第63話 報告・・・

 目の前にいたのは、やはりモリエルコの領主であるエヴァドール伯爵でした。

 見た感じは、壮年でしょうね。

 

 立派なカイゼル髭の叔父様(私からすれば若造?)です。

 衣装は立派ですけれど派手さを抑えていますから、キンキラキンのどこやらの坊主と違ってまともそうに見えますね。


 私がと貴族に対する礼をしますと、すぐに声をかけてきました。

 おずおずとした礼については、リリー曰く、相手が名乗る前や正式に紹介される前であれば、貴族らしき扮装の相手にはそういう風に接するのがこの国の礼儀なんだそうですよ。


 何となく前世の日本から見るとおかしな風習ですけれど郷に入れば郷に従えですよね。

 鑑定をかけても良いのですけれど、余りプライバシーに深入りするのもどうかと思って、特に最近はできるだけしないようにしています。


 私の鑑定、実はかなり威力があってご本人が隠したいと思って隠ぺいをしていてもわかっちゃうのです。

 ですから病人を診るとき以外は、できるだけ使わないように心がけています。


 それでも本当に必要があれば、遠慮会釈なしに使っちゃいますけれどね。

 で、ご本人自ら名乗りました。


「マサキ殿じゃな。

 お初にお目にかかる。

 儂は、モリエルコの領主でエヴァドール伯爵じゃ。

 以後、見知り置いてくれ。

 それにしても其方にはたいそう世話になった。

 モリエルコで病にかかりながらも生き残っていた者1463名、更にモリエルコの南北と東の街道筋に避難していたモリエルコの住民およそ九百名ほどを助けてくれた。

 あのまま放置されていては、その全てが死に絶えていてもおかしくは無かった。

其方が迅速に病の元を突き止め、必要な薬を処方してくれたゆえに皆が助かった。

 其方にも、そうしていち早く其方を派遣してくれたサルザーク侯爵にも、頭が上がらぬ。

 此度の其方の功績については別途報償を与えるが、何か望みは無いかな?」


「特段の望みはございません。

 ただ、一点のみ伯爵様にもお知らせしなければならない大事な話がございます。

 もしよろしければ、お人払いをお願いできましょうか。

 あるいは国の重要な機密になるやも知れず、知る者を限定しておきたく存じます。」


「ん、いきなり人払いとな?

 此度の流行病に関することかな?」


「ハイ、左様にございますが、事はモリエルコのみならず国内全てにかかわる大事かもしれません。」


 伯爵の顔が奇妙に歪んだ。

 あるいはこの流行病がモリエルコを中心に他所(よそ)の地域に蔓延することを恐れたのかもしれない。


 私は、私の背後に小さな幕舎を出現させた。

 突然現れた幕舎に、警護の兵士が殺気立つ。


「この中なれば、他所に話が漏れることはございません。

 差し支え無くば、この中でお話をしとうございます。」


「あい分かった。

 皆の者、この幕舎から少なくとも10歩離れて待機せよ。

中に入るは儂と、バーンズのみだ。

 マサキ殿、このバーンズは儂の副官じゃ。

 どのような大事でも儂と秘密は共有しておる。

 この者が一緒に入るを許されよ。」


「伯爵のご判断のままに。」


 そうして三人は幕舎の中に入った。

 幕舎の中にテーブルと椅子を出現させた。


「其方は治癒師と言うより、魔法師なのか?」


「あくまで治癒師のマサキにございます。

 多少の魔法も使えるだけの者に過ぎませぬ。」


 二人にも腰を下ろさせて私は話を進める。

 この後、侯爵のところへ行き、更に王家にも報告を為さねばならないのだ。


 正直なところ、ここで余り時間を食いたくはないのです。


「此度の流行病は、目に見えぬ小さき生き物が悪さをしておりました。

 そのこと自体はどこにでもあり得る話ですので特段の問題はございません。

 但し、此度はその病の元をある者が意図的に生み出し、モリエルコで実験を行うためにまき散らしたようでございます。」


 驚きの表情を見せた後、すぐに伯爵は怒りの表情を見せた。


「一体、誰がそのようなことを・・・。

 まさかモリエルコの住民の一人なのか?」


「いいえ、違います。

 実は、その病の元をばらまいた者とモリエルコの街中で直接に対峙たいじいたしました。

 その際に相手が魔人インサファルメラと名乗りました。

 黒衣の衣装で身を包み、額から二本の角を生やしておりました。

 私はそのような者が居ることを生憎と承知してはおりませんでしたが、伯爵様はご存じでしたでしょうか?」


 驚愕の表情を張り付けながらも伯爵が答えた。


「魔人は古より災厄の前触れとして人々に恐れられていると聞いている。

 儂も噂話に聞くだけで自らの目で見たことは無い。

 そうして、以前現れたと噂があったのは、百年以上も昔の話だ。

 まさか、本当に魔人が居るとは・・・。

 で、その魔人は何をしようとしたのだ?」


「ヒト族を滅ぼすには病の元をばらまくのが一番と考え、彼が新たな病の元を生み出したようです。

 取り敢えずはモリエルコを全滅させ、次いで他の地域にもばらまく予定だったのが私によって邪魔をされたと考え、私を亡きものにしようと襲ってまいりました。

 止むを得ず身を守るために魔人を撃ち滅ぼしました。

 ですから、魔人インサフォルメラは、今は存在しません。」


 魔人を倒した後に残った小さな黒い球が、あるいはその証になるかも知れませんが、伯爵に開示するのはやめにしました。

 魔人の情報は噂話になってはいても、実際にその正体を知る者は少ないと判断してのことです。


 ここで下手に証拠を見せながらお話しすると、噂話が独り歩きすることになります。


「病をばらまいた魔人は退治しましたけれど、注意すべきは、魔人が一つの種族であるならば、仲間がいる可能性があることにございます。

 仲間の死を知れば、他の魔人が動き出す可能性もございます。

 もし、魔人インサフォルメラが、モリエルコに関わっていたことを知る者が居れば、モリエルコに再度魔人が出現する恐れもあるかと存じます。

 ですからそのことをご注意申し上げるために魔人の話をいたしました。

 正直申し上げて、魔人に対抗することができるかどうかはわかりません。

 私自身は、たまたま魔人インサフォルメラを退治できましたが、あるいは単なるまぐれかも知れず、次回魔人に出遭った時には、私が殺される可能性が高いかもしれないのです。

 いずれにしろ、伯爵様に魔人の話をお知らせ申し上げたように、王家及び私をここへ派遣せしめたサルザーク侯爵へも早急に報告し、それぞれで対応策を取っていただかねばならないでしょう。

 お人払いを願いしたのは、魔人の出現を知った人々の動揺を抑えるためでございます。

 魔人の出現は、災厄の前触れという話が伝わっている以上、迂闊うかつに話を広めれば、動揺と混乱が起きましょう。

 それを防ぎたかっただけのことにございます。

 伯爵様に対して人払いをお願いする等の無礼を働き申し訳なく存じますが、私も一刻も早く報告を成さねばなりません。

 ですので、これにて失礼をいたします。」


「あい分かった。

 我らもどうすればよいか今の時点ではわからぬが、頼れる者を集めて内密に対策を練ろう。

 先ほども申したが、報償は後日改めてサルザーク侯爵の元へ届けることにする。

 此度こたびは、まことに大義であった。

 領民に成り代わり、厚く礼を申す。」


 それを機に私は、幕舎等を収容しました。

 生憎とモリエルコに設置した介護用の幕舎は未だ使用中ですので撤収はできません。


 止むを得ないので伯爵領に寄付することにいたしましょう。

 どうせ私の錬金術で生み出したもの。


 労力を除けばほとんどただなのです。

 馬車を用意してくれようとする伯爵に丁重にお断りを申し上げ、私は足早にその場を去りました。


 周囲に誰もいなくなった場所で一気に転移です。

 最初にサルザーク侯爵に報告、次いでエマ様とご一緒して王宮へも報告に参ることになりました。


 生憎と私は独りで王宮へ直接参内できる身分じゃございません。

 ですから、例によって、エマ様もご一緒に乗った馬車で領都から王都へひとっ跳びです。


 これは便利とエマ様に頻繁に利用されると困るのですけれど、今回は本当に急ぎの要件ですから止むを得ません。 

 でも今回の件で王宮へ報告に行った折に、サルザーク侯爵家の紋章が入った袱紗と同じような効果のある身分証のようなものをいただきました。


 王家の紋章が入った懐剣をいただいたのです。

 袱紗については、事前の通報があった所為で少なくともモリエルコの警護を担った兵士には効果がありましたけれど、この王家の紋章が入った懐剣はどうなんでしょうね。


 の葵の紋所と同じような効果があるのかどうかですね。

 少なくとも王宮の衛士達は、この懐剣が王家の信頼を得ている者の証と知っているようです。


 因みにこの懐剣はこれまでに数人しか拝領していないようで、私以外で生きておられる方は一人だけだとか。

 凄い希少価値のある勲章のようなものらしいですよ。


 勿論、王家の紋章付き懐剣を拝領したのは、中年の太めのおばさまであるマサキであり、エリカではないんですよ。

 マサキがエリカの変身であることを知っているのは、エマ様とサルザーク侯爵他極々限られた者だけなんです。


 ウーン、今後も表に出て活躍するのはできるだけマサキおばさんにしましょうね。

 エリカの方はできれば生産職に徹してスローライフを楽しみたいですからね。


 但し、魔人の件は尾を引くかもしれません。

 侯爵様も今回の一件については重要視しており、そのためにエマ様とともに直接王家に報告するよう勧めたのです。


 侯爵様はその身分故にそれなりに王家に出入りできるのですけれど、任地を離れて王家に頻繁に出入りすると他所の貴族から色々勘繰られ、うとまれるのだそうです。

 ただでさえ、元王女様のエマ様を伴侶にいただいて、王族の端っこに属しているわけなので、女房のお陰で甘い汁を吸っていると穿うがったものの見方をする者が居るようなんですね。


 貴族社会は中々に住みにくいようです。

 それで、今回もエマ様にくっつく形での王宮参内になったわけです。


 因みに王宮での報告相手は、国王様と宰相のクルーベル侯爵でした。

 今回のモリエルコの流行病の原因及びその対処、そうして魔人の出現とその退治までをきっちりと報告しました。


 三度目ですからね。

 説明もそれなりに慣れちゃいました。


 要領よく説明すると、国王と宰相がとても困った顔をしていました。

 二人顔を見合わせてため息をつきながら宰相が言いました。


「其方の話を疑う訳ではないのだが、その魔人インサフォルメラを退治したという証拠が何かあるのだろうか?」


「証拠ですか?

 魔人の角でも残ればよかったのですけれど、燃やし尽くして灰になってしまいましたから・・・。

 でも魔人の姿が燃え尽きて消えた後に、小さな黒い玉が遺されていました。

 魔物を倒した際に得られる魔石と似たようなものかも知れません。

 それが証拠になるのならお見せしますが?」


「何と、魔石が・・・。

 ヒト族なれば有り得ぬ話だが、魔人族なれば魔石を体内に持っているのかもな。

 因みに魔力が感じられようか?」


「魔石の大きさ自体は左程に大きなものではございませんが、かなり大きな魔力は内包していると思われます。

 ご覧になりますか?」


 国王と宰相が顔を見合わせて頷いたので、テーブルの上に黒い玉を置きました。

 さて、常人がこの魔力を感じ取れるものなのかどうか・・・。


「フム、宰相、おぼろに魔力が見えようか?

 黒い魔力と言うモノを初めて見たぞ。」


「いいえ、私には見えませぬ。

 見えるとすれば国王陛下のお力の故にございましょう。」


 あら、国王様には見えるんだ。

 じゃぁ、もしかして魔力の流れも見えるのかな?


「国王陛下は、人の使う魔力の流れが見えるのでございますか?」


「いや、儂には人の魔力の流れは見えないな。

 ただ、魔石等で魔力の大きなものについては、おぼろな波動のようなものが見えることがある。

 例えば、ドラゴンの魔石と称される王家の宝があるが、それなどはおぼろにわかる。

 じゃから、この魔石は小さいながらドラゴンにも匹敵する力を内包していることになるやもしれぬな。

 其方は、それを倒したか・・・。

 仮にドラゴンが出現すれば、国軍の半分を失うと言われておる。

 其方そなたは単独でそれに比肩する化け物を退治したという訳じゃ。

 何とも凄まじき英雄が出現したものよ。」


 あれまぁ、英雄になってしまいましたか・・・。

 でもまぁ、エリカじゃなくって、マサキのことですから、放置しておきましょう。


 もし面倒ごとが増えてマサキでの出現が難しくなれば、今度は私の母である「キヨ」という変装を使いましょう。

 キヨは太めじゃなくってやせぎすの中年女性ですよ。


 私にとっては、割烹着かっぽうぎの似合う優しく働き者の母でした。

 私は昭和生まれでしたけれど、母は大正生まれでしたネ。


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 9月22日、一部の誤字を修正しました。

  By @Sakura-shougen



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 申し訳ありません。

 すっかり予約したつもりでいて、投稿がされていないことに本日気が付きました。

 上記が9月13日の投稿予定だった分です。

 次回、9月20日分は間違いなく投稿を予約しておきますのでどうかお許しください。


  9月15日、By @Sakura-shougen


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