第58話 疫病?
弟子の修業も魔法師の訓練も今のところは順調です。
例によって、
ヘリエンヌからカボックの治癒師ギルドに第一報の連絡が入り、カボックから治癒師が派遣されたのですけれど、原因が掴めないままに派遣中の治癒師も同じ症状が出てしまったことから危険な疫病扱いになり、村自体を隔離することになって、聖ブランディーヌ修道院にも治癒師ギルドからその通知がなされたのです。
伝染性の病気ならば確かに隔離処置が必要なのですけれど、単に隔離するだけの対応であるならば、そこにいる人たちは助かりません。
それに原因を突き止めておかないと潜伏期間の長い感染症であれば、既に他の地域に感染が広がっている可能性もあるので、何が原因の病気なのかきちんと調査しておく必要があるのですけれど・・・。
治癒師ギルドや聖職者の治癒魔法ってそのほとんどがヒール一辺倒ですから、怪我には比較的対応できますけれど、必ずしも病気には対応できず、場合によっては悪化させる場合もあるんですよねぇ。
まぁ、治る病気もあるから珍重されているわけではあるのですけれど・・・。
ウン、これは聖ブランディーヌ修道院での授業が実践で役立つかもしれませんね。
聖ブランディーヌ修道院は、いつでも金欠病ですから、病気予防に必要な資材の準備は無理だとわかっています。
ですから必要な準備は私が整えることにして、シスターたちには労力の提供を要請しました。
疫病の恐れのある地域に赴くのですから、当然に危険が付きまといます。
でも現地に行かねば、助けられるものも助けられません。
そこで大事なのが防疫のための防護手段なのです。
防塵マスク、ラテックス(私が前世の記憶を頼りに作ったもので本物のラテックスではないと思います。)様のゴム手袋、髪を覆うヘッドカバー、ゴーグル、防水仕様の全身を覆う作業着、長靴のほか消毒液なども用意し、志願してくれた8名のシスターを引き連れて馬無馬車でいざ出動です。
緊急事態なので、弟子と研修生達には私が不在の間は自習をするように言ってありますが、後で埋め合わせをしなければなりませんね。。
6日早朝にはカボックを出発し、1時間後には隣村ヘリエンヌの村はずれにつきました。
そこで数張のテントを設置、シスターたちを防護衣装に着替えさせてから、村に踏み込みます。
因みに村はずれには、治癒師ギルドの職員が数名居て、村への出入りを監視していました。
当然のように、村への出入りを止められましたけれど、そのための準備をしてきたから、隔離境界を少なくともテントを設置してある場所よりも遠くへ下げてほしい旨お願いしました。
まぁ、色々悶着はありましたけれど、何とか納得してもらいました。
治癒師ギルドもおそらく打つ手がなかったので、折れたのだと思います。
その上で、取り敢えず村に入るのは、私ともう一人のシスターだけに限定します。
他の人たちは取り敢えずテント付近で待機してもらいます。
念のためテントには結界を張り、魔物や危険な動物が襲ってきても大丈夫なようにしておきました。
村の集落に踏み込み、最初の家でベッドに寝ている女性を確認、症状を確認しました。
その女性曰く、手足に燃えるような痛みを感じるのだそうで、痛みがひどくて動くのが苦痛なのだそうです。
またこの家の子供たちは幻覚を見たりして、精神が非常に不安定になっている子もいるそうです。
別の家の者からも症状を確認しましたが、中には痙攣をおこして意識不明に陥っている者もいました。
因みに、治癒師で発症した人が、その症状ですね。
比較的健康状態がましな人に聞くと、この村に立ち入って来た治癒師が4日目で発症したようです。
やはり手足に酷い痛みを感じていたようですが、ひどく痙攣をおこして意識不明になったのが昨日のことなんだそうです。
私のセンサーで患者の体内をサーチしましたけれど、ある種のアルカロイドが体内で悪さをしているようです。
アルカロイドですので病原菌というよりは、おそらくは毒の摂取になるでしょうね。
そこで、村の中にある食べ物と水を確認しました。
水は問題が無かったのですけれど、食糧の小麦粉に問題がありました。
私の前世の記憶では、麦角菌由来のアルカロイドが麦角中毒を起こす際にこのような症状があるはずです。
麦角菌が怖いのは、小麦粉に
パンに焼いても熱ではこの中毒は防げません。
しかもこの中毒は、すぐには広がらず潜伏期間があるはずなのですが、外から来た治癒師が四日で中毒症状が現れるというのは私の前世の知識から言うと少し早すぎますね。
前世の地球とは異なり、即効性を持ったアルカロイド中毒なのかも知れません。
麦角菌であれば治療や予防が全く無いわけではありません。
汚染されている恐れのある小麦粉を全て焼却し、別のところで生産した小麦を使って食事を
幸い私が相当量の食糧を持参してきていますし、外で待っている治癒師に説明して
この村で育てていた小麦類については、おそらくその全てを焼却する必要があるでしょうね。
麦角中毒は人から人へは感染しません。
ですが麦角菌はある種のカビで小麦系統の作物に感染するんです。
この村だけに留めておかなければ他の村にも感染することになります。
念のため周辺の村々で汚染された小麦が無いかどうかを後で確認しなければなりませんし、万が一この村から
早急な手当てが必要ですが、そこは治癒師ギルドや領主である侯爵の差配に頼りましょう。
畑で収穫前の小麦を見せてもらいましたが、やはり穂に斑点が生じているものが散見されました。
おそらく、目に見える色違いのモノは収穫時に除去しているとは思いますが、それだけでは汚染アルカロイドは取り除けないのです。
混ざっていないと思われた穂に目に見えない麦角菌が付着していると、それだけで小麦粉に挽いた際に拡散して中毒を引き起こさせます。
アルカロイド中毒が原因で血行不良が生じ、手足を切断する羽目に陥ったり、アルカロイド中毒で抵抗力が弱ったところに他の病原菌がとりつく場合もあります。
中世に流行ったペストについては、ペスト発症の前段階でこのアルカロイド中毒があって、抵抗力が弱まったところにたまたま発病し、地域全体で感染が急速に広まったのではないかという論文も見たことがあります。
幸いにしてヘリエンヌ村での死者は出ていないようですが、血行障害で重篤になっている人も居ます。
止むを得ませんのでテントを村の広場に設置し、そこに簡易療養所を設置しました。
その一方で、カボックの治癒師ギルドとサルザーク侯爵宛に手紙を書いて送りました。
ヘリエンヌ村で見かけた小麦の穂に見られる斑点をスケッチしたものを添付し、この小麦を製粉した場合、病気にかかる恐れがあると注意喚起したのです。
同時にヘリエンヌ村からの小麦粉等を購入した店等があれば当該小麦を差し止めるように依頼しました。
早急に動いてもらわないと別の場所で病人が出ます。
まぁ、健全な小麦等を食べていれば病状の改善はしますけれど、完治は治癒師や聖職者では無理ですね。
私はできますけれど、ここで魔法を使って治療をすると聖女様に祭り上げられてどこぞの教会に取り込まれます。
であれば薬師として薬を作る方法しかありませんが、実はアルカロイド系中毒は余り対抗薬が無かったはずなんです。
最新の医療でどうなっているかは定かではありませんが私の記憶では、急性中毒なんぞは、血清や解毒剤、胃洗浄のほかに催吐剤や緩和剤、吸着剤が用いられて治療されるはずなんです。
今回の麦角菌のアルカロイド中毒については、食べた直後なら胃洗浄や嘔吐剤も使用可能でしょうけれど、日数が経っていては意味がありません。
食事療法は取り敢えず実施するとしても、何か血液中の毒素を除去するお薬を考えねばなりませんね。
漢方薬の知識もその意味では少しは役立ちますけれど、あれは即効性が無いんです。
ウーン、止むを得ませんから麦角菌中毒専用のお薬を造ってみましょう。
結果から言いますと、丸々二日かかって対抗薬を現場で造りあげました。
血液中に入り込んだアルカロイドを除去して体外に排出するお薬です。
前世の医学知識とリリーが見つけてくれるアカシック・レコードの情報がとても役に立ちました。
前世の麦角菌とは少し違うようで、どうも体質により潜伏期間が違うみたいです。
発症した治癒師の方は、特にこの麦角菌に弱い体質の方のようで、あるいはアレルギー体質なのかもしれません。
もしそうであれば、次回に同じ中毒が発生した場合はアナフィラキシー・ショックを起こす可能性もあるから要注意ですね。
そうして修道女とともに更に二日ほど介護活動を続け、新薬の効能でほぼ終息したのでヘリエンヌ村での活動を終えて
でも、更に四日後の14日には、カボックでも同じ病気が流行り始めたのです。
一応対抗薬があってすぐに対応できたからよかったですけれど、おかげで私とファラはお薬造りで結構忙しい思いをしましたね。
ファラは単なる見習いの弟子ですけれど、使えるものならば、私は猫の手でも使っちゃうんです。
カボックで流行った理由は、ヘリエンヌから買い付けた小麦粉を売っていた商人がカボックに居たようです。
治癒師ギルドや公爵からの注意喚起にも拘らず、買い付けた分が損金になりそうなので内緒で手持ち小麦を販売していたようで、多数の人が発症してから大騒ぎになりました。
この商人は、侯爵の手配ですぐに捕縛され、牢屋にぶち込まれました。
知っていて売ったのなら確かに障害未遂ぐらいにはなるでしょうし、死人でも出れば業務上過失致死?
それとも殺人かな?
食べ物には注意しましょうね。
アルカロイド系中毒で有名なものは、ジャガイモの芽、トリカブトなんかがありますね。
下手をすると死に至る毒物ですから、皆さまもどうぞお気を付けください。
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