第62話 モリエルコ その二
私は、クローン技術や遺伝子治療については左程詳しくはありません。
然しながら、レベルアップした鑑定で確認できたのは、
「自然界にはありえない遺伝子操作によって生まれた新種の菌(8㎛)が作用し、腹腔内の臓器の外周血管のみに作用して血管壁を破壊している」
と具体的に出ました。
鑑定って、すごい潜在能力を持っているようです。
何れにしろ、体内に侵入した菌が原因で内出血のように臓器全体が出血し、それが進行することにより内壁が破壊されて腹腔内にまで及んだものと判断されました。
人為的というのは何だろう?
誰かがこの菌(大きさから言うと真菌なんですけれど)を造って流行らせた?
故意か過失かで罪状は違いますが、少なくともこの惨状を生みだした者は大罪を犯したことになりますよね。
リリーの情報によれば、モリエルコは人口が二万人を超える都市であったはずなのです。
でも、現状で私のセンサーで把握できる生存者は二千名に満たない数なのです。
少なくともモリエルコの9割が死亡した?
あ、モリエルコの南以外に避難した人々もいるのかな?
そうなればもう少し死亡率は低くなるけれど、・・・・。
このまま放置すれば、この少年も死ぬ。
対処療法では命は救えないだろうけれど、取り敢えず、アスポートで体内のガスを抜いてあげました。
その上で、何をすべきかを少し考えました。
取り敢えず菌を抹殺するべく、浄化魔法を強化したものを発動してみました。
この魔法により、菌は取り除けたのですが、生憎と菌が残した残渣のような汚れが体内に残っています。
実は菌が生み出したこの残渣こそが人体に直接の悪さを働いているようなのです。
そこで、毒素となっている
ついでに菌を退治するお薬も作らねばなりませんね。
私の治癒魔法って、ほかの人が真似できないレベルの代物だから、お薬を造っておかないと絶対に私が使いまわされる羽目になってしまいます。
一人の人間が治療できる数なんてたかが知れています。
小さな村や町ならば何とか対応できますけれど、大きな都市や国全体なんかとても一人では手が回りません。
治癒師ギルドが拝金主義から脱却すれば、治癒師についても研修をしてあげるのですけれど、ギルドを統率する幹部を見る限り、彼らを手助けしようとは思いません。
ウーン、聖ブランディーヌ修道院の修道女たちを鍛え上げて準聖女にしたてあげましょうかねぇ。
そんなことを考えながら滅菌状態の亜空間を造り上げ、その中で試行錯誤しながら薬剤開発を進めます。
菌のサンプルを詳細に検証した結果、もしかすると真菌ではないのかもと思いなおしました。
真菌の場合、概ね1㎛~10㎛の大きさなんですが、私が真菌と勘違いしたのは、大きさが8㎛ほどもあり、細胞膜のようなもので覆われていたからなんです。
真菌よりも小さな細菌の場合は、その大きさが1㎛程度なんです。
ウィルスになるとさらに数百分の一の大きさになりますけれどね。
真菌の場合は大きいので光学顕微鏡で簡単に見つけられます。
そうして真菌の場合は真核があるのですけれど、この新しい菌にはどうも真核がなさそうです。
ですから細菌のデカい奴と考えた方が良いのかもしれません。
前世で習った真菌症の多くは皮膚疾患か肺疾患でした。
でもこの流行病は、外表皮に影響を与えていません。
腹腔内で大いに悪さをしていますけれどね。
血を吐いたりするとの情報がありましたけれど、内蔵外皮だけじゃなくって胃壁が一部壊死したような場合、胃の中に流れ込んだ腐敗血液が腹腔内圧力で逆流したとみることもできます。
真菌の場合は、普遍的にどこにでもあるものですし、もし真菌であれば空気を吸い込むだけで発症する可能性もあります。
少なくとも真菌というのは、前世で日和見の雑菌とされていましたから、余程抵抗力や免疫力の落ちた状態でないと普通に吸い込んでも大丈夫なものが多いんです。
真菌でなく細菌で、しかも人為的な変異が加えられているとしたなら、テロか若しくは狂気の錬金術師や薬師が実験中に間違って生み出したかのどちらかです。
後者であればご本人は死んでいるでしょうから、後で調べれば良いですね。
前者の場合は大問題です。
またどこかで同じことが繰り返される可能性があります。
まぁ、そのことは後回しにしましょう。
私は、ほぼ徹夜状態で夜明けまでに二種類のお薬を造りました。
一つは体内の菌を殲滅するお薬(後々の区別のため「ヒナタ」は付けずに「マサマイシン」と名付けました)で、もう一つは体内に残った菌の毒素ともいえる残渣を取り除くお薬(「マサブリン」と名付けました)です。
今回は注射薬にしました。
ピストル型の高圧皮下浸透型の注射器で、針はありませんから素早く処置できるので、今回はそれを採用します。
夜明け前から生存者を探して奔走し、お昼過ぎ頃には一応の応急措置を済ませました。
街の一角に軍用のような大きな幕舎を複数建てて、そこに患者を収容します。
人数はおよそ千五百名足らずですね。
流石に全員の世話は私一人では無理です。
生き残った者の中でも特に元気な者を選んで看護を頼みました。
私にはまだまだすることがあります。
腐敗した遺体をそのままにしておくと二次的な感染症が発生しないとも限りません。
街の西はずれに大きな穴を掘り、そこへ遺体を全てアスポートして、埋めました。
墓標代わりに大きな岩を目印にしました。
その上で町全体に特大の浄化魔法を掛けました。
一瞬、町がフラッシュのように銀色に光りました。
取り敢えず、私ができるのはここまでですね。
報告のために警備の兵士がいるところへ行こうと歩き始めた途端に、前方30尋ほどのところに異様な容姿の男が出現しました。
いきなり出現しましたので、多分テレポートですね。
転移魔法は伝説だった筈ですけれど・・・。
この男は何者なんでしょう?
男は黒に統一された見慣れぬ衣装を着ていますし、頭部には大きな二本の角が生えていました。
即座にリリーが念話で警告を発しました。
『あれはヒト族ではなく魔人です。
強大な魔法が使える種族で、数は少ないので滅多に人前には姿を現しません。
昔からヒト族の間では、魔人族が姿を現したときは災厄の前触れと言われています。』
一方で、その魔人が大声で怒鳴りました。
「お前は何者だ。
せっかくの
どうやらなにがしかの計画を邪魔されてお怒りのご様子ですね。
「おや、この病を引き起こしたのは貴方ですか。
貴方は誰ですか?
それに、なぜこのようなことを?」
「ふん、名乗るもおこがましいが、この世の
儂は、魔人族のインサファルメラ。
ヒト族を滅するには病が一番と、儂の自信作をこの街にばらまいたというに、お前が出現してわずかに一夜で病の元が滅した。
ヒト族ごときに何故そんなことができるのじゃ。」
「本来は名乗る必要もないのでしょうけれど、私は、ヒト族のマサキ。
他人の病を癒す治癒師をしています。」
「治癒師?だとぉ?
儂が渾身の技で作り上げた「ジヴァニ」をヒト族の治癒師風情が何故に滅することができる?
いずれにせよ、お前は計画の邪魔になる者、儂の敵だ。
この場で抹殺する。
儂の手自らで葬り去ることを光栄に思え。」
そう言うなり、魔人インサファルメラは右手を高く掲げ、頭上に大きな黒いボールのようなガス状のモノを生み出しました。
ガスならこの抗菌スーツで無効化できますけれど、ほかにも何かあるのかもしれませんから、当たらないようにしましょうね。
それと本当は、この魔人という男を捕えたいのですけれど、テレポートが使えるなら、簡単に捕縛もできません。
仕方がないので抹殺することにしましょう。
相手は私を殺しにかかっているのですから正当防衛です。
周囲に被害が及ばないよう一瞬で魔人の周囲に結界を張り、それからその内部を1万度を超える熱で
魔人インサファルメラは、結界の中で声を出せないのでしょうね。
口をパクパクさせながら、燃え上がり、やがて、灰塵となって消えました。
その後に小さな黒光りする玉を遺して行きました。
これがかなりの魔力を内包しています。
以前に私が対峙したゴブリンのキングの魔石に比べれば大きさは小さいのですけれど内包する魔力は十倍ほどにもなるかも知れません。
魔人の魔石なんでしょうかねぇ?
リリーに訪ねてもすぐには答えが出てきませんでした。
あるいは今回のように退治された事例が無いのかもしれません。
そういえば、発動中の黒いガス状のものが何かは不明だったのですが、結界の中で発動主が消滅すると一緒に消滅していましたね。
良くわかりませんけれど、あのガス状のモノはどうも熱では消滅しなかったようです。
あるいは、発動以前の形かも知れませんし、幻影のようなものだったかもしれませんが、術者が消えることで消滅したのでしょう。
いずれにせよ、今回の騒動は収まりましたけれど、魔人なる存在がヒトの住む町に現れ、多くの人々を殺したことは大問題です。
できるだけ早い時期に最終的な依頼主である王家に報告しておく必要がありますね。
それと、兵士に現状を説明し、同時にキャンプにいる避難民にも予防を兼ねて注射をしなければなりません。
更には、別の方角に避難した人々が居るならその者達へのケアも必要です。
私、徹夜してますけれど、若い身体の所為か、今のところは何とか大丈夫のようですね。
一晩ぐらいならと思ってはいましたが、今日はこれからも少し忙しいような気がします。
モリエルコの南を警備する兵士に、以下のことを報告し、またお願いしておきました。
・一応の病の原因を特定したこと
・町の中に生き残っていた人およそ千五百名については仮設のテントを建てて、そこに収容していること
・中でも比較的元気な状態の者に看病を依頼していること
・食糧と水が無いので早急に手配して街の中に運び込んでほしいこと
・浄化魔法を使って街の中は病の原因を排除したので、町の中に入っても安全なこと
・別途ほかの病が発生する恐れもあるので、手洗いとうがいの励行を必ず守ること
・ここから見える避難民と街の中の収容患者については一両日様子を見て大丈夫なら安全宣言をしても良いこと
これらを告げた上で、ここにいる避難民と同様に別方向に向かった避難民がいないかどうかの情報が無いかを尋ねました。
「今の情報については、至急に領主様に報告します。
それと別方向への避難民ですが、東方向の街道に向かっている者が約400名、北方向に向かっていた者が300名ほどいるとの情報があります。
西には道が無く、かつ、魔物の潜む森もあって、さすがにそちらを目指した者は居ないと思うのですが、確認には行っていないので、詳細は不明です。」
「わかりました。
ではこれから私は最初に東の方に向かった避難民に治癒もしくは予防のための処置をします。
それが終われば北の避難民のところへ参り、同様の措置を施します。
街の中にあった遺体については、新たな病の原因となるかも知れないので、西のはずれの荒野にすべて埋めました。
墓碑の代わりに目印となりそうな大岩を地上に置いていますのですぐにわかると思います。
では急ぎますので、私はこれで失礼しますね。
全部終わりましたら、またここに参ります。」
私はそう言って足早にその場を去った。
それから夕刻間近まで東へ、北へと動き、多くの避難民に浄化魔法と予防措置を施しました。
その都度、病気の心配がなくなったと判断された場合には、近くにいた兵士に情報を伝え、それから移動しました。
北側の避難民の処置が終わったのは、日没になりかかっていましたが、そのまま南の街道に向かいました。
避難民のキャンプがあった辺りには、大勢の兵士が居り、私が近づくと人垣がさっと割れて、その奥から何やら
ウン、どうやら身形と風格からしてここの領主である伯爵様じゃないかと思います。
ご挨拶だけして帰りましょうか。
王宮への報告も必要だし、本当にかなり疲れたような気もするんですが・・・。
============================
9月22日、一部の誤字を修正しました。
By @Sakura-shougen
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます