第55話 修業(その三)

 弟子二人は、流石にギルドが選んで送り込んできただけのことはある若者です。

 自分たちが教えられたやり方と、幾分?、いいえ、大分違っている錬金術の錬成であり、製薬方法であることに戸惑いながらも懸命に食らいついてきます。


 潜在能力はありそうですので後は本人の努力次第でしょう。

 特に二人ともに日を追って魔力の流れがスムーズになって行き、一か月過ぎる頃には、工房での修業にもすっかり慣れて、初級程度のポーション造りや魔導具造りは単独で出来るようになりました。


 まぁ、そうは言いながらも、やや安定性に欠けており、1割以内での失敗作もあります。

 特に素材にばらつきがある場合、その劣化具合を見ながら調整するような技術や能力はまだありません。


 ですから初級程度のポーション造りや初級クラスの魔導具造りでの失敗を1%未満にまで抑えることが次の一か月の目標ですね。

 当面修業に必要な素材は錬金術・薬師ギルドのカボック支部が揃えてくれます。


 但し中級クラスになると素材がかなり高価になりますので、そちらは流石にギルドでも用意はしてくれません。

 当初の打ち合わせでは、ギルドも中級あるいは上級のまでは当面の目標としてはいないようです。


 私の魔力を使っての錬金術及び製薬を受け継ぐ者の育成をお願いしてきたわけですけれど、三年程度の弟子入り期間ですから、そもそも中級のモノづくりができるとは想定していないようです。

 でも、私は違う考えです。


 最初に弟子たちに通告した通り、1年以内に錬金術師と薬師の資格は取らせます。

 本人たちが希望するならそこで独立してもらっても構いませんが、三年間は弟子としてそのモノづくりの腕も向上させるつもりでいます。


 少なくとも中級上クラス程度のモノづくりができて初めて弟子を卒業だと思っています。

 ファラとレーモンならば、きっとやり通せるんじゃないかと期待しているのです。


◇◇◇◇


 一方の魔法師の研修生の方ですが、魔力経路を広げただけで彼らの魔法効果が倍近くに上がりました。

 本来はもっと上がってもおかしくはないのですが、実は、出力が上がった分だけ制御が不安定になって魔法の放出が安定しないのです。


 単純に破壊力が増したと言って喜んでいられる状況ではありません。

 極端な話で言えば、魔力を使い過ぎ、あるいは魔力を垂れ流しして一気に枯渇してしまう可能性が高いのです。


 魔力の枯渇は、往々にしてその場で意識を失い、ぶっ倒れることになります。

 魔法の修練は、周辺に迷惑が掛からぬようにカボック郊外の荒地に行ってやっています。


 そこまで走って行くのも一つの方法なのですが、彼らも王宮や領軍に努める将兵ではありながら、生憎と魔法師というのは昔からうらなりの頭でっかちなので、体力に自信のない者が多いのです。

 領軍魔法師の方はそれなりに領内での遠征行軍などもやっているので、歩くことにはある程度慣れていますが、実践訓練の前に試験的に30分も駆け足をさせるとすぐにへばってしまいました。


 王宮魔法師団の二人は、十分と持ちません。

 精々数キロ程度の駆け足でそれですから、カボックの門から30キロ近くも離れた荒地まで行くには、下手をすると日中いっぱいかかってしまうかもしれません。


 体力増強も日頃の自主訓練に加えることにしましたけれど、取り敢えずの訓練の行き来に困りますから、早速足に変わる移動手段を用意することにしました。

 まぁ、私の転移魔法を使えば簡単なのですけれどね。


 そっちは、できるだけ人目につかないようにしなければなりません。

 例え弟子や研修生であっても同様です。


 王宮魔法師団は、私を「転移魔法を使える者」と見做していることは重々承知していますけれど、敢えてそのことに確証を与えて追認させる必要などありません。

 取り敢えずそんな場合、移動手段で使えるものとしてはこの世界では馬車なんですが、馬車を購入しようとすれば実は結構高価なんです。


 私も一端の小金持ちですから馬車を買うお金が無いわけじゃありません。

 但し、馬車を曳く馬の確保が結構面倒なのです。


 私自身には「テイム」のスキルがありますので、必要とあれば、家畜やペットを飼うことも容易たやすいのですけれど、普通、家畜やペットはそれなりに手間暇のかかる世話が必要なんです。

 でも私にはその暇が余りありません。


 その点、パティとマッティは例外的ですよね。

 彼らは神獣の所為なのか、ほとんど手間いらずなんです。


 それはともかく、仮に本物の馬車を使うとすれば、馬車を置くスペースと馬を入れる厩舎が必要になります。

 道路に面した部分にはそのスペースがありませんので当然裏庭になりますが、馬車の収納場所と厩舎のスペースを考えるとそこまでの広さはなさそうです。

 窮余の一策きゅうよのいっさくで、すなわち自動車を作ることにしました。


 エンジンは在りませんが、動力になるをエンジン代わりにします。

 フライホールを有する自作機械は、一種の魔導具で魔力を注入するとフライホイールが回転します。


 このフライホイールにクラッチと逆転機構を備えてやれば、動力機関になり得ます。

 蒸気機関や新たな熱動力機関とか作っても良いのですけれど、化石燃料を使用する内燃機などを作るとすればどうしても機構自体が大きくなり過ぎますので、アダマンタイトという重金属を使ったフライホイールの回転モーメントによる慣性力を使うことにしました。


 エネルギー源は私の魔力ですので、ほとんど無制限に近いですね。

 フライホイールは、直径60センチほど、厚みが精々50ミリ程度の円盤ですし、関連するクラッチと原則ギヤ、反転機構は一辺30センチ程度の立方体の箱に収まっていますからものすごく簡単な構造です。


 フライホイールを高速回転させるとそれだけで慣性モーメントのエネルギがそとに取り出せるんです。

 操縦系や足回りの方がよほど複雑な機構になっていると思いますよ。


 何しろ、こちらの道路はかなり凸凹ですし、練習場所になる荒地はそれこそ道なき悪路ですからね。

 四駆(4WD)でなければ高速移動は無理です。


 形は前世のバンタイプに近いですが、少々大きめです。

 荒地を走るので床がかなり高く、平地に停車した状態で、床と地面の間隔が33センチもありますので、座席に座るのに小さな子供やお年寄りはちょっときついかもしれませんね、


 内装材量の厚みもあって座席の内部床は、地上高40センチほどになります。

 単純に言うと前世で見たことのあるランドローバーとかランドクルーザーの感じで造りました。


 エンジン部分は運転席よりも前にあって床中央のシャフトを通じて前輪と後輪に動力を伝えています。

 車体幅は軍用車両のハンヴィー並みに広くして2m10センチもありますから座席に三人掛けでも余裕がありますし、四人掛けでも行けるかもしれません。


 確か私が勤務していた病院の介護者送迎用のマイクロバスが横幅2035㎜でしたからそれより幅が広いんです。

 昔、調べた時に皇室のお召車の幅が186センチでしたけれど、先日、迎えに来て乗った侯爵様の馬車は間違いなく幅が2mを超えていましたから、210センチ幅の馬車でも道路を走るのに問題は無いと判断しています。


 車高は天井まで190センチほどになりますけれど、必要な場合には前部座席天井上部に比較的大きな照明装置(サーチライト様の魔導具)を取り付けますので、その際は車高は2mを超えます。

 カボックや他の大きな街の門については3m近い高さがあるので大丈夫ですけれど、小さな街の木戸程度ではくぐれないかもしれません。


 全長はマイクロバスに近い6m弱ほどでしょうね。

 座席は、運転席を含めて一応8人分(最前列2名、二列目3名、三列目3名)が常設ですが、更に荷台に折り畳んだ座席を広げると6名分増えて14名が一度に乗れます。


 車体重量は、軽金属のミスリルを多用していますので意外と軽くって、1200キロ弱ですね。

 軽乗用車よりも重く、小型乗用車よりも軽いと考えればいいでしょうか。


 老朽化した橋などを渡る場合は、重量を掛けないように浮遊魔法を使って凌ぐつもりでいますが、カボックから荒地に至る間には川も橋もありません。

 浅い小川程度でしたなら、四駆で乗り越えちゃいますけれどね。


 問題は、なんて、この世界には無いとリリーから聞いています。

 でも、この馬無馬車を広げるつもりはありませんから良いのです。


 魔力で動く自動車ですけれど、試しに弟子や魔法師たちにやらせてみたら、弟子達で5分、魔法師たちで10分程度低速で動かすのがやっとでした、

 弟子達で1キロか2キロ、魔法師たちで3キロから5キロ程度しか動かせないことになります。


 私が助手席に座って魔力を補充し続ければ、問題は無いのですけれどね。

 逆に言えば、この車は私が居なければあまり動かせないということになります。


 ですから侯爵様に一応の報告はしますけれど献上はしません。

 使えないものを献上しても仕方がないでしょう。


 単純に言って、領都から王都まで出かけるのに侯爵様が抱えている魔術師を総動員しても王都には届かないかもしれません。

 ある意味で無駄ですよね。


 魔力が有り余っている私にしか使えない魔導具なんです。

 改良版はそのうち考えてみますけれど、馬無馬車でこの世界の物流を変えようなんて気はないですからね。


 ですから馬無馬車の改良の件も、余り意欲も無いんですよ。

 気が向いたらやってみるぐらいでちょうど良いでしょう。


 いずれにしろ、そんなに大きなものは必要なかったかもしれないのですけれど、何か運ぶ際にトラック代わりにもなるかもと考えて、幅広のランドクルーザーに荷台分をプラスした感じの車体を造り上げたんです。

 だから車体は随分と大きいんですが、できるだけフォルムに丸みを帯びさせて角張らせてはいないので、軍用車両のような威圧的ではないはずです。


 それでも初めて見る者は、これを見て怪物と思うかもしれません。

 前方から見るとヘッドライトが何となく四つ目に、ラジエーター部分が口に見えなくもありませんから・・・。


 運転は当分私がしますけれど、単独では無理としても弟子二人にも教えるつもりでいるのですよ。

 私の場合、若い頃に機会があって乗用車以外では2トンロングのトラックを運転したこともありますから、この馬無馬車は少し大きい車ですけれど多分運転は大丈夫のはずです。


 尤も、前世では70歳になる前に車の運転をしなくなりましたから、数十年ぶりの運転でしたの内心不安はありましたけれど、身体が若い所為か、何のトラブルもなしに運転ができました。

 でこぼこ道と道なき道を走って約1時間で訓練場所に到着できました。


 多分、普通の馬車の場合だとこの荒地に乗り入れるのが相当に難しそうです。

 仮に魔法師たちが単独でこの荒地まで来ようとすれば、徒歩か騎乗になるんだそうです。


 およそ30キロ近くありますので、徒歩なら往復だけで間違いなく一日が潰れます。

 行軍の訓練じゃないんですから、それじゃまずいですよね。


 逆に言えばカボックからは中々来にくい場所ということでもあり、訓練を行うのにこれほど適した良い場所も他にはありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る