第73話 打ち明け話 その一

 いつもの日常が始まりました。

 今日は魔法師連中の実地訓練の日です。


 毎度のことながらエルメリアが馬無馬車を運転して訓練場所に向かいます。

 あぁ、そうそう、馬無馬車と言うのも何ですから「ヴァーゲン」と言う名前にしましたよ。


 今のところ、他には無い唯一の車なんですから名前を付けても良いでしょう。

 因みにエルフの古い言葉で「馬車」と言う意味合いがあるそうです。


 元々エルフは森の民ですからね、彼らの古い生活圏では馬車は使いませんでした。

 ですからヒト族などの馬車を見て、馬の背後の車輪のついた筐体きょうたいをヴァーゲンと呼んだそうです。


 エルフには生きている馬とそれが曳いている荷車は別物と捉えたようですね。

 そうして、エルフから分かれたダークエルフにもこの言葉は残っていて、彼女が独り言のようにヴァーゲンと呟いたので、私は思わず前世のフォル〇クスワーゲンを思い出してしまいました。


 それ以来、仲間内(私と私の家の同居人)ではこの車は「ヴァーゲン」と言う愛称なんです。

 前にも申し上げたように、このヴァーゲンをまともに走らせることのできる者は、私とエルメリアだけなんです。


 魔法師の研修生も時折チャレンジしていますが、精々数キロ走れば魔力が枯渇します。

 こんな魔力をやたら食うヴァーゲンですからどこにも提供できません。


 一度、侯爵から王家に奉納してはどうかと言う話が有ったのですけれど、使えない代物を王宮の倉庫や宝物庫に置いておくだけというのも意味がありませんよね。

 ですから丁重にお断りしています。


 いずれにせよ、訓練場所まではヴァーゲンでなら半時ほどの距離です。

 エルメリアの使う魔法は精霊魔法と言う特殊なもので、研修生達に使えるようなものではありません、


 リリー曰く、精霊にお願いして発動する魔法であり、エルフが精霊魔法を発動する際には自らの魔力を貢物みつぎものにして、結果のイメージを想像し、精霊に任せるだけのことのようです。

 精霊は発動者が提供する魔力と周辺の魔素を集めて魔法を発動しますので、普通の人が単独で発動するよりは強力な効果が発生します。


 従って、効率的ではありますけれど、同じ場所での連発は効きません。

 周辺の魔素が一時的に少なくなるために、数秒から十数秒程度のタイムラグが生じるんですね。


 その点が欠点ではありますけれど、逆に移動しながらの場合は、そのタイムラグが短縮されるために、エルフは好んで高速で移動しながら魔法を発動することが多いのだそうです。

 このために森などの遮蔽物が多い場所では、エルフ達がかなり有利になるようですね。


 尤も、エルメリアぐらいの練達者になると、精霊を使わずに魔力だけで発動する術も心得ており、例えば特定方向に魔力を放出するような術は、それだけで魔物をも殺せるほどの威力があります。

 何というか「エアバレット」に近いのかもしれません。


 この時に飛んでゆくのは空気の塊ではなく魔力の塊です。

 通常の目には見えないのは風属性魔法と同じですけれど、この術は普通の属性魔法では防ぎにくい攻撃なのです。


 風、水、土などの属性魔法でシールドを生じさせて物理攻撃を防ぐ方法がありますけれど、この魔力の塊のたまは魔素や魔力との親和性が高く、余程強力なものでなければ透過してしまうのです。

 そのことを知らない魔法師にとっては、きっと不意打ちになるでしょうね。


 この為、エルメリアにはこの魔力を放出する無属性魔法の発動を研修生達に教えてもらっています。

 無属性魔法は、魔法師であれば誰でもが扱え、主として身体強化などに使っています。

 

 一方で、魔力弾のような使い方が知られていなかったために、これまでは単に身体強化や魔力錬成に役立つものと理解されていたようです。

 自らの属性魔法以外にも攻撃手段があると知っただけでも、研修生達がここに来た甲斐は有ったと言えますよね。


 そんなわけで今日は、半分に分けて訓練です。

 二人はエルメリアに付いて魔力弾の発動練習を、残りの二人は私に付いて属性魔法の発動練習です。


 四人ともに私の元に来た頃に比べるとかなり魔力量が上がりました。

 来た当座は、魔力のコントロールが下手なうえ、魔力そのものが少ないために訓練も休み休みしなければなりませんでしたけれど、今は、左程の休憩を取らなくても魔法の発動ができるぐらいまでに魔力量が増えたようですね。


 そうして的になる岩のへたり方が速いんです。

 暖簾のれんに腕押しでは反応が無いので気が削がれますけれど、目の前で成果が見えるとやっぱりやる気が出るみたいです。


 その分、上達の速度が少しだけ上がりました。

 とは言いながら、今でもMPポーションは欠かせないようですね。


 お昼は、食事と少し長い休憩です。

 マルバレータさんが造ってくれたお弁当を広げてみんなで昼食です。


 そのために岩でできたベンチとテーブルが現地には設置してあります。

 私が造ったものですけれど、誰も居ない時にこれを見た旅人はどう思うのでしょうね。


 荒地にポツンと石造りのテーブルとベンチが置いてあり、一度に八人程も座れる大きなものなんです。

 テーブルの天板に使った岩の模様がちょっとサイケデリックな感じのするもので、家の居間においても良いかなと思うぐらいの出来なんです。


 いまはツルツルのピカピカですけれど二十年も放置すれば雨や嵐にさらされ、風化することでこの綺麗な表面もざらざらになり、いずれ悠久の果てには砂になるのでしょう。

 『方丈記』では、


<ゆく河の流れは絶ずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし>


と時の移ろいを現し、また、『平家物語』では、


<祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。>


と同じく無常を表現しています。

 無常と言えば、私も有限と思われた命をつないでこの世界に生きていますが、人に非ざる様な力を有しながらも無力さを感じてしまいます。


 私がどれほど頑張っても、極僅かの人しか助けることができない場合があります。

 前世でも同じでした。


 自画自賛ではありませんけれど私は腕の良い外科医でした。

 でも私が助け得た患者さんは、ほんの一握りなんです。


 阪神淡路大震災でも、また、東日本大震災でも発災後に現地入りしてできるだけの医療活動をしましたが、全ての助けを求める人を救えたわけではないのです。

 できるだけのことは成したつもりですけれど、それは自分のところに運ばれてきた患者さんだけの話です。


 トリアージで除外された人が居たかもしれませんし、技量未熟な医師の元へ運ばれたために亡くなった人がいるかもしれません。

 それよりも医師が居ないところで亡くなった人がとても多かったはずです。


 こんな時に私は無力感を感じました。

 今新たな生を受けて私は生きているわけですけれど、ここでも同じような無力感を味わうことになるのでしょうね。


 そんなことを考えていると向かいに座ったエルメリアが聞いてきました。


「エリカ様、最近は夜にお出かけが多いのですね?

 少しお疲れではありませんか?」


 あらまぁ、エルメリアには気づかれていたようですね。

 気配を殺して転移をしたはずなのですけれど・・・・。


 一緒に座っている四人がぎょっとしたように私の顔を見、そうしてエルメリアの顔を見ます。

 この四人は私の秘密の行動を知らないようですが、変なことを疑われても困りますよね。


「おや、エルメリアには気づかれていましたか、でもどうして気付いたのです?」


「はい、何の気なしに追っていたエリカ様の気配が消えてしまったので気づきました。

 何処に行かれているのかは知りませんがご自愛くださいませ。」


「フーン、この際だから皆にも話しておきましょうか。

 但し、ここで聞いた話は他言無用です。

 例え上司や親族や親友であっても話してはなりません。

 これから私が言う話を知っているのは、国王陛下、宰相様それにサルザーク侯爵などこの国でも極々一部の方たちだけです。

 この話を知っているあなた方同士でも、この話をすることは禁じます。」


 皆に私の警告が染み渡るのを待って、私は話しだしました。


「最近、二件の問題がこの王国内でありました。

 一件は知っている人も居るかもしれませんね。

 モリエルコでの流行病はやりやまいです。

 この流行病で多くの方が亡くなりましたが、私が現地に参りましたけれど、要すれば聖ブランディーヌ修道院の修道女たちの加勢も想定しておりました。

 現地に行き、色々と調べた結果、モリエルコの流行病は人為的に起こされた病気と分かりました。

 ある者がヒトの体に伝染する流行病のモトを造り、それをモリエルコの町にばらまいたのです。

 何とか原因を突き止め、それに対抗できる薬を生み出し、病にかかっていてもまだ生き残っていた人たちを救って、一応流行病の根絶ができたと思います。

 その時点で私の前に怒りを露わにした魔人が現れました。」


 魔人と言う言葉を聞いて、研修生の四人は目を真ん丸にして驚き、エルメリアは顔をしかめました。

 エルメリアを除く4人は、昔話でしか知らないのでしょうが、年齢からすればエルメリアは前回の出現時に生きていたはずです。


 ですから直接に彼らと対峙したことは無くともその噂ぐらいは聞いているはずなのです。

 魔人とは災厄であり、出会ったなら死を覚悟しなければならないという話を過去に伝えた者が間違いなく居たはずであり、そのものは少なくとも魔人を目撃してその後も人に伝えるまでは生きていたのでしょう。


 そうでなければ角が生えている魔人をおとぎ話の題材にはできません。

 目撃者が居り、魔人の脅威を伝えた者がいるからこそ、おとぎ話のように今に伝わっているはずです。


「モリエルコの流行病は魔人が人為的に引き起こした物でした。

 彼は『魔人族のインサファルメラ』と名乗り、自らの実験をぶち壊した私を殺すと息巻いていました。

 私も殺されては堪りませんから彼を退治しました。

 結界で逃げられないようにして彼を火あぶりにして燃やし尽くしました。

 その結果として魔石だけは残りましたので、事の顛末をモリエルコの領主であるエヴァドール伯爵、サルザーク侯爵、それに宰相と国王陛下にも報告してあります。」


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