第70話 報告と対策?

 キメラの出現と魔人の関与については、サルザーク侯爵に報告する必要がありますね。

 ボランディアがサルザーク侯爵の領地の一つだからです。


 サルザーク侯爵が直接管理している所領ではなく、侯爵麾下きかの騎士爵が代官として治めている領地なのだそうですけれど、領主がサルザーク侯爵であることには間違いありません。

 その領内で起きた事件ですから侯爵が知っていなければ、やはり拙いでしょうね。


 そのため、翌日の午前中には約束していた冒険者ギルドに一旦顔を出し、ミリエル嬢に夕刻前には再度来ると告げてから、エルブルグに移動して侯爵邸を訪問しました。

 生憎と侯爵様は不在でしたけれど、夫人のエマ様が応対してくれました。


 エマ様は王家の諜報機関にもコネがありそうですし、領内のことについてエマ様に報告しておけば侯爵様にも伝わると思います。

 エマ様には、現地の冒険パ-ティーが討伐したキメラ以外に四体のキメラがボランディア周囲に存在したこと、夜陰に乗じて秘密裏に殲滅したことを説明しました。


 生憎と魔人の場合と異なり、高熱で焼却した後には魔石のようなものを残しませんでしたので討伐の証拠となる物はありません。

 その代わりに、私が作った紙に念写で四体のキメラの絵図と、討伐したすぐ後に出現した魔人の絵図を作ってお見せしました。


「うーん、いつものことですけれど、あなたが絡むととんでもないお話になるのですね。

 証拠が無いのでは王家への報告が難しいのですが・・・。

 少なくとも冒険者たちが倒したキメラの遺骸はある様子ですから、一体のキメラが出現したという証拠はあるのでしょうね。

 実は旦那様も、その件で昨日早朝に騎士団を伴ってエルブルクを発って、今日の昼過ぎにはボランディアに到着予定なのです。

 確かに別のキメラの目撃情報もあって放置できないと判断された故の出陣でしたが・・・。

 そうですかエリカ嬢が先に排除してくれたことは僥倖でした。

 キメラは普通の魔物よりも数倍凶暴であり、力も強いと聞いていましたので私も旦那様の身を案じてはいたのです。

 それにしても、またまた、魔人ですか?

 証拠は無いにしても、転移魔法の使える存在は大変危険です。

 王宮にも然るべくお伝えしなければなりませんが、ほかにエリカ嬢が気の付いたようなことはありませんか?」


「何も証拠はございませんが、あるいは複数のキメラについて仮に魔人が意図的に生み出した物であるとするならば、今後どの場所でもキメラが出現する恐れがございます。

 キメラ四体が何かを待ち受けるようにボランディアの周囲に配置されて動かなかったことは魔物の習性からすればとても奇異に感じられます。

 そうして四体が配置されていた場所に順繰りに同じ魔人が出現したことを確認していますので、今回の一件には間違いなく魔人が関わっていると思います。

 その場で討伐できていればよかったのですが、生憎とキメラの消滅した現場を確認するとすぐに転移をしてしまいましたので、その機会がありませんでした。

 前回は私の目の前に出現し、向こうから戦いを挑んできましたので、その機会がありましたけれど、今回は私自身が念のために気配を消して姿が簡単には見えないようにしていましたので気づかれなかったのだと思います。

 生憎と私の力不足で魔人が転移した先を捉えることはできませんでしたが、少なくとも今現在はボランディア及びその近郊には居ないものと思っております。

 問題は、この魔人が別の地域に新たなキメラを送り込んだような場合に対応できるかどうかということですけれど、私個人の都合で申し上げれば即時対応は非常に難しいと存じます。

 早急に私が転移できる場所の地点登録をいたしますが、そもそも、通報が遅れれば、私が動ける場合でも対応が遅れます。

 どうしても後手後手に回ることになる上に、いずれは相手に私という存在を知らしめることになりかねません。

 最悪、私の存在が魔人に知られるのは覚悟はしておりますけれど、可能な限り、そうした事態になるのは避けたいと存じています。

 従って、今後キメラに関しての出現情報があった場合は、「エリカ」や「マサキ」ではなく「キヨ」と名乗って姿を現すことになるかも知れませんのでご承知おきください。」


 私はその場でやせぎすの中年女性であるキヨに変身して、エマ様に一応見せておきました。


「何ともその場で姿を即時に変えられるとは便利な魔法よのぉ。

 もしや、私に変身することも可能なのか?」


「姿を似せて作るのはできますが、エマ様を良く知る者にはすぐにも見破られることになるでしょう。

 会話の仕方、表情や身振りなど普段の何気ない動き、それらを模倣するにはかなりの年月を費やすことになりますし、エマ様が培った知識や経験はありませぬから、どうしても違和感が残りましょう。

 これまで会ったことのない人物ならばごまかしようもございますけれど・・・。」


「なるほど・・・。

 そのような魔法を使えるのがエリカ嬢で良かった。

 其方なれば悪用はせぬじゃろう。

 私は、そのように信じておる。」


「その信頼を失わぬように日々努力いたしましょう。」


「旦那様もおらぬところでは最終的な判断はできぬが、この一件、おそらくはエリカ嬢の非公式情報も併せて王宮に報告することになろう。

 従って、ここ数日の間は、カボックで侯爵家からの知らせが受け取れるようにしておいて欲しいのじゃが、できようか?」


「日中に限ってならば、可能な限りカボックの工房に連絡をいただければ私に伝わるようにしておきます。

 魔人対策もあって、このエルブルク周辺や別の所領を含めて転移場所の登録をしておきたいと存じていますので、夜の間のひと時は不在になると存じます。

 無論、一晩中作業をするとなれば無理が生じますので、精々一刻程度の時間をかけるだけの話になりますが、その際は少々連絡がつくのは遅くなります。

 また、緊急連絡用として使える魔導具が作れないかも検討しておきたいと存じます。」


「ほう、王家が所有しているような魔導具を作れると申すか?」


「王家が所有している魔導具の詳細は承知しておりませんが、わが身に携帯して行けるような小さな魔道具を作りたいと思っております。

 音声のみを伝える魔導具なれば、暫しの時を戴くことにより、あるいは造ることができるやもしれません。

 さすれば外出の折にも緊急の連絡ができましょう。」


「ほう、そのようなものができようか?

 出来上がったなれば、二台か三台を譲ってはくれまいか。

 少なくとも私と旦那様の間ではいつでも連絡が付けるようにしておきたいのじゃ。

 此度のように出陣ともなれば警護の騎士ともども遠出されて、何か相談事ができても連絡がつかぬ。

 ボランディアにおるとわかっていても、簡単には連絡できないのじゃ。

 其方の情報も早めに旦那様に伝えたいが生憎と方法が無い。」


「なれば、私がボランディアに赴いて必要な情報のみ伝えて参ります。

 但し、必要以上に知る者を増やしては、要らぬ不安だけを招きますので、侯爵様とその側近だけに限定いたします。」


「フム、そうしてくれるか。

 仮に、ボランディアでこれ以上のキメラが出現しないのであれば、旦那様は早めにお戻りいただき、王家への報告を優先してもらわねばならぬ。

 万が一にでも王都が狙われでもしたなら大変なことになるでな。

 宜しく頼む。」


 それを機に私は、侯爵邸を辞し、侯爵邸からそのままボランディアに向かいました。

 ボランディアの町の中には拠点登録はしていませんでしたから、ちょうどよい機会でした。


 ボランディアの東に転移し、姿を隠したまま空を飛んで町の上空に至り、侯爵の野営地を見つけました。

 その近くで地上に降り立ち、侯爵様がいる陣に行きました。


 ここでも侯爵様から与えられた袱紗は良い仕事をしてくれましたね。

 私の知らぬ騎士でしたけれど、すぐに侯爵様の前に連れて行ってくれました。


 幕舎の中に結界を張って内密なお話です。

 侯爵様にこれまでの出来事を報告すると同時に、エマ様のご希望も伝えておきました。


 とどのつまり、私がタクシー代わりに使われましたね。

 ボランディアから侯爵邸へ侯爵様をお連れすることになったのです。


 お付きの騎士達は、キメラ討伐の報償費をギルドに渡し、その代わりにキメラの遺骸を領都エルブルクに運搬する役目を負う者と、10日程ボランディアに滞在して様子を見る者とに分かれるよう侯爵様から指示を受けたようです。

 少なくとも半分程度の騎士連中は明日にはボランディアを出発してエルブルクに帰還できることになりました。


 それもこれも四体のキメラ討伐という不確実情報を信じていただけたからです。

 いずれにせよ、私の役目はボランディアから侯爵様を侯爵邸に送り届けるまでです。


 侯爵邸からカボックへ戻り、約束通り冒険者ギルドの方へも姿を現しました。

 冒険者ギルドへは、侯爵様の指示を受けていますので非公式情報として新たにキメラ四体の殲滅を討伐者を曖昧にしたまま伝えることにしています。


 因みに魔人の件については、取り敢えず冒険者ギルドに情報を公開するのは控えることになったのです。

 ミリエル嬢からは、サルザーク侯爵が騎士を引き連れてボランディアに向かったことと、新たな情報が特に入っていないということを教えてもらいました。


 その上で、冒険者ギルドのギルマスに面談を申し入れ、侯爵様との打ち合わせ通り、四体のキメラ殲滅の情報を非公式情報として知らせました。

 その際に私の造ったキメラの絵図も渡しています。


「おう、非公式情報とは言うが、こいつはが退治したということで良いのか?」


「討伐者については今の段階では秘匿情報です。

 将来的に仮に公表されるとすれば『キヨ』という中年女性になるはずです。」


「細かい駆け引きはどうでもいいんだが・・・。

 要はさんが殲滅を確認したということで良いんだな?」


「まぁ、・・・。

 そのように理解しておいてもかまいません。

 但し、シューマーから出張った冒険者が退治した一体のキメラ以外には、それらが存在したという証拠は何もありません。

 飽くまで、今回の情報提供は、無理に冒険者をかき集めてボランディアに向かわせなくても良いですよという侯爵様の内々のご配慮です。

 但し、同じようなことが近隣で起きる可能性も否定できないのでギルド会員には注意喚起だけはしておいてくださいね。

 少なくとも複数体のキメラについて目撃情報があったというのは、冒険者ギルドでも初の出来事と聞いていますから。」


「おう、それは承知しているが・・・。

 の勘でも何でも良いんだが、同じことが起きる可能性があると見ているのか?」


「可能性は高いと思います。

 何となく人為的な裏を感じますので。」


「それは?

 どうしてそう思うんだ?」


「四体のキメラが殲滅された際に、それらの位置がボランディアの概ね東西南北に均等に配置されていたそうなんです。

 魔物であれば、獲物を前にして動かないという理屈がわかりません。

 何というかキメラが支配されていたような気がすると討伐者が非公式に述べています。」


「あぁ、もう、七面倒くせぇ言い方だなぁ。おい。

 ゴブリンキングの退治の際は同じ釜の飯を食い、生死を分け合った間柄だろうが。

 そんな面倒くせぇ言い方はやめろよ。」


「はいはい、今後は言い方にもできるだけ気を付けましょう。

 一応ギルマスに伝えるべきことは伝えましたから、私は工房に引き上げます。

 何かあれば工房にお知らせください。

 では。」


 私は工房に引き上げました。

 やれやれ、今日の予定が丸々潰れてしまいましたね。


 もう、夕焼けが近いです。

 そうして今晩からあちらこちらに拠点登録を推し進めめなければなりません。


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