第48話 後継者の育成?

 錬金術・薬師ギルドに顔を出したら、ギルマスに捕まりました。

 普段は受付のマヨルカ嬢かマリア嬢のところにポーション類を納品し、多少駄弁って来るだけで済むのですけれど、今日は顔を出すとすぐにギルマスのところに案内されてしまいました。


 顔を合わすと挨拶もそこそこにギルマスが切り出しました。


「実は王都からのお声がかりでねぇ。

 エリカ嬢のところで、錬金術師と薬師の徒弟を是非とも預かってほしいという話が来たんだ。

 エリカ嬢は錬金術師も薬師も資格を持っているし、工房を持って自立している。

 本来、錬金術師も薬師も弟子を取るのは二級以上の有資格者で工房を持っている者というのが条件なのだが・・・。

 生憎とどちらも昇格の条件が決まっているから、評価の高いお前さんでも今しばらくは三級のままになるんだが、王都の方ではお前さんが二級になるまでは待てないらしい。

 お前さんの場合は、ギルド王都支部が特に認めた場合という例外規定を適用して、三級でも弟子を取ることができるようになったらしい。

 で、王都支部からは是非とも後継者を育成してほしいというお願いが来ている。

 尤も、弟子を取っている工房は老舗で名の売れているところが多いから、特例だけではなかなかに弟子も集まらないだろうが、王都支部が特別に弟子を斡旋したいと言ってきているんだ。

 お前さんのこれまでの実績を踏まえて、王都にある錬金術・薬師養成学校の卒業生の中から選りすぐりの者を二名選んで知らせて来た。

 一人は錬金術師希望、一人は薬師希望らしい。

 そうして、もう一つ。

 こいつはウチの所掌では無いんだが、ウチから弟子の養成依頼をするという情報を入手した王宮魔法師団からも今年採用されたばかりの若手二名を一年間弟子入りさせてほしいとの要望が来ている。

 こっちの方は、エリカ嬢から応諾が得られれば、書簡で正式依頼がなされるそうだ。

 ウチはその取次ぎだけだな。」


「あのぉ、・・・。

 私は三級の錬金術師や薬師になってからまだ一年も経っていませんけれど、そんなのが弟子を取るようなことができるんですか?」


「まぁ、普通は無いな。

 原則として、弟子をとるのは二級資格以上を有している者とされているからな。

だが、何にでも例外はある。

 さっきも言ったが、錬金術・薬師ギルドが特に認めら場合はこの限りにあらずという例外規定があるんだ。

 お前さんの生み出す品々は王都でも大評判でな。

 増産を望む声が日に日に高まっているらしい。

 お前さんは、ウチや商業ギルドに特許申請を為して、他の錬金術師でも作れるようにしてはいるが、生憎と錬金術師の力量が不足していてな。

 無論のこと、錬金術・薬師ギルドや商業ギルドでも種々努力はしているんだが、今居る錬金術師ではなかなか思うような製品が生み出せないらしい。

 だから、お前さんに弟子を取ってもらい、その弟子に生産をしてもらいたいということらしい。

 お前さんならそれができるだろうと言う期待を込めてのお願いだ。

 どうかね?

 引き受けでは貰えまいか?」


 錬金術師や薬師を続けている以上は、いずれ弟子を取る話が避けられないとは思っていましたけれど随分と早く来てしまいましたねぇ。

 それも錬金術師候補者と薬師候補者の二人です。


 それと王宮魔法師団からの打診も含めると4名が弟子になるわけですが・・・。

 リリーに確認したところ、この世界の徒弟制度は基本的に有償なんです。


 お金持ちは別として、弟子になると師匠と寝食を共にしつつ、弟子は様々な雑用を行うことで恩を返すことになりますが、その間師匠の方は弟子の最低限の生活保障をしてやらねばなりません。

 寝るところと食事を与えてやる代わりに、弟子にはタダ働きをさせるらしいのです。


 リリーの情報によれば徒弟の住環境は劣悪です。

 特に弟子が多い場合は、個室などは与えられません。


 雑魚寝のタコ部屋に近いのが実情のようです。

 まぁ、ただ飯を食わせて居候をさせるとなれば、少なくとも半人前以上になるまではただの穀潰しごくつぶしですからね。


 優遇してやる必要もないのかもしれませんが、それでもただ働きを数年間続けねばならないとなればモチベーションの維持が大変ですね。

 優遇しすぎてそれに甘えられても困りますけれど・・・。


 通常、徒弟制度の期間は長くても10年以内、この間に師匠に見切りをつけられると弟子は放逐されてしまいます。

 放逐された記録はついて回るために、当該弟子はよほどの幸運が無いと浮かび上がれません。


 一方で弟子が資格を取るまでの間は師匠が親代わりになって面倒を見てやる必要があるようです。

 何となく徒弟制度の影が見えますよね。


 ウーン、私の場合は三年だけ預かりましょう。

 その間にモノにならないようであればです。


 その代わり衣食住の面倒はしっかりとみてあげましょう。

 弟子が汚い恰好をしていたり、食事不足でやせ細っていたりなんぞはとても見ていられません。


 住まいも人数が多くならない限りは個室にする予定です。

 住むところは今の工房を上方に建て増しすれば、何とかなりますよね。


 掃除や食事の方は、やむを得ないから借金奴隷でも買い取ることにしましょうか。

 料理人一人とメイド一人を雇えば、どうとでもできるでしょう。


 本来は、そういう雑用を弟子にさせるべきなんでしょうけれど、住居を汚されたり、まずい食事を作られたりするのは私の方が勘弁です。

 四階建てにすれば、弟子やメイドなどを含めても最大12名程度までは何とか行けそうです。


 その分の出費がかさむことになりますけれど、砂糖の出荷だけでも十分な費用が捻出できるはずです。

 だから錬金術師候補者と薬師候補者の受け入れは可能ですけれど、王宮魔法師団の方はどうしましょうかねぇ。


 一階の工房や庭先ではさすがに魔法の指導は少し難しい場合がありますよね。

 カボック郊外で魔法の訓練を行うにしても、予め侯爵様の了解を得ておかないとできないような気がします。


 仮に、侯爵様にお願いをするとなれば、侯爵様が抱えている魔法師も弟子にして訓練をさせて欲しいと言われそうです。

 そしてまた、弟子育成の実績が上がると弟子の数はさらに増える可能性もありますけれど、あまり増やしたくはないですね。


 どうしても弟子達を増やさざるを得なくって、住宅の許容量をオーバーする場合は、別の場所に寮でも作るしかありません。

 確か今の住所に比較的近い場所に空き地があったので、必要になれば別途購入しても良いかもしれません。


 取り敢えず、錬金術師候補と薬師候補の弟子入りについては一応承諾することとし、魔法師団の団員の弟子入りについては侯爵様とご相談をしてからにしましょう。

 どちらにしても、魔法師の弟子入りを認めるならば、その最終的な人数を確認しなければなりませんから、仮の計画書を持参して侯爵様に相談し、その上で自宅の改築をしなければなりません。


 最低でも弟子が四名(錬金術師候補1名、薬師候補1名、若手(?)の魔法師2名)と、メイド一人が必要です。

 私の住居は、三階若しくは四階に移して、二階部分もしくは三階部分を含めて寮に改装しなければいけないかもしれません。


 裏庭が空いていますから一階部分を広げて工房を大きくすることは可能ですけれど、出来れば庭は残しておきたいですね。

 いずれにしろ、侯爵様へのご相談後に最終的な受け入れ期日を決めることで錬金術・薬師ギルドのギルマスとの話を終えました。


 その三日後にはアポイントを取って侯爵邸にお邪魔しました。

 本来であれば錬金術師や薬師風情が侯爵様にお目通りを願うことすら簡単には許されないことなのですけれど、私の場合、侯爵様から頂いた家紋入りの袱紗ふくさがありますので、侯爵邸には比較的気軽にお邪魔できるんです。


 侯爵様に錬金術・薬師ギルドからの依頼と王宮魔法師団からの要望をお話しし、特に王宮魔法師団の要請を受けるとなれば、侯爵領内のいずれかに訓練場所を設けてそこで魔法の訓練をしなければならない可能性がある旨を正直にお話ししました。


「副師団長からは内々に聞いているよ。

 エリカ嬢の魔法は非常に特別なものらしく、王宮魔法師団でも真似ができないと聞いている。

 だからエリカ嬢に教えを乞う魔法師団の窮状はよくわかる。

 王国で随一の精鋭であると自負していた自分たちよりも上の技量を持つ者が居ると気づき、それに直に教えを乞う姿は立派だと思う。

 王国のためにも私はできれば要請を受けてほしいと思っている。

 そうして、可能ならば我が領軍の魔法師からも二名を派遣して、王宮魔法師団の団員とともに教えを請いたいのだが、できるかね。」


 まぁね、一応侯爵からの要望も予想はしていたけれど、やはり二名ですか・・・。


「はい、二名まででしたなら何とか受け入れは可能と思います。

 但し、寝起きは市井の者と一緒になりますけれど、その点はよろしいでしょうか?」


「あぁ、かまわんぞ。

 むしろ市井の平民がいかなる暮らしをしているのか見聞するもの領軍兵士にとっては大事なことだ。

 従って、其方が預かる弟子や王宮魔法師団の魔法師と特段の差異をつける必要はない。

 私も、錬金術・薬師の徒弟はかなり悲惨な生活を強いられていると聞いているんだが・・・。

 事実なのか?」


「生憎と私自身は徒弟を経験していませんので、正確なお答えはできませんが、寝所と食糧を与えられるだけで給金は無いと聞いています。

 他のギルドの徒弟制度ですと、弟子の労働成果に応じて相応の給金があるやに聞いていますけれど、錬金術・薬師ギルドの場合はそうしたものがほとんどないと聞いています。

 おまけに弟子を放逐されると、その経歴がずっとついて回りますので、後々いろいろな場面で不利益を被るとも聞いています。

 ある意味で徒弟の間は師匠の奴隷に近いとも聞いています。」


「なるほど、聞きしに勝る厳しさだな・・・・。

 因みに、魔法師の連中も同じように扱うのかね?」


「生活の待遇は、一緒になるかと存じます。

 魔法師の場合は、それぞれ所属先からの給金が出るでしょうから、当然に私からの給付はありません。

 寝食については、寮で面倒を見ます。

 往々にして徒弟の場合は複数人の相部屋らしいですけれど、私のところでは個室を与えるつもりです。

 訓練を受ける魔法師の方にお願いしたいのは、徒弟たちが裕福に過ごせることは当面望むべくも無いので、できるだけ見せびらかさないよう自制していただきたいということです。

 余りに夜遊びや飲酒が過ぎるようであれば寮から退去させ、場合により訓練をやめることになります。

 これは私が提供する寮に入るための条件です。

 寮における寝食については、一日単位の有償で提供します。

 今一つ、魔法の研修ということになりますが、徒弟を抱えていることもあり、実際の実習は10日のうち三日ほどになります。

 残り七日の内の6日については、室内でも可能な自主的な訓練が主になります。

 残り一日は完全な休養日にするつもりでいます。

 魔法の実習では、カボックの南西方にある荒地での訓練を想定しています。

 元々荒地ですので人の出入りは極めて少ない場所ですが、もしできますならば一般人の立ち入りについて制限をかけていただくようお願いしたいと存じます。」


 私はそう言って、侯爵様にカボック周辺の手書きの地図を広げ、具体的な訓練場所を指し示した。

 因みに地図というのは戦略上重要なものなので一般には入手できないものだが、私の場合は、暇に飽かせて自分で作った地図を作っているのです。


「フム、了解した。

 魔法師の研修というか育成については、依頼契約を含めて王宮魔法師団の団員と同じ内容でお願いする。

 預けた以上、派遣する魔法師たちには其方の命に従うよう申し伝えておこう。

 準備ができたなら知らせてくれ。」


「畏まり、承りました。」


 こうして、錬金術師と薬師の弟子を受け入れ、王宮魔法師団と領軍魔法師の受け入れをすることになった私は、早速に王宮騎士団へ返事をするとともに、我が家の改築を始めました。

 これまでの二階建てから一気に四階建てへの改築です。

 

 二階には男性用の個室8室、それに食堂等の共用部分を設け、三階には女性用の個室8室とその他の部屋を設けることにしました。

 個室当たりの割り当て面積は、30平米程ですけれど、一応バストイレ付きのビジネスホテルのような仕様にしています。


 錬金術・薬師の徒弟にしては贅沢すぎる仕様かもしれません。

 食事は二階の食堂で食べてもらいます。

 

 次いで商業ギルドへご相談です。

 奴隷は、犯罪奴隷を含めてこの世界に普通に存在します。


 私が雇いたいのは、家事や料理のできる人物なので当然に問題のある犯罪奴隷は忌避します。

 もちろん奴隷以外の人でも構わないのですけれど、生憎と口入屋で扱っているのは奴隷の割合が非常に多いのです。


 求職のために耐乏生活をするよりも借金奴隷になって食いつなぐことの方が生きやすいからかもしれません。

 商業ギルドで良心的な口入屋を紹介してもらって訪ねてみました。


 幸いにして、すぐに適当な人物が見つかりました。

 どちらも女性ですが、一人は料理スキルを持った中年の方で「マルバレータ」さんという方で、夫が借金を為したまま亡くなったことで借金奴隷になった人のようです。


 もう一人は商家のメイドを務めた経験のある若手の方で、「ヴァネッサ」さんです。

 こちらは勤めていた商家が倒産した際に職を失い、手っ取り早い借金奴隷となって口入屋に厄介になったようです。


 どちらも借金額は左程の大金ではないので、年季奉公の期間は長くはありませんが、可能なれば年季明け以後も雇ってほしいとの希望があるようです。

 因みに、どちらも身寄りはいないようです。

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