第43話 修道院での研修準備

 カボックに戻ってから、聖ブランディーヌ修道院を訪ね、院長のデルフィーネ・イヴェール様と打ち合わせをしました。

 その結果、所謂いわゆる五・十日ごとぉびというのでしょうかねぇ。


 各月の五と十の付く日に聖ブランディーヌ修道院で、私が講師をすることになりました。

 報酬?そんなものは戴きませんよ。


 前世でも講演会などで演壇に立ったことは何度かありましたが、その際は十万から二十万円が相場でしたでしょうか?

 でも、ここではそんなものは必要ありません。


 そんなことで一々お金を取っていたら、治療を受ける側に跳ね返ってしまいます。

 聖ブランディーヌ修道院でも無料で治癒魔法を施しているわけではありませんが、恐らく最低レベルの報酬だけに留めていらっしゃるのだと思います。


 だって、ローブで隠しているとはいえ、身に着けているものは目立たぬようにつぎはぎをしていますし、衣装にお金をかけているようには見えません。

 洗濯などで清潔さを保ってはいますけれど、ある意味でぎりぎりのラインでしょうか。


 ケアノス正教会の聖職者などは、金ぴかのけばけばしいまでの衣装をまとっていましたし、明らかに肥満体型の人が多かったのですけれど、聖ブランディーヌ修道院の修道女たちには肥満の方は一人もいらっしゃいませんでした。

 むしろ栄養が足りているのかどうか心配しなければいけないレベルです。


 修道院というのは基本的に自給自足の生活をするのが当たり前、自分たちの食べるものは自分たちで作るのが当たり前の世界なのです。

 完全に外界と縁を切っているのかと言うと必ずしもそうではなく、物々交換などを通じて近隣の集落や町とも最小限の交易を為して、必要な物を手に入れているようです。


 例えば農具などの鉄器は鍛冶屋でないと作れません。

 修道女が鍛冶スキルを持っていればできるかもしれませんが、スキルか魔法が無いと鍛冶や冶金はちょっと難しいですよね。


 そもそも修道服を着た女性が鍛冶仕事をやっている姿なんて想像できません。

 若し、仮に鍛冶仕事をする女性が居たにしても、鍛冶屋の商売が忙しくなれば、修道女としての務めが果たせなくなるからです。


 聖ブランディーヌ修道院の修道女は、一日の内、四時間ほどを食料や衣類等の生産に費やします。

 更に四時間を神への祈りに捧げます。


 また四時間を神への貢献として治癒魔法で人を癒すことに使います。

 尤も、これは治癒魔法を使える者だけで、そうした魔法が使えない者は、治癒のお手伝いや社会奉仕としての周囲の清掃などをこの時間に行うのです。


 残り12時間は就寝と食事と休憩の時間ですね。

 それぞれの時間帯にも多少の休憩はありますが、この12時間の時間の中で身の回りの整理整頓や洗濯、五日に一度の沐浴などの時間を割かなければならないようです。


 あぁ、そうそう、沐浴というのは文字通り水で身体を清めることのようです。

 うん、女性の聖職者が清貧であっても、不潔であってはいけないですよね。


 これは衛生観念の醸成じょうせいのためにも、是非とも修道院にお風呂を作らねばなりません。

 お湯を造るのにも燃料代など色々とお金が必要ですから、我が家と一緒で温泉かけ流しのお風呂にいたしましょう。


 そうすれば浴槽等のお掃除ぐらいで手間いらず、24時間いつでもお風呂に入れます。

 そもそも医療に携わる者は常時身をきれいにしておかねばなりません。


 武士又は騎士の心得である「常在戦場」は、医療の世界でも同じです。

 講話の内容の一つは衛生と清潔で決まりですね。


 あ、それと私は無宗教ですけれど、ここの修道女さん達みたいに頑張っている人を見ると応援し、陰ながら援助したくなります。

 前世の日本でもそうでしたが、昔の電化製品や便利な機器が無い時代のは大変でした。


 夜明け前から動き出して炊事・洗濯・掃除に育児までしなければならなかったので、お母さんは大変だったのです。

 便利な道具類が色々と出始めてからお母さんたちも時間的余裕が産まれ、専業主婦でなくとも家の中が回るようになりました。


 この世界では魔法もありますけれど誰でも使えるわけではありませんし、それなりの魔道具を使うにしてもやはり経費が掛かります。

 修道院ではそんな余分な経費は使えませんから、炊事・洗濯・掃除はやっぱり大変なのです。


 私が色々と魔道具を作ってあげることもできますけれど、修道院の目的から言って余分な手助けをしてはいけないでしょうね。

 でも修道院は、浄財としての喜捨きしゃを受け入れているのです。


 彼らの教義に反しないのであれば喜捨が一倍手助けになりそうです。

 前世でも高額納税者でしたけれど、私はここでも高所得者です。


 ベントから産みだす砂糖で十日に一度(この世界では「週」という概念が無いので、便宜上、私は十日を区切り(一週間?)としています。)、金貨16枚を手に入れていましたが、先日の王都の商業ギルドの申し入れでその倍の生産をして納品することになりましたから、今は週一で金貨32枚を手に入れています。


 他にも錬金術・薬師ギルドへ定期定期に魔道具や生活用品、ポーションなどを納品してますから、お金だけは沢山あるんです。

 ですから喜捨をこの修道院に定期的にすることにしました。


 カボックにある聖ブランディーヌ修道院の修道女は、院長様を含めて現在27名なんです。

 前世の日本では外食をすれば最低でも千円程度はかかりましたし、ワンコイン(500円)程度の弁当を食べ続けているのでは、栄養を摂るのがかなり難しかったですね。


 ですから仮に一人当たり一日2000円程度の最低限度の食費がかかるものとして計算すると、一日では、5万4千円ほどの経費がかかることになりますよね。

 農園等で自給自足をするようにはしていますけれど、絶対的に食料が足りていないはずです。


 農園の耕作面積がそもそも足りていません。

 おまけに土地がやせているので、私の見た限りでは作物の育成も左程良くありません。


 自給自足はこれまで通り継続してもらうことにしても、足りない分を補うために、一月で150万円ほどの援助をいたしましょう。

 イスガルド世界の通貨で言えば金貨8枚足らずの筈です。


 私は、一月に砂糖の生産だけで金貨90枚以上の収入を得ています。

 少々稼ぎ過ぎぐらいですので、収入の一割未満の喜捨であれば何の問題もありません。


 特に私の場合、殆どのモノは自分で造れちゃいます。

 先日、布の生地も魔法で作れちゃいました。


 何も無いところから造るのは流石にできませんけれどが、先般、酷い創傷を負った冒険者の傷口を縫い合わせること等によって命を助けましたけれど、あの時使ったタルバさなぎから得られた絹に近い動物性繊維は、実は大量に保管しています。

 偶々たまたま群生している洞窟を見つけちゃったので、定期的に蛹を戴いているんです。


 繊維として実に有用なのですけれど、この世界では未だそのことを知らない方が多いようです。

 リリー曰く、海を渡った西方の国ではこの繊維を使った織物を産しており、当該大陸では大変高価な織物として知られているそうですが、生憎とラムアール王国のあるコルラゾン大陸とは交易が無い為に未だ知られていないのです。


 私は、このタルバ蛾から造った糸をポシネ絹と呼ぶことにしました。

 タルバ絹でも良かったのですけれど、乱獲を防ぐためにも名前だけでは由来がわからないようにしたのです。


 因みに「ポシネ」とは、前世で私の知り合いのネパール人医師が、蛾のことをポシネと呼んでいたのです。

 ネパールの言葉を知っている者は前世でもある意味で少数派ですから、ポシネだけで私の出所を知ることができる人が居るとは思えませんので、これを使うことにしたのです。


 同様に色々探してみて植物性繊維を見つけたり、化学合成繊維などを作り出したりもしました。

 その為に、我が家の地下三階は、繊維工房になっているんですす。


 魔道具の織機しょっきを作って色々な反物?ウーン、和風の着物用の生地ではないので「布地の巻もの」を色々造っています。

 染色も始めましたよ。


 色々やってみると、繊維製品を作るのって結構楽しいんですよ。

 和服はこちらでは着られそうにありませんけれど、色々な織物は子供のころからよく見ていましたから地下三階の工房の片隅には、魔道具の織機とは別に、ハタが置いてあります。


 構造が簡単な木造ですし、完全に手動で動かすものだけに、布地を織りあげるには手間暇がかかりますけれど思い通りの柄の布地が絹で織りあがると、満足感で満たされてとてもほっこりとします。

 もう一つ、修道院での研修を開始するにあたり、教科書が必要になりました。


 講話だけで全て覚えてくれれば良いのですけれど、人間は忘れる動物でもあるのです。

 脳内で入れた情報の引き出しを忘れて思い出せなくなるだけなのですが、そんな時に教科書があれば思い出す手掛かりになるんです。


 こちらの世界では印刷物はほとんどありません。

 書面は手書き、書物は印刷ではなくって写本しかありませんから、非常に高価なのです。


 因みに写本もこの世界では教会や修道院などで行っていることが多いようです。

 写本を請け負っているのは王都近辺の教会や修道院が多いようで、聖ブランディーヌ修道院では写本を請け負ってはいないようです。


 一枚一枚が手書きですから、書物一冊が金貨1枚以上もすることは極々普通のことなんですよ。

 でも、教科書を造るとなると紙を作るところから始めなければなりませんね。



 そのため新たに我が家の地下四階が製紙工房になりました。

 木材を使って紙を大量に作るようになると、自然破壊の問題が起きそうなので、私が作る紙は一年生の草木のみを使うことにします。


 単純にセルロースだけを抽出するのならば、カボック郊外に生えている草からも取り出せるんです。

 そうそうベントから砂糖を抽出した廃材からも生みだせるんですよ。


 紙の元になるセルロースの化学式は、「(C6H10O5)n」。

 砂糖の化学式は「C6H12O6」で非常によく似ていますから作ろうと思えば砂糖からでも紙を生み出すことができそうですね。


 そんなことはともかく半紙のような和紙ではなく、洋紙に近い表面の滑らかな紙を作ることにしました。

 いずれにせよセルロースを薄く押し固めたようなものですから、魔法で造れば意外と簡単にできちゃうのです。


 最初に大きな紙を造り、それを裁断して使い易い大きさに切りそろえます。

 前世では確か新聞紙の見開き大の大きさが、ほぼA1で、その四つ折りしたものがA3、さらにその半分がA4サイズです。


 教科書ならA4サイズ程度が適当じゃないかと思います。

 尤も、正確なサイズは覚えていませんので、適当な長さで誤魔化しちゃいます。


 アバウトですが、新聞見開き大程度の大きさを基準に八つ切りにしたものを束ねてノートと教科書にします。

 教科書の表紙というかカバー部分は、ちょっと厚めの紙を使って、丈夫にしちゃいましょう。


 革製にしても良いのですけれど、単なる教科書なのでそこまではしません。

 製本には接着剤も使いますけれど基本は紐閉じです。


 筆記具もこの際ですから鉛筆を作っちゃいました。

 勉強するなら消えないインクよりも消える鉛筆が良いですよね。


 当然に消しゴムも作りましたよ。

 取り敢えず、鉛筆千本と消しゴム百個ほども有れば、暫くは間に合うでしょう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る