第61話 モリエルコ その一

 私は、我が家に戻って、インベントリに保管していた感染症対策の究極の抗菌スーツを取り出して確認し、今回の調査に使えるか否かを検証しています。

 この抗菌スーツは、私が錬金術で作ったものですけれど、単純に言えば宇宙服に近いですね。


 前世の宇宙飛行士が来ていたものほどごつくはないはずですが、防弾防刃の付与魔法をかけた全身を覆うダイバースーツに近いんです。

 襟の部分で全周が透明なヘルメットを装着できるようになっており、ヘルメットの内部空間がインベントリの中にある大容量の空気タンクや排気タンクとつながっていますので、丸一日でも周囲の空気を遮断して活動できます。


 また、ヘルメットにはサンバイザー機能も備えていて、魔力を流して透過光の調整が可能なんです。

 但し、この抗菌スーツを着たままでは、食事もおトイレもちょっと難しいんですよね。


 一応スーツの装備で対応できるようなものも考えてはみたのですけれど、宇宙服のようにオシメやら排尿機能を取り付けたり、チューブで液状食料をいただいたりするのは味気ないですし、多分、私以外の人では生理的嫌悪感から使いきれないと思われましたのであっさりとそうした方策については放棄しました。

 私自身は、浄化魔法や加熱により殺菌した上で、安全な場所に転移して、スーツを脱いで生理的要求に従います。

 

 そうして他の人を使う場合、長時間食事やトイレも我慢しろとは言えません。

 わたしなら、取り敢えず、1日やそこらなら飲まず食わずでも大丈夫ですけれどね。


 どうしても必要に迫られれば、空間転移というかを使えば対処できますけれど、これもやっぱりなんとなく味気ないですよね。

 抗菌スーツの確認・検証が済んだ後は、念のためその複製品を十着ほど造っておきます。


 その上で、ウチの使用人、弟子、研修生達に遠出してくることと、帰宅がいつになるか現在のところは不明なむねを伝えてから我が家を出発しました。

 最初の目的地は、王都の北方にある村ソーブレムです。


 そこまでは行ったことがあるので転移ができるんです。

 ソーブレムの郊外に認識疎外を掛けたまま転移し、そこから見える距離で転移を連続します。


 そうしてリリーの的確な案内もあって、その日の午後には、問題のモリエルコの周辺に到着しました。

 街道には兵士多数が配置され、モリエルコへの出入りを規制しているようですね。


 モリエルコからの避難民でしょうか、数百人規模のキャンプが、兵士たちの前方200尋程度のところにありますね。

 もしかして、これは一刻の猶予もならない状況でしょうか?


 あの避難民が感染するような状況になれば、ここの警備の兵士たちにも感染する恐れがあります。

 そうなった場合、為政者としては、避難民を近づけさせないように武力を行使することになりかねません。


 最悪の場合、多数の犠牲者が出ることになるでしょう。

 特に、住居を捨てて都市を出てきた避難民たちが沢山の食糧をたずさえているとは思われません。


 私は抗菌スーツを着用した上で、身体の線が目立たないように昔医師の頃使っていたような白衣を纏い、警備の騎士に近づきました。

 勿論、この時点では認識疎外を解除しています。。


 私の容姿も顔も見た目を変える必要がありますので、幻影により傍目に見てわかりやすいようにの姿を借りています。

 この姿は、昔私の勤めていた病院の婦長さんをしていた長屋ながや典子のりこさんを模倣しました。


 彼女も私より20年以上も先に鬼籍に入ってしまいましたけれどね。

 とっても頼りになる優しい婦長さんでした。


 髪の毛とか顔立ちはこちらの人々に合わせていますよ。

 この世界は、黒目・黒髪の人がほとんどいないんです。


 勿論、日本人特有の平板な顔付きの方ももほとんど居ないですね。

 ですから飽くまで長屋さんの体型と印象を模倣した人物になっているんです。


 当然のことながら、万が一の危険を避けるためにヘルメットも装着していますよ。

 近づくと、異様な格好をした胡散臭い奴とばかりに槍を向けられました。


「ここは立ち入り禁止だ。

 立ち去れ。」


 多少の武力なら力づくで排除できますが、トラブルは招かない方が良いですよね。

 ですから低姿勢で参りましょう。


「恐れ入りますが王家の依頼により、サルザーク侯爵家より派遣された治癒師のという者でございます。

 サルザーク侯爵家の使いである証としてこの袱紗ふくさをお改めください。」


 そう言って袱紗を取り出して渡そうとしたのですが、相手の兵士は後退あとずさって、袱紗を受け取ろうとはしなかったのです。

 うん?効果が無いのかな?。


 一瞬、そう思いましたけれど、違いました。

 水戸黄門の印籠のように絶大な効果があったようで、その場で騎士たちが一斉に片膝をついたのです。


 代表者なのでしょうかねぇ。

 兵士の一人がその姿勢のままで言いました。


「ほんの少し前に、領都からの急使が付いたばかりでございます。

 王家よりの連絡で、サルザーク侯爵家の治癒師マサキなる人物がモリエルコに着くであろうから、可能な限りの便宜を取り計らうようにとのお達しにございました。

 我らに何かお手伝いをすることがありましょうや?」


「ここには王家の命を受けたサルザーク侯爵の指示により、奇病の調査に参りました。

 従って、私はモリエルコに入って調査をせねばなりませぬ故、ここを通していただけますか?

 それと、もうすでにされておられるようではありますけれど、当座、ここ及びこの周辺を含めてモリエルコからの避難民がこれ以上南下することが無きよう警備してください。

 もう一つ、あそこに見える避難民は、おそらく左程の食糧や水を持たないでしょう。

 体力が弱ると病にかかりやすくなりますので、水と食料の手配をお願いできましょうか。

 彼らに食料などを渡す時も決して彼らと直接に接触してはなりません。

 今一つ、病の元がどこにあるかわからぬため、皆さんも頻繁に手洗いをしてください。

 これはシャボンと言い、手を濡らしてこすると泡立って、その泡が病の元を断ってくれます。」


 私はそう言って。ショルダーバックから石鹼が20個ほど入った箱を取り出し、兵士に渡しました。


「少なくとも朝起きた時、食事の前、更には夜寝る前に必ず手洗いときれいな水でうがいをしてください。

 絶対とは申せませんが、それだけで病をかなり防げることができます。

 あそこにいる避難民のところには、私が行って、病を防ぐ方法を伝えます。

 この先の道路、そう丁度避難民たちとの中間あたりになるでしょうか。

 目印のために赤い石を置いておきます。

 配分食糧の準備ができたなら、そこに食料を置き、離れてください。

 あなた方が元の配置に戻ったのを確認してから避難民の代表者が食糧をキャンプまで持ち帰ようにさせます。

 もう一つ、私だけの手に負えない場合、サルザーク侯爵領から人を呼び寄せます。

 その際には、私からあなた方に別途お知らせいたしますので伯爵に申し上げて、サルザーク侯爵に伝えていただくようお願い申します。

 今回の場合、特に緊急を要しますので王家を通じての連絡が可能となるはずです。

 その際はどうぞ良しなにお願い申します。

 それでは私は、モリエルコに参ります。

 できれば一日おきに報告をいたしたいと存じておりますが、その際は必ず私とも十尋以上の距離を空けてくださるようお願い申します。

 全ては病が感染するのを防止するためです。」


「失礼ながら、此度のモリエルコでの病についてマサキ様は、その原因がお分かりなのでしょうか?」


「生憎と、漏れ聞いた症状だけで判別はできません。

 かなり危険な病と推測しておりますので、皆様もくれぐれも手洗いとうがいを励行してください。

 もう一つ、ネズミ等の小動物にも注意をしてください。

 あるいはそうした小動物が病を媒介することもあります。

 では、急ぎ調査をしなければなりませんのでこれで失礼をします。

 今日はおそらく戻ってくることも無いかと思いますが、運が良ければ早くに調査が済むかもしれません。」


 それから、私は避難民のキャンプに徒歩で向かい、途中で道路中央にこぶし大の赤い石(カーネリアンと思われる玉石)を置いて、難民キャンプを訪れました。

 ウーン、想像以上に衛生状態が悪いですねぇ。


 最寄りに水源もないみたいなので、急遽、キャンプ地に井戸を掘り、手押しポンプを設置して、手洗いとうがいを励行するように促しました。

 勿論、石鹼も渡した上で、食料はいずれ警護の兵士達からいずれ配分されるであろうことを説明し、それまでのしのぎとして私の保管していた食料を少しばかり分け与えました。


 おそらくは避難民一人当たり一食分程度があるぐらいの量なんです。

 そんな量が虚空から出て来たので、皆びっくりしていましたが、修羅場で色々隠すのも面倒ですし、今は、エリカじゃなくってマサキという謎の中年女ですから、出し惜しみはしないと決めており、色々とやらかしても止むを得ないと割り切っています。


 そうして兵士から食料等の受け取りに際しての注意事項を避難民にも伝えました。

 この注意が守れないと他の大勢の者に迷惑をかけることになり、場合によっては外部からの支援も打ち切られるので絶対に守るよう付け加えました。


 避難民たちは一様に疲れた顔をしながらぶんぶんと頷いていました。

 それから夕焼けが近づく中を、私はモリエルコの町へと進みました。


 生憎とヘルメットが密封状態ですので臭気は分かりませんが、腐敗臭の元であるアンモニアやインドール、スカトールさらには硫化化合物などの成分が私のセンサーに引っかかりますので、相当に死者も出ているはずですね。

 最寄りの集落に入り、家の中を確認するけれど生存者は居ないようです。


 その上でかなり腐敗が進んでいる遺体の調査にあたりました。

 鑑定とセンサーによりチェックするのですけれど、不思議にひっかかるものがありません。


 それでも、数軒目の家で当たりを引いたようです。

 生存者がいたのです。


 早速調べると、その体内で病原体と思しきものがうごめいていることが、私の三次元レーダーの様なセンサーで感知できたのでした。


 患者は、おそらくは十歳前後の男の子ですが、かなり衰弱しており、腹部が膨満しています。

 ガスなのかな?


 患部は、胃腸内なのか?

 それとも腹腔内なのか?


 それらの疑問を解消するために、さらに細かく確認して行くと、胃腸内ではなく、腹腔内での出血とガスで膨満していることが分かりました。

 私も前世で医者の経験が長いけれど、少なくともこんな症状は初めて見ます。


 さらに詳細に注意深く診ると、どうやら各種臓器表面で出血があり、それが腹腔内で溜り、腐敗のためにガス化して膨満している状況のようなんです。

 何故、臓器が傷つけられたのかは不明なんですが、体内の筋肉組織に出血は認められないので、あるいは回虫等が悪さをしているのでしょうか?


 更に鑑定をかけ続けると、鑑定能力がレベルアップをしたようで、より詳細なデータが得られるようになりました。


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 9月22日、一部の誤字修正をいたしました。


  By @Sakura-shougen



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