第59話 流行病の後で

 麦角菌ばっかくきん由来と思われる流行病はやりやまいが私の作った特効薬のお陰で一応終息しましたけれど、問題が残りました。

 治癒師ギルドがうるさいのです。


 治癒師ギルドのカボック支部のギルマスでデルーザ・エブロンデという人物がいます。

 以前にもお目にかかってはいるのですけれど、その際にはぐうの音も出ないぐらいに言葉でやり込めたはずなんですが、今度は図々しくも我が家に押しかけて来て、流行病のあれこれを尋ねるのですが、教えを乞うという姿勢ではなく、上から目線で押しつけがましく言うのです。

 

 曰く、


「病をいやすのは我らが神から与えられた天職。

 にもかかわらず何故薬師風情が我らの仕事を奪うのか。

 先ずはそこが気に食わぬ。

 さりとて、其方と聖ブランディーヌ修道院の修道女のお陰で流行病が終息したのも事実。

 そのことには敬意を払うが、あの病が麦の異変から起きたものと何故に判断したのかその理由を我らにも伝えなさい。

 さもなければ、次に同じようなことが起きた場合、我らが判定できぬではないか?」


「失礼ながら、病とは色々な原因で起きるものです。

 何が原因かなど予測はできませんから、大事なことは周囲を見回して普段と変わったところは無いかどうかを良く見定めることが必要でしょうね。

 私達は、水を調べ、食べ物を調べることにより、中毒と判定しましたが、あなた方はそのように五体満足でありながらその異常に気付かなかったのです。

 麦畑に行くと麦の穂が一部だけ変質していて麦の病気だとわかりました。

 食べ物に関する異常は時として人の身体にも悪さを働きます。

 その多くは身体に取り入れることで毒となるようなものですが、治癒師の方々は身体の中に入った毒を排除できますか?

 あるいは何らかの呪いをかけられた人の解呪をできますか?

 あなた方治癒師の能力も普段の努力も相応に認めますけれど、もっと自ら努力を為されてはいかがでしょう?

 あなた方のヒールでは治せる病の方が少ないのですよ。

 私は薬師の一人として、適切なお薬を療法に取り入れることで、より多くの人が救われるのじゃないかと思っておりますよ。

 少なくとも今回の病に関してはあなた方の療法では治らなかった。

 それはとりもなおさず、あなた方の勉強不足でもあるのです。

 そうして今回の麦の病気について、あなた方は実際にその麦を確認しようともしていない。

 私が描いて治癒師ギルドにもお渡しした絵図だけでわかったと思うのは大間違いですよ。

 同じ麦の病でありながら様相が異なる場合もあるのです。

 今回の場合は、パン粉に挽いてしまうことが多いナル小麦でしたが、黒ハイ小麦、ロマノ小麦にも似たような症状が現れることがありますけれど、必ずしも私が書いた絵の様な様相を示すとは限らないのです。

 先ほども申し上げたように、普段と違っているのが何なのかを見極めることが大事です。

 病は病人に現れますけれど、それをもたらすのは周囲の獣や虫、更には植物であることもあるのです。

 その多くは体の中に毒素を生じますから、おそらく治癒師の使う治癒魔法では治らないでしょう。

 その場合にどうすべきかをあなた方も種々研究してください。

 私も全ての病気のお薬を造れるわけではございません。」


「むむむ・・・・。

 では、侯爵のご息女を治したのも其方の薬なのか?」


「はて、侯爵家のご息女が病になったというお話はついぞ知らぬという話を先日いたしましたよね。

 改めて、侯爵家からそのようなお話でもございましたか?」


「あ、・・・。

 いや、儂の勘違いだったやも知れぬ。

 いずれにせよ病に関することで何らかの知見があるような場合は、治癒師ギルドにも周知してもらえば助かるので、今後ともよろしく頼む。」


 支部長さん、またまた地雷を踏みましたね。

 慌てて勘違いで済まそうとしましたけれど、場合により不敬罪に問われますわよ。


 まぁ、焦って帰りましたから良いのですけれど、我が家に来られると弟子の指導ができなくなったり、私の生産活動に支障が出たりしますので、本当に迷惑です。

 これ以外にも噂話を聞きつけた教会筋もいくつか押しかけてきました。


 まぁ、ある程度はこうなることも予測していましたから、飽くまで治癒魔法ではなく薬師が作ったお薬で治ったと突っぱねています。

 実のところは、体の抵抗力が著しく下がっている患者さんには多少ヒールを掛けましたけれど、それだけですし、本当にアルカロイドを体外に排出したのはお薬の効果ですからね。


 因みにこのお薬は、麦角菌由来のアルカロイドだけに効果があり、ほかのアルカロイドには効きません。

 その意味では用法にしっかりと注意書きを付してあります。


 何となれば治癒師ギルドも教会筋もこの薬を欲しがったからです。

 よくあるのは何かに効く薬があるとほかにも効くのではないかと勝手に使う人が居るのですよね。


 お薬だから害が無いと思うのは間違いで、肺炎の抗生物質では、肺炎の種類によって逆に病状を悪化するものもあるのできちんと原因と種類を確認しそれに見合った投薬をしなければいけないのです。

 昔の薬売りが宣伝していた万能薬などは無いのです。


 あ、でも、リリー曰くこの世界ではエリクサーなる万能薬が存在するそうですけれど、本当なんでしょうか?

 まぁ、あれば、便利ですけれど・・・。


 一体、そのお薬って何に対して効くんでしょうね?

 まぁ、それはさておき、治癒師ギルドも教会もお薬を欲しがりましたので、有効期間があることを告げて十人分程度のお薬を注意書きともども渡してあげました。


 余程腕の良い薬師、特に錬金術も使える薬師ですが、そんな方が居れば、あるいは同じ薬を造れるかもしれません。

 リリー曰く、この世界の錬金術師というのは「何とか狂」とあだ名がつくほどにオタクが少なくないらしいので注意が必要なんだそうです。


 元々地球でも錬金術師というのは、鉛を金に変える方法を生涯かけて追い求めた研究バカの集団ですものね。

 まぁ、危ない連中が多いのは分かります。


 リリーによると兵器の開発に狂っている者、ホムンクルスを生み出そうとしている者、不老薬を追い求めている者が一番危ない連中だそうです。

 そんな人たちの一部が興味を抱いて、私が作った薬を模倣し、なおかつ、色々な試行錯誤を加えて新薬を生み出そうとするかもしれませんが、その企みを潰すためにある意味で罠になりそうな防護手段を仕掛けています。


 錬金術師が成分を確認するために錬成等により、成分抽出を図ると、薬効成分の大部分が崩壊してしまうようにしているのです。

 従って、単純に言えば真似はできませんし、派生するであろう応用も効かないのです。


 私がそのように作り上げたからなんですけれど・・・、でも、きちんと手順を守れば弟子のファラでも作れるぐらいに簡単なんですよ。

 そうしてこの手順はある意味で私と私の弟子の秘伝なんです。


 秘伝と言いながら、独占するつもりはありませんから請われれば手順を教えますが、その代わり契約魔法で縛ることにします。

 すなわち、他人には秘伝を明かさないという契約です。


 このため人前ではこのお薬を造れないことになりますね。

 ファラにも同じく契約魔法をかけていますけれど、ファラの場合、いずれ独り立ちできるようになった段階では、その弟子に伝授することは差し支えないようになっています。


 この場合、彼女の両親であっても弟子入りする以上は伝授が許容されます。

 形だけあるいは言葉だけの問題ではなく、弟子となる人の意向の問題なのです。


 単にその知識を手に入れるだけの目的ならば、その身につかないように派生魔法をかけています。

 師匠と一緒に作るときはお薬ができても、いざ一人で作ろうとすれば作れない。


 そんな魔法です。

 考え方さえしっかりしていれば伝授は可能なんですけれど、単なる儲けの手段と考えている人にはこの魔法を出し抜けることはできないでしょうね。


 それでも誰かが抜け道を探して、いずれは公開されるかもしれませんが、それでもかまわないと思っているのです。

 そもそも人を救うためのお薬ですから、非道な方法で病人から搾取するようなことが無い限りは放置するつもりなんです。


 治癒師ギルドも教会筋も、実は錬金術師や薬師は抱えていません。

 元々属する組織が違うので難しいのかもしれませんが、その辺も変化を期待したいですね。


 前世でも医者がいるだけでは病気の多くは治らないんです。

 効果のある治療薬と適切な看護が有って、初めて医者の役割も果たせるんです。


 ですから薬師の存在は大きいはずなのですけれど、貴族のお抱え薬師となっている現状では一般の人たちには中々お薬が回らないんですよね。

 私が行っている聖ブランディーヌ修道院でのお勉強は、主として衛生と看護に関連する事項なんです。


 修道院のシスターは、治癒能力も多少は持っていますが、左程の能力があるわけではありません。

 でも、その能力を引き上げるよりも、外傷等に対応する際の手法や衛生管理を主体に行っていますので、彼女たちは看護師としても優秀なはずなんです。


 勿論、治癒能力自体も種々活用できるはずですけれど、そこは人体の仕組みをよく知った上でないと逆効果になる場合もあるということを十分理解した上で使わねばなりません。

 そのために人体模型図や教科書まで造って教えているのです。


 授業を始めてから左程多くの時間は経っていませんが、今回は実践で感染症対策をする場合に何をすればよいかをある程度学んだはずですので、次回は大きな戦力になるはずです。

 まだまだ緒に就いたばかりではあるけれど、今後大規模な疫病等が発生した場合は、聖ブランディーヌ修道院のシスターたちの力を当てにできると思います。


 金の亡者とでもいうべき治癒師ギルドや教会筋については、そんな場合はおそらくあてにできないでしょう。

 彼らは経験則だけで治癒魔法を使っていますけれど、それが危険であることすら認識していません。


 その癖に、自分の知らない治癒魔法や手法があればそれを取り込もうとする。

 学ぼうとするのではなくって、取り込んで自分の配下にしようという魂胆が見え透いていますので、私は彼らを嫌っているのです。


 ウチの弟子達や研修生のように真摯に教えを乞う者ならば私は受け入れますよ。

 長年の因習というものは中々変えることができないですからねぇ。


 幸い私は寿命が長いようですから、気長にその変化を待つつもりでいます。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

追伸;


 「仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか」

 「浮世離れの探偵さん ~ しがない男の人助けストーリー」

の投稿を始めました。

 宜しければ是非覗いてみてください。

 

   2023年8月16日 By @Sakura-shougen


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