第45話 羊皮紙ギルド その一

 三度目の王都訪問です。

 急ぐ場合にはもちろん転移魔法を使うのですけれど、左程急ぐ必要が無い場合は、無駄かもしれませんが、周囲にそれらしく見せるために往復十日の時間を取っての旅を装わなければなりません。

 

 ついでに王都周辺の各地を訪れ、転移場所の確認と当該地域の名産や植生、鉱物資源等色々と調査して歩くことが定番になりそうです。

 王都到着後には、最初に商業ギルドへ、次いで錬金術・薬師ギルドへ顔を出し、今回の上京の目的を説明しました。


 この世界にも羊皮紙がありますし、パピルス紙のような目の粗いこの世界の?から造った「ヤーガラ」という植物繊維紙も有るのですけれど、ヤーガラは劣化しやすく、陽にあたると退色しますし、繊維の圧縮だけでノリは使用していないので、時間経過とともに繊維自体がボロボロに風化してしまうのです。

 その意味で長く保存するには、これまで羊皮紙が使われることが多かったようですが、実は羊皮紙も本当の意味では長期保存が難しい代物なんです。


 虫やネズミにかじられたりすることもあるようですし、文字の修正には羊皮紙そのものを薄く削り取るような特別の技巧も要します。

 その点私が作った紙は丈夫で長持ち、しかも表面が滑らかできれいなんです。


 使用する植物で質感も変えられますけれど、今のところ修道院での教科書とノートだけのつもりでしたので、左程工夫はしていません。

 いずれにしろ、錬金術・薬師ギルドと商業ギルド双方に製紙製法に関する特許の登録を行いました。


 錬金術・薬師ギルドには、植物繊維から作成する「ヤーガラ」の改訂版特許としての登録であり、商業ギルドには今回使用した一年生植物のジェルムから上質紙を作る製法を特許登録しました。

 紙については錬金術製品というよりも商業ギルドの商工生産物というのがお似合いなんですけれど、実はヤーガラは錬金術・薬師ギルドで最初の登録が行われました。


 そのため、ヤーガラと同じ植物繊維を利用した加工品ですので、錬金術・薬師ギルドに汎用的な製法として製紙製法を登録し、同時に具体的な紙製品の製法として商業ギルドに登録することにしました。

 ヤーガラとは品質が違いますし、全く別物として登録しても構わないのですけれど、念のために分離した特許なのです。


 今後、より改良した製法が生まれればこれに付け加えられるでしょうし、別の植物を使った紙が生産できるようになれば、また改訂登録がされることになるでしょう。

 登録が済んだ後、両ギルドのギルマスから紹介状を頂戴し、商業ギルド王都本部のサブマスであるチェスターさんに同伴してもらって、王都にしか存在しない羊皮紙ギルドを訪問しました。


 羊皮紙ギルドの建物はさほど大きくはありませんけれど、独占事業だからなのでしょうか、それとも貴族相手の商売が多いからなのでしょうかねねぇ・・・、案内された応接室はとても贅沢な造りをしているように思えました。

 きっと、百年、二百年という長い時間、羊皮紙産業を独占し続けてきた成果の一部なのでしょうね。


 羊皮紙を公務所や貴族が使うのは公文書等の大事な書面を残す場合であり、商人が使うのは契約書類等が多いようです。

 保存する予定期間によって羊皮紙の品質も違うとはリリーの情報です。


 お相手してくれた方は、羊皮紙ギルドのサブマスであるライアン・ゼスターさん。

 白い顎髭あごひげを生やしたご老体でしたが、最初から尊大な態度でしたね。


 錬金術師風情が何の用事だという不快感を露わにしていますが、これはきっとこれまでの殿様商売の弊害でしょうね。

 その築き上げてきた牙城を崩しかねない紙の出現にはどう対応するのでしょうね。


 相手の態度が良かろうが悪かろうが、用件だけはきちんと伝えねばなりません。


「私は、カボックに住む錬金術師であり、薬師でもあるエリカと申します。

本日こちらに参りましたのは、羊皮紙に代わる新たな紙を生み出しましたので、その扱いについて如何いかがすべきかを商業ギルドを交えてお話しするために参りました。

 羊皮紙ギルド様で特段の配慮が不要というのであれば、このまま引き下がり、商業ギルドとのみ協議して適当に処置いたしますが、それでよろしいでしょうか?」


「ふむ、以前にもそのようなことを申し入れて来て、我がギルドから金を巻き上げようとした不届きな輩がおったのだが・・・。

 今回は商業ギルドのサブマスも来られていることでもあるし、念のため確認しておこう。

 新たに生み出した「紙」なるものを見せてみよ。」


 何処までも上から目線なんですね。

 私は、部下でも何でもないんですから、そうした態度は凄く失礼に当たるのですけれど、このかたそのことを知っていますかねぇ?


「それでは、見ていただきましょう。」


 私は、持って来ていたトートバッグから八つ切り用紙20枚を揃えてテーブルに出したのです。

 流石に、現物を見て驚いたようでちょっと固まっていましたが、それから紙を手に持ち、めつすがめつ眺めていて、やがて発したのはとんでもない言葉でした。


「なるほど・・・。

 口から出まかせの嘘ではないようじゃな。

 良かろう、製法込みで金貨十枚で買いあげてやろう。」


 この紙は生産すればするほど売れるものですからね。

 仮に、この20枚の紙が銅貨1枚であっても、数が売れれば金貨十枚など、端金はしたがねになるでしょう。


 実際に手作業で造るとなれば手間暇がかかるので労賃だけでも結構な額になり、単価はそこそこ上がるはずです。

 魔道具を使っての大量生産が可能になれば別ですけれどね。


 前世ではA4用紙500枚で300円未満でしたでしょうか。

 こちらの貨幣価値から言えば、おそらく500枚の紙でも銅貨で4~6枚程度にはなるのかな。


 手工業が中心の現世ではそんなに安くはならないと思います。

 安くなった方が流通しやすくなりますし、便利にはなるはずですけれどね。


「大変失礼ながら、私が今日ここへ参りましたのは商品の売込みではありません。

 この紙の製法については、錬金術・薬師ギルドにその基本部分が、商業ギルドにはこの紙の具体的製法が特許として登録されています。

 どなたかが起業する場合、どちらを使われても構わないのですが、商業ギルドの特許の方がより具体的になっていますので利用しやすいかもしれません。

それと、羊皮紙ギルドでわざわざ御購入いただかなくとも、購入を希望されている方は沢山おられます。

 先ほども申し上げたように、この紙を売り出す前に、羊皮紙ギルド様との協定なりを結んで販売調整なり生産調整なりの必要があるかどうかをご相談に参りました。

 その為に特許登録はしましたが、今のところ公表はしていません。

 この話し合いの後で公表の時期を決めるつもりで居ります。

 羊皮紙ギルドは、飽くまで羊皮紙のみを扱われているとお聞きしていますし、価格の安いヤーガラなどは扱われていないと承知しております。

 因みにこの持参した紙も元々はヤーガラと同じく植物の繊維からできているものですので、羊皮紙ギルドの所掌には掛からないものと考えておりますが、今後この製品が大量に販売された場合、お宅のギルドには何らかの影響を与えるものと存じまして、ご相談に参ったのですが、・・・。

 ご相談の必要が無いと仰るのであれば、商業ギルドと相談して今後の販売方針等を勝手に決めさせていただきたく存じます。」


「い、いや、待て。

 相談に乗らぬとは言っておらん。

 たった今、見せられただけでこの紙の価値がわかるわけでもなし、しばし時間をくれぬか。」


「はい、では先ほどの金貨十枚のお話は無かったこととし、二日後までを期限として羊皮紙ギルドでご検討を戴けましょうか?

 実のところカボックにて引き合いに来た商人を待たせております。

 そう長くは引き延ばせませんので、明後日夕刻までに、何らかのご連絡をお願い申します。

 それまでに何もご連絡の無い場合は、商業ギルド及び錬金術薬師ギルドと協議を済ませてカボックへ戻ります。」


 その日は、こちらからは特段の具体案も出さずに羊皮紙ギルドを退出しました。

 私は、羊皮紙ギルドに一括して紙の製法特許を譲ること、また、羊皮紙ギルドにしか紙を卸さないという様な方法は、そもそも考えて居ません。


 あるとすれば生産調整なりを行って、羊皮紙ギルドに準備期間なり有余時間なりを与えることぐらいでしょうか。

 私が紙の生産を一手に引き受けるつもりはそもそもありませんから、羊皮紙ギルドが紙の製造を請け負ってもらっても一向に構いませんが、これまでの羊皮紙のように独占するようなことを認めるつもりはありません。


 羊皮紙ギルドが自前で生産するのは認めますし、場合により例えば二年ほどの先行生産は認めることもやぶさかではありませんが、他の生産者や起業家の活動を制限するようなことは認めません。

 企業努力で安く良い品を作って市場を寡占するに至るならそれでも良いのですけれど、私としては前世のような自由競争が望ましいと思っています。


 まぁ、どんなことをしてもギルドみたいなものが出来て、カルテルのような仕組みも出来上がるのでしょうけれど、過度にならなければそれも認めるつもりです。

 その為にも一定量の製紙作業は私自身もするつもりでいます。


 新聞紙大で1日百枚程度、A4サイズ(八切り)ならば1日800枚、月に2万4千枚、年間360日で28万8千枚になりますけれど、値段がどうあれ、その程度を製造するならば左程苦にはならないはずなんです。

 何度でも言いますけれど、私は製紙職人という生産職を専門にするつもりはありません。


 必要な都度ある程度の数量を自由に作れればそれでよいのです。

 特許制度自体を壊すわけには行きませんから乗っかりますけれど、特許料は本当は無くても良いぐらいなのです。


 生活資金はもう十分なのですよ。

 羊皮紙ギルドには盗聴器を仕掛けてあり、ある程度の動きがわかるようにしておきました。


 長年続いた組織というのは悪弊も飲み込んでいますから、時折自らの組織存続のために思いもよらぬ手法で解決を図ろうとする場合もあるのです。

 私の宿は、前回王都に来た際に紹介してもらった「プラミスのふところ」という女性客専用のお宿です。


 羊皮紙ギルドの方針が決まったなら商業ギルドのサブマスであるチェスターさんに連絡が入ることになっています。

 そのためにチェスターさんには、私の宿を教えてあるんです。


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