第68話 日常?~

 エルメリアの回復は意外と早かったですね。

 当初の見込みでは、元の身体に戻るには二か月ぐらいはかかるのじゃないかと思っていたのだけれど、治療を施してから40日ほどでほぼ健康体に戻ったのです。


 勿論、私のセンサーで体の各部を確認した上での診断結果ですから間違いは無いと思いますよ。

 これなら旅をしても大丈夫だろうと判断した上で、彼女をノゥヴァロームヘ送り届けることにしました。


 勿論、ノゥヴァロームに隣接するバイランド公国までは転移魔法ですよ。

 使えるものは使っちゃうのが私の流儀です。


 わざわざ遠距離を歩いて行ったり、馬車で行ったりするのは、無駄な時間がかかりすぎですからね。

 特に弟子やら研修生やらを抱えている現在いまの私の場合は、長期間不在となる旅は余りできないんです。

 

 バイランド公国までは既に行ったことがありますので転移で跳んでしまうと、ノゥヴァロームまでは左程遠くは無いんです。

 バイランドからも飛行魔法と転移を繰り返して、エルメリアの住んでいたノゥヴァロームの里「ロマール」の至近に降り立ちました。


 仮に、ダークエルフの一族がヒト族を排斥しているようであれば、入り口まで送って最寄りのバイランドの町で待とうかと思っていましたが、エルメリアが是非にというので、彼女の一族が住む集落を一緒に訪れ、彼女のご両親にもご挨拶をしておきました。

 エルメリアについては、襲撃された村人から、捕らえられる段階で大怪我を負っていたという情報がもたらされていたために、彼女の里ロマールではもう死んでいるものと見做されていましたから、彼女が五体満足な姿で突然戻ってきたことで一悶着ありましたが、五体無事なのは神が成したもうた奇跡という与太話よたばなしで何とか押し切りました。


下手に私が欠損部を治したなどと言うと、後々面倒なことになりそうだからです。

 一応、神の奇跡というありそうな話を交えて、事前にエルメリアと打ち合わせていた彼女の身の上話についてお話しし、今現在は私が雇い主であることも理解してもらいました。


その集落には一泊だけして、エルメリアとともにカボックに戻って来ましたよ。

 前世のモンゴルのゲル(地域によりパオ、ユルトなどの呼称もある天幕のこと)のようなダークエルフの住居に泊まるのは、大変貴重な体験だったと思います。


 聞くところによると、普通のヒト族がダークエルフの集落に招かれるのは極めて珍しいそうで、エルメリアの祖父がおそらく7~8百年ぶりのことだろうと言っていました。

勿論、私がハーフエルフということは、エルメリアの家族には内緒の話です。


リリーに言わせると、本当にエルフとダークエルフは仲が悪いようなので、私がエルフとヒトとのハーフと知られると余計な騒ぎを引き起こしそうなのです。

いずれにしろ、取り敢えずのダークエルフの里への義理も果たしましたので、私とエルメリアも普通の生活に戻りました。


 エルメリアについては魔力もそれなりに多いので、馬無馬車を稼働できるということが確認されました。

 今のところでは連続3時間程度の運転をするとへばってしまうみたいです。


 それでも、魔法師達研修生の実技訓練場となっている荒地までの往復ならば十分に動かせますので、馬無馬車の運転は専らエルメリアに任せることにしました。

 エルメリアにも毎晩寝る前に魔力の放出をさせることで、魔力の増大を図らせていますので、二~三年もすれば馬無馬車での長旅も多分可能になると思います。


 エルメリアを魔法の講師に据えた上で、弟子の修業や魔法師の研修訓練、聖ブランディーヌ修道院での衛生講話も引き続き継続しており、それぞれに成果が上がっているとみています。

 そうそう、聖ブランディーヌ修道院の治癒能力を持った者の指導についても少し始めたところなのです。


 これまでは初級のヒール程度しかできない修道院のシスター修道女達でしたけれど、潜在的に能力がありそうな人も居ますので、シスター修道女から5人程を選出して、より高度な治癒魔法を教え始めているのです。

 こちらも能力を育てるには魔力保有量の「多い」、「少い」が多分に影響しますので、彼女たちにも魔力錬成を始めさせたところですけれど、こちらは時間がかかりそうです。


 薬師や錬金術師よりもさらに、魔力の保有量が少ない人達ですからね。

 より高度な治癒魔法が発動できるようになるには。掃討に頑張って修業をしてもらわねばなりません。


 尤も、ストイックなシスター修道女達のようですから、常日頃の頑張りとひたむきさには頭が下がります。

 そう言えば、前世では看護師を目指していた若い人たちが、そんなキラキラした目をしながら色々と頑張っていたことも想い起こしますね。


 ◇◇◇◇


 今日は久方ぶりに我が家に来客です。

 レドフォード商会のサラ嬢です。


 彼女の狙いは、私の錬金術で産み出す製品なんです。

 お薬の方はギルドからでないと商人も入手できませんから、そもそも私に対しての発注はありません。


 錬金術の製品の方は、錬金術・薬師ギルドや商業ギルドからも入手できますけれど、生産者から入手した方が儲けにつながるようですね。

 サラ嬢としては、商売敵のマルセルと同様に、紙や筆記具を何とか手に入れようとして私のところに来るのですけれど、生憎と羊皮紙ギルドとの協約で、大量の紙を渡すことができません。


 但し、羊皮紙ギルドとの協約には特別条項があって、二年間の私の特許製法による製紙の先行を羊皮紙ギルドにだけ認めているのですけれど、別の者が類似の特許を出願した場合には、非公開の特許だったものを即座に公開することになりますので、その場合、羊皮紙ギルドの先行優先権は事実上そこで終わることになります。

 特に羊皮紙ギルド以外の者が同様の紙製品を生産しだした場合、エリカに課されている紙の生産制限も実質的に外されることになるのです。


 エリカとしては別に紙の生産で儲けようとは思ってはいないのですけれど、そのような方針に切り替えることもできるということなんです。

 このため、エリカに認められた月に300枚の紙の生産分の一部をサラ嬢が譲り受けるとともに、そうした紙生産の情勢に変化がないかどうかを情報収集するのがサラ嬢の目的なのですね。


 まぁ、そのついでに何か売れそうなものが無いかと物色して行くのも彼女のいつもの動きですね。

 来るたびに、我が家の一階にある接客コーナーを占拠して、小一時間私とお話しして行くのが彼女の習慣になっているようです。


 勿論、彼女には二階以上の階に入らせ足りはしませんよ。

 二階以上の住居には先進の魔導具が沢山ありますから、そんなものを見せれば大変なことになってしまいます。


 サラ嬢への応対については、私も弟子の修業や魔法師の研修で忙しい時には余り相手はできませんけれど、それらの対応が済んだ夕食前のひと時ならば相手ができるのです。

 彼女がもたらす商人間に伝わる情報も時に重宝することがありますので、私も無碍には扱いません。


 今回もちょっと気になる情報を聞くことができました。

 エルブルクの西方にボランディアという集落があるのですけれど、その周辺で、魔物のキメラが見つかったそうなのです。


 キメラというのは、二種類以上の獣あるいは魔物が合体した特殊個体であり、往々にして強い生命力を持っている凶暴なものが多いのです。

 冒険者ギルドでもキメラは通常の単体の魔物や危険生物に比べて2グレードほど危険度が上がると判断しています。


 ボランディアの住民からの通報があって、冒険者ギルドから派遣された冒険者のチームが退治をしたようですけれど、これが一匹だけでなく複数が目撃されて、更なる調査も開始されているようですけれど、危険度が増したことからボランディア方面の商取引が難しくなっているという情報でした。

 ボランディアはどちらかというと、侯爵領の西端に位置している山麓部の袋小路にあり、エルブルク方面(エルブルクに至るまでにザルバ、シューマーなどの集落がある)へとつながる街道以外には、他地域への連絡路があるわけでもありません。


 どちらかというと、どん詰まりの地域(辺境?)なのですけれど、キメラと呼ばれる危険な魔物や獣が多発するのは異常ですよね。

 リリーに言わせると、キメラ種は昔から稀に発生はするけれど、往々にして「種」として存続は稀であり、また、発生件数も一つの国で数十年に一度か二度程度のものだそうです。


 従ってボランディアという狭い地域に集中してキメラが発生しているのが事実ならば、何らかの特異な事象が発生している可能性もあります。

 カボックではゴブリンの大量発生があったばかりですからね。


 カボックから相当に離れているとは言いながら他人ごとでは済まされないかもしれません。

 念のため、カボックの冒険者ギルドで情報収集をすることにしました。


 私も一月に一度か二度程度は冒険者ギルドのクエストをこなしているんですよ。

 ギルマスは私に盗賊の討伐や隊商の護衛任務などに就かせたいようなんですけれど、私が色々理由をつけて断っている状態なんです。


 冒険者ギルドがお勧めしているのは私の昇格の為ですね。

 実のところ盗賊討伐と、隊商の護衛等を受けないとこれ以上グレードを上げられないところまで来ているらしいのです。


 私は別に冒険者としてのグレードを上げるつもりはないのですけれど、ギルドの方はできれば上げさせたいと考えているようですね。


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 11月7日及び11月22日、一部の字句修正を行いました。


  By @Sakura-shougen


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