第57話 修業(その五)
俺は、アラン・コルマン、サルザーク侯爵領軍の魔法師で侯爵直々の下命により、クルド先輩とともに、カボックにやってきた。
今後1年間は、エリカ師匠に付き従って魔法を教わることになっている。
若くって美人のエリカ師匠なんだが、やることはかなりえげつない。
その意図がわからなかったが、言われた通り領軍で何時も経っている通りの魔力錬成をしたのだが、いきなり魔力錬成の練度がなっていないと言われてしまったよ。
どうも主な狙いは、弟子になった錬金術師見習いと薬師見習いの二人にあった様子だなんだ。
それというのも弟子二人に身体内部の魔力経路を拡げるという荒業をしたからね。
その魔力経路の拡大措置というのが、
なんせエリカ師匠が術を掛けると、全身が痙攣・硬直し、耐え難い痛みに襲われるらしい。
薬師見習いも錬金術師見習いも顔を歪ませて涙をぽろぽろこぼしていたぜ。
何せ声を発するどころか、息をするのもままならないらしい。
で、その弟子二人の処置が済むと今度は俺たちにその処置を受けるかどうか尋ねたんだ。
あの様子を見りゃぁ誰でも断るよなって思ったんだが、王宮魔法師のビアンカ嬢がメリットデメリットを尋ねた上で、自分もやると言い出した。
まぁね、魔力の経路拡大によるデメリットは無理やり押し広げるから全身が痛むらしいが、そうして広げると魔力発動が速くなり、またその威力が上がるらしい。
このまま何もせずにいれば1年経ってもほとんど威力の増大などの効果が目に見えることは少ないらしいんだが、経路を拡大した後で訓練を継続すれば魔法の威力は二倍から三倍になると言われ、俄然、ビアンカ嬢がやる気を出してしまった。
若手の王宮魔法師達が率先してやるのに、歳だけはベテランに属する俺たちが気迫で負けても居られない。
結局、俺たちまで、身体内部の経路拡大の措置を受けさせられる羽目になった。
結論から言うと、あれは、二度と受けたくないと思わせるのに十分なほど酷い拷問だったな。
但し、その措置を受けた後は、びっくりするほど魔力錬成の速度が上がったぜ。
今まで領軍でやっていた魔力錬成訓練は一体何をしていたんだと思えるほどの速さに変わっていた。
そうしてもう一つ、その日の夕刻に俺たち魔法師四人が引っ張り出されてカボックの城壁沿いに走らされたよ。
エリカ師匠が先導するんだが、こいつがめっぽう早い。
結局四分の一刻ほども走れたかどうか、俺たちはエリカ師匠について行けななって道端で潰れたよ。
勿論、一緒に走った王宮魔法師団の若手二人は、俺らより早く脱落していたから、
まぁ、この体力勝負では王宮魔法師団の連中に勝ったからそれなりに満足すべきだろうな。
しかしながら、エリカ師匠の体力には恐れ入ったぜ。
あれだけの速度で走りながら、俺たちが潰れても汗さえ掻かずにケロッとしているんだからとんでもない話だ。
そうして翌日は、魔法の実践訓練の日だったが、馬で引かない馬車という妙な乗り物に乗せられて、カボック郊外の荒地に連れて行かれた。
驚くべきことにこの妙な乗り物がものすごく便利だった。
馬が曳く馬車では到底出せないような速度が出るし、馬車で走れば絶対に車輪が壊れると思うような荒地でも左程酷くは揺れずに踏破できる。
俺たちは、エリカ師匠の家を出発してから、半刻ほどで予定地に到着したよ。
錬金術師見習いと薬師見習いの弟子二人は、家でお留守番なのだが、エリカ師匠から与えられた課題をこなしている筈だ。
そうして、そこで荒地に置かれた大石を的に見立てて魔法の訓練が始まった。
俺は水属性で、クルド先輩は土属性だ。
同じく王宮魔法師団のビアンカ嬢は水属性、モールが土属性だった。
水魔法での攻撃は、上級者になれば「水刃」が使えるらしいが、俺は今のところ「水弾」止まりだな。
それも攻撃距離で20尋程度がやっとだ。
氷も生み出せるんだが、そいつを動かすとなると、まぁ、俺の能力では無理だ。
だが、15尋ほど離れた標的の大岩にめがけてショットを放てと言われ、俺は水弾を放った。
水属性魔法での攻撃と言えば今の俺ではこれしかない。
やってみてびっくりしたのは、いつもの大きさの水の弾丸がとんでもない速さで俺の手元から発射されたことだった。
大岩までお辞儀もせずに一直線で突き進み、大岩を一部欠けさせるほどの威力を見せたんだ。
これまで俺が放った水弾でこんな威力のものを放ったことはない。
もう一つ、放ったのは一発だけなのに異様に疲労した。
俺の隣でビアンカ嬢も同じことをしたんだが、彼女の方はその場で腰砕けになって地面に座り込んだよ。
どうやら俺もビアンカ嬢も魔力の使い過ぎで枯渇しかかったようだ。
但し、彼女の放った水弾は俺よりも速度が速くて威力があったように思う。
エリカ師匠は、俺とビアンカ嬢にMPポーションを渡してくれた。
俺もこれまで色々訓練をしてきたが、一発魔法を放ってMPポーションを貰うのは初めてのことだったが、俺自身二発目を放つ余裕はとてもなかったのは事実だ。
そのまま俺とビアンカ嬢は休憩待機に入った。
次いで先輩たちの訓練だ。
土魔法に攻撃魔法なんぞは無いんだが一体どうするのかと思ってみていると、クルド先輩とモールに対しては、地面から円錐状の山を生やせと言われていたな。
エリカ師匠がその範を示して地面から尖った円錐状の小山を生み出した。
土魔法の中に地面を上下させる魔法があり、陣地構築などで役立つんだが、さすがに円錐状の尖ったものを生み出す魔法はこれまで見たことが無かった。
その後、二人の土属性魔法師がチャレンジするんだが、なかなかに難しそうだ。
二人とも額から汗を噴き出させながら頑張っているが、精々なだらかな小山ができるぐらいで先のとがった山を生み出すことはできていないな。
それを見たエリカ師匠が言ったもんだ。
「これは、イメージの問題よ。
土や岩を動かすことをイメージし、それを連続して行えば土は盛り上がる。
あとはそれを尖らせばいい。
尖らすことができれば、大地があなた方の武器になる。」
そう言ってエリカ師匠は一瞬にして一尋ほどの長さの針のような石を地面から突き出させた。
俺は土属性の魔法師ではないが、それを見て焦ったぜ。
あの速さで針のような石を足元で生やされたら、兵士はそのまま串刺しになってしまうぜ。
先輩たちもそのイメージがすぐに浮かんだみたいで青い顔をしていた。
その上でなおもエリカ師匠は言った。
「これをさらに強化するとこんなこともできる。」
わずかに五尋ほど先の地面に十数本の石の針がざっと音を立てて生えたんだ。
こいつは正しく地面から生えたハリネズミだぜ。
「これは、
取り敢えず、複数の針を大地から生やすことが、この一か月のあなた方の目標です。」
クルド先輩たちの魔力もわずかに四分の一尋ほどの小山を作って尽きたようだ。
そうするとエリカ師匠がMPポーションを渡して休ませる。
再度、俺たち水属性魔法師の訓練だった。
エリカ師匠がお手本を見せてくれたが、水弾がとんでもない速度で打ち出されると、15尋離れた大岩に穴が穿たれたぜ。
まさかと混乱してしまったが、実際に傍に寄って確かめたから間違いない。
俺の親指よりも太い穴が大岩の向こうに突き抜けていた。
水弾で岩に穴があけられるとは思っても居なかったぜ。
だが、水属性魔法でそんなことができるというのが俺たちの励みにはなる。
それに、さっきの俺たちの一撃は、間違いなく岩の一部を破壊していたんだ。
その日は、この訓練の繰り返しだった。
水弾を放ってはMPポーションを飲んで俺たちは休憩、その間にクルド先輩たちが円錐状の山を築いて、休憩。
おかげさまで俺のおなかはポーションでタプタプだったし、ビアンカ嬢は昼までに二度もお花摘みに行っていた。
エリカ師匠が、訓練場所付近にトイレを作ってくれたんで助かったよ。
一応男女別々の個室があっという間に土魔法で作られたのには流石にびっくりだ。
おまけに、寮にある便器と同じものが据えられているからとても便利だ。
余り必要はない筈なんだが、「大」の方をしてもきちんと処理してくれる優れものなんだぜ。
これは、ひょっとして錬金術なのかな?
ウーン、こんなのを見ちゃうと、なんだか、土魔法で陣地だけはなく、家でも作れそうな気がしてくるから不思議だぜ。
俺が習うのは氷の槍だった筈なんだが、水弾も中々に威力のあるものだとわかって、少なくともこいつで相当の威力が上がるまではこれの訓練を続けることになりそうだ。
エリカ師匠が言うように、魔力錬成の速度が上がることにより魔法の威力がアップすることは間違いが無かった。
但し、魔力消費量が半端ない。
一発撃って二発目が撃てないんでは実際の戦闘で困ることになる。
その点を尋ねたら、エリカ師匠があっさりと言った。
「魔力量が乏しいのはあなた方の普段の訓練が足りない証拠です。
魔力錬成を行って魔力の流れを早めなさい。
それともう一つ、夜寝る前には魔力を放出してできるだけ魔力を空になさい。
しっかり寝れば、翌朝には魔力は復活しているはずです。
それとMPポーションを使うのは、実践訓練を行うときだけに限定しますから、市販のものは使わないようにしてください。
さらに言えば魔力錬成が上達すれば魔法の制御が上手になります。
そうなれば魔力量の無駄な消費も抑えられるようになります。
あなた方の訓練は年間を通じて魔力錬成、魔力の制御、そうして魔法発動になります。
ある程度威力が上がった時点で次の段階に進みます。」
うん、まだまだ先が長そうだ。
少なくとも領軍での訓練よりはスパルタだな。
もうひとつ、荒地の訓練場所を引き上げる際に言われた。
毎朝、カボックの城壁沿いに走りなさいと。
どうも魔法師は、体力もつけないといけないらしい。
何とか一回目の実践訓練は乗り切れたようだ。
正直な感想として、エリカ師匠はすごいと思う。
そんな師匠に教わることができるのも光栄なことだと思う。
然しながら、MPポーションでおなかがタプタプになるのは勘弁してほしいなと思っている俺だった。
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8月14日、サブタイトルのスペースを縮めました。
8月14日から新たなお話を投稿しました。
よろしければ読んでください。
表題は
「浮世離れの探偵さん ~ しがない男の人助けストーリ―」
です。
By @Sakura-shougen
◇◇◇◇
10月12日、一部の誤字修正を行いました。
By @Sakura-shougen
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