第60話 またまた疫病かも?
薬師が作ったお薬は原則としてギルドに納めなければならないという準則に違反しているというのです。
そんなことは百も承知で使っていますよ。
人の命を救うのにいちいち面倒な手続きなんか踏んでいられますか。
特に、ギルドが間に入るというのは単なるギルドの儲け話の維持に過ぎません。
目の前に死にかけている人がいるのに、先に薬をギルドに納めないと提供できないなんて馬鹿げた話です。
私は緊急避難の論理を駆使してギルドを言い負かしました。
もう一つ、ヘリエンヌで特効薬を使った分の対価を貰えというのです。
まぁね、お薬もただではありませんからお金を請求することは当然かもしれません。
ですから私はヘリエンヌを去る前に村の代表者と契約書を交わしてきました。
特効薬の対価として一人当たり、銀貨一枚(命を救う薬としてはかなり安い)の金銭貸借契約書です。
対象者一人一人から契約書を交わすのは面倒なので、村長さんを代表者として全員分の借金の返済に関わる契約書です。
こんな時に借金を課す私を
主力作物である小麦が出荷できなくなり、村の経済は最低になっていますので、他所から支援を受けなければ生きて行けない状態なのに借金を負わせるなんて、どこの高利貸しなんでしょうね。
でも借金の返済期日は無期限としており、利息もつけてはいません。
ついでに督促もしないと明確に契約書に記載しているんです。
つまりは、ある時払いの催促無しで、村に相応の負担ができるようになったら払ってくださいねという意味合いの代物なんです。
私としては別に払ってもらわなくても構わないんですが、実のところ無料奉仕が当たり前になっても困ります。
前世では私の知り合いが「国境なき医師団」に入って、世界中の紛争地域で無償に近い奉仕活動をしていました。
彼の一番の心配は自分たちの行動を継続するためのお金でした。
団員の移動にしろ、薬品や機材にしろ、かなりのお金がかかるんです。
金が無くては活動ができないんです。
そのために紛争地域から戻ると一生懸命働いて金を貯め、あるいは寄付金を募ってお金が溜まったら、また海外に出かけて活動を続けるんです。
ですから
私もわずかながら支援金を定期的に送っていましたよ。
このイスガルド世界での私の活動も無償で行うとなるとやっぱり大変なことになりますよね。
特に、無償と聞くと
特にイスガルドでは、教会や治癒師ギルドが法外なほど高い治療費を要求しますので、経済的に困窮している人達は滅多なことでは治療も受けられないんです。
私が、聖ブランディーヌ修道院に肩入れしているのは、彼女たちが無償に近い形の治癒魔法で地域に貢献しているからです。
彼女達も生きてゆくためには、それなりの対価が必要なんですが、報酬をぎりぎりに抑えて活動をしている姿に感動したからなんです。
彼女たちの活動を止めてはなりません。
今後とも物心両面でささやかな支援をして行くつもりなんです。
錬金術・薬師ギルドには、不承不承ながらも、今回の私の行動全般について認めてもらいました。
治癒師ギルドや教会筋から特効薬の配分依頼(要求?)があったときには、錬金術・薬師ギルドに連絡し、その上で調整した金額で譲り渡しました。
今後のこともありますので、あまり安くはせずに、また高すぎないように調整したつもりですが、彼らに特効薬を渡しても有効に使えないことは分かり切っています、
何となれば特効薬の有効期限は1か月だけなんです。
本当に必要とする場合には、その都度造らなければならないでしょうし、錬金術・薬師ギルドに行っても在庫は無いはずです。
常識的に考えて魚屋さんじゃないのですから、売る当てもなく生ものの不良在庫を金銭に
この特効薬は、病気が発見された時点で、その都度造るしか方法が無いのです。
前にも申し上げたかと思いますが、この特効薬はいまのところ、私とファラにしか作れません。
仮にレシピを教えても、私の指導を受けた薬師でなければ製薬は無理でしょう。
あ、そうそう、この特効薬の名前は「コヒナリジン」と名付けました。
錬金術・薬師ギルドに納品し、同時に登録するために名前が必要になったからです。
エリカリジンやエリカマイシンはあざとい感じでしたので、滅多に使われない私の姓を使いました。
本来は「コヒナタ」なんですけれど、転生した際にイスガルドの慣例に従って「コヒナ」とされてしまいました。
何となく自分の名前じゃないと感じているから、薬品の名前にコヒナを使ったのです。
次に新薬を造ったときもコヒナを冠した名前を付けるつもりでいますよ。
◇◇◇◇
色々と邪魔は入りますけれど、弟子の育成と、魔法師の研修の方は順調に進んでいると思います。
特に若い所為か、ファラとレーモンの伸び方には目を見張るものがあります。
私ってそんなに人を教えるのが得意だったわけじゃないのに何故なんでしょうね。
おそらく彼らのひたむきな情熱が彼らを成長させているのだと思います。
一方で魔法師連中の方は、彼らなりに努力をしている所為で、自分たちが驚くほど魔力保有量が増えているのですけれど、それを制御する方がまだ追い付いていない状態です。
でも、魔力錬成を続け、同時に体外に魔力を放出する際の練り方に慣れれば、より効果的に魔法を発動できるはずです。
まだ、研修を始めて2か月余りですから、目標に達するまでには十分に余裕があると思っています。
ただ、私の方に色々とお呼びがかかったりすると、弟子や研修生に対して宿題を残すだけで、私が実際に修業や研修に関われないのが残念です。
今日もまた、侯爵様からお呼びがかかりました。
今回は馬車ではなくって早馬の急使が私の工房にやってきましたので、余程の急用なのでしょう。
伝言はただ一言、『至急、エルブルグの侯爵邸に来られたし』とのことでした。
取り敢えずは、我が家に住まう者達に急用で出かける旨を伝えて、家を出ます。
その上で、陰に回って転移で侯爵邸の至近に出現し、侯爵邸の正門に向かいました。
正門の門番さんも、もうすっかり顔なじみですね。
顔パスに近い状態で中に入れました。
執事長のセルバートさんが邸の扉をすぐに開けて私を屋敷内に引き入れ、侯爵の元へ案内してくれました。
セルバートさんもおそらくは急使を出してから左程時間が経っていないことに気付いているはずですが、余計なことは尋ねたりはいたしません。
その辺が侯爵様の執事としての卒の無い振る舞いなのでしょう。
侯爵様にお会いして挨拶もそこそこに、用件が切り出されました。
ラムアール王国の北部にある都市モリエルコで奇病が発生したとの情報が王宮から伝えられたようです。
奇病は、それまで健康であったものが発熱し、酷い吐き気に襲われた後、半日ほどで腹部が腫れ、それから大量に吐血して死に至るそうです。
人に感染する可能性があり、モリエルコの領主は都市を封鎖しているとのこと。
因みに教会も治癒師ギルドも何の役にも立ってはいないようです。
今聞いた症状から思い浮かべる病名は在りませんね。
前世の私は外科医であって、病原生物学や微生物学も相応に勉強はしましたけれど、得意というにはほど遠いでしょうね。
そう言うのはどこかの研究所でも入って研究する分野ですので、臨床医の私としては不得手の分野なのです。
今回の情報は、例の王太子の嫡男が毒を盛られた際に使用された緊急通信によって
そうして今回は、王家からの特命の依頼として、当該奇病の原因を究明し、可能ならば対策も立ててほしいということのようです。
ありゃ、まぁ、王家のお抱え医師のようになってしまいましたが、今後大丈夫でしょうかねぇ。
余り、そんなことが知れ渡ると、本当に治癒ギルドや教会筋が
この際ですから、最初から変装をして行くことにしたいと思い、侯爵に相談しました。
サルザーク侯爵は、にやりと笑って言いました。
「まぁ、
じゃが、其方の名が売れるのは仕方がない話ぞ。
そろそろ諦めてはどうじゃ。
王家にも覚えめでたき其方じゃ。
いつまでも隠しおおせるものではないぞ?」
「いいえ、できる限り、隠し通します。
それができないようなら、この地を去ることも考えますけれど、それでも宜しゅうございますか?」
「痛いところをついて来よるな。
端的に言って、それは非常に困る。
其方が居なくなっては、カボックが立ち行かなくなる恐れもあるじゃろう。
其方のお陰でかなり潤っているようじゃからのぉ。
其方が居なくなるだけで大混乱が起きるじゃろうて。
それが王都にも波及することになる。
まぁ、先ほど言った儂の言葉は忘れてくれ。
で、頼めるかな。
王家の方へ急ぎ連絡もせねばならん。」
「ハイ、できるかどうかはわかりませんが、取り敢えず現地に赴きます。
もし手の施しようがない場合は、感染対策を施すために聖ブランディーヌ修道院の修道女を8名ほどモリエルコまで運ぶことをお許しください。
彼女たちならば、感染を防ぐために最低限度何をせねばならぬかを承知しています。
そうして、また、モリエルコが封鎖されているならば、当該封鎖地域に入るために侯爵様からお預かりしている袱紗を使ってよろしいでしょうか?」
「モリエルコは、エヴァドール伯爵の所領じゃ。
かの地ならば儂の袱紗も相応に尊重されよう。
が、封鎖域の中に一旦入れば簡単には出られぬぞ。」
「ハイ、承知しております。
もし、聖ブランディーヌ修道院の修道女の派遣が必要な場合は、封鎖の任に当たっている伯爵の手の者に
私なら、簡単に現地からこの侯爵邸にも来られますが、安全のためにもできれば避けたいと考えております。」
「うん、わかった。
そのほかに儂の方で何か手配りすることはあるか?」
「いいえ、特にはございませんが、後追いでも結構ですので、できればエヴァドール伯爵様に『マサキ』という治癒師の女がモリエルコに参ることをお伝えください。
向こうに連絡が付くだけでも後々の対応がしやすくなります。」
「フム、それは構わぬが・・・。
むしろ王家の使いと称してはどうじゃ?」
「王家の使いなればそれなりの証が必要でしょうが、私はそのようなものを持ち合わせてはいません。」
「なるほど、それもそうか・・・。
なれば、王家の依頼により私がマサキなる治癒師を派遣したと伝えるようにしよう。
其方の出発はいつになる?」
「これから急ぎ我が家に戻り、準備を為して出かけますので、およそ半時ほど後には王都の北側の村、ソーブレムに行けると存じます。
そこから先は、私も行ったことがないことから転移魔法が使えません。
確か王都からモリエルコまでは、馬車で4日程の筈。
それでも上手くすれば今日中にはモリエルコに着けるやもしれません。」
「なるほど、・・・。
モリエルコ到着は遅くても明日ならば間違いなく可能ということだな?」
「ハイ、左様ですね。
余程のことが無くば、遅くても明日の南中時までには到着できると存じます。」
「あい分かった。
王家を通じて伯爵に連絡が行くようにしておこう。
緊急通信は、王家主導のものであって、儂から直接エヴァドール伯爵に連絡は付けられん。
直接ならば書簡になるが、どうしても日数がかかってしまう。
王都を介して伝書鳩の利用もあるが、あれは不確実でな。
伝書鳩が途中で魔物に襲われたりすると
確実に届けるなら伝書使を走らせるしかない。
がそれでは間に合わぬだろう。
早馬で王都まで三日、更に王都からエヴァドール伯爵の領都レイランドまではやはり三日はかかる。」
「エヴァドール伯爵への連絡については侯爵様にお任せいたします。
では、これにて失礼いたします。」
侯爵が頷いた瞬間、私は我が家に跳んだ。
侯爵が首を振りながらぼやいていた。
「やれやれ、目の前でポンと姿を消されると何となく置いて行かれたような気になってしまうのが、やるせないのう・・・。
いずれにせよ、王家にお願い方々連絡をしなければな。」
===============================
9月22日、一部の誤字を修正しました。
By @Sakura-shougen
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
追伸;
「仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか」
https://kakuyomu.jp/works/16817330661840643605
と
「浮世離れの探偵さん ~ しがない男の人助けストーリー」
https://kakuyomu.jp/works/16817330661903752473
の投稿を始めました。
宜しければ是非覗いてみてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます