒したのはお前か?』と尋ねられても私は否定します。

 その件については、国王陛下と宰相閣下のご了承も得ていますのでね。

 これで私からの説明は終わりです。」


 ビアンカが恐る恐る尋ねた。


「あの、魔人の話はおとぎ話に出て来るものですけれど、万が一出会ったなら死を覚悟せねばならないほどの災厄だそうです。

 王宮魔法師団でも、入団してすぐの研修で、非常に確率は低いことながら仮に魔人に出会ったならば、逃げて情報を魔法師団に届けることを最優先にしなければならないと教えられました。

 王宮魔法師団でもまともに敵対すれば師団が全滅することもあり得るだろうと言われているんです。

 師匠は本当に二体もの魔人を倒したんですよね?」


「ええ、討伐して魔人の魔石二個を得たので、王家に渡しています。

 もしかすると、いつかその魔石が見せてもらえるかもしれませんね。

 国王陛下曰く、王宮に保管してあるドラゴンの魔石よりも小さいのだそうですが、魔石からはどれと同程度の強大な魔力を感ずるそうですよ。

 確かに魔人の魔力保有量はかなり大きなものです。

 エルトリアも保有量は大きいのですけれど、魔人の方が数倍勝るでしょうね。

 魔法師団で教える通り、もし魔法師のあなた方が偶然にでも出会ったなら、できるだけ戦わずに逃げた方が良いでしょう。

 戦えばあなた方の実力では必ず負けます。

 そうね・・・、成体のドラゴンを一人で討伐できる者が数名でかかっても負けるかもしれません。」


「お師匠は、その魔人に勝ったのですから、魔人よりも上なんですよね?」


「さてどうなんでしょうね。

 二回ともに彼らが本気を出す前に速攻で片づけただけで、もし彼らが本気を出していたなら私が死んでいたかもしれません。」



 侯爵領軍の魔法師クルドが尋ねた。


「あの、因みにどんな風に倒したのでしょうか?

 差し支え無くば、教えていただけませんか?」


「次の場合にも通じるかどうかはわからないけれど、二体の魔人の討伐は同じ方法ですよ。

 魔人の身体をすっぽり覆う結界で封じ込め、内部を加熱したの。

 炎というものは普通赤みを帯びているわよね。

 でも温度が高くなると徐々に白くなり、さらに高い温度になると青みを増すの。

 水が沸騰するのが概ね100度として、その100倍、つまり金属も瞬時にける1万度以上の温度に結界内部を加熱して討伐したのよ。

 この温度の炎を出したり、加熱したりすることのできる魔法師は、おそらく王宮魔法師団には居ないと思います。

 また、結界もその温度を封じ込められるほどの強度が無ければだめですから、あなた方や同僚の魔法師にお勧めできる方法じゃないわね。」


 今度は侯爵領軍のアランが質問をした。


「今、我々が習っているアイスランスや剣山などの魔法で魔人を傷つけることはできますか?」


「ウーン、多分無理かな?

 私が発動する場合でも込める魔力を百倍ほども引き上げてやらなければ、多分、魔人の産み出す防御のための結界に弾かれます。

 無駄な攻撃をしていると、向こうがこちらの隙をついてくるでしょうから、最初から最大火力で攻撃するのが一番なのです。」


 モールが独り言のように言った。


「ウーン、やっぱり歯が立ちそうにないぜ。

 もし魔人に出遭えば、逃げまくるのみと言うことなんだね。」


「そうね、今のところはそれが一番良い方法と思うわよ。」


 こうしてお昼休みに教え子たちと魔人談義をしてから、午後の実技訓練を続け、いつも通り夕刻にはカボックの我が家に戻りました。


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