第53話 修業(その一)
王都からの弟子と魔法師達は、
その間の給食や世話は、マルバレータとヴァネッサに任せています。
取り敢えずは、使用人の二人が我が家での生活面での先輩になりますから、弟子達や魔法師の研修生(?)達はこの二人に色々と教えてもらうことになります。
我が家には他には無いであろう魔道具が多いので、慣れないとチョットした事故に見舞われます。
まぁ、可能な限りの危険防止の処置を施してはいますが、人が予測できない行動に出ることもあり、多少のトラブルは起きかねません。
そうしたことにならないようにするためには、先達に教えてもらうのが一番なのです。
特に、マルバレータとヴァネッサについては、我が家に来た時に驚きまくり、呆けまくっていましたから、教師としては一番良いんです。
私の前世での恩師の一人が申しておりました。
他人に留守番を頼む時に誰を頼むかについて、火事を経験したことのある人と家事を経験したことのない人の二人が居た場合、私なら家事を経験した人に留守番を頼みたいと思うと言っておられました。
勿論、ケースバイケースですので一概に決められない場合もあります。
しかしながら、恩師の考え方は経験者に勝るものは無いという考え方のようです。
少なくとも恩師の説に一理はありますので、先達にお願いすることにしたのです。
弟子や研修生達にとっては、旅の疲れを癒しながらも、まずは我が家での生活に慣れてもらうためのオリエンテーションですね。
取り敢えずは二階の食堂に全員を集め、今後の予定と方針を告げました。
最初に弟子二人に告げたのは、1年で錬金術師と薬師の資格を取ってもらうことを第一の目標とすることを伝えました。
1年で資格が取れないからと言って、すぐに放逐はしませんが、3年以内に資格が取れないような場合は弟子を放逐する旨を明言しておきました。
研修生四人については、魔法の実践訓練と魔力の錬成訓練が中心になりますけれど、実践訓練はカボック郊外の荒地で実施することを伝えました。
魔力の錬成訓練は、原則としてそれぞれの部屋、食堂、若しくは、裏庭で訓練すべきことを告げました。
そのほかの注意事項等も思いつくままに言っておきました。
「魔法の実践訓練は、私も立会って指導をすることになりますが、錬成訓練についての初歩はともかく、通常は自主訓練に委ねます。
月を三分割して十日を
また、同日の午後には、商業ギルド、錬金術・薬師ギルドなどに定期的な成果物の納品がありますので、私が師匠となって行う修行や訓練はありません。
従って、その間は弟子及び研修生の全員が、それぞれで自主訓練をするなり、別途私が与える課題をこなすようにしてください。
『2』と『7』のつく日の日中は、研修生達の訓練でカボック郊外に外出します。
この日は朝出かけて夕刻に戻ってくることになります。
なお、昼食はマルバレータに弁当を用意してもらいます。
この研修生の魔法実践訓練は、いかな悪天候であっても野外で実施します。
あなた方魔法師は、国または領軍に属する武人でもあります。
戦等による出陣というものは、天候の良し悪しに関わりなく行われます。
従って、あなた方魔法師も、どんな天候であっても魔法が使えるようになってもらわねばなりません。
それ以外の日は、休息日を除いて魔法師は基本的に家で魔法のイメージ造りと魔力の錬成訓練です。
もう一つ大事なことですが、一旬間の内、『9』のつく日は、コックとメイドを除いて全員が休息の日です。
原則としてこの休息日は、自由に過ごしても良いのですが、訓練も修行もしてはいけません。
魔法師の四人はすでに俸給を貰っている身分ですので、既に周知されているかと思いますが、我が家に住むにあたって最低限度の費用を支払っていただくようになっています。
あるいは所属する魔法師団あるいは領軍からの依頼の報酬という形ですでに支払うようになっているかもしれませんが、その辺はそれぞれ確認の上でコックのマルバレータに知らせてください。
それから、既にコックとメイドの二人から聞いていると思いますが、自分たちの衣類は自分たちで洗濯をしてください。
ベッドのシーツや包布はメイドが洗濯しますし、あなた方に割り当てられた部屋の掃除もメイドがします。
部屋に居てたまたま掃除の時間になった場合、掃除の邪魔にならないようにできるだけ部屋を出ていてくださいね。
そうしてもうひとつ、常日頃から部屋を汚さないようにお願いしますね。
あなた方が住んでいる部屋は、いずれ、別の人が入ることになるかも知れません。
そうした後々の住人のことも考えて部屋も施設も大事に扱ってください。 弟子二人は、今日これから早速指導に入りますけれど、その前に、取り敢えず全員で魔力の錬成訓練をしましょう。
魔法師である研修生は言わずもがなですけれど、錬金術師も薬師も魔力の錬成は、仕事をする上で欠かしてはならない訓練です。
では、魔力の錬成訓練を始めましょう。
皆さんそれぞれ普段からしている方法でよろしいのでその場でやってみてください。」
王宮魔法師団の二人は、比較的スムーズな流れでの体内錬成ができていましたが、エリカの見たところでは、どうも出力が少ないように見えますね。
領軍魔法師の方は王宮魔法師に比べると流れが遅く、流量も幾分劣っているけれど、それでも、まぁ、ましな方でしょう。
錬金術師見習いと薬師見習いの弟子二人は、それに比べるとまだまだの練度なのです。
この様子を見る限り、錬金術師学校や薬師学院では魔力を使う授業を余りやっていないのだろうと思われますね。
仕方がないので、皆の前で見本を見せることにしました。
百聞は一見に如かずと申します。
言葉で聞いて頭で理解していても他の人の経験というのは非常に分かりずらいものなのです。
でも、それが視覚で見るとすれば・・・・。
「全員が一応それなりにできるようですけれど、それでは不十分ですね。
皆さんに見本を見せますので、今後訓練をする際には、これから見せる手本をイメージして練習するようにしてください。
魔法師にしろ、錬金術師や薬師にしろ、魔力の錬成は基本です。
これができなければ、先には進めません。」
私は、そう言ってから体内の魔力を巡回させ、両腕を少し広げて左腕から右腕にかけて弧を描くように魔力を放出しました。
丸い輪を描くように魔力の流れによるループができる。
その際に、敢えて魔力に薄い色を付けて皆に見せるようにしたのです。
キラキラと七色に光る魔力の流れが明瞭に見えるようになりました。
私が全属性の魔力を持っているからこそできることでもあるのです。
なかなか魔力に色を付けるのは難しいはずですから、早々にできるとは思えないけれど、仮にできたにしても水属性ならば青、土属性なら黄色しか出ないはずです。
居合わせた全員が初めて見る現象に目を丸くして驚いています。
自らの放つ魔力が己が目で見えるか見えないかは別としても、弟子や研修生達がすぐに私の見本通りに魔力の錬成ループができるとは思えませんけれど、少なくともイメージで最良のものを頭の中で思い描いていないとこれから成すであろう自主訓練も向上しないのです。
◇◇◇◇
私はビアンカ・ロヴェーレ。
王宮魔法師団に昨年入ったばかりの新人です。
子爵家の次女として生まれ育った私は、家に恵まれ、師匠にも恵まれて、幼い頃からの希望であった念願の王宮魔法師団に入ることができた果報者です。
王宮魔法師団に入るには王都の魔法学院を優秀な成績で卒業しなければなれないのです。
その栄光ある王宮魔法師団に入ることができたのだから、とても誇りには思っているのです。
その勤務先である王宮魔法師団の訓練場でエリカ嬢の驚くべき攻撃魔法を垣間見てしまいました。
岩を細切れにして飛ばす術には本当に驚いたけれど、私には土属性は無いので到底できないものと諦めもつきます。
でも、アイスランス(氷の槍?)には、死ぬほど驚きました。
水魔法でも氷に特化した魔法師は、氷の
百歩近くほども離れた場所の的にアイスランスを当てて、貫通させたのです。
あの標的が兵士ならば即死でしょう。
何せ私の太ももほどもある大きなツララが、猛烈な速さで飛翔し、標的をぶち抜いたのです。
標的は、固いバルネ
凄まじい威力と言えますが、あれは本当に水属性魔法なのかと疑いたくもなりますよね。
私は水属性魔法が使え、氷もまぁまぁ生み出すことができます。
但し、氷を生み出すとなると時間もかかるし、魔力もかなり必要とするので、余程必要が無い限りは氷を作ったりはしないものなのです。
それを、エリカ嬢は大きな槍というか矢というか先端の尖った太いものを6本も、詠唱なしで一瞬の間に作り上げ、飛翔させたのです。
あの攻撃魔法が覚えられるなら何でもするつもりで、私はカボックへやってきたわけです。
でも、今、目の前で見せられているものは一体何なのでしょうか?
エリカ嬢が魔力錬成をせよと言ったので、その仰せに従って、いつも我が隊で行っている魔力錬成を行いました。
ところが、エリカ嬢はそれでは不十分だと言い、手本を見せるというのです。
確かに魔力錬成などは師匠や先輩から手取り足とり教えてもらうものではあるけれど、魔力そのものが見えない以上、感覚でしかわからないはずなのです。
見せると言っても一体何を見せることができるというのだろう?
そう疑問に思っていた私がバカでした。
なんと、エリカ嬢は、まさしく魔力を色づけして私たちにその動きを見せたのでした。
エリカ嬢の左手から右手に向かってループを描きながら白っぽい薄い流れが見え、その中に七色に輝く薄い鱗粉のようなものが、高速で流動しているのが見えました。
私が魔力錬成をする時は、自分の魔力でさえ見えずに感覚的に回っていると認識しているだけなのですが、私の魔力錬成では絶対にあれほどの速さは出ていないと思えるのです。
魔力は、何というか・・・、粘性の高いドロッとした液体状のような感じがします。
だから、それを動かすにはかなりの力が必要なのです。
幼い頃に師匠に手を取ってもらって魔力の存在を感知し、師匠と私の間に流れができたものを体験することで、体内で魔力を回すことをようやく覚えたのです。
覚えたての頃は、本当に少しずつしか動かせませんでしたよ。
魔力錬成を繰り返したおかげで、今ではそれにも慣れた私ですが、目の前で見ているような流速には絶対にできてはいません。
エリカ嬢は、この手本をイメージして魔力錬成を行いなさいと言いました。
これができなければ、アイスランスの魔法は難しいということなのでしょう。
ハァ、・・・これからが思いやられますけれど、魔法師団から託された思いを叶えるために、どうやら私は死ぬ気で頑張らねばならないようですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます