第72話 魔人―X

 ボルネ郊外の山中の地下にあった人工的な洞窟施設を見つけ、隠形で気配を隠しながら密かに調査中のエリカです。

 洞窟内に簡易の仕切りはあるようですが、ドアみたいなものはありません。

 

 但し、外殻部と枢要部とは完全に壁で仕切られており、出入り口らしきものはありません。

 そもそもこの地下施設は転移魔法を使える者に特化して造られているみたいです。


 ですから転移魔法が使えない者にとっては、感知できないし利用できない施設になるでしょうね。

 おまけに弱いながらも結界が張られていて不審者の侵入を拒んでいます。


 しかも結界は地下の外殻部外周に沿っていますから、索敵に優れた者でも余程接近して注意深く調べないと結界が存在すること自体わからないだろうと思います。

 でもこんなに巧妙に隠して一体何をやっているのでしょうね。


 そもそも辺鄙な領域とは言え、魔人側にとってみれば、ここは敵地同然。

 この先が魔人のテリトリーで彼らの棲み処があるというなら別でしょうけれど、生憎と私のセンサーにここ以外に反応する場所はありませんから、この近くには無いと思うのですが・・・。


 リリーの情報では、確かこの先の山岳の分水嶺が隣国との国境になっていたはずです。

 尤も、踏破できるような道が無いほど峻嶮な山岳地帯なので人が通れるような道はありませんけれど、念のため余裕があれば調査をしておくべきでしょうかねぇ。


 彼らが潜むとすれば、人が近づかない場所や領域に限られているでしょうから・・・。

 さもなければ魔人がよく見かけられる場所として人の噂にもなるはずです。


 でも魔人が出現しだしたのは最近の話だった筈。

 それ以前に見かけられたのは百年以上も昔の話と、モリエルコの領主でエヴァドール伯爵が言っていましたねぇ。


 まぁ、それはともかく、この施設の内部の調査と何が此処で行われているかの確認、そうして叶うことなら魔人の討伐を優先すべきでしょう。

 魔人と出遭ったなら、転移で逃げられないようにこの施設の結界の外に私の結界を張って逃げられないようにしましょうかねぇ。


 その後も忍び足で気配を断ちつつ、内部を調査して行く私です。

 洞窟内に檻が設置してあり、その中にやはりキメラと思われるモンスターが存在しています。


 そうしてなんだか一様に元気がありません。

 活力が無いというか、まるで冬眠しているような感じを受けますね。


 それが9体を数え、少し大きめのホールが隣にあるところまで進出しました。

 そのホールの中で一人の黒衣を着た者が、机の前でなにやら唸っています。


 黒衣を着たものは頭部に二本の角を生やしていますので魔人ですけれど、やはり前回ボランディアで私が見かけた例の魔人に間違いありません。

 その目の前には魔法陣があり、その中心にキメラが居るのですが少し様子がおかしいですね。


 キメラが一体ともう一体、単独の魔物らしきものがその隣に存在しており、魔法陣が薄く発光しているところを見ると、どうやら魔法陣の発動中のようです。

 魔法陣は、結構複雑なもので少なくとも三つほど立体的に重複した魔法陣を使っているようですね。


 チョット難解なのですけれど、魔法陣に描かれている古語を読み解いてゆくと、どうやら異種の魔物を合成させる魔法陣とわかりました。

 但し、この魔法陣には致命的な欠陥があるようです。


 魔法陣の中に存在する単独の魔物には魔石が存在するようですけれど、合成したキメラには当該魔石が合成の際に消費されてしまっているのでありません。

 然しながら、魔法陣には魔物二体の魔石を利用して合成するタイプのプログラムがそのまま使われていますので、多少改良はしていてもそのままでは片方のキメラに魔石が無いために総合的な魔力不足で発動はしても完結しないのです。


 そこに気づけば、あるいは三体の魔物を合成したキメラが造れるかもしれませんね。

 やはり、この魔人がボランディアに五体のキメラを送り込んだ張本人のようです。


 二体の合成キメラだけでも十分に脅威なのに、この魔人は三体合成のキメラを造り上げて悪さをしようとしているみたいですね。

 そもそもキメラを生み出す時点で平和的な有効利用とは思われませんけれど、おそらくはそれをテストするためにボランディアに送り込んだのでしょう。


 然しながら当初の予想に反してキメラ一体が冒険者グループによって討伐され、そうしてまた彼にとっては理解できない事態が生じて準備していたほかのキメラ四体までも消滅していたので焦ったのでしょうね。

 今は、より強力な三体合成のキメラを生み出そうとしてうまく行かないので口汚く呪詛じゅそを吐いています。


 このままこの魔人を放置しておくと、どこかでキメラが多数放たれて大きな被害を生じそうです。

 ここは卑怯であろうと委細かまわず、不意打ちで討伐をしてしまいましょう。


 私は、施設の結界の外に皮一枚隔てて結界を張りました。

 魔人の逃走防止の結界です。


 それを張った途端に魔人が気づきましたけれど、もう遅いです。

 即座に彼自身を覆う小さな結界を張って、その内部を一気に加熱しました。


 結界の中は推定一万度にも達するであろう青い色を放ってまばゆいばかりに光っています。

 ほとんど瞬時に彼の存在が消え、魔石だけが結界の中に残りました。


 やっぱり高温にさらされても、この魔人の魔石は消滅しないのですね。

 次いで魔法陣が消滅したことにより、魔法陣の中に居たキメラと魔物が動き始めましたので、これも討伐しました。


 魔物の方はせっかくですから魔石をアポートして取り出しましたら、そのままご臨終です。

 キメラの方は、魔石がないので魔人と同様にして焼却処分ですね。


 残り9体のキメラが残っていましたので、それも焼却処分。

 そうしてこの施設を悪用されたりすると面倒ですから徹底的に破壊しておきましょう。


 結界を消滅させ、洞窟内部の隔壁と天井部分を破壊して、洞窟そのものをなくしてしまいました。

 山の中腹部の一部に陥没が生じましたけれど、この近辺は人が立ち入るような場所じゃないので差し支えないでしょう。


 本来ならここの領主に報告しなければいけないのかもしれませんが、今回は省きましょう。

 そもそもが、こんなことがありましたという見知らぬ怪しい女の与太話を証拠もなしに聞いてくれるかどうかです。


 侯爵から頂いている袱紗もありますので身元保証はできますけれど・・・。

 討伐した魔人の魔石と魔物の魔石は有りますけれど、それを見ただけでは何も判断できないでしょう。


 混乱を助長させるだけならしない方がましです。

 特にエリカにしろキヨにしろできれば人前には顔をさらしたくありません。


 正体不明の女でいることが大事なのです。

 さて今日の用事も済みましたので、我が家に戻りましょう。


 明日は朝から侯爵邸にお邪魔しなければなりませんね。

 おそらくは、またまた王都に赴き、国王陛下と宰相様に報告しなければならないのでしょう。


 本当に面倒臭いですよねぇ。

 王宮への報告後は、この周辺、特に国境周辺の人が立ち入らない区域の精査をしておくべきでしょうかねぇ。


 時間はかかっても構わないと思いますので、リリーに人跡未踏の地域をリストアップしてもらいましょう。

 あ、そう言えば、いきなり討伐しちゃったので魔人の名前も聞いていませんでしたねぇ。


 報告の際に困るかも。

 まぁ、やむを得ないですから、「魔人―X」と報告しても差し支えないでしょう。


 ◇◇◇◇


 翌日午後一番で、サルザーク侯爵邸にお邪魔しました。

 門番の衛士さんは愛想よく通してくださいました。


 そう言えば携帯通信機の開発はまだでしたね。

 特に夜間に拠点登録を繰り返しているために中々暇が取れないのです。


 でも報連相ほうれんそうは大事ですからその手段を確保しておくのも大事ですよね。

 今日帰ってから?


 いいえ、多分、今日は王都まで行くことになりますので、その時間は取れないと思うのです。

 でも、明日は是非とも取り掛かってみましょう。


 サルザーク侯爵にお会いして魔人討伐の顛末を報告しました。

 最近はエマ様も必ずご一緒に報告を聞かれます。


 そうですねぇ、前回は侯爵がいらっしゃらなくてエマ夫人が報告を受けておられましたから、私が絡む事件であれば何でも知っておこうという腹積もりのようですよ。

 サルザーク侯爵に報告し、魔石二つをお見せした結果、やっぱり王都へその足で向かうことになりました。


 公爵の家紋入りの馬車に乗って王都の近くへ跳び、そこから馬車を駆って王都へ入域、王宮に参内して、国王陛下と宰相とのご面会です。

 私の扮装はもう定番になりつつある王宮参内用(?)の侯爵家の儀式用メイド服でございます。


 まぁこのなりでも、国王陛下と謁見するのに単なるメイドが侯爵閣下とご一緒するのは絶対におかしいのですけれどね。

 王家が許しているので宜しいのでしょう。


 どうしても身分証明が必要なら、王家から渡されている家紋付きの宝剣を見せますけれどね。

 心配することもなく、今回もすんなりと国王陛下と宰相閣下にご報告し、魔人の魔石は、王家にお預けいたしました。


 魔物の魔石はありふれたものですから、見せるだけ見せて私のものにしましたよ。

 宰相閣下が質問をぶつけてまいりました。


「此度で魔人の出現は二度目と相成るが、これは何かの前兆かどうかじゃが、・・・。

 其方はどう思うな?」


「生憎と、魔人の考え方はわかりませぬが、他国での活動状況については何か情報がございませぬか?

 仮に他国での同様の事件があるとすれば,魔人がヒト族の国家へ牙を向け始めたことになるかと存じます。

 他国での魔人情報が無いとすれば、余り考えたくはないのですけれど、このラムアール王国が魔人の標的にされているか、あるいは、魔人が今後侵略を開始するための試金石とされているかです。

 仮にそうであれば、今後とも更なる魔人の出現があるかと存じます。」


「ふむ、仮に魔人が我が国を狙っておるとして、何か対抗策はあるかのうぉ?」


「魔人が次にどんな手を打って来るかは全く予想もできません。

 出現するとすれば彼らは転移でやってきますので、それを防ぐのは非常に難しいと存じます。

 但し、今回の秘密研究所の施設に張ってあった結界は、王宮に張ってある結界と同等のものですので、あるいは、この結界内部への魔人の転移そのものは防げるやもしれません。

 但し、経験豊富な魔人が居れば王宮の結界そのものがあっても、気づかれずに侵入することができる恐れもございます。

 少なくとも王都内への侵入は全く防ぐことができないと考えた方が宜しいかと存じます。」


「参考までに聞かせてほしいのだが、其方でも防ぐのは無理か?」


「たまたま私が近くにいた場合、転移してきた者とその場所を感知はできますが、捕縛することは難しいでしょう。

 私自身がその場所に転移した時点で相手に気づかれる恐れもありますし、私が魔法を発動する余裕もないままに魔人がそこで魔法を発動したならば、防ぐ方法がありません。

 私が魔人ならば、転移して魔法を放ち、すぐさま別の場所に転移して魔法を放ちます。

 このテロを何度も繰り返せば、王都はいずれ壊滅することになるでしょう。

 魔人の本拠を突き止め、叩いて殲滅するしか方法は無いと存じます。

 そもそも、魔人が何人・・・いえ、何体居るのかもわからない状況ではこちらが圧倒的に不利です。

 例えば、魔人複数が先ほど言った転移を繰り返して魔法を発動するような場合。

複数の町が攻撃を受けます。

 仮に私一人でも同じようなことをすれば半時もしないうちに王都と王都周辺の町を数十か所攻撃できるのじゃないかと存じます。

 そのような無差別のテロ手段を取られると防衛策はありません。」


「王宮魔法師団でも無理か?」


「私も王宮魔法師団の力量を詳しくは知りませんが、魔人が持つ魔力を相応に使えるとしたならば、魔法師団が総員でかかっても、魔人一体を倒しきるのは難しいと存じます。

 申し訳ございません。

 希望の無いお話ばかりで・・・。」


「いや、正直に話してもらって助かる。

 我らも、それなりの覚悟を決めて対応に当たることにしよう。」


 この後、国王陛下の前を辞して、無事に王都の外からサルザーク侯爵領へと戻りました。

 私も我が家に戻れます。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 11月20日、字句の一部修正を行いました。

 1月2日、「魔神」を「魔人」に修正しました。


   By @Sakura-shougen



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