第52話 弟子二人

 僕は、レーモン・ビショップ、18歳。

 栄えある王都のグローリア錬金術専門学校を卒業間近の錬金術師見習い候補生だ。


 学校での成績は間違いなく五本の指に入っていたと思うのに、学校長から私の弟子志願書とは違う話を持ちかけられて戸惑った。

 私が希望したのは、一級錬金術師として王都でも名高いレオン・スロバーグ様の弟子になることだった。


 その願書を出していたにもかかわらず、その返事の代わりに専門学校の学校長から言われたのはとんでもない話だった。


「君は、当学校でも極めて優秀な人材なのだということ初めに言っておこう。

 その上で、実は、王都の錬金術・薬師ギルドの斡旋で、地方都市カボックの錬金術師に弟子になってもらいたいと考えているんだが、どうだろうか?

 当該師匠となるべき錬金術師は、非常に若いのだが、王都の錬金術・薬師ギルドでも注目を浴びている錬金術師でね。

 その人しかできない錬金術が数多くあるそうなのだよ。

 そうして誰かその後を継ぐ人物が現れないと錬金術・薬師ギルドとしても非常に困るので、当学校に前途有望な優秀な卒業生はいないかとギルドマスターご自身から相談があってね。

 私としては是非とも君を推挙したい。

 但し、君はレオン・スロバーグ師の弟子になることを望んでいるようだから、この話を進めると君の希望を無視することになるので、君の意見をよく聞いてからにしたい。

 因みに君が断るならば残念ながら当学校からの推薦者はいないことになる。」


「何故に僕なのでしょうか?

 成績優秀な者は同じクラスの中では、アイリーンやカムロ、それにマクセルなども居るはずですが・・・。」


「ふむ、今から話すことは他の者に言ってはならない。

 良いな。」


 一旦学校長はそう言ってから話し始めた。


「確かに学校の成績については、今君が挙げた3人も優秀だが、彼らは保有魔力が少ないのだよ。

 師匠となるべき人物は、未だ17歳の裏若き女性だが、魔力の保有量が極めて多いとみられている。

 しかも魔法師と見間違うほどの大魔法も発動できるようだ。

 実力的には王宮魔法師団の猛者以上の大魔法師と見られている。

 この儂も、彼女が錬金術で物を作る場面をたった一度だけ、この王都で見たことがあるが、凄まじい錬金術であった。

 庭の土から成分を抽出して見事な陶器を作り上げるなど、なかなかにできるものではないのだが、彼女は極めて短時間にそれを成し遂げてしまうのだよ。

 確かに、錬金術にも魔法を使うが、その行使はあくまで補助であって、錬金釜などの魔導具や錬金術試薬等があって初めて成せる技が多い。

 しかしながら、彼女の場合は、ほとんど無からその場で作り上げてしまうのだよ。

 君が師匠として望んだレオン・スロバーグ師も、錬金術師界隈で著名かつ優秀な一級錬金術師ではあるのだが、おそらくは彼女と同じことは決してできまい。

 そうして時間と労力と資材を惜しみなく使えば似た物は生み出せるだろうが、彼女と同じ業物は作り出せまいと思われる。

 私が思うに、彼女の錬金術は膨大な魔力の支援があって初めて成せる術なのではないかと思っている。

 彼女の技を受け継ぐことができるとしたなら、当学校には、魔力の大きさで君以外にはいないのだ。

 あるいは、君を推薦してもギルドで落とされるやもしれない。

 錬金術・薬師ギルドは、王都だけでなく地方にある錬金術の専門学校と著名な錬金術師のもとにも声をかけており、推薦された者の中から一人だけを選ぶ心づもりであるらしい。

 従って、最終的に君がその選出に漏れたなら、優先的にレオン・スロバーグ師の弟子になれるよう錬金術・薬師ギルドに働きかけてあげよう。

 どうかな、まずは私の推薦を受けてもらえなくては、これ以上先に進めないのだが・・・。」


 結局、ギルドの推薦に漏れた場合には、優先的にレオン・スロバーグ師の弟子に推挙してくれるという大きなメリットもあることから、大人の思惑という奴に乗ってしまった私なのだ。

 その後十日の間にギルドでの面接があって、最終的に僕がギルド選出の錬金術師見習いとなってカボックへ送り込まれることになった。


 まぁ、聞こえはいいよね。

 王都の錬金術・薬師ギルドで最も期待される新人を送り込んだって・・・。


 でもカボックというのは王都に比べれば随分と片田舎なんだぜ。

 カボックは、サルザーク侯爵領の商業都市ではあるけれど、国内全体でみれば五本の指にも入らない程度の商業都市なんだ。


 但し、知り合いから得た情報では、ここ半年ほどの間に王都との交易額が従来の数倍に跳ね上がっているらしい。

 理由は不明だけれど、特産品でもできてそれがバカ売れしているのだろうと単純に考えていたよ。

 

 準備を済ませて待機していると、錬金術・薬師ギルドの手配で、王都からカボックへ向かう馬車が手配された。

 これは非常に異例なことなんだぜ。

 

 高々の移動にギルド手配の馬車が差し回されるなんてこれまで聞いたことも無かったからね。

 普通は乗合馬車で遠距離移動をするものなんだ。


 通知された日時に、王都の錬金術・薬師ギルドまで大きな手荷物を持って出かけると、そこでギルドの幹部から別の者を紹介された。

 私と同様に薬師学校の卒業予定者から選ばれた薬師見習いのファラ・モールベック嬢は僕と同じ18歳だった。


 そうして意外なことに、王宮魔法師団に採用された新人魔法師二人も一緒に同行するという。

 もしかして旅路の護衛?


 そう思っていたら盛大な勘違いだった。

 魔法師団の方は、一人が土属性魔法師のモール・デビッドソンさんという20歳の男性。


 もう一人は、水属性魔法師のビアンカ・ロヴェーレさんという19歳の女性が、同じくカボックの錬金術師であり薬師であるエリカ様の弟子になるためにカボックへ同行することがわかったのだ。

 錬金術・薬師ギルドが錬金術師と薬師の候補生を送り込んだように、王宮魔法師団でも見込みのある若手を弟子として送り込んで鍛えてもらおうという腹積もりだったことをそこで初めて知ったよ。


 王都からカボックまでは馬車の旅で5日間。

 話し相手が居るというのは退屈しないで済むんだが、半分は女なので何となく話しづらいよね。


 特にファラもビアンカさんもちょっと美人だから、なんとなく話しかけにくいんだ。

 勢い、旅路の間はモールさんとよく話す機会が多かったな。


 錬金術師見習い候補生の仲間である同級生とは、男女関わりなく結構話をしたんだが、薬師や魔法師となると毛色が違うから、どんな話をしてよいかがそもそもわからない。

 その意味では、男のモールさんだって最初はとっつきにくかったよ。


 でも話をしているうちに、どちらかというとがらっぱちのモールさんは陽気で楽しい人物だとわかったぜ。


 王宮魔法師団の魔法師なので秘密にしなければならないことは多いのだけれど、初級魔法についてはいろいろとお話をしてくれた。

 お陰で随分と旅路の退屈が埋められたと思う。


 四人で同じ馬車にいると何となく運命共同体という意識が芽生えるよね。

 四日目ぐらいからは女性二人とも何とか話ができるようになっていたよ。


 ◇◇◇◇


 私は、ファラ・モールベック、18歳です。

 この後雨季ナクル一の月20日には、王都のゲールトルード薬師学院を卒業して、薬師見習いとなり、とある薬師の下で少なくとも三年間は徒弟となって修業をしなければならないことが決まっていました。

 

 私の父も薬師であって、一級薬師として数人の弟子も抱えているのだけれど、薬師の世界では不文律があって、薬師の子が薬師になるにあたって、最初の見習いは必ず親元を離れなければならないというのがあるのです。

 従って、当座は父のもとで修業ができません。


 これは薬師が一子相伝の技法として凝り固まらないようにするために昔から行われている慣例措置なのです。

 一子相伝というのは聞こえはいいけれど、本来は一人にしかその技を伝承できないという意味合いです。

 

 それでは弟子や師匠に万が一のことがあれば、伝承ができずに薬師の数は減るだけなのだし、そのような悪習の中では、師匠の技を受け継ぐことだけが優先されて、薬師が新たな技を生み出し、あるいは、全く新たな薬を生み出す力が減る傾向にあるのだそうです。

 確かに薬師になってしまえば、とても実入りが良いので、左程の苦労をせずに稼げてしまうのです。


 薬師が作るポーションには、HPポーションとMPポーションがあり、それぞれ初級、中級、上級がありますけれど、上級はとても高価なものですから、王都の高名な薬師でも上級ポーションを作る機会は滅多にありません。

 そのために技法を教えてもらう機会そのものがすごく少ないと聞いています。


 父も比較的高名な薬師ですけれど、上級ポーションを実際に作った経験は無いと聞いています。

 父がとある薬師のお弟子さんだった頃に、そのお師匠が上級ポーションを作った手順を見ていたことが一度だけあるそうなんだそうです。


 その手順を手書きで控えて秘密裏に持っているけれど、果たしてその手順書でできるかどうかわからないなと苦笑いしていました。

 私の場合、王都の薬師学院を卒業したなら父の知り合いの薬師の方に弟子入りする話がほぼまとまっていたのですけれど、その話に横槍が入りました。


 錬金術・薬師ギルドのギルマスからのお声がかりで、薬師学院の優秀成績者を、片田舎のカボックに住む、薬師に弟子入りをさせるような話が舞い込んだのです。

 薬師学院で選出されたのが私でした。


 私としては父の知り合いのところに弟子入りしたかったのですが、その父にもまた知り合いにもギルドから圧力がかかったようです。

 錬金術・薬師ギルドの場合、錬金術師よりも薬師の方がギルドに対して弱い立場にあります。


 薬師の場合、生み出したものをギルドにしか卸せない仕組みになっていますから、仮にギルドにへそを曲げられると後々困ることになるんです。

 一方の錬金術師は薬師と同様に資格を得るまでは大変ですが、資格を取った後は力量次第の個人事業主のようなものです。


 生産物は、錬金術・薬師ギルドにも卸せますが、商業ギルドや商人に直接卸すことも可能なのでギルドの制約は比較的緩やかなんです。

 そうは言っても一定の成果が錬金術・薬師ギルドに認められなければ、二級なり三級なりに昇格できませんけれどね。


 その成果の評価は上納金ではなく、成果物の納品により左右されるんです。

 結局、私も父たちもギルドに押し切られてしまいした。


 ギルドで用意された馬車に乗るときに、錬金術師見習いの人を紹介されました。

 彼も私と同じカボックに行って私の支障となるエリカ様の弟子になるんだそうです。


 あらっ、そんな話聞いていなかったわ。

 エリカ様って錬金術師で薬師なの?


 普通二つの資格を取る者はいないって聞いていたのだけれど・・・・。

 まぁ、滅多にいないだけで、取っちゃいけないって決まりもないのだけれど・・・。


 でも、若くして二つの資格を得たのなら、お師匠になるお人は本当に優秀な方みたいですね。

 そうして、実は魔法師のお二人も同じ馬車で同行しています。


 もちろん私よりも年上の方ですが、れっきとした王宮魔法師団の魔法師ですよ。

 カボックに行く理由は、何と、やっぱりエリカ様の下で魔法の修行をするためなんだそうです。


 なんだかエリカ様って本当にすごい人みたいですね。

 王宮魔法師団の若手とは言え、本物の魔法師に修業をつけるなんて、どんな魔女なのって思うじゃないですか。


 そんな話を聴きながら馬車の旅を続けると、不安が募り、そうしてまた憧れも強くなっている自分がわかります。

 カボックではしっかりと頑張らないと、錬金術師と魔法師の方々に負けてはいられません。

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