第65話 エルメリア

 私はエルメリア。

 盗賊に襲われて大怪我を負い、意識の無いうちに犯罪奴隷に落とされて、奴隷商人とともに数多あまたの旅をした。


 半死半生の身ながら何とか生き抜いていたものの、何故犯罪奴隷になっていたのか不明だし、しばらくは高熱を発して前後不覚だったから、どの程度の期間が過ぎたのかは不明だ。

 私の意識が明確になってからだけでも、半年近くは過ぎたはず。


 だが競りにかけられても私の買い手は現れず、このまま奴隷商人の闇の中で死が齎されるのではないかと不吉な予測をしていた矢先に、どこの町かはわからないが、私の買い手が現れた。

 右片足の膝から下が無く、全身に無数の傷跡があり、顔にもむごたらしい傷跡がある汚い私を購入して、いったい何をさせようというのかわからないが、取り敢えず私は新たな主の下でまた生きることができるようだ。


 このように不自由な身となり、なおかつ、理由もわからずに奴隷に落とされて、何度自分の意思で死のうと思ったことかわからないが、生憎と隷属紋をつけられた時点で自死ができないようになっていた。

 おまけに私の両手には魔封じの手錠がはめられている。


 比較的長い鎖が付けられているので自由に手は使えるものの、私が得意とした魔法はその一切が封じられている。

 私をこのような目に合わせた賊どものうち十人程は私の魔法で死んでいるはずだが、残り18人が私の隙をついて片足を奪い、拷問のように全身を切り刻んだ。


 なおも魔法を使おうとする私が棒で殴り倒されたところまでは覚えている。

 18人の生き残った賊の顔は今でも覚えている。


 私のともの者であった3人の若者の命を奪った憎い奴らである。

 その顔は死んでも忘れない。


 私の買い手は、とても若い女性だった。

 最初は中年の小太りの女性と思えたのが、幻影の術であったようで、それを気づかせないほどの巧妙な魔法であった。


 中年の女性「マサキ」を名乗っていたのは綺麗な顔立ちをした「エリカ」様という。

 彼女の魔法は、本当に見事としか言いようがない。


 私の魔法も一族の中では腕利きの一人だったけれど、彼女の方の実力が上だと思う。

 今居るのはエリカ様の家の裏庭のようだ。


 四階建ての建物というのはお城以外では初めて見た。

 ブラックエルフの集落にはそもそもそのような高い建物はない。


 普通のエルフは森人と言われるように、深い森の中に住んでおり、棲み処すみかを設けているのが普通だ。

 でもダークエルフは森を離れ、主として草原で暮らしており、ラオと呼ばれる土と天幕で作られた平屋に住んでいる。


 地下に倉庫などは造っても基本的に平屋造りだから、高い建物は無い。

 ヒト族は二階家や三階屋も作るが、庶民で四階建てのような家に住んでいる者は滅多にいないはずだ。


 主となったエリカ様が言った。


「さて、まずは、貴方の見映えを何とかしなくてはならないのだけれど、取り敢えずは、お風呂に入ってもらいましょうかね。」


 その言葉を聞いた直後、私は一瞬のうちに家の中に居た。

 おそらくは使い手がいないと言われている伝説の転移魔法なのだろう。


 こうも簡単に使われるとそんなに簡単な魔法なのだろうかとおかしな気分になってしまう。

 何れにしろ、狭い部屋とは言いながら、私の身長以上の奥行きと横幅があるので、エリカ様と二人一緒に入っても動くスペースは十分にある。


 そうしてエリカ様に命じられた。


「服を脱ぎなさい。

 今からお風呂に入ります。」


 そう言ってエリカ様は傍らにあった木製の椅子に座らせてくれた。

 手摺りがついているので片足の無い私でも自由に立ち上がることができる椅子だ。


 奴隷は、主人に命じられたら嫌でも動かざるを得ない。

 まぁ、無茶な命令には抗することもできるが、元々奴隷魔法は従属させることに特化しているので自殺しろとでも言われない限りは反抗するのが難しいのだ。


 おそらくは人を殺せという命令にもかなりの拘束力を持っているはずだ。

 無理に逆らえばギアス若しくはゲッシュが全身に痛みを発することになる。


 「お風呂」は、私も知識としては知ってはいるが、これまで入ったことはない。

 水浴びなら河川湖沼ですることはある。


 でもお湯を貯めて浴槽につかるという風習は、ダークエルフにもエルフにもないはずだ。

 お湯に入れば確かに多少汚れの落ち具合が違うかもしれないが、左程のことはない筈。


 むしろ温泉などの場合は、鼻につく独特の匂いがあったりするので私は好きではない。

 余計な話をしてしまったが、エリカ様は私に命令を下すと、自らも衣類を脱ぎだした。


 なんだこれは?

 女同士の性的なプレイなのか?


 一瞬私の脳裏にそんな言葉が浮かんだが、取り敢えずは主人の命令に従わざるを得ない。

 これまで何度もギアスにより痛みを与えられた私であり、裸になる程度のことで意固地になるつもりはない。


 奴隷になって以後、もう何度も裸にされたことがある。

 幸いなことに身体につけられている無数の傷を見て性行為に及ぼうとする輩は居なかったが、主人から命じられれば抵抗はできなかったはずだ。


 私も椅子に腰を下ろしながら、衣服を脱いだ。

 そうしてエリカ様が同じく裸になって私の手を取り、隣の部屋に通じるドアを開いて中へといざなった。


 床と壁面は、小さな四角形で白っぽい石のような素材でびっしりと覆われており、水をはじくようだ。

 また、床面の一部が少し低くなっておりそこに排水溝がある造りになっていおるようだ。


 小さな腰掛のような木製の台が置かれており、そこに腰を下ろすように言われた。

 生憎と腰を下ろすという簡単な動作ですらも私にはやりにくいのだが、エリカ様が手を貸してくれて腰掛の上に座ることができた。


 それから壁に掛けてあった何やら細長い蔓様のものの先にラッパ状のモノがついたようものを手に取って、ラッパ状の筒先からお湯が出したのである。

 魔法かと思ったが、魔法ではなく、そもそも、その蔓のもとにお湯が出る根源が隠されている様だ。


 魔法が使われればある程度は分かるものだが、弦の根元にあるバーのようなものを押し下げると湯が出だしたから、おそらくは魔導具の一種なのかもしれない。

 それにしても妙なものがあるものだと思った。


 何れにしろ、エリカ様は私の全身にお湯を浴びせた。

 おまけに「息を止めて、目をつむりなさい。」と言われ、頭からお湯を掛けられた。


 文字通り、頭から爪の先まで水・・・、いや、お湯びたしだ。

 それから上体を前傾させて首を垂れる用に言われ、その通りにすると手近にあった瓶から白い液を出して私の頭にかけ、それから髪ごとわしゃ、わしゃとされた。


 力を入れられているわけではないが何やらマッサージのようなことをされた。

 目を閉じていろと言われて様子がわからないのだが、何やら液がぬるぬるとしたものに変化し、多少の泡が出たように思う。


 また息を止めろと言われ、頭にお湯を掛けられ、その液が流された。

 それで終わりではなく、更に二度も液が掛けられ、わしゃわしゃとされて三回目には盛大に泡が出たようだ。


「うん、ようやく汚れが落ちたようだね。」


 そうエリカ様に言われ、ようやく私の髪が洗われていることに気づき、顔から火が吹くかと思うほど赤面してしまった。

 多分、汚れの所為で泡立たないほど私が汚れていたということなのだろう。


 草原の民ダークエルフは、石鹸を使わない。

 オポズと呼ぶ木の実を麻袋に入れて身体をこするのが関の山なのだ。


 石鹸というものがヒト族の間で珍重されていることは知っていても、その製法は知らないのである。

 族長の娘ではあったが、生憎とこれまで石鹸を使った経験は無い。


 私の髪をひとしきり洗い終えると、今度は色の違う黄色みがかった液体の入った瓶とタオルを渡して、これで身体を洗えと言われた。

 何のことかわからずに呆けていると、エリカ様自らがタオルとその液を使って自分の身体を泡だらけにして見本を見せてくれた。


 ようやくそれで合点が行った。

 この液をタオルにつけてそれで濡れた身体をこすることで泡立てることができ、それで体の汚れを落とすのだと。


 見様見真似で、やってみたが、なかなか泡立たないのだ。

 それを見かねたのか、エリカ様が言った。


「床に仰向けに寝なさい。」


 言われた通り仰向けに寝ると、エリカ様が別の灰色の海綿状のもので私の身体をこすり始めたのだ。

 驚くべきことに私の身体からボロボロとあかがこそげ落ちて行くのが目に見えた。


 またしても私は首筋まで赤くなってしまった。

 まるで私の身体が垢の防護服に覆われていたみたいだ。


 首筋、肩、乳房、腹回り、腰、手足、そのいずれもがボロボロと垢が大量に落ちるのだった。

 時折、お湯を掛けなければいけないほどに私の身体は垢にまみれていた。


 表が終わると次は背後である。

 うつ伏せにされて私はまたまた背面の垢をこそぎ落とされた。


 奴隷である私が主人であるエリカ様にこんなことをさせて良いのだろうかと後悔の念に駆られるが、その都度エリカ様の命令により口を挟めなくなる。

 一通り垢こすりが終わると、後は自分で洗いなさいと言われて、タオルと黄色がかった液で身体をこすると今度は盛大に泡が出た。


 どうやら髪と一緒で汚れが多すぎると泡が出ないようだ。

 これで終わりかと思ったがそうではなかった。


 顔も海綿状の者を渡され自分で擦れと言われたのだった。

 自分でやってみると本当にびっくりするほど垢が落ちる。


 何度も繰り返してようやく顔も泡立ててようやく洗い終えることができた。

 エリカ様がチェックして頷き、それから二人して浴槽に入った。


 お湯の中に入るのは久しぶりの体験だ。

 一度だけ野天の温泉に入ったことがあるのだが、匂いが嫌いで二度とは入ってはいない。


 このお風呂は匂いもない。

 いや、かすかに先ほどの液状の石鹸がかもし出す淡い果実のような爽やかな匂いが残っているが、この匂いはむしろ好きな香りだ。

 お湯につかってしばらくして、エリカ様が言った。


「さて、お風呂を出ようか。

 ほかにすることもあるし・・・。」


 エリカ様が率先して浴室を出たので私がついてゆく。

 衣服を着ようとするとエリカ様に止められた。


 ん?

 やっぱり、何かご奉仕があるのかな?


 そう思っていた私がバカだった。

 エリカ様は手早く自分の衣装を着ると、私の身体を大きな肌触りの良いタオルで拭き上げ、髪を風魔法で乾かしたうえで、寝間着状のものを渡してくれた。


 エリカ様はこれをガウンと言っていた。

 それを身にまとって最初に衣装を脱いだ部屋の隣の部屋に行くと大きなベッドがあった。


 そこに「寝なさい」と言われてドキドキしながら横になった。

 そのまま寝ているとガウンの前をはだけさせた。


 私がドキドキしながら目を瞑ったが、それ以上のことが何もされない。

 薄目を開けると、エリカ様が私の身体の上で両手を広げ、そこから淡い光が私の身体へとゆっくりと降りて来ていた。


 光の中に小さな粒子のようなものがキラキラと輝いている。

 とてもきれいな光だった。


 そうして異変が生じた。

 私の身体の全身がちりちりとうずくのだった。


 痛みではない、だが痛みに近いようなかゆみのようなものが全身を覆っている。

 そうして最も影響の大きかったのは私の目と右足だった。


 思わず大声をあげたくなるような鈍痛が一瞬やってきた。

 そうしてそれが収まると、私の左目の視力が回復した。


 私の左目は切創により潰れていたはずなのだ。

 そうして今一つ私の切断された右足が少しずつ伸びているのが実感できるのだ。


 それが緩やかな鈍痛となって私の脳に異変を知らせていた。

 全てが終わった後で、エリカ様が言った。


「これで、以前の身体に戻ったかな?

 栄養が足りていないから、その分は食べないと無理だね。

 あまり無理をせずに体力をつけなさい。

 一月か二月もすれば元の身体に戻るはず。

 それまではあなたには軽い家事を手伝うようにしてもらいます。」


 それからエリカ様は、別の古着に着替えるように言いました。

 これまで来ていた古着の方は洗濯するのだそうです。


 そうして体調が良くなるまで少なくとも一週間は病人若しくは客扱いなのだそうです。

 着替えが終わって、二本の足で立って本当に体が戻ったと実感し、涙が溢れました。


 エリカ様から犯罪奴隷であったことは家人に知らせなくてよいと言われました。

 驚いたことに奴隷紋までもがきっちりと消されていたのです。


 だからと言って私の主人はエリカ様に変わりはありません。

 それから階下に降りて、家人に紹介されました。


 コックのマルバレータさん、メイドのヴァネッサさん、薬師見習いのファラさん、錬金術師見習いのレーモンさん、ラムアール王国王宮魔法師団の魔法師ビアンカさんとモールさん、サルザーク侯爵領軍魔法師隊の魔法師クルドさんとアランさん、それにエリカ様を入れて9名がこの大きな家の住民でした。

 その日から私は、十人目の住人となり、エリカ様のメイドとしてすこしずつ働くことになりました。


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 10月12日、一部の字句修正を行いました。


  By @Sakura-shougen


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