第42話 王都再び その三

 エリカです。

 王宮魔法師団の訓練場で土魔法と氷魔法の披露を行いました。

 

 標的がちょっと変わっていましたけれど、何の支障もなく披露できたと思っています。

 訓練の後は、少し時間をおいて二の廓内にあるお食事処で会食の予定です。

 

 王宮魔法師団から男性四名、それにパルバラさん、ラミアさん、カレンさんと私の女性が四人加わって合計八人での会食です。

 男性四人はお偉方かと思いましたが、案に反して、師団長と副師団長の二名以外は、パルバラさんと同格の中隊の副隊長クラスの若手でした。


 ひょっとして女向けの色香で誘うトラップかと勘繰りましたけれど、単純に話の合いそうな若者を用意しただけとわかりました。

 今のところ私もハーフエルフの発情期?適齢期?には入っていないようですから、私にハニートラップを仕掛けても無駄ですけれどね。


 前回のトラブルでりたみたいで、危ない人は私にできるだけ近づけないようにしているようですよとはパルバラさんの内緒話です。

 会食では、師団長と副師団長の二人が主導して、魔法のお話が多かったですね。


 パルバラさんは別として、ラミアさんとカレンさんは全くの門外漢なわけですからお話について行けません。

 こんな時にホストとしてはある程度この二人にも気を使って相手をしてあげるべきなのでしょうけれど、師団長も副師団長もそこまでは気が回らないようです。


 同行して来た若い魔法師二人もどちらかというと色気よりも食い気と魔法の話に気を取られていますから、ラミアさんとカレンさんは放置されていますね。

 そうして、お食事処は二の廓内なので一応は高級料理店なのでしょうけれど、素材はともかくお味の方は今一でしたね。


 やっぱり、出汁と調味料が足りていないのがネックなんです。

 ここで愚痴を言っても仕方がないと思うのですけれど、私以外の女性三人、特に話題について行けないラミアさんとカレンさんは遠慮会釈なく酷評していますねぇ。


 曰く、エリカの作った料理に比べたら月とスッポンみたいなことを、小声ながらも料理を目の前にして言っちゃうのはどうかと思いますよね。

 でもその話を聞いて、目の前の男性三人が興味津々です。


 ン、そう言えば、副師団長は非公式パーティで私の料理を食べてますもんね。

 だから私の料理が美味しいことを知っているので、相槌を打つ程度なんです。

 

 でもさすがにここでは敢えて口を開かないようです。

 私は内心ひやひやしながら聞いていましたけれど、そのうち隣の個室で騒ぎが起こりました。


 何やらお客さんと思しき人が店員を怒鳴り上げています。

 ここは二の廓内ですからお客様は多分貴族若しくは貴族に関わりのある人なのでしょうけれど、人の迷惑ってものを顧みないのでしょうかね。


 念のため壁越しにこそっと鑑定を掛けて見ましたら、二人の内一人は確かに貴族の元嫡男です。

 詳細は不明ですけれど勘当されていて現状では高貴な身分ではなさそうですよ。


 相方と思われるもう一人は、鑑定には准男爵で詐欺師と出ていますね。

 リリーがすぐに関連情報を色々と教えてくれました。


 リリーによれば准男爵というのは、王家から与えられる爵位ではありません。

 伯爵以上の上級爵位を有する者が、特に功績があった平民に与える私製爵位なんです。


 世襲制ではなくって一代限りで与えられる名誉爵なんですが、私製ということもあって貴族からは正規の貴族として見られていません。

 一代限りの騎士爵と似ていますが、騎士爵は往々にして部門の血を期待されてその子らに引き継がれることが多いのに対して、准男爵は余程のことが無い限り、その血で引き継がれることはありません。


 詐欺師を准男爵に取り立てる上級貴族の能力をちょっと疑ってしまいますけれど、実際になっているのだから止むを得ませんね。

 でもなんで威張っているのでしょう?


 貴族から見て貴族ではない人でも、それなりに力があるのでしょうか?

 リリー曰く単なる名誉爵ですから何の権威も無いそうで、騎士爵の方が余程に権威があるそうですよ。


 どうも、このおじさんが自分は貴族の仲間で偉いんだと勝手に思い込んでいるようですね。

 或いは周囲にそう思わせて詐欺を働くのが常套じょうとう手段だということでしょうか・・・。


 怒鳴り声の中で言っているのは、子爵の嫡男であるクリスランド様に毒を食わせたと文句を言っているようです。

 その傍に身体を縮込ちぢこませて痛がっている男が居ますが、この男は十日前に子爵から勘当された男ですし、別に身体に異常は生じていませんから仮病と云うことでしょうね。


 騒がしいこともさりながら、騒いで金を踏んだくろうとする考えが気に入りません。

 私のお節介の虫が動き出しました。


 私は席を立ちあがり、隣の部屋にお邪魔します。


「病人ですか?

 私は薬師くすしですけれど。

 もし、お腹が痛いのであれば、お薬をお渡ししますよ。

 どんな毒でも治しちゃうお薬です。

 お値段はサービスしちゃいます。

 大銅貨三枚でよろしいですよ。

 但し、お断りしておきますけれど、仮病でしたら、逆に身体を壊す可能性があります。

 間違いなく痛みが有るんですよね?」


 今まで結構痛がっていた男が一瞬呆けた上で、瞬時に青ざめます。

 それを見た相方が多少慌てて言います。


「なんだ、お前、俺は准男爵だぞ。

 気安く口を出すな。」


「おや、准男爵様でしたか。

 私は某侯爵様から信任を戴いております薬師でございますよ。

 ほら、こんな袱紗ふくさもいただいております。」


 そう言って紋章の入った袱紗を見せると、子爵の元嫡男がますます青ざめます。

 きっとこの紋章を知っているし、その意味合いも十分に承知しているのでしょう。


「具合が宜しくないのであれば騒ぐより先にお薬をどうぞ。

 その上で、お店と交渉なされたら如何でしょう。

 但し、このお薬、本当に効きますけれど、仮病に対しては毒になりかねませんが・・・。

 本当に痛いんですよね?」


 ついに我慢しきれなくなった子爵の元嫡男が言いました。


「いや、治った。

 うん、さっきまで酷く痛みが有ったが、今は治っている。

 その薬は要らん。」


「そうなんですか?

 ところで、貴方様は確かローズベル子爵様のご嫡男ではございませんか?

 確か十日前に勘当されて廃嫡になられたとお聞きしましたが、もしかして勘当を許されました?」


「ア、いや、・・・。

 そんなことはどうでも良い。

 用事を思い出した。

 バンベル、ここを出るぞ。」


 男二人は慌てるようにして店を出て行きました。

 因みに食事のお代はしっかり払っていきましたよ。


 そのまま踏み倒して帰ろうとする意図が見え見えでしたので、チョットばかり闇魔法で心変わりをお手伝いしましたけれどね。

 席に戻ったら、師団長に言われました。


「エリカ嬢は闇魔法も中々に使えるのだな。

 詐欺を働こうとしていた相手から金をせしめるとはなかなかできることでは無い。」


「あら、別に私はお金は貰っていませんわよ。

 正規の食事代を払わせただけのことですもの。」


「まぁ、その通りなのだが・・・。

 余りお節介が過ぎるとトラブルに巻き込まれるぞ。

 自重した方が良いと思うがな。」


 師団長からお小言めいたご指摘をいただきました。

 平民が貴族に差し出がましい口をきくと無礼打ちになる世界ですからね。


 十分に気をつけましょう。

 ところで先ほどの男たちについては、別途のお仕置きが必要です。


 その為に脳内マップで彼らにマーカーをつけています。

 後ほど、闇魔法の「ギアス」で少しばかりしつけ教育をしておきましょうね。


 このギアスという魔法は、心のかせというか制限というか、とにかく一定の条件の下で行動を制限してしまう呪いのようなモノなんです。

 バンベルと呼ばれた男が詐欺師であり、子爵の元嫡男クリスランドがその相方なんですが、この二人、以後は悪事を働こうとすれば言葉が発せなくなります。


 彼らも詐欺が悪いことは重々知りつつも悪事を働いていますので、この呪いをかけられると、その思いがある限り彼らに詐欺はできなくなるわけです。

 このギアスでは、無意識にしてしまうことや詐欺と知らずに加担するような場合には作用しません。


 このギアスを掛けた上で彼ら二人がこの世界で生きてゆけるかどうかは彼らの心持次第ですね。

 詐欺を働かなくとも、汗水たらして真面目に働けば人はちゃんと生きて行けるはずです。


 お世辞にも美味しい食事とは言えませんでしたけれど、会食で色々お話しできたことが良かったと思います。

 但し、パルバラさん達には王都滞在中に、またまた料理を振る舞うことを約束させられてしまいました。


 師団長と副師団長も参加させて欲しそうな顔をしていましたけれど、料理する場所がカレンさんの家ですから私がお誘いするわけには参りません。

 若い男性二人を含めて男性を誘うかどうかはカレンさんのお気持ち次第ですね。


 結局、翌日の夕刻に食事会をすることになりました。

 私を含めて女性四人とも独身貴族ですから費用は割り勘です。


 明日はカレンさんがお休みなので、日中に常設市場で一緒に買い出しをすることになりました。


 ◇◇◇◇


 王都滞在四日目、カレンさんと共に食材をたくさん買い込み、カレンさんの借家で調理を始めます。

 お料理で簡単なものは仕込みも左程要りませんが、料理によっては事前準備に時間が必要なものも有るんです。


 私の場合、結構魔法でごまかせるものもありますけれど、やはり魔法による急場しのぎよりも自然に任せた方がよりおいしくなることもここ最近の我が家での料理でわかっています。

 常設市場で食材を探していてたまたま見つけたのはお米です。


 多分、インディカ米長粒種米なので、和食には余り向いていませんが、パエリアやピラフなどにはできますよね。

 そうしてこの世界ではベントと同様にお米も家畜の飼料になっていました。


 売っている場所がわかりましたので今回は少なめの四人分程度の量にして、オムライスにしようと思います。

 おかずは、お子様ランチに近い定番で、ハンバーグに揚げ物(鶏肉の唐揚げと淡水二枚貝のフライ)、付け合わせのゆで野菜、それに野菜サラダのマヨネーズ和えと、オニオンスープです。


 オムライスは少なめにしていますので、これだけのおかずでも若い女性三人ならば食べられるはず。

 デザートはもちろん別腹ですよね。


 カット果物の盛り合わせ、シフォンケーキのクリーム載せ、ソフトアイスクリームのデザート三種を小さな器に盛ったものです。

 量的には少ないですから大丈夫の筈ですよ。


 但し、カロリーは結構高いですから、これを毎日食べると太ります。

 その旨一応はお断りしておきました。


 今日だけなら大丈夫ねと言いながら三人ともに全て平らげていました。

 女四人だけの会食も良いですね。


 また別の機会に作ってねとお願いされました。

 但し、当面王都に来る予定はございません。


 その日の内に師団長のもとへケアノス正教会の不正を暴き立てた書面をこっそりと届けておきました。

 後は、師団長や王宮の為政者の手にお任せするしかありません。


 彼らが半年以内に動かないなら私が物理的にケアノス正教会を潰すつもりでいます。

 書面の中で、その旨もちょっとだけ匂わせておきました。


 翌日の早朝、私は三人の友人に見送られて王都を発ちました。

 尤も、カボックに戻るのは五日後ですので、王都周辺の調査を兼ねて、転移場所の確保をあちらこちらでいたしました。


 この際には認識疎外を掛けたり闇魔法で記憶を曖昧にしたりしていますので、私が王都周辺の村々を訪れていたという証拠はどこにもありません。

 当初の予定通り、カボックを出て15日後にはカボックへ戻りました。


 今回の収穫はお米の発見ですね。

 インディカ米じゃなくジャポニカ米があればいいのですけれど、残念ながらリリーの情報でも今のところジャポニカ米は引っかからないようです。


 実は王都を発った翌日の朝には、常設市場でお米を大量にゲットしています。

 亜空間に収納できますから、20キロから30キロほども入りそうな大袋を5袋も購入しました。


 認識疎外と闇魔法で、お店の人や周囲の人には私の顔は覚えられていません。

 ついでに生産地というか納品元も確認出来ましたので、生産者を探すこともできます。


 どうやら王都の西南西、馬車で十日ほどかかる湿地帯の集落で生産されているようです。

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