第54話 修業(その二)

 人に教えるというのはなかなか難しいことだというのは、前世の折から知っておりました。

 教えられる側の力量や能力が皆一緒ならば良いのですけれど、弟子二人と魔法師の研修生四人がそれぞれに力量等に違いがありますからね。


 魔力の大きさで違い、理解力で違い、体力でも違いますので、一緒くたに教えることはかなり難しそうです。

 平均的レベルで教えることはできますけれど、それでは優秀な者の力を伸ばすことができなくなるのです。


 研修生の場合、取り敢えず水属性魔法師についてはアイスランスの発動、土属性魔法師についてはグランドニードルの発動を目標としましょうか。

 その上で可能ならば個別指導で更なる上級魔法を目指すことにしますけれど、現状のままの四人の能力では、目標達成そのものが結構難しそうな気がしますね。


 まずは弟子二人の面倒を見ましょうか。


「ファラ、貴方は年上だけれど私の弟子だからファラと呼び捨てにしますね。」


 ファラは大きく頷きました。


「貴方の場合、余り魔力錬成はやったことが無いのかな?」


「はい、父と母に少し教えてもらった程度です。

 学院でも多少の授業はありましたけれど、思ったようにうまく行かなくって・・・。

 とにかく魔力があるのは分かっていても、何というか固くって動かしにくいんです。」


 一般的な魔力の受け止め方についてはリリーから聞いて知っています。

 私の場合、転生の際に得たチート能力で普通の人とはとても言えなくなっていますから、リリーからある程度の標準値的な能力を聞いています。


 魔力の保有量や錬成の練度については、錬金術師や薬師、魔法師等々色々なレベルの標準がありそうです。

 魔法師にはなれないレベルが錬金術師であったり薬師であったりするのですけれど、薬師については魔力なしの方も稀ですけれど居るようです。


 その場合はひたすら体力と根気で勝負のようですね。

 いずれしろ、魔力が皆無では薬草の下ごしらえができないので薬師としても二級や一級に上がることはできないようですね。


 錬金術師の場合は素材の加工に際して魔力窯を使いながら錬成をしますので魔力は必須なんです。

 但し、大魔法を使うほどの魔力は必要ないのです。


「うん、まぁ、感覚的には粘っこいものの感じなのかな?

 でね、ファラの場合、魔力錬成を苦手にしていた所為かも知れないけれども、魔力の流れの経路にちょっと詰まりができているかもしれないね。」


 かもしれないではなく、私にはチート能力で人の魔力の流れが見えますから、明らかに流れが滞っている個所がはっきりと見えるんです。

 でもそれを言う必要はないですよね。


「人によって違いがあるのだけれど、魔力の経路のイメージとしては細い管のようなものが身体全体を巡っていると考えるとわかりやすいかも。

 その細い管は、魔力を流すことによって徐々に太くなり、魔力が流れやすくなるんだけれど、使わないと実はどんどん細くなって詰まってしまうことにもなりかねない。

 実際に完全に詰まってしまうと、病気にもなるしね。

 魔力を使う人にとっては一大事なのかな?

 そうしてファラは、そうなりかけの半病人みたいなもの。

 だから、ここはちょっと無茶をして細い管を広げようと思うけれど、どうかな?

 うまく行けば、今後の薬師の修行にすごく役に立つはずなの。

 失敗しても、今のままだからデメリットは無いと思うよ。

 但し、本来は自分の力で徐々に広げるべきところをある意味で無理やり押し広げる形になるからね。

 もしかすると、びりびりとした痛みを全身で感じるかもしれない。

 で、どうする?

 やってみる?」


「本当に害は無いんですか?

 後々問題が無いのならやってほしいですけれど・・・。」


「うん、私は、魔法についてはかなりよく知っているし、ヒトの体についても良く知っているからね。

 問題が無いのは保証してあげる。

 但し、さっきも言ったように違和感もあるだろうし、痛みも感じるかも知れないからそれに耐えてもらわなければならないよ。

 覚悟はいい?」


「ハイ、お願いします。」


 言質げんちは取りましたけど、結構きついかもしれないね。

 其処は敢えて触れないでおきましょう。


 彼女を椅子に座らせたままで、その背後に回って、両肩に私の両手を置きました。

 そうして経路の拡大作業の開始です。


 リリーに聞いて理屈もやり方も分かっているのですけれど、私も実際に行うのは初めてですからね。

 多少の不安はあるんですよ。


 それをファラに言ったら心配するでしょうから言いませんし、顔色にも出しません。

 自信たっぷりの演技を続けながらスタートです。


 私の魔力とファラの魔力を融合させて、それからファラの身体の経路を巡回させます。

 最初はかなりゆっくりなのですけれど、それでも流れ始めた途端にファラが「フギャ‼」と小さく喚きながらびくんと動き、そうして硬直しました。


 硬直しながら痙攣を始めます。

 身体中の筋肉と皮膚が脈打つように痙攣しています。


 リリーがファラの表情や身体状況を観察しながら現状を教えてくれます。

 どうやらファラは、女の子がしてはいけないような表情に崩れているようですし、口を開けてよだれが垂れてもいるようです。


 涙も両目からぽろぽろですが、まだ大丈夫のようです。

 一応の予定していた目安まで経路を拡幅して作業を終えると、硬直していた身体がようやく解けてそのままこてんとテーブルの上に上体を倒して、それから大きく息をしました。


 あら、呼吸もできなかったのかな?

 まぁ、精々10秒か15秒の間だから問題は無かったはずです。


 ファラがやおら起き上がり、かすれた声で言いました。


「師匠、ひどいです。

 私、全身が硬直して、息さえできずに死ぬかと思いました。

 それにぃ、とっても痛かったです。

 細かい針で全身を突かれているような痛さでした。

 声を出そうにも出せなかったし・・・。」


「はいはい、わかりましたよ。

 でも、今は痛くないでしょう?

 無事に処置も済みました。

 ファラの経路は、取り敢えず広がりましたから、魔力錬成もしやすくなったはずです。

 一度魔力錬成をやってみて?」


 ファラが魔力錬成を始めると、これまでの十倍近い速度で動き始めました。


「うわぁ、師匠、凄いです。

 こんなに魔力が簡単に動かせるなんて・・・。

 何で今までできなかったのかしら?」


「ファラは、それでじっくりと練習していてね。

 さて、レーモン、貴方も弟子だから呼び捨てよ。

 そうして今度はあなたの番よ。」


 レーモンは、ファラの様子をしっかりと見ていたから完全に怖気づいていました。

 それでも有無を言わせずに、半強制的に、作業を始めるのでした。


 レーモンも同じく処置を始めると、「アフッ‼」と小さく喚いて、硬直し、全身を細かく痙攣させています。

 錬成中だったファラが、錬成を中断して、その様子をまじまじと見つめています。


 そうですよね、自分が処置を受けている時は自分の様子がわからなかったわけですから・・・。

 ファラも見てはいけないようなレーモンの表情を見て、しかめっ面をしています。


 レーモンはファラよりも若干短い時間で処置が済みましたけれど、ファラもレーモンもまぁ五十歩百歩でしょうね。

 レーモンについても終わりましたので、立ち直った彼にも魔力錬成を続けるように言いました。


 次は魔法師連中ですが、どうするかですねぇ。

 弟子については、そもそも多少の抵抗があっても無理押しするつもりでした。


 でも、魔法師の研修生については、明らかに処置をした方が良いのですけれど、そもそもが一人前の社会人とみなしてよい連中ですからね。

 彼らの意思に任せましょうか。


 でも、一応の声掛けはします。


「さて、魔法師研修生の皆さんはどうしましょうかね。

 あなた方も間違いなく、弟子二人と同じ処置を受けた方が良いのは分かっています。

 少なくとも現状の数倍の速さで魔力錬成ができることになりますが、私から無理押しはしません。

 あなた方の希望があればやりますけれど、そうでなければ何もしません。」


 ビアンカが尋ねた。


「あのぉ、・・・。

 もしその処置を受けずに訓練に入った場合、弊害はありますか?」


「そうですね。

 魔力錬成は引き続き、個別に続けてもらいますけれど、これまでと同じ方法では伸びは少ないと思った方が良いでしょう。

 多く見積もって1年で5割増し程度が限度でしょうかねぇ。」


「私の場合で、その処置を受けると本当に数倍の速さに達することができるのですか?

 また、仮にそうなったとして、そのメリットは何なのでしょう?

 魔力錬成を行えば魔法行使の際の補助にはなるけれど、魔法の効果が上がるとは教わっていないのですけれど・・・。」


「そうですね。

 メリットとしては、魔力錬成を上手にこなすことで魔力の発動が迅速になります。

 そうして魔法発動に際して、より細かな制御が行えることになりますし、単位時間当たりの魔力放出が増えますので、魔法自体の威力や効果も上昇します。

 但し、魔力操作で1割とか2割程度の上昇では左程の成果が目に見えて現れるわけではないのです。

 従って、魔力錬成は、魔法行使に補助的に役立つとこれまで信じられて来たようですけれど、実際には魔力の操作そのものが上手になることにより発動魔法の威力や効果が大きくなるんです。

 魔力錬成自体の速度向上が魔力操作能力の上昇と関連して来るのですけれど、その相関性がわかるのは少なくとも二倍程度の速さにならないとおそらく実感できないんでしょう。

 従って、魔力錬成の速度が数倍に引き上げられれば、魔法を発動した際にその威力や効果が肌身で実感できると思いますよ。

 ビアンカさんの場合ですと、少なくとも三倍程度の速さになると思われます。」


「あの、私には魔力の流れが見えないのですけれど、先生には渡したほかの人の魔力の流れが見えるのですか?」


 おっと聞かれてしまいましたねぇ。

 必要が無ければ秘密にしておくつもりでしたが、まぁ、やむを得ないでしょう。


「はい、見えますよ。

 でも、そのことはできるだけ秘密にしておいてくださいね。

 私には、魔力の保有量を含めて、あなたたちの魔力の流れが良く見えています。」


「ならば、ならば、お願いします。

 私も先生のようにアイスランスの使い手になりたいんです。

 死ぬ気で頑張りますのでお願いします。」


 ビアンカさんの申し出に感化されたか、研修生全員が経路の拡大を望みました。

 これで、一応の懸念材料が減りましたね。


 研修生達も経路の拡大処置を行いました。

 処置を実施している際の表情については、研修生の名誉の為にも内緒にしておきましょう。


 これで、弟子も研修生も取り敢えずの最低限の目標ステージには到達できそうです。

 経路拡大の処置を済ませた後、魔法師研修生にはそのまま食堂で魔力錬成を行わせ、弟子達は1階の錬金術工房に移動して基礎的な座学から始めました。


 錬金術師も薬師も基本部分では似たようなことをしているんです。

 但し、錬金術師の場合は、錬金窯を含め、魔力を使用して無機物からの成分抽出などの錬成が多いのに比べて、薬師は魔力を使うこともありますけれど、どちらかというとひたすら肉体労働で薬草等の素材から有効成分抽出や混合の作業を行うことが多いのです。


 私の場合は、魔法を主力にして、どちらの場合でも抽出や錬成作業をしてしまいますので通常の錬金術師や薬師とはやり方が異なります。

 一応、通常の場合における製造方法も教えはしますが、弟子に教えるメインは魔法を使った錬金術であり、薬品製造の技術になるんです。

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