第46話 羊皮紙ギルド その二

 お約束の日には、羊皮紙ギルドから商業ギルドのチェスターさんのところに連絡が入りました。

 私とチェスターさんが再び羊皮紙ギルドに赴いたのは六の時(午後4時)頃だったと思います。


 今回は羊皮紙ギルドのサブマスであるライアン・ゼスターさん以外にも幹部の方三人がお相手です。

 ギルドマスターのロイド・チェルクさん、財務担当補佐のピーター・ジョルドさん、契約担当補佐のモアレス・リードマンさんの三人です。


 いずれも顎髭を生やしていますけれど、顎髭が羊皮紙ギルド幹部のトレードマークなんでしょうか?

 話し合いは最初から雰囲気が良くありませんね。


 羊皮紙ギルドの方が非常に高圧的なのです。

 単純に言えば、羊皮紙ギルドに紙の製法に関わる特許権をよこせと言い、なおかつ、特許製法は公開するなと言っています。


 特許権譲渡の代償は、先日の十倍に当たる金貨百枚を提示して来ましたけれどね。


「大変失礼ながら、あなた方がどのような考えでそのようなお話を為されているのかが分かりません。

 私どもはあなた方に一切の相談なしに紙を生産し、勝手に販売をすることができる立場にあります。

 敢えて事前にご相談いたしたのは、この紙の販売が始まると、場合により、羊皮紙ギルドの存続すら危ぶまれることから、事前にご相談し、短期的にはできるだけ羊皮紙ギルドが損害を被らないようにと配慮しているだけのことです。

 将来的な展望を申し上げるなら、羊皮紙はいずれ市場から駆逐されることになるでしょう。

 同等の品質のモノがあれば、安価な方に購入者が目を向けるのは世のことわりと言うものです。

 くまで仮定の話ながら、将来的にこの紙500枚を大銅貨5~10枚程度の価格で販売することになった場合、羊皮紙が今のお値段で売れると思われますか?」


 これは相手にとって爆弾のようなものであったと思います。

 上質な貴族用のものであれば、羊皮紙一枚が、大銀貨一枚ほどで販売しているのです。


 如何に低質であっても製品検査が済んだものについては、大銅貨5枚以下では売らないのが羊皮紙ギルドなのす。

 しかも、この王都の羊皮紙ギルドでは、10人の職人を抱えて羊皮紙生産を行っているのですが、一日に百枚程度、月27日稼働で2700枚程度しか生産していないのです。


 仮に羊皮紙3000枚で大銀貨が10枚以下など天地がひっくり返ってもあり得る筈がないのでしょう。

 しかしながら、この紙がそれほどに値下げができるとしたならば確かに羊皮紙ギルドにとっては死活問題なのです。


 羊皮紙ギルドの幹部四人が青ざめていました。

 震える声でギルマスのロイド・チェルクが言いました。


「おぬしらは我が羊皮紙ギルドをつぶすつもりか?」


 私は冷たく突き放しました。


「別に羊皮紙ギルドに恨みもございませんし、潰すつもりもございません。

 羊皮紙ギルドでも職人さんを含めて数多くの人が働いていることでしょう。

 それらの方々のためにもお互いに良かれと思う方法を考えたいと思っているだけです。

 あなた方がこの特許を利用して新たに羊皮紙ではない「紙」を作るのも一つの方法です。

 但し、他にもこの特許を利用して紙を生産したいと思う者が居た場合、その活動を妨げてはなりません。

 その一方で、長年羊皮紙を生産することで社会に貢献して来た羊皮紙ギルドに敬意を表して、二年程度の先行生産を認めましょう。

 二年よりも長い独占的な生産は認めるつもりはございませんが、その間は、特許の公表を控えることで他の者が利用することを制限できます。

 尤も、どなたかが同じ方法で特許を申請してきた場合は公表せざるを得なくなります。

 間違いの無いように申しあげておきますが、いくらお金を積まれても紙の特許事態を羊皮紙ギルドに譲るつもりはございません。」


 それからも協議はなかなか進展しませんでした。

 羊皮紙ギルドが既得権益を守ろうと必死に食い下がるのです。


 終りの方では向こうも脅しに出て来ましたね。

 紙の勅許権を譲らないのなら、羊皮紙の販売を停止すると・・・。


「羊皮紙ギルドが保管している羊皮紙の数は現状で五千枚ほどでしょうか?

 必要とあれば私の方で10万枚の紙を用意できますよ。

 これを大手の商会で販売させれば、すぐにも羊皮紙は市場から消えることになりますよね。

 他国の羊皮紙ギルドが連携してもこの大陸では12か国、単純に言えば6万枚ほどもあれば当座の需要は賄えますよね。

 なおかつ、やろうと思えばこの大きさの紙で月に2万枚余りを生産できますから、年間では20万枚を超えることになります。

 少なくともこれまで必要とされていた羊皮紙は十分に供給できますので、たった今、羊皮紙ギルドが供給を止めても何ら支障はございません。

 それでも供給を停止するというならば、これ以上の話し合いは不要ですね。

 早速に紙を商会の方へ大量に放出することにいたしましょう。」


 するとがっくりを首をうなだれた羊皮紙ギルドのギルマスのロイド・チェルクが言った。


「待ってくれい。

 前言は翻す。

 そちらの条件をのむ。

 だが二年間の先行を今少し延ばせないだろうか。

 われらのギルドも多国籍にわたっておる。

 この大陸のギルドに連絡をするだけでも一月や二月はかかるだろう。

 それに紙を作る職人を育てるだけでも時間が必要じゃ。

 原料の調達もあろう・・・。

 二年間の上にさらにもう一年の先行はできまいか?」


「羊皮紙ギルドさんの事情は概略承知していますが、それ故の二年間なのです。

 仮に新規の生産者が現れるとしても、特許を開示してから準備を始めることになりますから、羊皮紙ギルドが先行する部分はそのまま優位を保てますよね。

 これ以上の猶予は、むしろ先行者の利益が大きすぎてしまいますので、譲れません。

 もう一つ、私もカボックの商人に紙の生産を要請されていますが供給量を減らします。

 あなた方に与える二年間の間は、月に最大でも300枚の供給にとどめましょう。

 大変申し訳ないのですけれど、これ以上の譲歩は致しません。」


 最終的にこちらの言い分通りの条件で協定を交わすことになりました。

 その一、特許は二年間公開を停止すること。

 

 その二、その二年間に、羊皮紙ギルドは特許に基づく製法で紙の生産を自由に行えること。

 その三、特許使用料は紙の売値の5%とし、販売価格に特段の規制はないこと。

 

 その四、発明者としてのエリカは、自由に紙の生産を行えるが、羊皮紙ギルドに与えた先行優先権の二年間だけは、毎月300枚以上の紙を商人等第三者に渡さないこと。

 但し、必要に応じてエリカが書面として使う場合を除くこと・

 

 その五、羊皮紙ギルドが羊皮紙を含む紙の出荷を正当な事由なく拒む場合には、この協約は破棄されたものとみなされること。

 この場合、特許は公開され、同時にエリカに対する生産調整の制限もなくなること。


 これらのことを約束する協定書に署名し、立会人として商業ギルドが入り、無事に協議は終わったのでした。

 その日から羊皮紙ギルドは、紙の生産を始めるために投資と準備を開始しました。


 羊皮紙ギルドが実際に紙の生産を始めたのはその半年後のことでした。

 羊皮紙ギルドは、羊皮紙を含む紙生産者の組合として機能を新たに始めたようです。


 エリカは、当該カルテル様の組織についてはあまり興味がありません。

 二年経過後に、羊皮紙ギルド等が価格統制で不当に儲けをたくらむならば、大量の紙を出荷してその体制を崩すだけのことなのです。


 年間28万枚余、少なくとも10万枚程度を出荷して残りは在庫にしておけば、年間15万枚程度は在庫が増えることになるので、その在庫分の放出だけで価格調整は可能だろうと思っているし、要すれば紙生産の自動化も視野に入れています。

 既に、エリカの十か年計画には、製紙魔道具の開発が入っているのです。


 これは、別に金儲けのためではありませんよ。

 この二回目の世界で優雅に過ごすための環境整備に過ぎないんです。


 スローライフでのんびりと暮らしながら、困っている人たちをできるだけ救ってあげたいと思っているエリカなんです。


 ◇◇◇◇


 私が二度目の王都訪問の際に置き土産のように置いてきた資料が上手く利用されたようです。

 あ、資料というのは、王都出立の前日、ナブラ四の月の10日にゲバルト魔法師団長にこっそりとお渡ししたケアノス正教会に関する秘密資料のことです。


 私が羊皮紙ギルドとの協議のために三度目の王都訪問に行き、目的を達成してカボックに無事に戻ってきたのは、前雨季ハクル一の月の23日ですから、もう一月半ほども経っていますけれど、期限は半年と考えていましたので、まぁまぁ早い方でしょうね。

 私がケアノス正教会の悪事の証拠資料として置いてきたのは全てコピーであり、正本ではありません。


 でもその正本の隠し場所などを明記してありますから、実際に探せば見つかるはずなのです。

 但し、前世でもそうでしたけれど宗教団体というのは、なかなか司直の手が及ばない聖域に近いのです。


 まして王都でも勢力の大きなケアノス正教会ともなれば、如何に魔法師団長といえども動き出すこと自体が容易なことではなかったかもしれません。

 特に大きな組織になればなるほど王宮とのつながりも深いですから、作戦を立てるにしても人員を限定して推し進めなければならなかったはずなのです。


 ゲバルト魔法師団長に資料を預けて以降、私はノータッチでしたのでその後の経緯は分かりません。

 でも、前雨季ハクル二の月の1日、王都、カボックを含め大きな都市のケアノス正教会に一斉に手入れがなされました。


 いわゆるガサ入れという奴ですね。

 エルブルグ、カボック、それに王都でも、ケアノス正教会の隠し場所は、いずれも同じ、祭壇の背後の隠し金庫なんです。


 カギは司祭が持っていますけれど、司直がカギを出すように言っても素直に応ずる訳がありませんから、隠し扉をぶち壊しての大トリモノでした。

 何でも司祭やら大司教やらが身体を張って抵抗したようですけれど、騎士団と魔法

師団の連合チームですので簡単に排除して、隠し金庫を開け、保管されていた証拠資料を確保したようです。


 とりあえずは大都市だけを狙い撃ちにして手入れをしたわけですが、間髪を置かず翌日には地方にあるケアノス正教会の教会全てに手入れをしたようです。

 その結果、ケアノス正教会の支部等の9割以上で犯罪行為が確認され、司祭や司教等教会関係者多数が捕縛されました。


 関連して、犯罪に加担したと思われるや闇組織も摘発を受け、さらには教会と手広く取引のあった商会や奴隷商人も取調べを受けたようですが、商会や奴隷商人については左程大きな咎めもなく、今回は警告のみで釈放されたようです。

 ケアノス正教会は敷地建物のすべてが国に没収され、教会で働いていた者で、悪事に加担していなかった者は釈放されて別の職に就くことになったようです。


 因みに、司祭と司教で罪を免れた者は、実直な司祭と司教が一人ずつ、どちらも融通が利かない者として中央から遠ざけられて、片田舎の小さな教会支部に居ました。

 この二人については、お咎めもなかったのですけれど、国内のケアノス正教会はほぼ壊滅していることから、この二人も別の修道会に入信して神への信仰を継続することになったようです。


 これらの情報は、王都に居るパルバラさんからのお手紙で教えてもらったものです。

 リリーがアカシックレコードで調べたところ、ケアノス正教会で闇魔法を使える司祭等については、そのまま放置すると牢番まで懐柔される恐れがあることから、滅多に使われない封魔の手枷をかけられ、最優先で審判にかけられた結果、全員が打ち首になりました。


 人の心を操って思い通りにするような魔法ですから悪事に使えば凶悪なものになります。

 この世界は、刑罰も過激ですよね。


 人を直接死なせたわけではなくてもその原因がその者に起因しているような場合は、死罪も当たり前と判断とされるのです。

 私の出会った闇魔法の行使者は一人だけでしたけれど、私が彼の者に同情する余地はありませんね。


 その者に家族がいたのであれば気の毒には思いますけれど、残った家族もいずれはそうなる運命だったと因果応報を知ってもらうしかありませんよね。

 このケアノス正教会の落日は、ラムア-ル王国だけにとどまらず、近隣諸国へも広がって行きました。


 いずれケアノス正教会という組織がこのイスガルド世界から駆逐されるのもそう遠くはないでしょう。

 でも宗教ってどこにでも無数にあるんですよね。


 ケアノス正教会が没落した結果、その後釜を狙って、神聖クランドル教会と聖ディートリンデ修道会が王都の宗教界でのメインになろうと、しのぎを削っているようです。

 私が医療の基礎を教えている聖ブランディーヌ修道院は清貧でマイナーな組織ですから、メジャーの覇権争いには関りがないようですよ。


 ケアノス正教会の悪行で被害にあった人たちの救済は、王家が中心となって救済措置に乗り出していますけれど、人数が多いので末端までは中々手が届いていないようです。

 私も地方のお金持ちですので、カボックにある孤児院にわずかながら喜捨という形で支援金を出してお茶を濁しています。


 全ての人を助けるには一人の力では無理なんです。

 できることを少しずつ成して行くしか良策はありません。

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